ライアの看病
熱が上がるのは大抵、夜。
覚悟はしていたが、ライアはレジナルドの様子の激変に内心慌てている。
「……レジナルド……大丈夫?」
呼吸が荒くなり、体が燃えるように熱くなっているレジナルドの額を濡れたタオルで冷やしながらそっと声をかける。
もちろん、答えが返ってくるわけではない。
時々うなされるように発する声は意味をなさないただの苦しげな音だ。
「ちょっと腕をみるからね」
声をかける必要なんかないかもしれないとは思うものの、なんとなく声をかけずにはいられない。
静かな部屋の中に響くのが苦しげな呼吸音と寝具の擦れる音だけというのはどうにもやるせなくて。
腕の手当てをするために寝間着の上衣はもう脱がせたままだ。
そもそも熱のせいで汗をかきっぱなしなので着替えさせるのが追いつかない。
汗で濡れている包帯を解くと肌に残る痣が火傷のように生々しく浮き上がっているのが目について思わず顔を顰めてしまう。
「……もう少し、頑張ってね」
新しい湿布に取り替えて包帯も新しくしながら声をかける。
毒素を体外に排出させる体の機能は今夜が山かもしれない。
このまま腕の痣が治癒に向かってくれれば排出は成功。
……考えたくないけれど、体力が追いつかなければ治癒に向かわずこのまま腕が壊死してしまう可能性もある。
でも。
と、ライアは彼の体の様子を確認して。
熱が出ていてこれだけ汗をかけているところを見ると身体の機能は正常だし、昼間のうちに水分は取らせたから脱水にもならないと思われる。このままいけば夜明けまでには落ち着いてくれるのではないか、という気がしてならない。
おそらくそれは希望的観測と、薬師の勘。
この状態だけを見たらいつ最悪の状態になってもおかしくないと見るのが当然、というくらいにレジナルドの状態は悪い。
でも、彼の体力をなんとなく理解しているライアとしては持ちこたえる、という気がしてならない。
その希望にだけ目を向けて悪くなるという可能性からは目を背ける。
包帯を取り替えて暫くして、ふと力が入らない筈の左腕が痛みのせいかシーツを握りしめているのに気づく。
その手に自分の手をそっと重ねてみる。
自分のよりずっと大きなそれは固く握りしめられており、それが痛みゆえかと思うと息が詰まる。
視線を移動させると眠ったまま歯を食いしばって顔を向こう側に向けたまま荒い息をしているレジナルドの表情に胸が痛み、包帯を解いて湿布を新しくする。
「……大丈夫。絶対よくなる。……レジー、頑張って」
額を冷やしているタオルを取り替えながら、そっと囁いてはその額に口付ける。
そんな繰り返しだ。
かくん、と。
バランスを崩した体が大きく揺れてライアの意識がはっきりする。
しまった。
居眠りした。
もう間もなく夜明けではなかろうか、という頃にレジナルドの熱が下がり始めたので安心してベッド脇に寄せていた椅子に座り直した途端、体の力が抜けた。
意識が落ちたのは数分かもしれない。
それでも間もなく夜明け、と思っていた通りカーテン越しに入ってきている光は室内をほんのり明るくしており、色彩がはっきり見えるようになっている。
そろそろ夜や明け方は寒くなる季節だ。念のため持ってきて椅子の背にかけていたショールは、レジナルドの看病の間はそれどころではなくて忘れ去られていたがふと肌寒さを感じてそちらに手を伸ばす。
と。
「う……ん……」
掠れた声が漏れた。
ライアが慌てて腰を浮かせ、レジナルドの顔を覗き込む。
薄い金色の髪が乱れて目元にかかっているのでそっとそれを避けるように手で梳いて。
髪に隠れていた瞼が僅かに動いて薄い茶色の瞳が覗いたのでライアの手が小さく震えた。
ああ、心配そうな顔なんて見せてはいけない。
具合の悪い人が看護人の顔を見て心細くなるのは絶対に良くないのだ。
ここは動じない態度でいなければ。
そう思ってしまうのでつい呼吸を整えるように深呼吸して背筋を伸ばす。
「……ライア……?」
自分から離れた手の所在を探すように視線をふらふらとさせながらこちらに向く瞳はまだぼんやりしている。
「……痛みはどう? 苦しい?」
ライアが薄茶色の瞳を覗き込むように改めて顔を近づけてそっと尋ねるとレジナルドは安心したように力を抜いた。
「ああ……大丈夫。もうそんなに、痛くない……かな」
ふにゃりと口元を歪めるのは……笑みを浮かべたつもりなのだろう。
「無理する必要ないでしょ。痛くないってことはないはずよ」
おそらくただいま包帯の下は絶賛瘡蓋形成中だろう。
「うん……そうか。……でも、さっきまでみたいに腕全部が燃えるように痛い感じはもうしないよ。……僕の腕、どうなってる?」
レジナルドの声は後半で少し不安げに震えた。
ので。
ライアはくすりと笑ってみせる。
「包帯外すわね。自分で見てもいいけど……あんまり気持ちのいい見た目ではないと思うわよ?」
「……え……」
炎症を静める目的だった湿布を外せば生乾きの傷が現れる。
ここからは一般的な外傷と同じ扱いなので湿布はもう使わないが最初はちょっとグロテスクな見た目である自信がある。
ライアの薄笑いが悪戯っぽいものに変わったのに気づいたらしいレジナルドの表情が一瞬で凍りついた。
手際よく傷の処置をしていくライアの手元は意識的に見ないようにしているらしくレジナルドの視線はライアの顔の方に固定されたままだ。
……これはこれでやりにくいな。
ライアは途中から頰が上気してくるのを自覚しながらも手を止めるわけにはいかず淡々と処置を進める。
「はいできた。腕はこれでよし」
包帯を巻き直せば一応見た目の問題はなくなる。
見えなければ痛みの感じ方も和らぐというものだ。
処置をしながら「腕が壊死してしまうような危険は回避できた」という事と「後は普通の怪我同様、瘡蓋ができて剥がれ落ちれば前のように腕も手も使えるようになる」という事を伝えたのでレジナルドの凍りついた表情も元に戻っている。
「多少のあとは残るかもしれないんだけど……」
最後にライアが眉を顰めて付け足すと。
「いいよ、そんなの。僕男だし。……むしろ少しカッコ良くなるんじゃない?」
レジナルドが悪戯っぽく笑う。
そんな笑顔を目の当たりにしたところでライアの気が一気に緩んだ。
「もう……」
いい気なもんなんだから。
そのくらいの言葉を付け足すつもりだったがそれは言葉にはならずに、ただため息のような吐息が漏れただけだった。
そして肩の力が一気に抜けた。
「……ライア……」
何かの意思を込められたようなレジナルドの声に視線をあげると眉を顰めたままこちらに視線が注がれていることに気づく。
ベッドに身を起こして座った体勢のレジナルドは何か言いたげにこちらを見据えたまま次の言葉が喉に詰まってでもいるかのように口を半開きにしたままだ。
ライアは肩の力が抜けて椅子に腰を落とした状態なので、顔を上げるとまともに視線がかち合って「?」という視線を返すしかない。
妙な沈黙が流れるので、ライアの方が気を使ってしまう。
なにしろ相手は怪我人だ。つい数刻前までは高熱と闘っていた。
「少し休んだほうがいいわよ。今何か食べられそうな物でも作ってくるわね……食べたい物ある?」
ライアが切り出したせいか、レジナルドは言いかけたらしい言葉を飲み込んだ。
かわりに力なく笑って。
「オムライス」
「ばか。そんな物今の状態で食べられるわけないでしょ。パン粥作ってくるわ。少し時間がかかるから寝てなさい」
無謀なリクエストをライアが速攻で切り捨てた。




