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つばめのあさちゅん〜社会人二年目で仕事に疲れた私が愛でるのは、ナンパで出会ってなりゆきで同棲することになった、家でゴロゴロする働かない彼。ないがしろにされがちだけど、それでも私は彼を抱きしめる〜

作者: geennaam

 ツバメとヒモはちがうらしい!


 ありがとう! がんばって読んでー!



 花冷えの残るなか惚けた日が皐月をはぐらかす灰青色おぼめく舞台には不相応な青黒い燕尾服(タキシード)を羽織る仮面姿の若男(ツバメ)が即興で愛の詩を(あさチュン)詠う。



 チュンチュンと鳥のさえずりを目覚ましがわりに、「……あさ、っ」とお決まりのセリフをつぶやき、まぶたをこする。

 寝ぼけ目に写るのは、食べあとの残る皿や滴を失った無機質なチューハイの缶。

 そこらじゅうに散らばったティッシュだった。

 彼女は昨夜の行為を悔いるようなため息をつきながら、となりで呑気に寝息をたてる彼のことを見てしまう……。



 ──んぐぅーッと手をあげ、ないまぜの気持ちごと身体(からだ)をのばす。

 いまだにぼんやりとした頭をよそに、惰性がスマホにほぐれた手をのばした──



「……えっ?! もう、こんなじかんッ!?」



 現代社会で生活するにあたってこの四桁の数字に殴られた経験がないものを探すのは、ツチノコを見つけるのと同じくらい難しいのかもしれない。

 自業自得ともいえる場合のほうが圧倒的に多いことはさておき、今日だけをみても数えるのが億劫になるほどに数多いる被害者の一人が彼女である。


 彼女はまず手始めにと、テーブルのうえにある昨夜の過ちをシンクに葬った。

 その勢いのまま、無心でドタドタとバスルームへかけこみ早ばやと出てくるやいなや、心持ち色づいた顔でバタバタと身支度をする。

 彼女も近ごろ流行りの盛られたモーニングルーティン、とやらを気取る日もあるのだが加工のできない現実はこんなものだ。

 ルーティンとは??

 雑に結ったポンパドール姿で、「わたしはまだ若いから大丈夫」とマインドセットをしながらスキンケアもそこそこに、最低限の時短メイクで済ませた。

 ドタバタのすえ支度を終えた彼女は、相変わらずベッドのうえで自由を具現化したような風体で寝むりこけた彼に目をやる。

 そこにはマンガかアニメでしかお目にかかれない、シャボン玉みたいな鼻ちょうちんがあった。

 見事に()えたそれは、実は作りもので空寝の演技をしているのではないかと疑ってしまうほどだ。

 彼女はその様子が鼻についたのか、お返しとばかりに芝居がかった仕草で頬をぷっとふくらませながら腰に手を当てた。

 やれやれとも、いとしいとも判断のつかぬ顔をしながら、買い置きしてある食べ物をいつもの所におく。

 彼女は返されることがないと分かっていながら、小さな声で、「いってきます」と玄関の扉を開ける。





  * * *





 私の名前は、みなこ。

 まわりの子にくらべてちょっと古くさく感じる、この名前が嫌いだった。

 私は昔からキラキラしたものが好き。

 なぜか不思議な力をもらえるような気がして、願いが叶うんじゃないかって思ってしまうから。

 幼かった私は、とうぜんのように名前のことで文句を言っていた。

 それはセーラー服を着る年頃まで続いてしまう。

 お父さん、お母さん、ごめんなさい。

 今はとても気に入ってます。

 そんな私もいまやスーツを着てパンプスを履きこなす社会人二年目、立派なビジネスウィメンの仲間入りを果たしたのである。

 変身願望でもあったのか、スーツを着ただけで女の子からカッコいい女性に変身できたような気になってしまう。

 カツコツ! コツカツ!

 大人の女性には似つかわしくない音が、ヒールから鳴っているけど大目にみてほしい。

 私はいま急いでいるのだ!

 はい。自分の所為(せい)ですね。

 わかります。ごめんなさい。

 ハンカチで人よりややせまい額をおさえる。

 だって家を出て早そうだというのに、もう汗が私の足軽メイクを襲って来るから。

 決して尻軽ではないぞ。

 信号待ちのついでに、押しつけがましい太陽をうっとおしく感じ、空を見上げると、我が物顔の誰かさんの顔がそれと重なって見えた。

 私の住むマンションを振り返ってしまう。

 就職を機に上京して一人暮らしを始めたんだけど、少し前から独りではなくなった。

 同棲してるんだ。

 かなしいかな、彼氏彼女とはいえない関係。

 きっかけはよく有るパターンのひとつではあるものの、あまり良くない出会いかただと思う。

 今にしてみれば気を引くためだったのかもしれないけど、なでられているような声から若そうだなと思った、のを覚えてる。

 仕事帰りに夜の街を歩いていたら、彼のほうから声をかけてきた。

 いわゆるナンパだ。

 普段なら絶対に立ち止まったりしないのに、そのときの私は誘いに乗ってしまった。


 私が悪いのはわかってる。


 うろ覚えにしないでちゃんと身に付くように努めていたつもりだったけど、任される仕事が増えるにつれて的外れなミスが重なった。

 そんな言い訳がましいやるせなさを感じてるときに上司からかけられた言葉が、チクチクと胸に刺さる。

 不器用だからと自分でじぶんを誤魔化したくなかったのに、とにかくガムシャラにやることしかできなくて、学生の頃に思い描いた理想の私とは正反対の社会人になっていた。

 ガムシャラが続くだけ、くるい乱れた生活リズム。

 私は心身ともにクタクタで、這うようにやっとの思いで家に辿り着くと電気もつけずに真っ暗なまま、靴を脱ぐことも忘れて座り込んでしまう。


 暗闇の中で音だけが響いていた。


 チクタクと規則正しく刻まれる時計の針音。


 みんなの前で呑んだものがうっと胸を迫り上がる。


 私は独りになってから涙を吐き出した。


 そんな毎日を過ごすうちに幾度も刺さる針がいつしかミシン線を作り、簡単に裂けたそれは私の心に隙間をつくる。

 自尊心が低くなった分だけ、見下ろされることに怯えるようになってしまった。


 寂しかったんだと思う。


 ゆきずりの関係を持ってしまった私たち、なのですけれど、お恥ずかしい話ではありますが、実はわたし、初めてだったのです。

 なし崩しに情だけで一緒にいることは、お互いのためにもよくないと思ってネットで調べてみた。

 出るわ、でるわ。

 色んな情報がさ。

 正直、経験も覚悟もなかった私はネガティブな内容に打ちのめされる。


 でも私は彼を突き放せなかった。


 ふてぶてしく土足で私の隙間に入りこんでくるくせに、なぜか妙にそれが心地好かった。

 高い所が好きでいつもそこにいるくせに、私のことなんて気にもせず呑気にしてる姿は、私の勘違いに気づかせてくれた。


 彼は本当に自由気ままで、私がかまってほしいときにそっけなくしたり、なのに不意に甘えてきたりする。

 ネットによると、それが彼らの常套手段らしい。

 文明的な生活をするには、お金がかかる。

 小さな子供でも知ってる世界中どこを見渡しても、当たり前のこと。

 でも、彼らは働かない。

 ゴロゴロと日がな一日を過ごし、食べてはねて、ネテはNERU、を繰り返すのだそうな。

 いや、寝すぎだから。

 食っちゃ寝してるとコロコロと丸くなってしまうんだぞ。

 ちゃんと管理しないとだ。

 それに、もう一つ管理しないとね。

 言わずもがな社会人二年目の私に、金銭的な余裕なんてないのだから。



 出るのは、お金とため息ばかり……。



「みなこおはよー! ため息なんてついちゃってどうした? メイクも薄くない? そんなんじゃ彼氏できないよ。あっ、今はそれどころじゃないか!」


 暗い気持ちのまま職場の最寄り駅に着いた私に、明るい声がかけられた。

 朝から元気いっぱいの彼女は、同期入社のうさぎ。

 長耳のウサギさんは鳴かないらしいけど、こっちのうさぎはお喋りさん。

 私は彼女の明るさに何度も助けられてきた。

 ただ、面と向かって本人には言ってない。

 果てしなく調子に乗ること請け合いだから。

 とはいえ感謝はしているので、別のかたちで返しているつもりではある。

 それと、彼女の名前に少し憧れてるのは内緒だ。


「おはよー。ちょっと寝坊しちゃってさ」

「勉強? のんだ? 夜更し? からの朝チュン? まあなんにせよ、肌に悪いしほどほどにね。むしろ、目覚ましかけ忘れ?」

「ま、まあ、そんなとこ……」


 いっぺんにたくさん質問してくるうさぎ、しかも最後を除いて全部当たってるし。

 もろもろの事情があって、今のわが家に時計のたぐいはない、スマホのアラームすら使ってないんだ。


「あっそうだ! このあいだ、みなこんちにいるアレの画像くれたじゃん。実家、帰ったときにルナに見せたんだけど、めっちゃカッコいいって言ってたよ!」

「まあ、見た目はいいよねえ」


 言ってはなんだけど、顔とスタイルは申し分ないと思う。

 惚気ではないのであしからず。


「あと、アレじゃなくて、アル──」


 言葉をかぶせるように、うさぎが渾身のフルスイングをする。





「──そういえばさ、みなこ、ちゃんと避妊してる?」





 うさぎーアウトーっ!


 痛い。周囲の視線が刺さって痛い。


 我われは企業戦士が闊歩する戦場にいるのだよ。

 エリア○NOUCHIでうさぎ一等兵がぶっぱした無自覚の自爆攻撃は、一目(ひとめ)見ただけでこの春から新兵になったと分かる戦闘スーツに着させられている者の、未熟なエイミングですらぶっ刺さっている。

 ましてここは歴戦の猛者が集う最前線の街である。

 ギラギラとした眼光は私たちを容易に射抜いた。

 そんな不可避の一斉射撃を受けたなら、大抵の者であればオーバーキル必至であろう。


 でもね。彼女の正体を知っている私は取り乱すことはない。

 私の間に合わせの化粧とは違う、完璧にメイクアップされたバリキャリ感の漂う外見がしでかす、うんざりするようなドジは、俗に言うギャップ萌えである。

 一話完結の勧善懲悪アニメのごとく、もはや古典ともいえるそれは様式美であり、愛でるものなのだ。

 目に入れても痛くないくらい可愛いんだぞー。

 今だってオランダ生まれのウサコのように、口の前でXを作った彼女に、あざとさをスズメの涙ほども感じないのだから。

 お仕置きすることがどうしてできようか。





 私はただいま帰路の途中……。

 ふと、思う。

 ヒーローに倒される悪役の皆んながみんな、本当は悪い奴らばかりではないんじゃないかと。

 めいめいがのっぴきならない事情を抱えているにもかかわらず、それを隠されていることだってあるはず。

 ヨゴレ役に泣くなく回され、涙を飲んでその役割を真摯に演じているようにすらみえる。

 がんばえー!

 の声援と夢をこわさないために。

 でも、何事にも敵は必要なんだと思う。

 あえて言わして頂こう。

 私は仕事を倒した。

 完膚なきまでに、たおしてやったのだ。

 私は守り養わなければならぬものがおり、もう負けてはならぬのだ。

 それと引き換えになった私のメイクもとうの昔に、ヨレたおしてるがな。



 私はただいま帰路の途中……。

 今朝のうさぎの言葉を思い返す。


 ……避妊か。


 今まで実際に経験のなかった私は、その行為がどこか別の世界で起きていることのように思えて、現実味が感じられなかった。

 倫理観という尺度で考えたくなくて、生理的な忌避感みたいなものに盲目に従っていた気がする。

 彼がそれを望んでいるとも思えなかったから。

 正直なところ、あえて見てみぬ振りをして先送りにしていただけなことも、解ってはいた。

 そして、抱えられもしない未来を養う甲斐性が、今の私にあるはずがないことも。

 このまま無責任に過ごした結果、事が起きてしまってからでは遅い。

 うん。そう。

 ちゃんと向き合おう。

 どこまで彼が真剣に聞いてくれるかわからないけど、今日ちゃんと話をしてみよう。

 釣りエサでは断じてない。

 のだけど、少し値の張るごはんを買ってしまった。

 しかも割と多めに。

 (いな)。かなり大量に、だ。

 特売だからって買いすぎてしまった。

 お気にのエコバッグの持ち手が悲鳴をあげてるよ。

 すっごく重いです。

 でも実のところ、おもいのはエコバッグだけじゃないのかもしれない。

 だって彼の喜ぶ顔を思い浮かべてしまうから。

 その想いにつられるように自分の顔がにやけていくのが分かるんだ。

 コツカツ! カツコツ!

 私の気持ちに共鳴するように、自然とヒールが音を鳴らす。

 今朝も同じ道を、おなじように急ぎ足で進んでいたはずなのに、どうして心のありようがこうも違うんだろう。

 これまた、朝と同じように空を見上げてみた。

 そこには私の好きなキラキラしたものがあって、不思議な力をもらえる。

 遠目に見えてきたのは、月明かりに照らされた私と彼が住むマンション。

 昨夜干した洗濯物が見えて今朝のドタバタで取りこむのを忘れていたことと、呑気な寝顔もあわせて思いだしてしまう。

 いやがおうでも、自分の気持ちに気づかされる。

 でもどうして私は、ここまで彼に夢中になってしまったのかな。

 彼は自由気ままだ。

 気まぐれで、私の思い通りになんてならない。

 家でゴロゴロして働きもしない、自分のしたいことだけをして、わがままに振る舞っている。

 ように、(はた)からは見えるのかもしれない。

 でも本当はそんなことない。

 彼らのことを世の中の人は悪くいうこともある。

 構ってほしいときに、かまってくれない?

 その時、その瞬間に、相手をしてくれないからといってなんだというの。

 私はわたしで、彼はかれで、したいことが違う。

 そんなことはお互い様だ。

 彼はちゃんと私のことを見てくれてるし、わたしのことを考えてくれてる。

 私だって彼がずっとこのまま、一緒にいてくれるだけでいいなんて思ってないし、してほしいことだってたくさんあるよ。

 だけど、今はただ甘えさせてほしい。

 額ほどに狭いだろう、私の隙間を満たしてくれるのは彼だけ。

 温もりを感じさせてくれるだけで、たったそれだけで今はいい。

 ふっと目に入ったのは、隣の仲の良い家族が住んでいる部屋。

 それはとても明るくて、カーテンごしでも分かるほどに煌こうとしてて眩しい。

 それとは対照的に、私の部屋は真っ暗だ。





 ──鍵を開け、気持ち大きめの声で、「ただいま」とシンとした家に入る。

 返事はない。

 コトッ、と白いキーホルダー付きの鍵を壁掛けにかけ、仕事で疲れた身体をおして重たい荷物を片手に、靴に手をやる。

 脱いだパンプスをわざとカツと音を立てて置き、三日月のマークが光るスリッパを履いた。

 物音すらしない。

 あるのは外廊下の照明が窓から(たた)え損ねた、微かなオレンジの道だけ。

 それを頼りに、恐るおそる歩をすすめる。

 なにかを期待するみたいに、とてもゆっくりとした動きは、覚めてほしくない夢をみているようだ。

 そんな想いとは裏腹に、スルスルと何事もなくダイニングを抜けてしまう。

 そして祈るような気持ちでドアを開ける。

 が、そこは針音さえない暗闇。

 唯一の光は、足下の欠け月だけ。

 縋るようにも感じられたすり足が止まる。

 コツとスリッパから到着の音を告げられてしまったのだ。

 目覚まし時計も鳥のさえずりもないのに、どうして夢から起こされなければならないのか。

 ジンとなにかが湧いてきた。

 ベッドのふちに腰をもたれながら、ズルズルと床に座り込む。

 仕事用の黒いトートバッグとともに、白猫のイラストが描かれたエコバッグを、投げやりに下ろす。

 部屋には、ゴトッ、と虚しい音だけが残った──





「……せっかく美味しいの買ってきたのに」





 いじわるしないでよ。

 ねぇしってるでしょ。

 わたしはあなたのことが。

 だいすきなんだから。





 ──キラキラしたものがほほをつたう





 おねがいだから……。





「ひうッ!?」





 ──ほほをなまあたたかいものにぬぐわれた





「にゃーん」



「もうッ! アルテミスっ……」





 私は嫌がられることを承知で、(ねこ)を抱きしめた。




 ムーンプリズムパワーメイクアップ!


 ありがとう! あなたにありがとう! 出会えた奇跡にありがとう! 感想くださーい! 評価くださーい! またねー!

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