アメリカ発!最もレースに適さないバイク王座決定戦!!
おはこんばんちは、毎度お馴染み稲村某で御座います。ここ最近はいずれ発表する小説をこっそりと執筆しながら、たまーに生存報告を兼ねて一風変わった自動車やバイクのレースにスポットを当ててエッセイで取り上げています。そんな訳で今回もやっぱり常識外れなレースをご紹介!
さてさて、レースの世界は常にシビアで御座います。公道用に販売されていたバイクをレースに使用するなら、バックミラーやライト、ウインカーといった一般道を走行する為に必要な保安部品を全て取り外し(転倒して部品の破片を撒き散らさない為)、1グラムでも軽く、そして0.01秒でも速く走り競争相手と戦うのです。
……そんな事は常識だって? うんうん、そりゃ当然ですよね! だって世界が変わるような大発明でもしない限り、レース車両の重さや速さは極端に変わらないし、ならば僅かな無駄も無視出来ないのがレースなんですから。
ま、タイトルに書いてあるのでサッサと話を進めますが、今回の舞台であるアメリカという国は、日本と全く違うお国柄で御座います。良く言えば大陸的おおらかさ、悪く言えば大陸的馬鹿っぽさに満ち溢れた感じですか。
昔、某キャブレター(エンジンに付属する混合気を吸入させるパーツ)メーカーに勤めていた知り合いが、
「アメリカ人にドライバーを持たせるとさー、自分の指は太過ぎるからこんな細過ぎるのは回せない! って笑いながら拒否しちゃうんだよね~」
と、マイフィンガー、イズビッグ! とか言って笑ってました。アメリカの工場で働く作業員が、そう言いながら技術指導員の細い日本人相手に笑いながら嘆く感じです。マッチョは精密作業が苦手(偏見)!
……ちょっと話が脱線しましたが、これから紹介するレースで走るバイクについて、ご説明致します。
先ず、アメリカと聞いて連想する【バイク】と言えば、どんな車種を思い浮かべますか?
はい! ハーレーダビッドソンですね! V型二気筒オンリーのバイクしか生産しない、世界で最もシンプルな車種のみのメーカーですよね? そして、アメリカに存在するバイクメーカーは、インディアンという全く同じレイアウト(V型二気筒)の車両を作る二社だけしか有りません。そんな両雄が世界中で鎬を削っている訳ですが、両社の代表的なバイクのイメージと言えば……
……灼熱の荒野を切り裂くハイウェイを、威風堂々とした操縦姿勢で疾走するライダー達。彼等は決して前屈みにならず、押し寄せる大気を自らの筋力だけで捩じ伏せるのだ!!(一部脚色有り)
ま、そんな感じでしょう。マフラーから吐き出す断続的な排気音と共に現れて、唯一無二のエンジンが奏でる鼓動を纏いながら、風のように消えていく……それがアメリカ的なバイクのイメージでしょう。まあ、そんなラインナップの中には、幅の広い風防を付けた、ツーリング専用の宇宙船みたいなモデル(更に後部左右に樹脂製の荷物入れ付き)も有りますが。そうした長距離移動専門の車種を【カバン付き】と呼ばれているんですが、
ええ、そうした【巨大な風防と後輪周りのカバーに荷物入れを取り付けた】車種だけを集めて主催される【バガーズ・レース】というカテゴリーが御座います。そのレースに参加出来る車両は、ハーレーもインディアンも全く同じ。レースに不向きな巨大で空気抵抗の悪そうなフロントカウル、そして沢山の荷物が入るレースに不釣り合いな樹脂製の荷物入れを取り付けた、カバン付きのバイクのみ。
まあ、そうは言っても操縦するライダーは全員、車両に不釣り合いな競技用革ツナギを着てフルフェイスヘルメットを被り、他のレースと何ら変わらないアグレッシブなスタイルで挑むのですが、特筆すべきは鈍重で小回りの効かない見た目のバイクにも関わらず、レース専用に激しく改造されている点です。外装は軽くて丈夫なカーボン製に全て交換し、タイヤや足周りはサーキット走行に適したレース専用へと換装され、細部にまで手を加えたエンジンは、信じられない程の鋭い加速を可能にしています。
……流石、アメリカですよね!! こんな異端なレース、きっと何十年も前から開催していたとお思いでしょうが……実はこのバガーズ・レース、僅か三年前に始まったカテゴリーなんです。因みにレギュレーションを見てみると、二社のバイクなら販売年式問わず。但しフレームは無改造とし、排気量の上限とエンジンの内部構造は、水冷空冷そして自然吸気とターボ装着車(!!)で細かく決められています。あ、ターボが付けられるのはOHVエンジンだけですが。
さてさて、それでは【バガーズ・レース】とはどんなものか……ちょっと見てみましょう。
アメリカ合衆国、カリフォルニア州、ラグナ・セカ。古くからモータースポーツが開催されてきたサーキットで、通称【コーク・スクリュー】と呼ばれるツイスティーなコースが呼び物となっている、歴史有るレース場である。
スタートラインのグリット上にハーレー、そしてインディアンの厳ついバイクが並び、車体を震わせながらスタートの合図を待っている。全てのバイクには長距離仕様のカウリングと、規定で36リットルの容量を有するサイドケースが後輪の両脇に付けられているが、全車にはレース参加車を示す二桁のゼッケンが随所に施され、我こそ最速だと誇示しているように異彩を放っている。
蜃気楼で霞むアスファルトの上に、バガースタイルのバイクが並ぶ。約三百キロの車重、そして鈍重な見た目の外装と、最新の設計から掛け離れたエンジン。誰が見ても速く走れそうにない。
しかし、スタートの合図を示す表示灯が、オレンジからグリーンに変わった瞬間、爆音と共に前輪を浮き上がらせながら、全車が一斉に走り出す。まるで猛り狂う象のようにボディを激しく揺らしながら、しかし信じられない程の加速と共に全てのバイクが最初のカーブへ飛び込んで行く。
……グンッ、と先頭に出た車両を操るライダーは、レースに不釣り合いな高さのパイプハンドルにぶら下がるような姿勢のまま、膝を突き出しながら車体を傾けてコーナーを走り抜け、次に待ち受けるカーブに向かってバイクをフル加速させていく。
無論、重くのし掛かる車重を支えるタイヤはレース専用だが、その幅は市販時と全く同じ。ラフにアクセルを開ければ容易く後輪は滑り、一瞬の油断が転倒を招くだろう。
しかし、ライダー達は容赦なくバイクに鞭を入れる。コーナーからの立ち上がりの度にフロントタイヤは浮き上がり、何度も何度も後輪がスリップする。重い車体に細いホイール、不釣り合いな大馬力のエンジン、そしてサーキット向けではない華奢なフレーム……全てがレースに適したパーツかと問われれば、最適では無い。
だが、ライダー達は果敢にサーキットを攻め続ける。幅の広いカウリングの陰に身を寄せ、少しでも空気抵抗を減らしながらアクセルを捻り、重量に軋むフレームをなだめながらブレーキを握り締め、更に更に前へと加速させる。
一周、二周とコースを周回させながら競い合うバイクとライダーだが、彼等は様々なアメリカの公式レースで、表彰台に登る腕前の持ち主である。そんな猛者達が一位を目指して激しい順位争いを繰り広げる……。
モータースポーツが盛んなアメリカでのみ開催されている、ハーレーダビッドソンとインディアン製のV型二気筒エンジン搭載車で、長距離用カウリングとパニアケース付きの【バガースタイル・バイク】しか出場出来ないレース。それが【バガーズ・レース】である。
重く、長く、幅広い。さしずめ陸を走るクジラか、若しくは細く引き伸ばされたゾウのようなバイク達。サーキットよりハイウェイを疾走する為に産み出された、レースに不向きな車体である。しかし、モータースポーツが大好きなお国柄に相応しいこのレースでは、個性的な見た目のバイクに過剰な程の情熱を籠めて手を加え、鋼鉄製の巨象達に俊敏な加速力を与えてサーキットへ解き放つのだ。
……何故、そんな事をするのか。生粋の日本人の稲村某には、全く想像も出来ない。しかし、実にアメリカらしいレースだと思うし、その様相や実際のレース動画を見る度に、不思議な高揚感を覚えるのも事実である。
一度、機会が有ったら動画を検索して、その呆れるようなレース車両と走行シーンを観て欲しい。きっとこう思うだろう。
……ああ、これこそが正に【健全極まる狂気】なんだな、と。