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26話:なんだか少し怖い話になってきました

 

 ここはスパルジア侯爵家の屋敷、フィーリアの私室に通じる使用人控え室である。貴族学院から戻ったエリルは動きやすい服装からいつものメイド服に着替え、長椅子へと倒れこんだ。


「ずいぶんとお疲れね、何かあった~?」

「ちょっとヘマをしました」

「あらっ、珍しい! なになに~?」


 ミントが差し出す冷たい飲み物を受け取り、一気に飲み干してから、エリルは深い深い溜め息をついた。己の失態を口にするのは躊躇われるが、これを黙っておくわけにはいかない。






「──というわけです」


 今日のヴァインとのやり取りを包み隠さずミントに話す。自分の感じた違和感には触れず、あくまで会話と行動、事実のみを伝えた。


 しかし。


「やっだぁ、エリルったらヴァイン様に押し倒されちゃったわけ~? ドキドキしたでしょ!」

「それどころじゃなかったの!」


 そう、死ぬか生きるかの瀬戸際に立たされたような危機を感じた。それなのに、客観的にみれば単に押し倒されたようにしか思われない。別の意味でドキドキはしたが、いわゆる胸のときめき等とは真逆の反応だ。


「でもでも、ヴァイン様ってカッコいいんでしょ? どんな御方なの? 背は高い? 見た目は?」

「どんなって……ええと……髪は鮮やかなオレンジ色で、背は高くて、いつも穏やかに微笑んでいる感じの」

「そうなんだ~!」


 能天気に恋バナをし始めるミントに対し、エリルはまた溜め息をついた。


 だが、底抜けに明るい彼女と話していると少しだけ気が楽になる。深刻に考えがちなエリルにとって、ミントの前向きな姿勢や態度はとても新鮮なものだった。同じ物事に対してこうも受け取り方が違うのか、と毎回驚かされる。


 だが、今回ばかりはその限りではないようだ。


「エリルが突っ込んで聞いてくれたおかげで、ちょっと謎が解けたような気がするわ。たぶん知らずにいたら、誰かが不幸に見舞われていたでしょうね~」

「えっ」


 ミントの言葉は、あの時エリルが漠然と感じた不安を正確に言い当てていた。事実のみを伝え、エリルの感じたことは一切教えていなかったにも関わらず、だ。


「じゃあ、お嬢様が?」

「う~ん、どちらかといえばラシオス様の方が危ないかも~」


 婚約者がいなくなれば、フィーリアがローガンの求婚を断る理由はなくなる。つまり、ラシオスの命が狙われる可能性があるということだ。


「でも、どうやって」


 貴族学院にいる間は安全だ。敷地内には警備兵が巡回しているから暴漢に襲われることはない。ラシオスの食事は王宮から作りたてのものが直接運ばれてくる。毒殺の心配もない。


 ラシオスの周りには常に人がいる。腐っても王子だ。もし何かあれば、周囲にいる貴族の子息たちは身を呈して彼を守るだろう。


「やっぱり『不幸な事故』かしら」


 事故に見せかけて始末する。

 一番怪しまれず、禍根を残さない方法。


 それを聞いて、エリルはぞっとした。


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