36話:第2王子の秘密の部屋
第二王子ラシオスが弱っていることに、側近のガロフは気付いていた。
まず、顔色が良くない。
表情も暗く、覇気がない。
着替えの際に見えたラシオスの身体はあばらが浮くほど痩せていた。食が細くなり、朝食も夕食もあまり手をつけていない。厨房からは最近ランチが少しも減っていないと報告が届いている。
「殿下、体調が優れないのですか」
「そういうわけではないが食欲がないんだ」
「来月にはルキウス殿下の結婚式が控えております。体力をつけておかねば乗り切れませんよ」
「分かっている」
王族の結婚ともなれば、近隣諸国からもたくさんの招待客が来る。祝いの宴は一日二日では終わらない。招待した側として、ラシオスには客を持て成す役割がある。
「では、少しは召し上がってください。これ以上痩せると折角仕立てた衣装が合わなくなります」
強引に勧めれば食べるものの、普段の三分の一程度だろうか。用意された料理のほとんどが手付かずのまま下げられていった。
それに、普段なら余暇は延々とガロフにフィーリアの話を聞かせてきていたが、ここ数日それもない。「一人にしてくれ」と、私室の奥にある秘密の部屋に籠る時間が増えた。部屋の中にはちょっと他人には説明出来ないような品物が保管され、美しく陳列されている。ここにあるものは長年彼が収集してきた宝物だ。
クッション。
ぬいぐるみ。
押し花。
女児服。
靴下。
日傘。
帽子。
ストール。
ハンカチ。
カトラリー。
ティーカップ。
その他諸々。
フィーリアの物に囲まれている間だけ安らぐのだと真顔で力説されて以来、ガロフは見て見ぬフリをするようになった。
しかし、以前は一日一時間程度の息抜きのはずが、今や王宮にいる時間のほとんどを秘密の部屋で過ごしている。夜も寝室に戻っていないと知った時には流石に止めた。
部屋に押し入り、毛布にくるまってぼんやりしていたラシオスの腕を掴んで上を向かせ、険しい表情で主人を問い詰める。
「まさか、毎晩ここで過ごされていたのですか」
「うん」
「風邪を引いてしまいます。寝室に戻りましょう」
「いやだ、ここがいい」
「殿下!」
ガロフがラシオスの側近として身の回りの世話を任されるようになって数年、初めて会った時から数えれば、軽く十年は経っている。
やや特殊な趣味を持ってはいるが、それ以外で彼が我儘を言うことはほとんどなかった。王族として、王子として、周りが望む姿で在ろうと努力を重ねている姿をガロフは一番近くで見てきた。ラシオスが来月に迫る公務に影響が出るような真似をするなど普通ならば有り得ない。
彼が精神的に追い詰められているのだと、今になってようやく気が付いた。しかし、この我儘だけは認めてはいけない。
「殿下。貴方が倒れたらどれだけの方が悲しむことか。もちろん私も悲しい。分かりますね?」
「うん」
「ご自分でベッドまで行けますか? もしまだこんなところで過ごすと仰るなら、私は貴方を朝まで寝台に縛り付けなくてはならなくなります」
比喩ではなく本当にやり兼ねないと、ラシオスは冷や汗をかいた。職務に忠実な側近は、穏やかな笑顔の裏でたまに怖いことを言う。
「……分かった。ちゃんとベッドで寝る」
ラシオスがベッドに入ってからも、ガロフは枕元に立って見張り続けた。




