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遮る者

 

 屋敷の中が騒がしい。

 そんな気がしてライアの目が覚めた。


 窓から差し込む陽の光はいつも通りの朝のそれだ。

 それでもいつもの朝と違うというのは何となくわかるしその原因も想像がつく。

 ので、とりあえず急いで着替えて身支度を済ませる。

 ここで訳知り顔で出ていくのも、好奇心を装って出ていくのもあまりよくないだろう。

 そんな判断をした結果、カエデが声をかけにくるのを待ってみる事にする。


 予想通り、しばらくしてドアがノックされてカエデが入ってきた。

「ライア様、エリーゼ様が例の薬を飲まれたようです」

 潜めた声で告げられて、ライアが小さく頷き。

「で、リアムはどうしてる?」

 慌てることではないというのは分かっているので落ち着き払って訊いてみる。

「ええ、間も無くこちらに駆け込んでくるかと……」


 バタン!

「おい、ライア!」


 ……はい来た。

 カエデが言い切る前にノックもなくドアが開き血相を変えたリアムが飛び込んできた。

 で、ライアは目を丸くしてその男を凝視してしまい……。


 いや、そもそも。

 ノックもなしに飛び込んでくるとはこの男に関しては予想してなかった。

 しかも呼び捨てにされた。

 で、その顔。


 へーぇ。

 この人、こんな顔できたのねぇ。


 っていう、顔だ。

 そもそも感情が読み取れるような顔してるところなんかまず見た事がない。感情というのは自分で作って貼り付けるものだったかな?

 というくらいの顔をいつもしていたような気がする。

 それが、肩で息をしながら若干髪を振り乱して、目なんか軽く血走ったまま見開いて眉間にシワ。


 そんなリアムが入ってきた勢いのままライアの目の前まで迫ってきて、思わぬ勢いに動けなくなっているライアの両肩が掴まれた。

「エリーゼに何を飲ませたっ?」

 ガクガクと揺さぶられながら問われる内容は計算通りなのだがいかんせん揺さぶり方が激しすぎてライアは口を開けない。

 てゆーか、これで喋ったら舌を噛む。

「ちょ、ちょっとお待ちください、リアム様! それではライア様がお話しできません!」

 状況を見たカエデが声を上げながら二人の間に割って入ってくれたのでライアも辛うじて一息つく。

「そんな悠長な事を言っている場合か! エリーゼが毒を飲んだんだ! どうしてくれる!」

 再び掴みかかってこようとするリアムの前にカエデがさりげなく立ち塞がり、ライアの方はひょいと身をかわす。

「……飲んだの?」

 至って冷静を装って、そしてほんの少し苦痛の表情を滲ませながらライアが聞き返す。

「ああそうだ! お前が作って渡したんだろう! この魔女が! ……昨日、こないだのお前と同じような事を言ってきて、言う事を聞いてくれなかったら死んでやると言って……今朝知らせを聞いて彼女の部屋に行ったらもう……!」

 おおう。涙浮かべてる。

 リアムが。

 ライアは思わず再び目を丸くする。

「……つまり、あなたは彼女の言葉を聞き入れなかったって事なのね?」

 ライアが大きくため息を吐いて淡々と尋ねる。

「まさか本気だと思わなかった! だいたい彼女にそんな事を吹き込んで自分に都合の良いように彼女を丸め込んだのはお前だろう!」

 あまりの勢いにライアは若干身の危険を感じて部屋のソファの後ろ側に回り込んでリアムが手を伸ばしても届かないように物理的に距離をとった。

 で。

「で、彼女……死んだの?」

 精一杯の冷たい声を出してみる。

 そんな声にカエデがチラリとこちらに目をやる。

「そんな事になってたらお前もたった今この手で殺してやってたさ! 今医者が診てる。でも息が殆ど無い! 医者は時間の問題だろうと言うし……毒薬を作った薬師がいるなら解毒薬も作れる筈だと言うから来てやったんだ!」


 なるほどね。

 ライアはちょっと視線を泳がせる。

 やっぱりこういう街の医者は優秀だということか。

 多分村にいるような医者ならそうたくさんの症例を見ていないだろうからあの状態を見たら死んでいると判断してしまうかもしれない。でもこういう所にいて、しかもまぁ、ゼアドル家が呼ぶような医師なら腕もいいだろうし、仮死状態に近いくらいだというのを見分けたということか。しかもちゃんと解毒という希望にまで言及してくれている。


「……あるわよ。解毒剤」

 ライアがわざと少し間を置いてからゆっくり告げるとリアムがカエデを押しのけてソファの正面まで勢いよく踏み込んできた。

「どこにある! それを早くよこせ!」

「じゃあ、彼女と私の願いを聞くのかしら?」

 ここは間髪入れずにライアが尋ねる。

 軽く腕を組んでみて、ちょっとした余裕まで見せつけながら。

「……願い、だと?」

 ソファが間にあるせいで掴みかかるわけにもいかないリアムは歯痒そうにこちらを睨みつけているがソファを回り込んできてまで掴みかかる気はないようだ。もしくはそこまで頭が回らないのか。

「彼女をこの屋敷から追い出すのか、私との婚約を解消するのか」

「そんな事……」

 ライアが切り札のように彼の前に叩きつけた選択肢にリアムは特に怯む様子もなかった。

 つまり、わざわざ選択する気もなく、当たり前のこととしてライアを切り捨てるつもり満々という事だろう。

 この期に及んでエリーゼを切り捨てるわけがない。そもそもそれならここまでこんな血相を変えて飛び込んでくるはずがない。

 そう確信して次の句を待ったライアの視界に思わぬものが飛び込んだ。

「お待ちください、リアム様!」

 それは全く思いもよらぬ者の声だった。


「え? コキア?」

 カエデが素っ頓狂な声を上げた。

 飛び込んできたのは屋敷の使用人の女の子だ。服装からして。

 残念ながらライアは面識がない。

 初対面かと言われれば違う気もするが名前は初めて聞いたからおそらく屋敷内のどこかですれ違ったとか作業をしている彼女を見たことがあるとかその程度なのだろう。

「リアム様。大丈夫です。エリーゼ様は時間が経てば目をお覚ましになります!」

 コキアと呼ばれた女の子が入室したその場所で両足を踏ん張るようにしながら両手を握りしめて大きな声で、はっきりと、そう告げる。


 ……えええええ!

 なぁにを言ってくれちゃってるのよこの子!

 ライアだけではなくカエデもそんな視線を思いっきり勢いよくコキアに向けた。

 愕然としすぎてなんなら二人とも口が半開きだ。


「……なんだ、どういう事だ? この緊急事態にいい加減な事を言うとただでは済まされないぞ」

 ドスの効いたリアムの声に怯む事なくコキアは一度唇をキュッと引き結んで短く息を吐いてから。

「いい加減なことではありません。ライア様とエリーゼ様がが立てていた計画を聞いたんです。エリーゼ様がお飲みになった薬は死ぬようなものではなく深く眠るだけのものだそうです。ですからリアム様に約束事を取り付けた後は水か何かを解毒剤に見せかけて飲ませれば、解毒剤の作用で目を覚ましたと見せかけられる、という計画でございます」


 ……なんだ、この子。

 なんでこの期に及んでそんな詳細をここで語る?

 てゆーかなんで知ってるの?

 そんな視線をライアがカエデに送り、カエデの方も愕然とした顔でこちらを見返してくる。


「……本当なのか?」

 なにしろライアとカエデの微妙な視線のやりとりを目の前で見たリアムは先程までの勢いが削がれている。

 そして、慌てふためいていた勢いが削がれると、残るのは怒りのオーラだ。

 そして、さらに悪い事にこんな事態の急変を予想していなかったライアがコキアの言葉に沈黙してしまったが故に、彼女の言葉の真実性が確証されてしまった。

「今からライア様がエリーゼ様のところに向かおうとされたということは、放っておいたらもう間も無く自然に目が覚めるから、という事ですわ」

 コキアが口を挟んできて、リアムがそちらに視線を滑らせる。

 で、その言葉に納得したのかくるりと踵を返し「おい、お前たち! ライアをこの部屋から出すな!」とだけ言い残して彼は大急ぎで部屋から出て行った。



「え……どうなってるの……?」

「どういうことっ?」

 消えそうな声でライアが呟くのと血相を変えたカエデが声を上げてコキアに掴みかかるのはほぼ同時だった。

「だ……だって……!」

 両肩を掴まれてガクガクと揺さぶられるコキアが声を絞り出したので、ああこのままではこの子、舌を噛んでしまうな、と若干の既視感のもとライアがカエデのそばに寄ってその腕にそっと触れる。

 カエデが不服そうな視線を自分の方に向けるのをライアは小さく首を振って制するとカエデが掴んでいた手をパッと離した。

 コキアは自分の手で掴まれていたところをさするようにしながら一度オドオドした視線をカエデの方に向け、その後今度は若干殺気のこもったような鋭い視線をライアの方に向けた。


「……ライア様にはこの屋敷にいていただかないと困るんです!」

 低めた声で吐き捨てるようなセリフにライアが面食らう。


 ……言葉の内容としては言われて嬉しい部類。

 でもこのイントネーションには、嬉しい要素がかけらもない。

 そもそもこのシチュエーションに嬉しい要素が全くないのだけど。

 面食らったライアは眉を寄せてコキアを凝視する。

 と。

「ライア様はご自分のことしか考えていらっしゃらないようですけど、貴女がこの屋敷を出たらカエデがその後どうなるか考えたことが一度でもおありですか?」

 コキアの声はヒステリックでもなんでもなく、なんならちょっと低められてはいるが必死に怒りを抑えているような声でもある。

「コキア、何言って……」

「カエデは黙っててください!」

 口を挟んできたカエデを勢いよくコキアが遮る。

「カエデは私がここで働き始めてすぐ親切にしてくれた恩人なんです。まだ来たばっかりで何もわからない私にわざわざ時間を取って、寝る間も惜しんで色々教えてくれた恩人なんです。周りの使用人仲間に馴染めない私に色々してくれてるんです。そんなカエデが……貴女がここを出ていったら職を失うかもしれないなんてそんなの酷すぎる!」

「……え?」

 ライアが今度こそ大きく目を瞬いた。

 カエデが職を失う?

「……そう、なの?」

 コキアを見つめていたライアはそのまま視線をカエデの方に滑らせる。

 と、カエデが肩を強張らせながらも必死で作ったような笑顔で両手を振りながら。

「いえいえ、可能性の話ですよ? 一応……その、私はライア様付きの侍女として雇われた身ですから、主人として仕えるべき方がいなくなればそういうこともあり得ます。でも、それはどうでもいいんです。また別で働き口は探しますし……」

「カエデは人が良すぎるんです!」

 カエデの言葉を遮るようにコキアが声を上げる。

「このお屋敷のお給金も待遇も、よそと比べたら段違いなんですよ! ここを辞めたら確実にランクの低い仕事に就くことになるんです。カエデは家に仕送りするのに今より収入が落ちたら大変なんでしょう?」

「……家……仕送り……?」

 ライアは初めて聞く単語を頭の中で反芻するのに精一杯だ。


「……コキア」

 ライアの前で決まり悪そうにしていたカエデがライアの様子に肩を落としてついでに視線も落とし、しばらくの沈黙の後大きく息を吐いてから目の前の使用人の名前を呼んだ。

 その声は低くて、今までライアが聞いたことのない声質。

 なのでついライアも息を飲んで目の前の二人の様子を窺ってしまう。

 ライアとほぼ同時にこちらも息を飲んだコキアは一瞬「しまった」と言う顔をしたが、それでも無理矢理思い直したように視線に力を込めてカエデを見つめ返している。

「コキア。あなたね、自分の主人の前で使用人が私情を語るのは求められた時以外は控えなさいとあれほど言ったのに全く理解していないようね」

 その口調はもう教師のそれだ。

 コキアはくっと奥歯を食いしばって、それでも口を開こうとしない。

 おそらく、教えてもらう立場としてはここで謝罪の言葉を口にしなければならないところを当人の「自分は間違っていない」というプライドが邪魔をしてるとかそういうことだろう。

「そもそも、あなたはここに呼ばれてないし、ライア様のお部屋に無断で立ち入ることが許されている者ではないはずです。今すぐ、出ていきなさい」

「……あ、あのっ!」

「ライア様は黙っていてくださいませ」

「は、はい」

 この状況で「ここから出ていけ」は可哀想だと声を上げるも即切り捨てられてライアはつい肩を落とす。

 コキアの方はというと、カエデの視線と口調からその本気度を察したらしく小さく何か呟いてはいたがそのまま部屋から出ていった。


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