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生涯独身で何が悪い〜剣聖を育てた男〜

作者: 湯原伊織

「この暴君アルカンダース! 私の婚約者であるサラスティーナを返してもらうぞ!!」


 私は玉座の間の扉を両手で開け、遥か高みに座る帝王を睨みつける。


「サラスティーナ? そこに転がっているゴミの名前か? よかろう。その転がっているゴミを持ち帰ると良い」


 アルカンダースの指さす方向を見る。するとそこには女性が仰向けに倒れている。私は急いで駆け寄る。


「…サラ!? 嘘だろ!!」


 そこには、もの言わぬ亡骸となった婚約者が横たわっていた。


「そこに転がっているゴミは余の愛妻の一人にくわわれると言う栄誉を放棄し、あまつさえも余に暴言を放ったのだ。だから、さきほど、ここで処分したのだ」


「ゴミ? 処分だと!?」


 私はものを言わなくなった彼女を抱え、この国の頂点に立つ男を睨む。


「なんだ、死体に恋慕する趣味でもあるのか? 変わったやつだ」


「殺しておいて、ふさげるな!!」


 彼女は、サラにはやりたいことがあったのだ。カルボナ子爵の1人娘であった彼女は自領を発展させて、多くの領民を幸せにしたいという夢があった。


 それが、その夢がこの男のくだらない欲望のために…


 ただ見た目が気に入ったから夜の相手をさせる愛妾として無理矢理、彼女を攫っていったくせに…


「なにを怒っているかしらんが、ふざけているのは貴様の方だろう。ここをどこだと思っている!! 余が統べるアーカイナム帝国のドゥテーハイム城だぞ」


「いったい、どうやってここまで入ったのかしらぬが…」


「おい、誰かおらぬか! そのゴミと一緒に反逆者を片付けろ!!」


 アルカンダースの声に呼応こおうして、兵士が玉座の間に次々と入ってきた。


「で、でかい!?」


 だが、私を見るなり、兵士たちは驚愕の表情で固まる。確かに私の体格は一般の人よりも頭4つ分ほど大きい。だから、普通の家では頭が天井についてしまい不便だったのだが、こと戦闘においてはこれほど役に立つものもない。


「隙だらけだ!」


 私を見て動きを止めていた1人の兵士に鞘から引き抜いた剣を力の限り叩きつけた。


「嘘だろ!? ば、化け物! 人間を両断した!」


 私が片手で剣を振るっただけで、味方が一刀両断されたのを見て騒ぎ出す一般兵士たち。


「私に勝てると思うものは挑んでこい、この宝剣の錆にしてくれる」


 私は剣についた血を振り払うように左上段から右下に剣を振りながらそう言った。誰もが怯えて、足がすくんでいるようだ。私はそれを確認すると躊躇いなく、サラを抱えて、玉座の間から走って出た。


「なにをしている! 追いかけろ!!」


 暴君の声が廊下を駆ける私のもとにも聞こえてきた。


「…せめて、彼女を弔ってからじゃないと死ねないな」


 私は逃走を妨害する兵士をことごとく倒し、城から抜け出た。


 城下街であっても、追っ手は私の追跡ついせきをやめてくれなかった。そのため、私は髭を潜伏中にのばし、名前を捨て、国境付近の集落に落ちのびたのであった。


 本当は彼女の亡骸を故郷にかえしてやりたかった。しかし、彼女の亡骸の腐敗も進んでいる現状では、追っ手をまいて目的を達成することはできそうにないと思い、少しの遺髪を知人に頼み、遺族に届けてもらった。


 そして、私は泣きながら、集落の墓場に彼女の墓を作り、お別れをしたのだ。本当ならば来月には私たちの結婚式だったのに。私もすぐに君の側に行くから…


「赤子の声が聞こえる!?」


 泣き止まない声に導かれるように私は泣き声が聞こえる場所に向かった。


「こんな墓場に子を捨てる親がいるなんてな。寒い冬に向けての口減らしだろうが酷いものだ」


 私がそう言って、自分の顔の付近まで赤子を持っていった。すると、赤子が私の髭を掴み引っ張る。そして、離したと思ったら私の鼻頭を殴ってきた。


「いた、赤子のくせに力強いな。まったく、とんだヤンチャな子供だな。元気そうだから私が育てるか」


 婚約者すら守れなかった私にこの子を育てれるだろうか? いや、育ててみせる。出世なんてしなくてもいい。ただ、私と違って、幸せな人生を送れるような立派な人になってくれるならばそれでいい。


☆☆★


「父さん! 父さん!!」


 …懐かしい。夢を見ていたようだ。


「ああ、父さん!!」


 息子が私の手を握って、泣いている。泣いている? ここは寝具の上か。ああ、そうか…。


「我が息子よ。泣くでない。おいぼれが天に召されるだけだ」


「そんなこと言わないでよ。父さん」


 息子は寝具の上に横たわる私の手を握りながら、そう言って泣いている。


「お主のお陰で、私の人生も少しはこの世界に役に立っただろうか」


「何をいっているの」


 私の誰に問いかけているのかわからない質問に息子は首を傾げている。まぁ、そうだよな。ああ、もう、まとまった思考をすることは難しそうだ。そろそろお迎えが近いかもしれない。


「…剣聖になった息子に。この寝具の下に剣がある。それを託すぞ」


 私の時代には剣聖なんて称号はなかったが、最強の騎士と言われた私が反逆者となったことで、新しくできた称号らしいしな。


「これは…」


 息子が剣を手に取り、こちらに問いかけてきた。


「この国の最強の騎士が持つ宝剣だったものだ」


「受け取ってくれ」


 頷く息子に私は微笑んだ。ああ、もう限界だ…


「お前が子供の頃は一緒に畑を耕し、森に入っては獣を狩ったな」


 息子は私の死期を悟っているのだろう。私の一言一言に頷いている。


「どれほど、充実していただろう。そして、今も忙しい中、来てくれた。ありがとう」


「お、俺のほうこそ、誰の子かもわからないのにも関わらず…」


 息子のわだかまりはわかっていた。だから、私は彼の言葉を遮るために口を動かす。


「何を言っているんだ。もっと胸を張れ。おまえは私の子だ。わ、私はおまえを…」


 も、もう限界なのか。せめて、息子に私の思いを伝えてから…


「誇りに思って…。い、…」


「父さん!?」


 ああ、立派になった息子を最後に見れてよかった。迎えが来たか。さて、婚約者に何を話そうか。彼女はすぐに追わなかった私を責めるだろうか。いや、きっと彼女なら…

「マザコン王子はざまぁな婚約破棄がお好きなようですね」という短編も書いておりす。

良ければお読みください。

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