33話:隣国の王子の護衛と対立することになりました
中庭から出て、足早に学院の門へと向かう。手にはラシオスから預かった籠がある。とりあえず一度侯爵家に戻り、ミントに相談して医者か研究者に料理を調べてもらおうとエリルは考えていた。
しかし、また目の前にヴァインが立ち塞がった。
「なかなか食堂に来ないから心配しましたよ」
「急用ができましたので、屋敷へ帰るところです」
「そうでしたか。……おや、それは?」
ヴァインの視線が、エリルが抱えている籠に向けられた。にこやかな表情を浮かべてはいるが、目が笑っていない。
「預かりものです」
「重いでしょう。持ちますよ」
周りからは、ヴァインのこの申し出は非常に紳士的に見えることだろう。実際、二人分の料理と飲み物のポットが入っている。細身のエリルが持つには大きくて重い。
彼に籠を渡せない理由がエリルにはあった。
第一に、彼が毒を仕込んだ疑いがあること。
第二に、彼が証拠隠滅を図る恐れがあること。
もし毒が検出されたとしても、ヴァインが仕込んだという証拠はない。ただエリルの中の疑念が確かなものになるだけ。それでも渡したくはなかった。
「いえ、結構です」
「そうですか」
頑なに断り続けると、ヴァインはアッサリと差し出していた手を引っ込めた。これ以上しつこくするつもりはないらしい。一定の距離を保ったままだ。
意外な態度に、エリルは首を傾げた。
彼が本当に毒を仕込んでいたとしたら、無理やりにでも籠を奪い取ろうとするはずである。それをしないということは、全てはエリルの早とちりで、彼は最初から何もしていなかったのかもしれない。
それならそのほうが良い。自分一人の取り越し苦労で済むならば。エリルが一礼して再び立ち去ろうと背を向けた時、後ろから声が掛けられた。
「現在王宮に滞在している他国の人間は我らアイデルベルド王国のみ。もし何かあれば真っ先に疑われてしまいますからね」
ぞわりと肌が粟立つのを感じた。
足を止め、ゆっくりと振り返る。
鮮やかなオレンジ色の髪の青年は、にっこりと口の端をあげて笑っていた。実行するのは今ではないというだけで、やらないとは言っていない。むしろ、状況が変わればやると宣言されたも同然。
もうすぐブリエンド王国第一王子ルキウスの結婚式が行われる。式の一週間前には近隣諸国から多くの王族や貴族が参列するために訪れるだろう。そのような時に事件が起きれば、疑いの目は分散される。微妙な関係の国は他に幾つもある。
そして、わざわざエリルに伝えた意味。
今日の行動は全て見抜かれていた。彼はエリルがどう動くかを観察するためにワザと怪しい動きを見せていたのだ。
「貴女はラシオス王子の味方のようですね」
「それは、まあ。お嬢様の婚約者ですから」
エリルがラシオスに肩入れする理由はそれだけではない。
身分に関係なく気楽にやり取り出来て、時には不敬とも取られるような発言を笑って許してくれる寛容で寛大なラシオスの人柄を好ましく思っているからだ。
何より、エリルの大切な主人であるフィーリアを心から愛している。ラシオスは目を覆いたくなるほどの変態だが、フィーリアに対する愛情は誰にも負けない。
少なくとも、ポッと出の隣国の王子よりは。
「貴女とは仲良くしたかったが、こうなれば仕方ありませんね」
「そうですね、残念です」
あくまで穏やかに。
微笑みを浮かべ、二人は完全に決別した。




