15話:お嬢様は婚約者の第2王子を避けております
悪夢のフルーツタルト事件以降、フィーリアには特に変わった様子もなく、エリルとミントはホッと胸を撫で下ろした。
しかし、これまで必ずラシオスと共にしていたランチタイムを別々に過ごすことにしたという。これはラシオスがエリルに相談を持ち掛けて発覚した。
定期的に行われる情報交換。
貴族学院の敷地内にエリルが忍び込み、姿を隠して言葉だけを交わしている。
「どうしよう。学院で過ごす時間の中で唯一の癒しだったのに」
「お嬢様も思うところがあったのでしょう。しばらくそっとしておいて、ほとぼりが冷めた頃にお誘いしては?」
「ほとぼりが冷めるってどれくらい?」
「私だったら二度と顔は見たくないですね」
「そんなァ!!」
生まれて初めて作ったお菓子を前にして顰めっ面で『殺す気か』と言われたのだ。そのショックは計り知れない。
しかし、フィーリアはそれを引き摺ることなく普段通り振舞っていた。学院でも、屋敷でも。ただ、やはり顔は合わせづらいのだろう。他の令嬢に誘われたからとやんわり理由をつけ、ラシオスとのランチタイムを断ったのだ。
実際、これまでも取り巻きの令嬢たちから誘われていたのだが、婚約者を優先していた。今回の件でその優先順位が逆転しただけ。
「フィーリアは僕が嫌いになったのかな……」
「嫌われたというより、最初から好かれてなかったのではありませんか?」
「めちゃくちゃ追い打ちかけてくるね」
「よろしいですかクソ王子。お嬢様は歩み寄ろうとなさいました。それを無下にしたのは他ならぬ貴方様です。現状を嘆く暇があるのでしたら挽回できるよう頭を使うべきです」
「うん、そうだね。考えてみるよ」
どんなに扱き下ろされ、不敬な言葉を投げ掛けられても、ラシオスはエリルが味方であることを知っている。全ての事情を知りつつ応援してくれる彼女の存在を得難いものだと感じている。
今日も何だかんだで助言と励ましの言葉をもらい、ラシオスは笑顔を取り戻した。
「その笑顔をお嬢様の前で見せることが出来れば誤解なんてされないのですけどね」
ラシオスはフィーリアの前ではぎこちない表情しか出来ない。大好き過ぎて挙動不審になりそうな自分を無理やり押さえ付けているせいだ。その代わり、フィーリア以外の人間には自然に振る舞える。その落差がそもそもの誤解の原因。
勧められて、たまたま読んだ恋愛小説。
そこには、偽りではない真実の愛を求めて運命に抗う少女と、彼女を心から愛する男性の波乱万丈な物語が描かれていた。
婚約者から愛されていないと思い込んでいるフィーリアがのめり込むのは必然。
「お嬢様がもっと読みたいって仰るから新作をお貸ししたのよ~」
「ちなみに、どんな内容?」
「ひとことで言うと略奪愛かしら」
「…………」
ミントが新たに貸し出した恋愛小説。
それが新たな騒動の幕開けとなるとは、この時は誰も思ってはいなかった。




