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オムライスとおにぎり

 

 浴室から出たレジナルドには一旦居間のソファで休んでもらうことにしてライアはベッドのシーツやなんかの総交換に走る。

 天気はいい。今のうちに洗うものは洗う。干せるものは干す。

 そもそもシーツなんて大物を洗って干すとなると早めに始めてしまわなければ夜までに乾かない。


 そんなライアを眺めるレジナルドが今度は別の意味で居心地悪そうに声をかけてくるので「あなたは病み上がりの怪我人!」と手伝いを申し出るのを勢いよく断って新しいシーツに替えたベッドに送り込む。


 ひと段落したのは昼過ぎだ。


 そうかお昼ご飯。と、台所へ。

 そういえば二階に上がっていくレジナルドはふらつくこともなく階段を上がっていたし、なんならソファにいた時もぐったりと座り込むというよりちゃんと背筋を伸ばして座っていた。

 体力は回復しているということか。

 もしかしたら体の回復は案外早いのかもしれない。

 ということはもう普通の食事でもいいのかな。


「……オムライス、作ってみる?」

 小さく独り言をこぼしながら材料を確認。

 お腹の調子が悪いわけではないんだから油を使っても大丈夫、な気がする。むしろ体力をつけるという意味で卵、ガッツリ食べてもらおうか。

 ご飯を炊いて、その間に使えそうな野菜を刻んで。

 ……そういえば私、最後にご飯食べたのいつだっけ?

 なんてことに思い当たると急にお腹が「ぐう」と主張してきたので朝のレジナルド用のスープの残りをカップに入れて立ち食いならぬ立ち飲み。

 病人食のトロトロスープがなくなったところで新しく昼食用にスープを作る。

 こちらはもう普通食。

 数種類の根菜と肉の腸詰を入れた食べ応えありのスープだ。


 出来上がったメニューをトレイに乗せて二階に上がろうとしたところで階段を降りてくる足音がした。


「あ、レジナルド。起きたの?」

 台所のドアが開いて顔を覗かせたレジナルドにライアが声をかけると。

「……ん。何も手伝わなくてごめん……なんかいい匂いがする……」

 と決まり悪そうな返事が返ってくるので。

「手伝いはそもそも却下。……オムライス作ったけど食べられる?」

 とライアがトレイの上の物を見せる。

「うわ! 美味しそう! 食べる、もちろん!」

 レジナルドが自主的にトレイを手にするので見守ると、どうやら二階ではなく居間のテーブルに運ぶ様子。

「ライアの分は?」

 戻ってきたレジナルドに問われて、ああそうか居間で食べるなら一緒に食べられるということか、とライアが自分用に作った物の皿に視線を向けた。

「……それ? 同じのじゃないの?」

 レジナルドが目を丸くする。

「う……ん……えっと……」

 いやだって。

 レジナルドがベッドで食べるとしたら、まずそれを見届けて、自分はそのあとさっさと食事を済ませなくては午後のあれこれがあると思ったから別メニューにしたのだ。

「……何それ。なんか美味しそう」

 ライアの分として作業台の上に置いてあるのは、炊いたご飯を握ったおにぎりとカップに入れたスープだ。

 小さめのおにぎりは味を変えて二個。スープは大きめのカップに入れてちゃちゃっと食べられるようにしてある。この際、後で冷めてしまってから食べるんでもいいかな、と思っていた。ちなみにレジナルドの分の残りなので、これで先に鍋も空にして洗ってしまえて効率よし、と思った。

「ああ、これは……私の分。急いで食べることになるかなと思ったから簡単に用意しただけ」

 えへへ、と笑いながら説明するとレジナルドは「ふーん」と頷きながらその皿を手にしてさっさと居間の方に向かう。

「ほら、食べよう。一緒に食べる方が美味しいでしょ?」

 そう言って振り返るレジナルドにライアは「あ、うん、そうね」なんて返しながらいそいそと着いていく。


 どうやら本当に本調子に戻っているようだ。


「それ、美味しそうだね……」

 嬉しそうに自分のオムライスを頬張っていたレジナルドの視線がふとライアの手元のおにぎりに向く。

「え……ああ、これ?」

 違うものを食べていると思うとちょっと照れ臭い。

 ライアが自分用に用意したのは炊いたご飯に根菜の葉っぱを細かく刻んで炒めたものを混ぜ込んだのが一つと、炒り胡麻を混ぜ込んだのが一つ。

 本来は海苔を巻くところだが、この辺ではなかなか手に入らない食材なので裏庭から摘んできた青じその葉を上手く貼り付けている。

 あまりにキラキラとした目で見つめてくるので咄嗟にライアが皿の上にまだある方の一つを取り上げて「食べる?」と差し出す。

 と。

 ガタン、と音を立てて椅子から腰を浮かせたレジナルドが嬉しそうに顔を近づけてパクリとひと口。

「え……! ちょっと……」

 手に持ってくれると思っていたのに顔が近づけられたので驚いたライアが思わず声を上げた。

「うん。美味しい! ふーん……こういう食べ方もあるんだね」

 勢いよく食いついたせいで唇の端にくっついた米粒を右手の親指で拭うように取りながらレジナルドが笑顔になった。

 手元に残ったひと口かじられた後のおにぎりを見つめるライアは微妙な面持ち。


 ……食べられるというならこれ、一個まるっと上げるつもりだったんだけど……この感じ、残りは私が食べるということか……。

「あ、ライアの食べる分減っちゃったね。はいこれ。あーんして?」

 量が減ったおにぎりを見つめているライアに何を思ったのか、その口元にスプーンに盛大に乗せられたオムライスが近づけられた。

「え……わわっ……!」

 自分の食べかけのおにぎりとひと口かじられたおにぎりを両手に持った状態で仰反るわけにもいかず、反射的に口を開けたライアにレジナルドが満面の笑みになった。

「美味しい?」

「……うん」

 尋ねられて答えてはみたけど。

 ……なぜだ。作ったのは私なのに味を褒められてなぜそんなに嬉しそうな顔をする白ウサギ。

 そうは思うが、嬉しそうなキラキラしい笑顔のレジナルドはもうそれだけで見応えがあるので良しとして。



 食後。

「……あのさ」

 食事を終えても席を立つでもなく、下を向いたまま気まずそうにし始めてしまったレジナルドがようやく口火を切った。

 なんだか変な沈黙が続くな、と思ったけれどそれでもレジナルドが作り出す沈黙に嫌な気がしないライアは「なんだろう? どうかしたんだろうか?」となんとなく俯いた彼の様子を見つめていたところでようやく沈黙を破った彼に「うん?」と聞き返す。

 なんだかそんな返事の仕方にも緊張がなくて、そういう空気感に我ながら驚く。

 こんな風に緊張してもおかしくないような場面で全く緊張することなく落ち着いていられるなんて、おそらく初めての経験だ。

 そもそも他の人との距離感がわからなくていつも何かしらの緊張が伴う対人関係を続けているような気がする。

 これが例えばエリーゼだとしても、理由の分からない沈黙を発している相手を前に、こんなに穏やかで冷静でいられることはないような気がする。

 そんな考えが頭の片隅をよぎって不思議な感覚に陥っていた。


「……あの……ライア……が、と……」

 消え入りそうな声がしてライアがキョトンとする。

「え……?」


 ライアが、と?

 私がなんだって?

 とても手際がいい?

 とんでもなく腕がいい?

 突拍子のない味付けだった?

「と」で始まる言葉を頭の中で探し始めたライアは眉を顰めてレジナルドの方を凝視してしまう。


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