14話:第2王子と親しくなった切っ掛けがありました 2
「やはり、君は只者ではないね」
「…………」
表情はにこやかなままだが、ラシオスの声がやや低くなった。先ほどの珍妙な申し出は反応を見るためにワザとやったのだろうか。
そうエリルが警戒した時。
「君がいると隙がなくて、スパルジア家でフィーリアの私物が集められなくて困っているんだよ!」
「はい?」
心底困っているといった様子でラシオスが何度も首を横に振り、大袈裟に溜め息をついた。
「僕はフィーリアの私物が欲しい。結婚まであと何年もあるし、たまに会っても二人きりにはなれないし、触れ合うような機会もない。だから、その寂しさを埋めるためにも彼女の使用済みのありとあらゆる品が欲しいんだ!」
当時のラシオスは十二歳。整った容姿と優雅な物腰、滲み出る気品でメイド仲間の間では天使だと持て囃されていた。お嬢様のお相手として申し分無いお方であると誰もが思っていた。
この日、さっきの言葉を耳にするまで、エリルもそのように彼を認識していた。
しかし違った。ラシオスはおかしい。完璧な王子様であるにも関わらず、性癖を拗らせている。
「例えラシオス様の頼みでも、私の一存で侯爵家の品物をお渡しするわけには参りません」
高位貴族の屋敷で使われている茶器は非常に高価である。メイドが勝手に譲渡出来るものではない。エリルは毅然とした態度で断った。だが、それで退くほどラシオスは甘くなかった。
「侯爵家で使用されているカップと同じメーカーの同じ製品を同数用意した。それと入れ替えれば問題はないはずだ」
「え、こわ」
過去に招かれた際に調べたのか、それとも侯爵家の出入りの商人から聞き出したのか。ラシオスはそれを把握しており、彼の従者(ずっと黙って後ろに控えていた)に持たせていた。
「それに、君は将来王宮で働きたいのだろう? 僕の頼みを聞いた方がいいんじゃないか?」
「ッ!」
これは立場を利用した脅しである。
これに屈してフィーリアの使用済みカップを渡せばこの場は収まるだろう。
だが、それは主人を売るも同然。
エリルはその要求を突っ撥ねた。
「申し訳ございません、従えません」
「……そうか、とても残念だよ」
何か制裁があるかと身構えたが、ラシオスは何もせずに茶会の会場である談話室から出て行こうとした。
予想外のことに、今度はエリルが呼び止めた。
「あの、ラシオス様。罰などは」
「なぜ罰する必要がある。君は何ひとつ間違っていない。僕が無理を言っただけの話だ」
心底不思議そうにラシオスはそう応えた。
後ろに控えている従者も首がもげそうなほど頷いている。どうやら本当にそう思っており、エリルに対して怒っていないようだった。
「ただ、僕はフィーリアともっと親しくなりたい。時々話を聞かせてくれると嬉しいんだが」
「は、はい。それくらいでしたら」
こうして二人の奇妙な関係が始まった。
その一件以降、情報交換する仲となったのだ。
好きな菓子。
好きな料理。
読んでいる本。
余暇の過ごし方。
差し障りのないフィーリアの情報をリアルタイムで知ることが出来て、ラシオスは大いに満足していた。
「仲が良い訳ではないんですよ。ラシオス様から利用されてるだけですからね」
「でもでも、王子様と一対一で話せるなんてスゴいことよ~? 私はちょっと畏れ多いかなあ」
他のメイドや使用人たちにラシオスの妙な性癖のことはバラしていない。腐っても王子である。悪い噂を吹聴することは不敬に当たるからだ。
故に、ミントは王子に一定の敬意を持っている。
「……知らない方が幸せなこともあるんですよ」
誰にも聞こえないような小さな声で、エリルはぽつりと呟いた。




