3話:お嬢様から円満な婚約破棄の方法を相談されております
ブリムンド王国には貴族が存在する。
王族を頂点として、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵とあり、同じ貴族と言えども天と地ほどの地位の差がある。 特に規定があるわけではないが、王族と婚姻を結べるのは精々伯爵家まで。
高位の貴族の子息、令嬢は大抵が幼少期に婚約者が決められている。侯爵家令嬢、フィーリアもその一人。彼女はつい最近になって、親同士が決めた婚約者ではなく自分で選んだ相手と結婚したいと思い始めた。恋愛小説の影響で恋愛に過剰な憧れを抱いているからだ。
しかし、婚約者が居る身で新しい相手を探すなど言語道断。まずは穏便に婚約破棄から始めるべきだと考え、それを側付きメイドのミントに相談してみた。
「ねえ、ミント。ラシオス様と円満な婚約破棄をしたいのだけど、どうしたらいいと思う?」
「そうですねぇ~……まず、フィーリア様から婚約破棄を申し出ることは出来ないですよね。あちらの方が身分が高いですから、お断りしたら旦那様が怒られちゃいます」
怒られるどころの騒ぎではない。
婚約が成立してから十年以上経つ。周囲にもそのように伝えられており、今更白紙撤回するわけにもいかない。
「そうね、わたくしの我儘でお父様に迷惑をかける訳にはいかないわ」
「あ、その辺の分別はあるんですね」
暴走気味とはいえ、フィーリアも生まれながらの高位貴族である。父親の立場というものも正しく理解している。
「婚約破棄など無理な話なのかしら」
目を伏せ、手にしたカップを覗き込む。ゆらめく紅茶に映る自分の浮かない顔を見て、フィーリアは深い溜め息をついた。
主人が気落ちしている姿に、ミントは胸を痛めていた。
「じゃあ、ラシオス様が他のご令嬢を好きになればいいんじゃないでしょうか」
「ラシオス様が、他の令嬢を?」
「はいっ! 目上の立場であるあちらから断っていただければ侯爵家には何の咎もないですから」
そう言われ、フィーリアはまた考え込んだ。
貴族学院には同じ年頃の貴族の子息令嬢がたくさんいる。しかし、大半は既に婚約者が決まっている。ラシオスに勧めるなら婚約者のいない者がいい。
そこでフィーリアは、とある令嬢の存在を思い出した。
「同じクラスのアウローラさん、まだ婚約者が居なかったはずだわ」
「アウローラ嬢って、ブラースカ男爵家の方ですよね? ラシオス様とは身分差がかなりあるような」
王家と男爵家では家格が釣り合わない。 貴族とはいっても男爵は田舎の有力者レベルだ。普通ならば縁談はまとまらない。
「その身分差が良いのです! ままならぬ恋に引き裂かれる二人、反対を押し切っての駆け落ち、そして周囲はその熱意に打たれて二人の仲を認めるのですわ……ッ!」
「あー、前に貸した小説がそんな感じでしたね」
フィーリアが最も影響を受けた恋愛小説だ。
その物語になぞらえて、ラシオスとアウローラをくっつけてしまおうと思い付いた。
「では、まずアウローラ嬢にラシオス様をおススメしてみたらいかがでしょうか」
「分かったわ。明日から早速やってみましょう」