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脱出は平穏に

 

「……あの、レジナルド……?」

 ライアが恐る恐る、レジナルドの背後から声をかける。

 何やら自分が入ってきたあたりの植物の絡み具合をぺたぺたと触りながら観察している彼は、もしかしたら再び力ずくでその辺りの枝や蔓をへし折ろうとしているのでは無いかと思えてしまって。

「ん? ……ああ、ライアは少し下がってたほうがいいよ。これ、引き剥がすの、結構勢いつけないと駄目だったから」

 ……やっぱり力ずく!

「いや、そんな事しなくていいから……」

 ライアがレジナルドの隣に歩み寄って壁のようになっている植物にそっと触れる。


「……ごめんね、無理をさせてしまって。それに……守ってくれてありがとう。もう大丈夫よ」

 ライアがそっと囁きかけると、途端に周囲を取り囲む植物たちの生気が失われ始めた。

 蔓も枝も瞬く間に水気を失い、干からびて細くなり、しなやかで強靭な外見は失われて枯れ草が絡み付いただけのような状態になる。

「……う……わ……」

 あまりの変化にレジナルドが一歩下がり、小さく声を出した。

「急速な成長は本来の植物たちの力ではないから、元に戻ると枯れてしまうのよ」

 ライアが薄い笑みを浮かべながらレジナルドの方に視線を向ける。

 まるでいつかのダリアの花のような変わりようだ。何も知らないでこれを見たら恐怖を感じるだろう。


 元々弱っていた株でもなければ根から枯れ果てるとかいうことはないと思う。

 でも多分、残った部分も適切に処置してやらなければ弱りきってしまうかもしれない。

 ああ、でもここにはディランがいるから大丈夫かな、なんて思うと同時に、そうか、ディランにも悪い事をしてしまった。丹精込めて作った庭を自分の感情に任せて酷い形に変えてしまったんだ、と思い当たり、視線が落ちる。


「ライア……大丈夫?」

 こちらを覗き込んでくるレジナルドの心配そうな声にライアがふと我に返る。

「え、あ……うん、大丈夫!」

 とりあえずこの状態なら簡単に外に出られるはずだ。

 ライアが顔を上げたのでレジナルドはそれに合わせるように目の前の干からびた「壁」に手を差し入れ、勢いよく掻き分ける。


 それはバリバリと乾いた音を立てながらあっけなく崩れた。


 そして。


「……っ!」

 ライアが息を飲む。


 予想できなかったわけではなかった。

 閉じ込められていた間に外から聞こえていた破壊音。人々の悲鳴。


 庭の土がボコボコと隆起した跡。テーブルの残骸とその上に乗っていた料理が飛び散った跡。そこにいた人たちの服の端々や飾り付けに使われていたと思われる千切れた布切れ。

 これで死体が転がっていたら完全に戦場だ。

 呆然としながらくるりと周りを見回すライアを不意に隣のレジナルドが抱き寄せた。

「……そっちは見るな」

 低い声がして頭を抱え込むように胸元に引き寄せられる。

「……え?」

 意味が分からなくてライアがレジナルドの肩越しにそちらに目を向け、さらに固まった。


 ステージだった場所の後方。

 そこのあったはずの物。


 離れが、豹変していた。


 新しくて美しい佇まいの建物だったはず。

 でも木造だった。

 そして、何より、床材は。


 そこにあるのもはもはや建物ではなかった。

 窓は枠から落ちて砕け、壁面はあちこちから枝を生やしてこちらへその腕をのばすようにしたまま枯れ果てている。

 屋根は大きく陥没してもはや廃屋とすら呼べないほどに大破している。

 さらに。

 殊更勢いを感じるのは、おびただしい蔓のような長く伸びた枝。

 もう枯れ果てて正気もないとはいえ、下から突き上げるようにいく筋も伸びて建物をまるで握りつぶすように崩壊させているのは……柳の枝だ。


「……っ!」

 完全に言葉を失ってしまったライアの肩をレジナルドが強く抱き寄せて崩壊しかけたステージから降りるように助ける。

 ライアは何かを考えることもできず促されるままに足元だけを見て不安定な場所から離れることに注意を向ける。


 かつて美しかった庭は見る影もなく無惨な状態だ。

 たくさんついていた灯りはほとんどが消えているがかわりに月明かりが照らし出していて……ささやかな明かりによってできる陰影が不気味さを増している。


「……で?」

 不機嫌そうなレジナルドの声にライアが驚いて隣に目を上げると、声の通りいたって不機嫌そうな顔。

 その視線の先を辿ると顔色をなくしたようなリアムがおり、その一歩後ろにアビウスとヘレンがいる。

「……もちろん、婚約は無かったことにする。……こんな化け物、この屋敷に置けるか」

 こちらに視線を向けることなくリアムがそう吐き捨てるように言い、途端にアビウスとヘレンが眉をしかめた。

 ギリ、と嫌な音がしたのでライアがもう一度レジナルドの方に目を向けると相手を射殺すような視線を向けていて……ああ、奥歯を食いしばった音かな、と見てとれた。

 僅かに握った拳が震えているので、あ、まずい、と。

「レジナルド?」

 と小さく声をかけながらその手に自分の手を重ねる。

 何かに腹を立ててでもいるかのような反応だが、ライアの方は意味が分からない。


 むしろこの状況は私が怒られるやつだ。


 そう思えて仕方ないのでゼアドル家の面々には顔が向けられず、レジナルドの顔をそっと覗き込む。

「……ああ、ごめん。ライアを怖がらせるつもりはないからね」

 こちらに視線を向けたレジナルドの表情が途端に和らいだ。

 と。

「……グランホスタは優秀ね、人としても」

 ため息混じりのヘレンの声。

 ライアがはっとして目を向けると。

「ライアさん、ごめんなさいね。ホントにうちのバカ息子が失礼なことばかりして。あとはあなたの好きにして良いのよ。せっかくお迎えが来たみたいだし」

 鮮やかに笑みを作るヘレンにライアが呆気に取られる。


 この状況下で、つまり自分の家の敷地が物凄いことになっているこの状況下でなんでこの人、こんなに笑顔なんだろ。


「……あら。呆けちゃったの? 良いのよ。このバカ息子は後で私がぶん殴っておくからね。ほら、アビー言う事ないの?」

 肘で突かれたアビウスは……うん、こちらが正規の反応だろう。目を白黒させて動揺しまくっている。

 そんな自分の夫にもう一度深くため息をついたヘレンが今度はリアムをひょいと避けてライアの目の前に進み出て。

「あのね。あなたの親切心につけ込んでここに縛りつけるのは絶対人としてしちゃいけない事だと思うの。だから好きにして良いって言ったでしょ? で、あなたはこのお披露目パーティーをぶち壊した」

 びくり、とライアの肩が跳ねる。

「……ご」

 ごめんなさい!

 と言いかけたところで。

「それで良いのよ。良くやったわ」

「……え?」

 あまりの反応に目を丸くするライアの前でヘレンは満面の笑みだ。

「ああ、この庭? 気にしなくて良いわよ。こんなのすぐ元に戻せるくらいの財力はあるわ。それに、うちにはディランがいるからね」

「あ……ディラン……」

 ライアはヘレンの反応についていくことを放棄したところで、ようやく話についていけるようになったようで優秀な庭師の名前に我に返った。

「あなた、緑の歌唄いなのね」

「……!」

 ひそめるように囁かれた言葉は後ろにいる夫と息子には良く聞こえていないかもしれない。ライアには殆ど唇の動きだけだったような気もした。


「私は何気にあなたのファンだわ。機会があったらまた会いたいけど……あなたの心が向かなかったら縁がなかったと諦めるわ。……レジナルド、彼女をお願いね」

 放心してしまったライアに人懐っこい笑みを向けてからヘレンはレジナルドに声を掛け直す。

 レジナルドは胡散臭そうな目でヘレンを見てからその後ろでオロオロしっぱなしの男二人を一瞥して。

「だってさ。ほら、いくよライア」

 そう言うとライアの背中に腕を回すのでライアは促されるままに歩き出した。


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