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38話:一人だけ場違いではないでしょうか

 

 貴族学院は王宮の隣に建てられた国の教育機関である。貴族の子は十三歳から十六歳までこの学院で学び、同年代の者と親交を深めていく。いわば国の次世代を担う子供たちが集まる最重要施設。故に王宮に次ぐ警備体制が敷かれていた。


 だが、その警備網を易々と突破してしまう存在があった。気配を絶つことに秀でた者たちだ。


 カラバス・ククル・モスカータは幼い頃からブリエンド王国の専門機関で厳しい戦闘訓練を受け、二十二歳という若さでカスティニア公爵家次男カリオンの従者兼護衛という重要な役職に就いた。騎士や兵士といった並みの訓練しか受けていない者は彼の敵ではない。


 ヴァイン・マハト・アルディーニも幼い頃からアイデルベルド王国の特殊部隊に預けられ、王家の盾となるべく育てられてきた。戦闘や気配を消すことはもちろん、その他暗殺術まで叩き込まれている。正式に護衛に任命されてからは主人であるローガンに近付く不穏分子は彼一人で排除してきた。


 そして、


 平民出身のエリル。彼女は特別な訓練を受けたことはない。王都の片隅にある小さな家で生まれた、ごく普通の一般市民だが、彼女は生まれながらに運動神経が良かった。自己流の訓練でメキメキと腕を磨き、それとは全く関係なく実家の家計を助けるため、たまたま募集を出していたスパルジア侯爵家に奉公に上がった。


 一人だけ生い立ちが完全に浮いているが、それぞれの立場で主人を守るために働く姿勢は同じ。


 その三人が貴族学院の敷地内で牽制しながら睨み合っていた。他の生徒に見つからないように別々の場所に潜んでいたのだが、互いの存在に気付いて直接対峙することになってしまったのだ。


 校舎の屋上で、いわば三すくみ状態で距離を置いて睨み合う三人。やや能力的に劣るエリルをさりげなくカラバスがカバーする。それが悔しくて、毎回エリルが彼を威嚇するものだから、ヴァインには二人が同じ目的を持って動いているようには見えなかった。


 しかし、気分は良くない。ただ気配を消してローガン王子の護衛をしていただけなのに警戒されているからだ。


「言いましたよね、まだ何もしないと」

「ヴァイン様は信用できません」


 先日ミントの知り合いの闇医者 (知り合いの闇医者とは……?) に調べさせた料理に毒物は入っていなかった。だからといって疑いが全て晴れたわけではない。


「御二方とも、くれぐれも学院内で騒ぎを起こさないでください。主人の勉強の妨げとなってしまいます」


 ラシオスを守るためと悟られぬよう、カラバスはあくまでカリオンの護衛として、学院の平穏を保つために動いたように演じている。


「学び舎に通うのは未来ある貴族の子女ばかり。彼らの学院生活を脅かすことは許されません。貴方からは時折殺気がもれている。それでは信用されなくて当然でしょう」


 カラバスからの指摘に、ヴァインは苦笑いを浮かべた。観念したように両掌を軽く挙げ、小さく息を吐く。


「やれやれ、どうも分が悪い。だが、ローガン殿下の護衛は今後も続けさせてもらいますよ。学び舎とはいえ、何が起こるか分かりませんから」


 含みのある物言いにエリルは首を傾げた。

 ヴァインさえ何もしなければ、貴族学院で何かが起こることなど有り得ない。彼が何を思い、何を考えてその発言に至ったのか、付き合いの浅いエリルには推し量ることが出来なかった。


「構いません。こちらも主人の護衛を続けるだけです。何事も無ければお互いの仕事を邪魔することもないでしょう」


 バチバチと火花が散るような言葉の応酬。


 ──私はただのメイドなんですけれど。


 ヴァインとカラバスのやり取りを聞きながら、エリルは場違いなところに居合わせてしまったと今頃になって後悔した。


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