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カエデの事情

 

「申し訳、ありませんっ!」

 コキアが出ていったのを確認してカエデが思いっきり頭を下げた。

 ライアはただただ目を丸くする一方だ。

「あの、ライア様……この度の失態は全てわたくしの責任です。リアム様にはわたくしからお話をさせていただきますので……」

「え、あ……ちょっと待って、違うわよ」

 このままいくとカエデが計画の責任者になって責任を問われる事になってしまう。そもそも屋敷の使用人がエリーゼに危害を加える計画の首謀者だなんていう事になったらクビでは済まないだろう。

「えーと、カエデ。責任なんか取らなくていいからね。それに……あなたの仕事やご家族のことにまで気を回さなかった私が悪いわ」

 ライアが眉間にシワを寄せながらカエデの方に歩み寄る。

「いえ、これは私の個人的な問題です。ライア様には関係ないことです」

「関係ないことじゃないわよ!」

 眉を下げて力無く答えるカエデをもう放っておけなくてライアがその両手を取り、ぎゅっと握る。

 至近距離だと少し見上げないと目が合わせられない身長差があるのでライアはカエデの顔を覗き込むように少し上目遣いだ。

「コキアさんが言ってたことは間違ってないわ。私、自分のことばっかりでカエデのことちゃんと考えてなかった。本当にごめんなさい」


 言われて初めて気がついた。

 カエデにだって家族がいるだろう。

 自分のためだけに働いているわけではないというのもあり得る話だ。

 それに、屋敷での立場。

 私に味方することでどれだけ危険になるか。使用人全員が私の味方になれないというのはそういう問題もあるからだ。何にしても私自身、この屋敷では特殊かつ微妙な立場なのだから。

 私はいずれ出ていこうとしている身。ここでどう思われようと気にすることはない。そう思っていた。

 でもカエデは。

 ここでの仕事を無くしたら……死活問題だろう。

 それに仕送りしているなんていうことならば尚のこと、困る人が必然的に増える。


「ライア様、コキアがあんな事を申し上げてしまいましてお気になされるのはもっともです。誤解なさいませんよう少し私の身の上話をしてもよろしいですか?」

 ライアの顔色がどんどん沈んでいくのを見て取ったらしいカエデがゆっくり口を開いた。

 ライアが小さく頷くと、ソファに座るように促されるのでそこに座る。カエデはその隣に浅く腰掛けてライアの方に体を向けてゆったりと微笑んだ。

「うちは親子の関係があまりよくなくて。私は両親とはほとんど疎遠なんですよ。なので親孝行なんて向こうも望んでいないし私も特にしたいとは思っていないんです。気持ちとしては天涯孤独の身、くらいなもんです」

 やけにさっぱりとした口調にライアが思わず顔を上げた。

 その先でカエデが、緩く笑っている。

「私には妹が一人おりまして。小さな時から体が弱かったせいで両親の関心は妹が独占してきたんです。そんなわけで子供の頃は妹が憎かったくらいですよ。そんな気持ちが伝わるのか妹も私には懐いていません。……だからあんな家は一刻も早く出て自立したかったし、出た今も家に帰ろうという気には全くなりません。それに……仕送りというのも……結局は体裁の為なんです」

 緩い笑いは皮肉っぽい笑みに変わっている。それはまるで自虐的とでもいうような笑み。

「……体裁……?」

 ライアが深く考えることもなくカエデの言葉を繰り返すと。

「そうですね……うちの親って周りの目はすごく気にする人たちなんですよ。だから私が家を出る時も私は理由なんて一つも言わなかったのに近所の人には『うちの娘がどうしても妹のために仕事をしに行きたい、なんて言うもんですからね。まだ一人前にやっていけるような者ではありませんけど渋々出すことにしたんですよ』なんて言って回って。そうなったら仕送りするしかないじゃないですか」

 そう言ってカエデが肩をすくめる。

「……え……それって……」

 うわ。

 なんて言ったらいいんだろう。


 ライアは出かかった言葉をそのまま飲み込む。

 本当に、なんて言ったらいいのかわからない。

 家族というものがある人たちは、自分以外はみんな幸せにやっているんだろう、なんて思っていたわけではない。必要な愛情を受けることなく育つ人は世の中にそこそこいて、絵に描いたように温かい家庭で育つ人ばかりではないだろうというのは分かっていたことだ。

 それでも、カエデの家庭もまた……微妙すぎる。

 完全な幸せではないけれど、周りから見たら一般的な親思いの娘、妹思いの姉、娘を愛して手放したくない親、という構図が出来上がっているように見える。


「コキアは……そうですね、あの子は多分親からは溺愛されて育ったタイプの子なんです。だから親が私に関心がないとか私が親や妹に関心がないということが理解できないんだと思います。私が仕送りしているというのは……まぁ使用人たちのそういう事情は大体みんな知ってますからそこからああいう反応になったんだと思いますけど。あの子は自分の思い込みで感情的になって周りを巻き込む上、自分が間違っているという発想が出来なくてちょっとしたトラブルメイカーなので私が指南役を頼まれていたんですよ」

 そう言うとカエデが困ったように眉を下げた。

 ライアが少し息を飲んだ気配が伝わったのか、そこでもう一度カエデは薄く笑って。

「しかも、あの子は自分がトラブルメイカーだって自覚してないもんですから……私が指南役を頼まれて彼女の世話を焼いているんじゃなくて、自分に魅力があるから世話好きな私が進んで良くしてくれているって思い込んでるみたいで。……そういう事を周りの使用人たちに自慢して回ってるらしくてそれもまたささやかなトラブルの芽になってるんです」

 困った子でしょう? とでも言いたげにため息が吐かれてライアも思わず眉を下げる。

 ……それも……なんだかとても大変そうだ。

「それでもね、言われた事だけはちゃんと出来るので仕事自体には支障がなくて物凄く微妙なんですよ。なので、変なところで変な気を回して余計な事をされないように今回のエリーゼ様の件に関しては簡単に事情を話してしまったんですよね。……こうなると話さずに素で彼女が慌てふためいて走り回るままにしておいた方が良かったのかしら……いや、それは絶対面倒なことになるわ……」

 眉をひそめて小声で話していたカエデが途中から独り言のように自問自答に入ってしまった。

 ……あ、うん。とっても元気よく動き回りそうなイメージの子だったもんね。屋敷のお嬢様が毒薬飲んで死にかけてるなんてことになったら自分が直接関わってなくてもパニックになって大騒ぎしそうだわ。

 なんて思うけれど、話の流れ上あまりコキアのことを悪くいうのもどうかと思ってライアは言葉を控えてみる。

「ライア様、そんなわけですから。私のことは全く気にしなくていいんですよ?」


「え、いや……だって……」

 うん? ちょっと待って。

 うん、えーと、カエデの事情はわかった。けど。

 違うよね。

 気にしなきゃいけない問題はそこじゃないよね。

 なんだかやけにさっぱりした表情に口調で話を締めようとしているカエデにライアはようやく声を出した。

「大体のカエデのおうちの事情はわかったけど。でも、だからってカエデがクビになるってわかってる事に加らせることはできないわよ?」

 そう。問題はそこ。

 カエデのこの屋敷での立場が関係しているのだ。

 間違ってもカエデが首謀者になってはいけない。

「いえ、ですからそこは気にしていただかなくて大丈夫ですと……」

「ダメダメダメ! 飽くまで私が首謀者。そこに侍女のあなたを無理矢理巻き込んだ。ということにしておかなきゃ!」

 なんだか不穏な事を言い出しそうな気配を察してライアがカエデの言葉を遮った。

 カエデは不服そうな顔をしているが、ここは譲れない。

 ライアの口調と表情からそこは察したらしいカエデはそれ以上その件については食い下がることはなく、一旦姿勢を正し直して頷いてくれた。


「まぁ……それにしても……ちょっと厄介ですわね」

 ため息混じりに呟くカエデの視線はライアから外れてコキアが出ていったドアの方に向かう。

「……?」

 ライアが小さく首を傾げると。

「あの子、あろう事かエリーゼ様もこの計画を知っていて関わったって話しちゃってましたよね」

「……うあ……」

 ライアがちょっと前の出来事を思い出しながらうめくような声を出した。


 そういえば。

 出来事全体が凄すぎて詳細に気が回ってなかったけど……あの子の口から私とエリーゼさんの名前の両方が出ていたような気がする。

「つまり……リアム様はエリーゼ様を問い詰める可能性もあるし……エリーゼ様に対してお怒りになる可能性もあるっていう事、ですわよね……」

「ああーーーー……その可能性!」

 ライアが頭を抱え込む。

 エリーゼさん、大丈夫かなぁ。

 こんなに体張ってもらったっていうのに……それは可哀想過ぎる。

「ライア様……仕方ありませんわ。ここはエリーゼ様にうまく乗り切っていただくしかありません」

 盛大に頭を抱え込んだライアに同情したカエデが苦笑しながらその背中を撫でてくれる。

 ので。

「そうよねぇ……それになんだかんだ言ってエリーゼさんの方が状況を割り切って乗り切りそうな気もするわねぇ……」

「そう……ですわね……ええ、そうですとも! それにこのくらいのことでリアム様がエリーゼ様への思いを絶やしてしまうようであればあの方はエリーゼ様には相応しくないっていうことですわ」

 思い直したように呟いたライアの言葉に、カエデの方も勢い付いたようだ。

 そんな雰囲気に押されてライアも顔を上げてカエデと目を合わせ、力無く笑い合う。


 そして、ふと。


「……あ。そういえば……」

「はい?」

 ライアはこのタイミングで変な事を思い出してしまった。

 不思議そうに目を眇めるカエデに。

「あの……コキアさんって……私が村の人たちに薬を作るようになった頃からこのお屋敷にいた?」

 思わず尋ねてしまう。

「あ、ええ。おりましたよ。ちょうど私が指南役を頼まれた頃ですね。……カツミさんとの橋渡し役になる者達が直接ライア様に接触するとどこかでバレてしまうかもしれないからと間に入ってもらったりしていましたから」

「……それか……!」

 ライアが小さく呟いた。



「……まぁ……なんて事……!」

 カエデの顔色が一気に青ざめたのはライアが一通り説明した後だ。


 ライアが村の人たちから受け取るメモの中に、受け取るはずだった手紙が入っていたのに全部抜かれていたことと、それがこの屋敷に囚われのライアを励ますものであり、いずれ連れ出すから待っていてほしいというような内容だった筈のものである事を説明したところ、カエデもその犯人に思い当たった様子。


「あの子……自分が善意でする事は全て肯定的に見られるはずっていう変な考え方をする子なんです」

 深いため息とともにカエデが項垂れる。

「……え……?」

 あの子、と言われて思い浮かべる人物は一人しかいないわけだが、カエデの言葉の意味がいまいち掴みきれずにライアが小さく聞き返した。

「前にも私宛の手紙を勝手に読んでいた事がありまして……。それって他の使用人からのちょっとした言伝だったんですけどね。封が開いていたので問いただしたら『男性から貰ったお手紙なんて、カエデみたいな人に悪い虫がついたらいけないから私が先に読んで確認しておいてあげました』とか笑顔で言われてびっくりしたんです」

「う、うわー……」

 なんだか物凄いトラブルメイカー。

 いるんだそんなに凄い人。

 このお屋敷、そんな人がいても表面上は皆んなそつなく仕事してるなんて、ここの使用人の皆様の対人スキルって実はものすごく高いんじゃないのかしら。

 ライアはもう言葉も出ない。

「とにかく、ちょっと確認してきますね。多分捨てたりはしていないと思うのですが……まだ手元にあるようでしたらきちんとお返しいたしますから」

 そう言うとカエデが立ち上がり若干ふらつきながらもドアへと向かうので。

「あ、あの。カエデ……?」

 ライアがそろりと声をかける。

 いや、ふらついていることに関してではない。

 なんならライアの方だってコキアに関するあれこれに衝撃を受けて目眩がしているくらいだ。

 カエデがノブに手をかけてからこちらを振り向くと。

「さっきリアムが私を見張っておけ、みたいなこと言ってたような気がしたけど離れちゃって大丈夫?」

「ああ、そんなこと……」

 ふっと、カエデが笑顔になった。

「だってライア様、別に見張っていなきゃいけないような方じゃないでしょう? 私としましてはコキアの方を見張っていたい気分です」

 そう言うとパチンとウインクをして改めてドアを開け、出ていく。


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