告白しようと思ってた相手に告白されるの、意味がわからない!
「好きな人に告白しようと思ってるんだけど、どう思う」
――たったそれだけの質問に、人生で一番緊張した。
放課後の空き教室で、二人きり。
ばくばく、すごい音を立てて心臓が動いている。痛い。
このままじゃ心臓が体から飛び出して、勝手に私の気持ちをばらしてしまいそうだ、と思う。絶対ありえないけどありえそう。
緊張のしすぎでそんなふうに変なことを考える私とは違って、彼……友成和輝は完全にいつもどおり。
返ってきた答えはあっさりとしたものだった。
「え、嬉しいなって思う」
「……うれしい?」
「うん、嬉しい」
にこにこ笑うその顔は本当に嬉しそうで……まったく脈がないことを、思い知ってしまった。
好きな人がいることも今初めて言ったんだけど!? なんにも突っ込まずに嬉しいって……嬉しいって……何……?
どうしよう、思ってた以上に脈がない。泣きそう。
私の気も知らないで、友成は呑気に訊いてくる。
「いつ告白するの?」
「……やめる」
できるわけがない。――私が好きなのは友成なんだから!
……泣かない、泣かないぞ。我慢しなきゃ。
どうせ表情には出ないけど、友成なら察してしまうだろうし、念を入れておくべきだ。
それにしても、私が誰かに告白するのが嬉しいって、どういう感情なんだろう。口下手な私の成長を感じて嬉しかったとか? そんなの親心みたいだ。
違うと思いたいけど、他の理由も思いつかなかった。
というか、『誰に』でもなく『いつ』って訊くのが、なおさら脈のなさを表してるっていうか……でも流さずに訊いてくれるだけありがたいのかな……。
表情を変えないように努めながら、うんうんと考える。私の表情を読み取る天才である友成も、こうすれば簡単には読み取れない。……はず。
「やめるんだ……よかった」
友成はなぜかほっとしたように言った。
「よかった?」
「うん、どうせなら先にしたいから」
「?」
「?」
二人して首をかしげ合う。いや、どうして君も私と同じ反応をしてるんですか。
私の無言の困惑に、友成は説明になっていない説明をしてくれる。
「俺は告白されるより告白したいタイプだから」
反対側に首をかしげる。
今の、なんか。そういうタイプだ、って自己紹介をした感じじゃなくて……。
「……好きな人いるの?」
「いるよー」
世界が終わったと思った。
……いるの!?
そ、そんな軽くのほほんとした口調で言われても威力は下がらないんですけど!
「な、なんかびっくりさせちゃった? ごめん」
びっくりどころじゃないよ!! と心の中で叫んでも、口からは「ん……」という『うん』なのかなんなのかわからない声しか出ない。
いるんだ。好きな人。
……いるんだぁ。
「あのね、俺は小林さんが好き」
楽しい内緒話をするように言われたのは、私の名字。でもありふれた名字だから、学年の女子にあと三人はいる。
きっとそのうちの誰かだろう、と思って、やっぱり泣きたくなった。今度はもう、表情を取りつくろう余裕もない。
「……えっ、なんでそんな悲しそうな顔するの!?」
友成はぎょっとして、心配そうに私の顔を覗き込んできた。
――何を考えているのかわからない、と人からよく言われる。
私の表情は普通の人より怠けものみたいで、あんまり動いてくれないのだ。口だって、思っていることの十分の一も言葉にできない。
けれど、友成だけはいろんな感情を読み取ってくれる。それこそが、好きになったきっかけ。
……でも今このときだけは、伝わらなければいいのにと思ってしまった。
悲しいと感じていることを、友成にばれたくなかった。友達の恋をちゃんと応援できる人間だと思われたかった。
もっと伝わってほしいと思うことは多いけど、その逆は初めてだ。
「あ、わかった。そっか、小林さんっていっぱいいるもんね」
納得したようにうなずいて、友成はにこっと微笑んだ。
「俺が好きなのは小林千陽さんだよ」
目を見開く。
小林千陽。その名前は、うちの学校にはたぶん、一人しかいない。……私、しか。
「両想いなの、ずっと黙っててごめん。わかりやすいのに隠してるのかわいかったから、つい」
「え?」
「ひどいことしちゃってたけど、俺と付き合ってくれますか……?」
「つ」
「ごめん、やっぱりもっと前に言ってればよかったね……」
「……い」
「……大丈夫? びっくりしすぎてパンクしちゃった?」
「だ」
「うん。慌てなくて大丈夫だよ」
笑っていた顔は、次第に真剣なものに変わっていった。いつもにこにこしているから、こういう顔は珍しい。
素直に見とれられたらよかったのだけど……状況が意味不明すぎて無理だった。
パンク、確かにパンクしているんだろう。頭の中ではこうやって、どうにかこうにか言葉が作れているけど、口からは全然、せいぜい一音くらいしか出てこない。
私が混乱したり、戸惑ったりして何も言えないときにも、ゆっくり待ってくれる友成が好きだ。
そういうとき、友成は優しい顔をしている。いや、いつもそうなんだけど……特に、っていうか。
友成がいくらわかってくれるからって、甘えてばかりはだめだ。
そう考えて頑張ってみたことはあるが、「もっと甘えていいよ」と言われてしまった。「もちろん、頑張りたいなら応援するし、俺にできることならなんでも協力するよ!」とも。
好きだ。すっごく好き。
あんな脈なしの反応じゃなければ、今日告白しようと思っていたくらいで。
でも脈なしで、だと思ったら両想いで……? りょうおもい? え、りょ……何??
友成が好きなのは、私?
私のこと、かわいいって言った。付き合ってくれますか、って訊いてきた。
――友成が好きなのは、私。
「…………ごめん、帰る!」
「えっ、小林さん!?」
「ごめん! ほんとにごめん!」
友成を置いて、一人走り出す。ガラッとドアを開け放って、廊下を全力疾走。
なに、何が起きたの! 今の何!?
自分がこんなに速く走れるなんて知らなかったし、心臓がこんなに速く動くのも知らなかった。最初の質問をしたときもばくばくしてたけど、それ以上だ。
どうしよう、私、なんで逃げて来ちゃったんだろう。
それすらわからなくて、頭の中がめちゃくちゃで、とにかく足を動かすことしかできなかった。昇降口でもほとんど止まらずに靴を履き替え、駅までの道も走り続ける。
……私が友成のこと好きなの、ばれてたの!?
『わかりやすい』ってそんなわけないじゃん、友成にとってだけでしょ! 友成にだって、絶対隠せてると思ってたのに……!
がっ、と地面のでっぱりにつまずく。転びそうになって、慌てて一旦止まった。
ぜーはー、上がってしまった息を整える。
おそるおそる後ろを振り返ってみても、友成は追いかけてきていなかった。ほっとして、だけど違和感があって首をかしげる。
あの友成が、様子のおかしい私を放っておくだろうか。
……こ、こんなこと考えるの、自惚れっぽくて恥ずかしいけど!
でも友成は、少しでも私の様子がいつもと違うと感じたときには、傍にいてくれるのだ。
たわいのないことを話して、私が口を開きやすくなる空気を作ってくれる。大した話じゃないから別に話さなくていいや、と思っているときでも、気づいたら言わされているのだった。
どう考えてもさっきの私はおかしかったのに、友成が何もしないなんてこと、あるかな……。
もしかしたら、と思ってスマホを見てみる。
ロック画面には予想どおりというか、友成からのメッセージが表示されていた。
『さっきはいきなりごめんね』
『たぶん、一人でゆっくり考えたいと思うから、今日は追いかけないでおく』
『考えすぎで転ばないように気をつけて!』
『あと、明日の準備とかも忘れないようにね。英語小テストあるよ』
………………。
もう一度振り返る。友成はいない。
私はうつむいて、スマホの上部分をおでこにつけ、目をつぶった。そうして、大きく大きく、息を吐く。
――……好きすぎるんだけどぉ!!
えっ!? 余計さっき何があったのかわかんなくなった!
とりあえず、転ばないように駅まで歩いていくことにした。帰ったら、小テストの勉強もちゃんとする。そうしよう。
友成に言われなかったら、きっと私は駅までに転んでいたし、明日の小テストのことなんかすっかり忘れていただろう。
甘やかされてる。駄目にされるよぅ……。
ゆっくり慎重に歩き出した帰り道。ガラス張りの美容院に、冴えない私の姿が映る。少し足を止めて、横目にそれを見てしまった。
最近の髪型なんてわからないから、真っ黒な髪はただ、いつも一つにまとめている。お化粧なんてしない、なんとなく全体的に薄っぺらい顔つき。
……かわいくない。
しかも、そこに貼りつく表情は“無”。こんな顔から感情を読み取ってくれる人なんて、誰も……友成くらいしか。いない。
それに対して友成は、かっこいい人だ。見た目も、中身も。
人にさらりと優しくできる、かっこいい人。きらきらころころ変わる表情が魅力的で、周りを明るく照らしてくれる男の子。
そんな友成は、私のことが、好き。
好きって何?
……ほんとにさっき、何が起こったんだろう。
* * *
一晩考えても、二晩考えても、それ以上考えてもよくわからなかった。
……友成は、私のことが、好き。
わからない。全然、わからない。
わからないなら、もう一度ちゃんと聞けばいいだけ。
なのに私は、なぜか友成と顔を合わせられなくなって、逃げ回るようになってしまった。
だってなんか……友成の顔を見ると、頭と体の中全部がぶわーっと熱くなって、何がなんだかわからなくなるのだ。こんなまともな状態じゃないときに、友成と話したくない。
私と友成は同じクラスだから、逃げるのにも限度はある。けれど友成は私の気持ちを優先してくれるから、無理に追ってくることはなかった。
……それでも、友成だって傷つかないというわけではない。日々しょんぼりとしていく彼に、罪悪感で死にそうだった。
友成は何も悪くないのに。
私のことを尊重してくれてるのに、私は何をやってるんだ。
「と、とも、なり」
久しぶりに口にした名前は、すごくぎこちない。聞き苦しいはずのそれを聞いて、友成がばっと振り返った。
嬉しそうに輝く顔――は、すぐにまたしょぼくれた表情になった。
「……両想いなの黙ってたこと、怒ってる?」
「うっ……」
怒っているわけじゃない、というのは、たぶん私よりも友成のほうがわかっているだろう。
それでもそう訊かせてしまうくらい、私の態度が悪かった自覚はある。だからちゃんと、私が自分の言葉で否定しなければいけない。
なのに、口が動かなかった。頭の中にだけ、どんどんと言葉が溜まっていく。
――怒るなら友成のほうでしょ! ばか! 優しい! そういうところも好き!!
叫ぶような強さで、想う。
私がどれだけ友成のことが好きか、友成は絶対知らない。私の好意がわかりやすかったなんて言っていたが、そんなのきっと、表面の部分だけだ。
だってもう、全部好きだから。
私のことをわかってくれるところも、私の頑張りを尊重してくれるところも、優しいところももちろん好き。両想いだってことに気づいても隠しちゃうような……おちゃめ? なところも好き。
マイペースなところも、意外と負けず嫌いなところも。眠いときに、人の話をあまり聞いてなくても適当にうんうん相槌を打っちゃうようなところだって、好き。
――そういうことを友成が知らないのは、私が何も言えていないせいだ。
相変わらず、口からは何も出なくて。表情だってたぶんあんまり変わってない。
どうして私って、こうなんだろう。
考えてから口に出すまでに、時間がかかりすぎる。ようやく出ても短すぎる。だから毎日帰ったら、その日思ったことを文章に書き出してみて、それを読み上げてみたりしている。でもそんなの、なんの役にも立たなかった。
毎日、鏡の前で笑顔の練習だってしている。ネットで検索して出てきた、割り箸をくわえるトレーニングとか。
……だけど全然成長しない。
友成がわかってくれるからって、甘えたくないのに。
自分の気持ちくらい、自分で伝えられるようになりたいのに。
伝わるだけじゃ足りなくて、ちゃんと、ちゃんと伝えたくて。
「……怒ってないよ」
それでも、答えられたのはその一言だけ。――こんなに考えてこれだけ!
あまりにも自分が情けなかった。
想うだけで何も伝えられない自分が、大嫌いだ。
「……よかったぁ」
たったこれだけの言葉でも、友成はほっと頬を緩ませた。
「じゃあやっぱり、落ち込んでるのかな……。できれば気にしないでほしいんだけど、難しいよね」
「……うん」
「うぅーん……ずっと避けてたの、俺のこと色々考えてくれてたから、ってことで合ってる?」
「…………合ってる」
「なら本当に気にしないでほしいなぁ。いっぱい俺のこと考えてくれるの、嬉しいもん。ありがとう!」
……そういうことを、本当に嬉しそうな、まぶしい笑顔で言うのはずるい。思わず目をつぶってしまった。
「そのせいで落ち込んじゃってるなら、本当はお礼なんて言っちゃだめだろうけど……。ごめんね」
「そ、そんなことない。……友成が、嬉しいって思ってくれたなら」
目をつぶったまま答える。
だって本当に、友成が嬉しいなら私だって嬉しいから、謝る必要なんてないのだ。
友成はまぶしい。
ずっと見ていたいのに、見ていると目が焼けてしまう気がして、こうやって時々、不自然に目をつぶってしまう。目をつぶったって、頭の中には友成の笑顔がはっきりと浮かぶんだけど。
「……そっか」
声だけでわかる。きっと今友成は、まだまぶしい、だけどさっきよりも優しい顔をしている。
おそるおそる目を開けると、そこには想像どおりの顔があった。
友成はちょっと周囲を窺ってから、こそっと小声で訊いてくる。
「今から場所移して、また告白しても大丈夫? 久しぶりに話したし、今日はもう限界かな」
「こ…………」
告白って予告されるものなの!? いやそのほうがありがたいのは確かなんだけど!!
もう逃げたくはないので、「だいじょうぶ」となんとか口にする。
「ありがとう。この前はあんまりちゃんと言えなかったから……」
言えてましたけど!? 私より! 全ッ然、よっぽど!
内心大騒ぎの私を連れて、友成はこの前と同じ空き教室に移動する。
それから宣言どおり、照れくさそうに告白を始めた。
「表に出すのが苦手なだけで、本当はたくさんのことを考えてくれてる小林さんが好きだよ。小林さんのことを知れば知るほど、表情から何を考えてるのかわかるようになるのも楽しかった。次は何がわかるようになるかな、ってどきどきした。俺にだけ見せてくれる顔も好きだし、みんなに見せてる顔も好き」
「……あり、がとう……」
お礼を言ってから気づく。
私、この前好きって言ってもらったときにお礼言い忘れたよね!? せめてごめんとありがとうだけは、どんなときでも伝えられるように頑張ってきたのに……!
慌てて前のめりに謝る。
「あのっ、ごめん! この前のときもありがとう!」
一瞬きょとんとした友成は、あははっと軽やかに笑った。
「うん、こっちこそありがとう。好きだよ」
今の『好きだよ』はどことも繋がってなくない!?
友成も割と、言葉が足りないんだよな……私よりは全然マシだけど。
……それにしても告白って、一度にこんなにたくさん受けていいものなんだろうか。恥ずかしすぎて、気を抜いたらまた逃げてしまいそうになる。
でも、もう絶対逃げたくはないから、足と手に力を込めてぷるぷる震える。友成はそんな私に、ふわりと目を細めた。
……何か大切なものでも見るような目。
――その目を見て。
ようやく、『友成は私のことが好き』という事実が、すとんと胸に落ちたのがわかった。
これまでは、その事実は私の中をただすり抜けていた。きっと受け止められていなかった。
だけど今、やっと、ようやく、はっきりとわかったのだ。
――友成は、私のことが好きなんだ。
早く、早く返事をしなきゃ。私も好きだって、大好きだって伝えなきゃ。
何かに急かされるように口を開いても、私が声を出すより先に、友成の言葉が続く。
「俺のこと好きだって、いつも目とかで伝えてくれるのもかわいい」
「かっ……」
「うん、かわいい。いつもはちょっとわかりにくいけど……今はすごいわかりやすい顔してるし。ほんとかわいい」
くすくす笑う友成。そこまで言われるってどんな顔!? と私は慌てて手鏡を出した。
真っ赤な顔。困ったように下がる眉、潤む目。あわあわと何かを言いたそうに動くくちびる。
こんなに情けない顔が、友成にはかわいく見えている。
そう思うとさらに顔が熱くなって、頭が真っ白になった。
「――こっ、こんなのかわいいって言ってくれる友成のほうがかわいい!」
するっと、自分でもびっくりするくらいあっけなく、口から言葉が飛び出す。
「目とかで伝えてくれるのだって、今の友成だし! な、なんでそんな私のこと好きなの!? ……って訊いたら、たぶんもっといっぱい理由挙げてくれる気がするから訊かないけど!」
頭の中で言葉ができあがる前に、口から全部がこぼれていく感覚。このままだと、ものすごく恥ずかしいことまで言ってしまう予感がした。
だけど。
……言いたいことを言えないより、恥ずかしい思いをするほうがずっといい。
友成は目を見開いて固まっている。
その顔から目を逸らさないように、私はぐっと目に力を入れた。
「っそうだよ、いっぱい考えてたし、考えてるよ、友成のこと! 友成が伝えてくれた私の好きなところより、さっき私が考えてた友成の好きなところのほうが多いくらいだもん!
わかりにくい私のことわかってくれるのも、甘やかしてくれるのも、それでも私が頑張ろうとしたら応援してくれるところも、たまにちょっと意地悪なところだって、優しいところも、笑顔がまぶしいとこもっ! 一緒にいると安心できて、でもドキドキして……そういうのがきつくて、楽しくて、心がめちゃくちゃになるところも! も、もう今私が何言ってるのかわかんないけど、たぶん普通だったら引かれるのに、友成だったら嬉しいと思ってくれるんだろうなって思えるとこも、他のとこだって、全部全部好きだから――」
息を、大きく吸う。
「――愛してるから!」
……友成の顔が、見たことのないくらい真っ赤になっていた。
はーはーと肩で息をしながら、私もやっと、顔の熱さを自覚する。
「えっと…………」
口ごもる友成は初めてだった。視線がそわそわとさまよっているのを見るのも、初めて。……いつもは私の目を真っ直ぐに見てくれるから。
そこも好きだと言っておくべきだったな、と思いながら、じわじわと頭が冷静になっていくのを感じる。もうそろそろ、なんでも言える無敵タイムが終わりそうだ。
それでもあと一言くらいは言えそうだったから、私は勢いのままに叫んだ。
「好きです付き合ってください!!」
「は、はい!!」
即座にうなずいてくれた友成。
少しの沈黙の後、彼はぷっと吹き出した。
「ご、ごめん……ふふ、なんか変な返事になっちゃった」
「……いや」
「小林さんのこと、結構わかってるって思ってたけど、まだまだだったなぁ」
「……いえ」
「もっとわかるようになれたらいいな。これからもよろしくね、小林さん!」
「はい……」
反動なのかなんなのか、はいといえくらいしか言えなくなってしまった。なんだこれ、おかしいでしょ。
友成はまたくすくす笑って、「かわいいなぁ」なんて甘い声で言う。そっちのほうがかわいい、と思ってしまったことは、たぶんもう、彼にはしっかりと伝わっているのだ。
だとしても、伝えない、というのは違うから。
声を、勇気を、また振り絞る。
「…………友成のほうが、かわいい、よ」
「……ありがとう」
――きっと今、友成はいろんなことに対して『ありがとう』を言ってくれた。
かわいいという言葉に対しても、勇気を出したことに対しても。そしてそれ以外の、私が自覚していないことに対してまで。
「……私も、もっとわかるようになりたい」
願いがぽろりと口からこぼれた。
友成のことが、もっとわかるようになったら。そうしたら私は、友成のことをもっともっと好きになる。
そんなの、考えるだけで幸せだった。私の表情筋が働きものだったら、すっごいゆるゆるな顔をしていた自信がある。
ふっと友成が笑う。
「そういう顔だよ、小林さん」
「……?」
「俺のこと、好きだって顔」
……こういう顔、ですか。
なるほど、と神妙にうなずいてみせれば、友成は「すぐ照れるのもかわいいよね」とさらっと言ってきた。
あの。照れすぎて死にそうだから、もっと手加減してほしい……です……!!