幽霊家族
ミーン ミーン。
蝉が遠くで鳴いている。そう言えば今日は今年に入って最高気温を更新した、というニュースを昼休みの教室で耳にした事を何となく思い出していた。陽川高校三年、堀井 宗司は炎天下のもと自転車を漕いでいた。他の生徒とは少し早めの下校になる。と、いうのも特に理由は無いものの、帰りたくなったから早退しただけの事である。何も無い、いつも通りの昼下がりだった。宗司は片手をハンドルから離し、首元の黄ばんだワイシャツの袖口でフツフツと汗の湧き出る目元を拭った。ふと、思い出した。
「そういや進路希望調査の紙、俺だけ出してなかったな...」
宗司は孤独だった。いじめられていた訳では無い、ただ一人が気楽だったから仲の良い奴は中学までで、これと言った友達と呼べる人はいない。大人が大嫌いで、歳上なだけで威張るのが気に食わなかった。自分は一生こうして独りのまま、卒業して大したことの無い大学に行って、そこそこの企業に就職して、つまらない人生を送るつもりだった。
宗司は雲ひとつない青空を見上げた。「はぁ」と大きなため息を吐いたー。
1章 死別
シャワーを浴びてタオルを被ったまま、宗司は全裸でリビングの戸を開けた。母が帰宅するまではあと四時間程ある。テレビを付け、まだ乾いていない身体のまま下着を履いた。どこのチャンネルもこの時間帯はトークショー系列の番組ばかりで退屈になった。宗司は一人っ子で、父親は物心着く頃には離婚してしまっていたらしい。女手一つで宗司を育てた母親は、いつもテレビやエアコンは節約の為に使わない時は消すよう言ってくるが、昨日も夜遅くまでスマホを眺めていたせいか眠くなってきてしまった。帰ってきたらまた口うるさく説教されるだろうな、そう思ったままソファーに横になり目を閉じた。
どのくらい眠っただろうか。スマホを開くと夕暮れの五時半を指していた。先程付けっぱなしのままにしておいたテレビは化粧品のCMが流れていた。外も薄暗くなりつつあり、大きく欠伸をした。いつもなら母はとっくに帰っている時間だが、買い物でもしてくるのだろう。と、思いカラカラの口の中を冷蔵庫に入っていた麦茶で潤した。
ピーンポーン。
チャイムがなった。郵便かな、と思ったが間もなくして再び
ピーンポーン。
となった。余程急ぎなのだろうと、足早で玄関に向かった。ガラガラと横にスライドする古いドアのスリガラスの向こうには、小柄の恐らく女性と思われる人の姿が薄らと確認できる。ドアの向こうから声がした。
「そうちゃんいるんやろ!大変や!早く来て!」
この声は近所の昔から母が仲良くしている関西弁のおばさんの声だ。とても慌てている様子でサンダルを履くこともなく裸足のままドアをスライドさせた。目の前には汗だくの関西弁のおばさんが立っていた。
「お母さんが事故ったんよ。とにかく走るで!」