それすら平穏な日常・後輩女子
「いやー。先輩の家って、なんか落ち着くんですよねー。
……住んでいいですか?」
「駄目に決まっているだろうが」
会社の後輩女子である三橋結花。
月曜日の仕事帰り、彼女は俺の家に遊びに来ていた。それも、一人で。
「この間のオンライン飲み会の時も思ったんですけどー、先輩の家の家具って、なんかすっごい高級品ですよねー?
いくらぐらいしたんです? いやホントに良い物ですよね」
「貰い物だから、ゼロ円だな。やらんぞ」
「いやー、さすがにこれは集れませんって。でも、先輩と結婚したら、この家具も使い放題に?」
「ならんわ。お前、本当にその手の冗談が多いな」
「えー。冗談じゃなくて本気なのにー」
「なおさらタチが悪い」
「いひゃい、いひゃいへふ、へんふぁい」
三橋は相変わらず、俺に対してグイグイ迫ってくる。
一回押し倒してやろうかと思うが、こいつは会社の人気者。手を出すのも拙い。我慢して、ほっぺたを引っ張っるだけにする。
三橋が涙目で抗議するが、当然の報いだ、馬鹿者が。
「うぅ、先輩に傷物にされてしまいました。かくなる上は責任を――いえ、冗談です」
「よろしい」
この後輩は、仕事を覚えるのは早かったけど、俺との距離感は未だに学ばない。ここまでされても冗談を続けようとするので手をワキワキと動かしてけん制して、ようやく大人しくなった。
「でも先輩って、すごくお金持ちですよね」
「会社の給料を見て言え。お前よりは貰っているけど、そこまで大きく変わらんぞ」
「えー。でもー、先輩って、別に働かなくても食べていけそうですよね。給料とか、関係なくないですか?
ホラ、お昼のお弁当とかもそうですけど、わりと高級なものに慣れているって言いますか、それが当たり前みたいな感じで生きてますよね。家具とか見てもそうですし、家の見た目はともかく、わりと良い生活してますって」
「……気のせいだろ。食い物は貰い物、家具も貰い物。人脈に恵まれてはいるけど、金は無いぞ」
「本当にぃ? なんか、すっごい臨時収入があったって聞いたんですけどー?」
王様の依頼の件で宝石を売った事は、会社にも報告している。
ああいった臨時収入があると税金がいろいろと関係してきて、俺に給料を出す会社にも報告しないと拙いのだ。報告して正しく税金を納めないと、脱税になってしまう。
三橋はその話をどこかから仕入れて、探りを入れているようだ。
とは言え、本人に邪気のようなものは無い。
金を集ろうとしているのではなく、ただ単に俺に興味があるというか、ちょっと面白いネタを仕入れたので弄ってやろうという雰囲気である。
この頭のあまり良くないチンチクリンは、そういう面では信用できる。
下衆い連中と違い、言うほど金に汚くない。コンビニ弁当を良く食べている様だが、実はわりと良い所のお嬢さんという面もあるし。
「収入はあったが、そのパトロンのお願い事で収入はほとんど飛んだよ。世の中そんなもんだ」
「うえー。先輩に奢ってほしかったのにー」
……三橋なりに、半分冗談である。本気の発言ではない。
「本当に金持ちなら、もう働かなくてもいいだろ。俺は働いている、だから金持ちじゃない。QEDだな」
「でも先輩。お金があっても働いた方が幸せですよ? 宝くじを当てた人もそう言っています。
それに、ほら。働かずにいると、ボケちゃうじゃないですか。ウチみたいな緩い所で働いて、ダラダラ仕事した方が、休みは満喫できるってモンですよねー」
驚いた。
三橋は何も知らないはずだけど、俺の現状を簡単に言葉に変えた。
勇者の役目を終えてしばらくは、俺は三橋のいう様に働かなかった。
しかし毎日が休みになると、つい仕事を探してしまう自分がいたのだ。
遊ぶことがいつでもできるようになると、その楽しさは半減した。
短い時間に全力で取り組もうという気概が無くなり、遊びに本気になれなくなっていた。
“たくさんある物は価値が低く、希少な物は希少であるというだけで価値が高い”
自由な時間、休みも、多すぎてはその価値を失う。
適度に自分を制限した方が、休みを満喫できるのだ。「もっと休みが欲しい」と思うぐらいでちょうどいい。
「人とたばこの味は、煙になって分かるもの」と言うけれど、自由な時間は学校や仕事によって制限されて、よりその貴重さが分かるようになるのだ。
これが一般的な考えかどうかは知らないけれど、俺の中では真実である。
「じゃあ、お夕飯。ごちそうになりますね、先輩」
「お前、本当にいい性格しているよな」
「えへへー。褒めないでくださいよー。
あ、これ、お夕飯のお代と言いますか、埋め合わせと言いますか。私の手料理です。今どき貴重な女の子の手料理ですよ、先輩!」
「同じ貴重なら、お高い御牛様のお肉で十分なんだがな」
馬鹿なやり取りをしながら、二人で夕飯を取る。
「けど、先輩。なんでお家にまでパーテーションがあるんです?」
「お前みたいなのがいるからだ。馬鹿者め」
まったりと生きていくと言っても、仕事を持っている方が良い意味でメリハリが生まれる。
ついでに、職場という出会いの場も手に入る。
なかなか得がたい縁が生まれる事がある。
まぁ、色々と気の向くままに手を出しつつ、ストレスフリーで生きていけるなら、なんでもいいさ。
「あー! 先輩、もう一切れだけお願いします」
「土下座!? おま、そこまでするかよ!」
「しますよ! 美味しいんですもの!」
俺の騒がしくも平和な日々は、こうして続いていく。




