31話:重大な見落としに気付いてしまいました
昼休み。
フィーリアがローガンや取り巻きの令嬢たちと共に食堂へ向かう後ろ姿を見送り、ラシオスは深い溜め息をついた。
他の生徒からの誘いを断り、ラシオスは中庭に出た。天気の良い日は中庭の東屋に王宮からランチボックスが届けられる手はずとなっている。
美しく整えられた花木を眺めながら、在りし日の幸せな時間を思い出す。貴族学院では、毎日フィーリアと昼食を共にした。会話はあまりなくても、美しい庭園を背景にして見る婚約者の姿は可憐で、それだけで満足してしまっていた。
今思えば、そういった自分の独り善がりなところがダメだったのかもしれない。エリルから叱られて初めて失言に気付いたように、他にも度々やらかしていたのかもしれないと、ラシオスは自分の過去の言動を反省していた。
一方、王宮から貴族学院に到着したエリルは、門番に身分証を提示して入場手続きをするヴァインに同行する形で堂々と内部に入った。
「すみません、私の許可まで取っていただいて」
学院内の広い廊下を歩きながら、小さな声で話し掛ける。一歩前を歩くヴァインは、ふふ、と笑いながらエリルの方に振り返った。
「構わないですよ。いつも植え込みに隠れるのも大変でしょう。それに殿下は近頃フィーリア嬢と共に食堂で昼食を取っているそうですから、外からでは見えないと思いますよ」
「お嬢様が、ローガン様と?」
一時的にでなく、ずっとローガンと昼食を共にしているということか。では、ラシオスは?
そこで、初めてエリルは気が付いた。先ほど王宮の中でヴァインとバッタリ会った時、彼は何と言っていたか。
『私も野暮用がありまして』
確かに彼はそう言った。
王宮から貴族学院に移動する際も馬車を断って徒歩にした。歩いて行けない距離ではないが、時間は倍以上掛かる。
エリルは自分が隠し事をしていた手前、ヴァインに理由を尋ねられずにいた。根掘り葉掘り聞けるような間柄でもないし、相手は他国の王族の護衛だからだ。その遠慮が思考を鈍らせた。
──王族の護衛が護衛任務を後回しにするほどの用事が単なる『野暮用』のはずがない!
「……っ」
踵を返し、中庭へ向かおうとしたエリルの肩をヴァインが掴んだ。軽く置かれただけのようにしか見えないが、気を抜けば床に膝をついてしまいそうになる程の力が込められている。
かといって、振り解くには人目が多い。現在は昼休み真っ只中。生徒はみな教室を出て廊下を行き交っている。騒ぎを起こせば主人に迷惑が掛かってしまう。
「どちらへ行くおつもりですか」
「あ、あの、忘れ物を」
「フィーリア嬢は食堂ですよ」
「ええ、でも」
なんとか穏便にこの場を辞して、中庭にいるラシオスの元へ行かねばならない。焦る気持ちが表情に現れる。いつもは無表情といってもいいくらいのエリルは、傍目から見ても明らかに狼狽えていた。そんなエリルの気持ちを見透かしたように、ヴァインはにこやかに笑ってみせる。
「貴女は嘘がつけない人ですね」
パッと手が離され、抗っていた反動で数歩たたらを踏む。掛けられた言葉に困惑しつつも、エリルは軽く頭を下げてから中庭に向かって駆け出した。




