28話:王宮内で思わぬ人と遭遇してしまいました
翌日、エリルは王宮へと向かった。事前に家令を通じて許可を取ってもらい、スパルジア侯爵に届け物をする体で堂々と表門から入る。
各貴族家の使いの者が王宮に出入りすること自体は珍しくない。エリルはメイド服の上によそ行きのコートを羽織り、手には大きな封筒を持っている。これはカモフラージュのためのものだが、もし第三者に見られてもいいように領地の経営に関する書類を何枚か入れている。
ちなみに、今は平日の午前中。ラシオスは貴族学院に行っている。
エリルがコンタクトを取ろうとしている人物はラシオスではない。彼の側近のガロフだ。貴族学院には使用人及び従者は用事もなく入れない。それは王子の側近も同じ。エリルはガロフに注意喚起することで、ラシオスを危険から遠去けようと考えていた。
──しかし。
「おや、偶然ですね」
「……ヴァイン、様……?」
王宮の南側半分は執務のための施設である。王族の居住エリアは更に奥にある。そこへ繋がる廊下を歩いている時に、後ろから呼び止められた。振り返った先にいたのは、ローガンの護衛、ヴァインだった。驚きのあまり声を上げそうになったが、エリルは気合いで耐えて平常心を保った。
「こんなところで会うなんて奇遇ですねぇ」
「え、ええ。そうですね」
「今日は学院には行かないのですか?」
「あ、その、旦那様が忘れ物をしたと言うので届けに……お嬢様のほうにはその後で行こうかと」
「そうでしたか。そういうお仕事もあるんですね。……いや、私もこちらで野暮用がありまして、学院に向かうのが遅くなってしまったんですよ」
野暮用?
他国の王子の護衛が、王宮内に一体何の用があるというのか。そもそも、何故こんな場所にいるのか。
「知りませんでした? アイデルベルド王国の者は王宮内にある離宮のひとつをお借りしているんですよ。なにしろ一ヶ月の長期滞在ですからね」
「……ああ、なるほど」
王宮の敷地は広い。他国から客を招いた場合は、王宮内にある客室か、大庭園の各所にある離宮が宿泊場所となる。
「離宮から外に出るには大庭園か王宮内を通り抜けなくてはならなくて。結構距離がありますよね」
大庭園を抜ける場合、貴人が移動する時は馬車、従者だけなら徒歩で移動が基本だ。王宮を通り抜けるルートのほうがやや短いため、こちらを選択するのは自然なことである。
王宮内の廊下を並んで歩きながら、エリルは内心焦っていた。
これから人目を忍んで王族の居住エリアに侵入し、ガロフに会いに行くつもりだった。だが、ヴァインが一緒にいる以上、そんな真似は出来ない。
「……あの、学院へ行くのでは?」
「せっかくですから、貴女と一緒に行こうかと。ご用事が終わるまで待ちますよ」
「そうですか」
ヴァインはエリルと行動を共にするつもりだ。こうなれば、今回は目的を果たせない。
諦めて、スパルジア侯爵の執務室へと足を向ける。流石に執務室の中まではついては来られないはずだ。
「では、書類を届けて参ります。ヴァイン様はこちらでお待ちください」
「わかりました」
高位貴族の執務室が集まるエリアには広間があり、簡単な打ち合わせが出来るような応接コーナーや、書類待ちの役人が待機するソファーなどが設置されている。
そこにヴァインを座らせ、エリルは目的の部屋の扉をノックした。
部下の青年が内側から扉を開け、エリルの顔を確認し、中へと招き入れた。屋敷の私室と同じで、廊下側の扉を入るとまず前室があり、奥の扉の先に執務室がある。
その執務室には、主人であるスパルジア侯爵ともう一人の姿があった。
「エリル殿」
「お待たせ致しました。……カラバス様」
そこに居たのはオウレリアの婚約者カリオンの従者、カラバスだった。




