37話:第2王子の側近が真実に気付いたようです
「近頃殿下の様子がおかしい。学院にいる間もそうなのだろうか」
ガロフから尋ねられ、エマリナは思わず口元を手で覆い、そっと目線をそらした。
ここはメディクム侯爵家の談話室である。週に一度この屋敷を訪れて婚約者のエマリナと過ごす時間を、ガロフは心待ちにしていた。
本来ならば、職務に関する話題をプライベートに持ち込むのは避けるべきだが、エマリナはラシオスのクラスメイトである。学院内での様子を確認するには彼女に聞くのが一番手っ取り早い。
一方、話を振られたエマリナは困っていた。
『フィーリアがローガンの案内役に指名された』という話は当日の夕方には伝えてある。ラシオスの不調の原因は、恐らくフィーリアに接する機会が激減したためと容易に想像できたため、それもガロフには伝えている。
「幾ら案内役に望まれたとはいえ、フィーリア様は殿下の婚約者だ。適当に切り上げて、殿下のお側で精神面を支えてもらうわけにはいかないのか」
「えーと、今は難しいかもしれません」
しかし、まだ話していない事実がある。『ローガンがフィーリアに求婚した』件だ。その場に居合わせた令嬢たちに口外禁止を約束させたのは他ならぬエマリナ自身である。
下手に洩らせば国と国の問題に発展する。そのうち事態が落ち着くだろうと思って静観していたのだが、ローガンとフィーリアは日に日に親密さを増しているように見えた。今思えば、ローガンが留学してくる少し前からラシオスとフィーリアは距離を置いていた。この機に心変わりをする可能性もある。
一時は流行りの恋愛小説のような展開に胸をときめかせたが、現実に起これば話は別だ。しかも、求婚されたのは婚約者の主人の妻となるべき令嬢であり、エマリナが心から敬愛するフィーリアである。
実際に、教室で見る限りでもラシオスは元気がない。フィーリアに話しかけたそうにしているが、毎回ローガンに遠慮している。それに加え、ラシオスが精神的に弱ってるという話を聞いてしまえば放ってはおけない。
ガロフに話せばラシオスの耳に入ってしまう。迂闊に話せる内容ではない。頭を悩ませた末、エマリナはこう切り出した。
「もしもの話ですが、例えば私が他の殿方から求婚されたらどうなさいますか」
それを聞いて、ガロフは眉間にシワを寄せた。明らかにムッとした表情となる。
「もちろん即座に割り込んで妨害する。そして、エマリナは私の婚約者だと相手の男に宣言してやる」
普段は穏やかなガロフだが、この時は違った。明らかに目が据わり、存在しない架空の恋敵を睨みつけているかのようだった。そんな彼の様子を見て、エマリナは自分が愛されていることを実感した。
「まさか、本当の話ではないだろうな?」
「いいえ違います。では、もしその相手が自分より上の身分の方だったら? 下手をすれば国際問題になりそうな方だとしたら、それでもガロフ様は割り込んで下さいますか」
「む、それは……」
この問いには即座に返答出来なかった。彼には立場がある。もし自分の振る舞いひとつで家族や主人に迷惑が掛かるような状況ならば、恐らくすぐには動けないだろう。
「だが、エマリナを手放す気はない。最悪、国を捨ててでも君を奪い返すさ」
「ガロフ様……!」
婚約者からここまで言ってもらえて、エマリナは目に涙を浮かべて感動した。
ガロフは問答の内容に困惑していた。こちらからの質問に答えず、代わりに関係の無さそうな話にすり替えられたからだ。
エマリナは頭が良い。大事な話をしている最中に単なる例え話を持ち出すような女性ではないとガロフは知っている。故に、問いには意味があるのだと悟った。
他の殿方から求婚されたら。
相手が自分より立場が上だったら。
国際問題になりかねない相手だったら。
「…………あっ」
ガロフはエマリナが本当に伝えたいことに気付いた。そして、それが大っぴらに出来ない話であるということも。
彼の表情を見て正しく伝わったことを確信し、エマリナはホッとしたように微笑んだ。




