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レジナルドの闘病

 

 まずは三日。

 時々意識は戻るとはいえ、レジナルドはだいたい一日中熱を出して眠ったきりだった。

 体力がもたないだろうとライアが作る簡単なスープすら口をつけられる気配がなく。

 予想していたとはいえあっという間にやつれたレジナルドを前にライアの気も滅入りがち。


 午前中の少しの時間と午後の少しの時間、レジナルドが一番深く眠っていそうな時間帯だけは店を開けて村人の客も入れることにした。

 なにしろ外のプレートを「クローズ」にしていても通りかかった誰かがドアを叩いて帰宅したのかと確認にくるのでこれでは看病に集中できないとライアの方が二日目にして根を上げたのだ。


 で。

 そんなタイミングを見計らって早速の来客がライアの目の前で薄荷のミルクティーを飲んでいる。

「……うん。やっぱりライアが入れたやつが一番美味しいわ」

 ほう、と息を吐いて微笑むのはシズカ。

 薄荷のお茶は前日の早朝に摘み取って干した物だから新しい。

「本当に色々ありがとう。カツミさんにもお礼言っといて?」

 そう言いながら出来立ての茶葉を袋に詰めたものをライアがそっと差し出す。

 もうこれはお礼の気持ちだ。

 それを見てちょっと目を輝かせたシズカが「あ、そうだ」と足元に置いていたた大きめの鞄をライアの方にずいと押しやって。

「これ。あの白ウサギの服。ここにいるんなら必要になるんじゃないかと思って持ってきたわ」

「え……」

 ライアが目を丸くすると。

「あ、ごめん。聞いてなかった?

 あの子、住み込みで旦那の弟子入りしてたのよ。なかなか筋がいいって旦那は喜んでたんだけど、こないだ『ライアを迎えにいく』って思い詰めた顔してパーティーに行ったからさ。どうなることかと心配してて。でも、村のおばちゃんたちが『あの男の子、ライアちゃんと一緒に帰ってきたわね』なんて嬉しそうに言ってたから、一応、気を使って数日置いてから来てみたってわけなんだけど」


 ……ああなるほど。

 なんだか情報量が多くてライアの気持ちがついていかない。

「どこ在住だ?」と思っていたレジナルドはシズカのところの居候になっていた、と。そして弟子入り……つまり大工になるつもり、なのだろうか。ゼアドル家の離れは完成してしばらく経っていた。あそこに入り込む目的だけならパーティーの直前まで弟子入りの形を取っている必要はなかっただろうし。


「まぁ、その。普通に元気で帰ってきてるもんだと思ってたからお邪魔しちゃ悪いと思ってたんだけど……まさか熱出して寝込んでるなんて思わなくてさ」

 ライアの沈黙をどう捉えたのかシズカが声のトーンを落として付け加える。

 ので。

「あ、うん。いいの大丈夫。私もうちに来るお客さんにレジナルドのことを聞かれて『今ちょっと休んでます』程度にしか説明してなかったからそうなるわよね」

 ライアの方も慌てて説明した。


 だいたい来る人たち全員にレジナルドがものすごい熱を出して毒と闘ってます、なんて事を説明するわけにもいかなかった。

 そして彼がいる事を話さなければ逆にもっと長い時間店を開けて欲しいと言われてしまうのは目に見えているし、仕方なく「ちょっと」体調を崩して寝ている程度の説明をしていたのだ。


「……そっか……うん、でも良かったわ。なんだかまた元の鞘に戻った、って感じもするしね」

 シズカがにまにまと笑う。

「……っ!」

 その視線を受けて余計な反応をしてしまうのはもう、いたしかたのない事で。

 ライアは俯いて視線を泳がせるしかない。


「それに……そうね、この家もあなたがいないとどうにも暗くてね。良かったわよ、帰ってきてくれて」

 ライアの反応に満足したのかシズカが今度はゆっくり室内を見回し始めた。

「え……あ……そう?」

 ライアがつられるように顔を上げてシズカの視線をたどる。


「暗い」とか「明るい」というのは心象としてだろう。

 シズカの視線はところどころで引っかかってその度に小さく頷きながら微笑みが作られる。

 それらは植木鉢。

 確かにライアが帰ってきた時、前からあった鉢植えは全部生きていたけれど、どれも花はつけておらず、なんならひとまわりかそれ以上小さくなっていた。

 それが、昨日今日辺りからだいぶ元気を取り戻して中には季節外れな小さな蕾をつけている物まである。


「で、レジナルドの様子はどうなの?」

 改まって問われてライアが表情を引き締めた。

「白ウサギ」ではなく「レジナルド」と呼んだあたり、気持ち的にも茶化すようなことではなく本気で心配しているのだろう。

「うん……まぁ、予想通りだからそんなに心配することじゃないんだけど……毒が抜けるまで一週間はかかるかなって思ってるのよね」

 ライアはどことなくそわそわしながら返す。

「一週間」と言ってはみたが、そこは自信がない。

 だいたいあの毒をあれだけ取り込んで、しかも時間をおいてしまった人を治療した経験がない。

 自分にとっては半分は机上の空論だし、残りの半分は常軌を逸した薬草たちの力頼みだ。

「……そっか。でも……ライアが治療してるって思えば安心よね。旦那に弟子入りしたとはいえ左手はほぼ使えてなかったからちょっと心配してたのよ」

「あ、そういえば」

 弟子入り、という言葉を聞いてライアが声を上げた。

「レジナルドって、大工になるつもりなの?」

 カツミと一緒に行動していたのはてっきりゼアドル家に入り込むための手段として、という事だと思っていた。

 なのにシズカがサラッと「弟子入り」という言葉を現在進行形であるかのように使うので。

 と。

「え、あれ? 聞いてないの? あの子、結構本気だったわよ。一応うちの旦那ってその界隈じゃ結構腕がいい事で知れ渡ってるから弟子になりたいって言ってくる人は多いんだけどそういうのめんどくさがる人でね、全部断ってたのよ。それが、あの子に関しては……まぁ、ちょっと肩入れが過ぎるくらいだけど……いいんじゃないかなって思ってうちに住み込みを了承したのよね」

「ええええええ!」

 なにしろ、カツミの腕がどうこうとかいう話も初耳だ。


 ……まぁ、そうよね。

 なんせ周りの人に関心向けた事なかったし。


 驚いておきながら次の瞬間には自分の無知さ加減にすっかり冷静になってしまう。


 そうか……レジナルドがカツミさんのところに本気の弟子入り。


「……レジナルド、大工仕事に興味あったんだ。……聞いた事なかったな……」

「……は?」

 ライアの無意識の呟きにシズカが半眼になった。

 なので。

「あっ! いや、あの! 大工さんって素敵な仕事よね。うん、物作りってセンスがないとできない仕事だと思うし、それに人の生活に直接関わる崇高な仕事だと思うわ」

 ライアがつい慌ててフォローに入る。


 いやいやいや、旦那さんの仕事がつまらないみたいに取られてしまったかもしれない!


 そんな気がして。

 と。

「いや……えーと、そういう事じゃなくてね……うーん……まぁ……本人から聞いた方がいいのか……」

 シズカがおもむろに頭を抱えてしまった。

「……?」



 頭を抱えた彼女にその意味をそれ以上問うこともできないまま「そろそろお(いとま)します」なんて悪戯っぽく笑うシズカを見送ったライアはテーブルの上を片付けて軽く夕食の支度をする。

 レジナルドが口にできそうなスープを作るのはもう慣れてきた。

 食べてもらえないとしても、一応作る。

 食べてもらえなかったら自分が消費すればいいわけで。


 で、飲ませなければいけない薬も作る。

 これは何が何でも飲ませなければならないので慎重に。必要な薬草をすり潰して別途煎じたものと合わせるというなかなかやらない工程だけどこれは一度に飲んでもらうために必要なのだ。

 そのかわり味も臭いもかなり刺激的なものになるが……提供してくれている薬草たちに感謝と敬意を込めていい匂い、と思い込む事にする。

 そして、湿布薬の準備。

 そろそろ腕の痣の痛みが本格的になる頃だ。

 今夜あたり疼いて眠れないかもしれない。

 そうなれば回復が近いという事にもなるのだが、痛み止めがなくては休むこともできないだろう。


「……レジナルド、起きてる?」

 出来上がった薬をひとまず手に取って二階に上がったライアは客間のドアをそっと開けてみる。

 どちらにしても薬を飲まなければいけない時間なので眠っていたとしても起こさなければならない。控えめに声をかけるのではなくて、普通に発声するとベッドの中でみじろぎする様子が窺えた。

「……うん……」

 続いて聞こえた声はちょっと掠れていて、体が弱っているのが感じられ、ライアの胸がわずかに痛む。


「具合、どう?」

 サイドテーブルに薬を置いて小さい椅子に腰掛けるとレジナルドが布団の中から顔を少しだけ出した。

 くしゃくしゃになった金髪にうつろな瞳。

 髪が目の当たりにかかっていて鬱陶しそうなのでそっと手を伸ばしてすいてあげながら後ろに流すと、薄茶色の瞳が気持ちよさそうに細められた。

「……うん、だいぶ良い」

 ……そんなわけあるか。

 というツッコミは「具合はどうか」なんて聞き方をしてしまった手前口には出さない。

 指先がかすめた額は明らかに熱をもっているし、目は熱のせいか潤んでいる。

「……寒くない?」

「……ん。大丈夫」

 ぼんやりしたまま受け答えするレジナルドにライアはちょっと笑みが漏れる。

 なんだか子供みたいだ、なんて。

 で。ここは思い切って。

「よし。じゃ、薬飲もうか」

「……うげ」

 切り出したくない話題だけど仕方ない。なにしろそのために持ってきた。

 と、思ったのだが、やはりレジナルドの反応はストレートであからさまに顰めっ面になった。

「これは、飲まなきゃダメ。薬草たちが頑張ってくれてるんだからね」

 そう言いながらライアはレジナルドが体を起こすのを手伝う。

 ちゃんと体を起こそうとしてくれるあたり、彼も絶対飲まない! みたいに駄々をこねる気はないのだろう。

 なので枕の位置を変えて、布団も整えて、と少しばかり手を貸してから持ってきた薬のカップをレジナルドの口元に持っていく。

 ちょうど彼の体の左側にいるのでその手に渡すのは気がひけるのだ。

 レジナルドも口元に持って来られるカップを嫌がるでもなくライアの手の上に右手を添えて意を決したように一気に飲み干した。

「……まず……」

「はいはい。よく飲めました」

 レジナルドの思わず出たらしい一言は聞き流して今度は水の入ったカップを差し出す。これは口直し。

「……水じゃなくて味のするものが欲しい……」

 情けなく眉を下げながらレジナルドがこぼすので。

「ダメダメ。下手にミルクとか飲んだら薬の効きが悪くなるんだから」

「……楽しんでる?」

 ライアの返事に眉を顰めるレジナルドの気持ちもわからなくはない。

 正論なのだがつい、意地悪な笑みを浮かべながら答えてしまったのだ。

 なので。

「楽しんでなんかいません。早く毒が消えてくれないと困るなと思ってるだけよ」

 思わず取り繕うように表情を引き締めたライアに。

「……いい気味、くらいに思ってくれてて良いんだけど」

「……は?」

 思いもよらない言葉にライアの目が点になった。


「僕が勝手にした事だし、ライアと老木殿には裏切り行為に思われたっていいような事をしたんだ。……その報いでこうなったんだから、そのくらいの反応は覚悟してたよ」

 苦しそうに息をついてからレジナルドがそう言って視線を落とした。

「……え、何言ってるの!」

 ライアが慌てる。

 いや、確かに、裏切られたって思ったのは事実だ。

 裏切られたというより、利用されてた事に気づかなかったなんて、と落ち込む程度には思っていた。

 でも、どうやら真相はそうではなかったようで。

 そんなことはもうとっくに分かったことで。

「……感謝……してるんだけど……」

 どこから説明して良いか分からないままにライアがポツリとこぼしたのはそんな言葉だった。


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