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ハーブの力

 

「ここ、客なんか来るの?」

 食事の後、テーブルの片付けを手伝いながらレジナルドがぼそっと尋ねてきた。

「……案外失礼ね」

 ライアの片付ける様子を観察しながら真似しているらしいレジナルドはライアが手を止めると自分も手を止めてしまう。

「だって誰も来ないじゃん」

「……雨が降ってるからでしょ」

 ライアが不機嫌そうに言い返すと「ふーん」と答えて窓の外に目をやるその仕草は……まぁ、悪気はないんだろうな、と思えてしまう。


 そもそも村の真ん中あたりには医師の自宅を兼ねた診療所がある。

 急に具合が悪くなった人は大体そこにいくのだ。

 こっちは持病を持っている人とか診療所までわざわざいくまでもないかな、みたいな人たちが来る。

 こんな天気の日はせいぜい……子供が熱を出したけど村の真ん中まで行くよりはこっちの方が近いから、とかいう感じのおばちゃんとかが稀に来るくらいだ。

 そして時刻ももう人が出歩くような時間ではなくなっている。


「雨……止みそうにないな……」

 窓の外に目をやったままレジナルドが呟くので。

「だから早く帰りなさいって言ったのに」

 ライアがすかさず答える。

 まぁ、色白とはいえ病弱そうではないから雨の中走って帰ったからって熱を出すとかいうことはないだろう。だいたいあの高さから落下して無傷って、実は結構頑丈なのかも知れない。……ここまで運んだ時にも思ったけど決して痩せ細ってるわけではなかったし。むしろつくべき筋肉がしっかりついている。

 気を失っていたのは本当に空腹と……ちゃんと眠ってなかったせいで「ついでに」惰眠を貪っていただけだったらしい。……ハーブのブーケでリラックス効果とか余計なことをしてしまった。


「今日は泊めてもらおうかな」

「……そうよね……もうすっかり元気みたいだし……はぁぁぁぁ?」

 考え事をしながら雨の中送り出す気満々だったライアはその方向で頷いたところでレジナルドのセリフの内容に驚愕してぐるん! と向き直った。

「え、だって雨だし」

 当のレジナルドはキョトン、としている。

 なんだこの白ウサギ。可愛けりゃなんでも許されるとか思ってない?

「あのね。ここ、私の一人暮らしなの。なんで病人でも怪我人でもないあなたが一夜を明かすのよ!」

「……雨降ってるから?」

「なんで疑問形だっ?」

「あ、僕、そこのソファでいいけど」

「当たり前よっ!」

「ご厚意に感謝いたします」

 にっこり。

 最後に極上の笑顔を向けられた。

 なんだこの白ウサギ。……極上の笑みがそこはなとなく黒く見えるのは気のせいだろうか。



 全く想定外で、不本意とはいえ。

 宿泊をまるで許可したみたいな感じになってしまった以上、致し方なく、不承不承、使用事なしに、クッションの追加と毛布の追加を用意して多少なりとも冷え込む夜への備えをしたライアはついでに寝間着も持ってくる。

 ……師匠のだけど、まだ使ってない新しいやつだから良いかな。良いよね。

 なんて思いながら。

 女性にしては背が高かった師匠はそれでもさらに大きめサイズの寝間着を愛用していた。で、そういうサイズの寝間着って女性用はなかなかないので男性用なのだ。シャツを長くしたシンプルなデザインでズボンがセットになっている。

 ……師匠が着てるとちょっとかっこよかったんだけどな。

 なんて思うけれど……まぁ、男の子が着る分には至って普通に着れるでしょう、ということで。


 ライアが二階から一揃い持って居間に降りてくると丁度レジナルドがシャワーを使って戻ってきた後だった。

 さっきまで着ていた服を、ベスト無しのシャツは裾を出した格好で釦も上の方は開けたままざっくり羽織っているような感じだけど……可愛い感じだった印象が方向転換して怪しい色気を纏っているのはもう気付かないふりをする。


「え……寝間着あるの? ここ、男も住んでる?」

 手渡された物を見てレジナルドが眉をしかめるので。

「居ないわよ。前にいた師匠が愛用してただけ。あの人背が高かったから女性用だと丈が足りなかったの。一応まだ袖を通してないやつだけど、嫌なら着なくて良いわよ」

「……ふーん……」

 ライアが一応ざっくり説明だけすると、微妙に納得したような顔をしたレジナルドがおもむろに着ていたシャツの釦を外し始めるので。

「う、うわわわわわ! なにしてんの!」

 ライアが慌てる。

「え、なにって着替え……」

 きょとんとしたまま答えるレジナルドにライアが焦って……思わず台所のドアへと駆け込む。


 ……ああびっくりした。それにしても手を止めもしなかったな! どういう感覚なんだ!


 いきなり目の前で始まったストリップに反射的に逃げては来たが……考えてみたら本来なら二階への階段を駆け上がりでもすればよかったのに台所なんかに駆け込んでしまったことで一旦居間に戻らなければいけないということに気付いたライアが「ああ、しまった!」とガックリ項垂れる。

 で、取り敢えず気持ちを落ち着けようとやかんに水を入れて火にかける。

「ちょっとお茶淹れよう……」

 安眠に役立ちそうな薬草を数種類、瓶から集めてお湯が沸くのをぼんやり待っていると。

「あの……」

 小さな音がしてドアがそっと開き、小さな隙間から申し訳なさそうな声がした。

「うわ、びっくりした。な、なに?」

 まさかレジナルドがこっちにくるとは思わなかったライアは、作業台の脇で座っていた椅子から飛び退いて。

「……あ、いや……えと、ごめん。なにも考えないで勝手に着替えてた……その、女性の前で……大変失礼シマシタ」

 顔を出すでもなくちょっとだけ開けたドアの隙間からかけられる声は、反省の表れなのか小さめだ。

 ……それ以前にここに泊まるって言い出したあたりから、なんかズレてるんだけどね。

 まぁいいか。もう今更だし。


「……いいわよ。お茶入れるけど、飲む?」

 ライアがそう言いながら開きかけているドアをそっと開けてみる。と、こちらを窺うように俯いて上目遣いになったレジナルドと目が合った。

 で、その表情がぱっと輝く。ので。

「薬草茶だけど大丈夫?」

 一応聞いてみる。

「うん、大丈夫。良い匂いがするし」

 ……はぁ、可愛いな。


 なにかに負けたような気がしてならないまま、ライアは二人分のカップを用意してトレイに乗せ、ティーポットにも湯を満たす。

「あれ、まだ淹れてないのにこんなに匂うもの?」

 レジナルドがぼそっと呟く。

「ああ……これは……そうね。ちょっと特別、かも」

 小さな器に三種類ほどの乾燥したハーブを取り分けているだけでまだポットに入れてはいないけれど香りがだいぶ台所に広がっている。

「……特別?」

 レジナルドが可愛らしく小首を傾げる……ってもう、小動物だよね! 可愛いよね!

 色々突っ込む前にもう何かに完敗した気分のライアが一旦視線を泳がせてから小さくため息をついて。

「えーと……なんていうか……私って植物と相性がいいのよ。私が作る薬草茶は薬草が本領以上の力を発揮してくれるの。だから乾燥させた状態でも他所の薬草より日持ちするし香りも良い、みたい」

 なんなら切って活けただけのハーブも香り方が半端なかったりする。

「へぇ……じゃ、あのソファのところの花も……?」

「……ああ、そうね……」

 つまりはそういうことだ。小さなブーケだけどグラスに活けたハーブは今となってはあのソファのあたりを中心に結構な範囲に香りを広げている。


 活ける前に声をかけたせいもあるんだけどね。

 なんて思いながらついライアの目が泳ぐ。

 多分こういうことは普通の人には理解できない。

 そして理解できてしまうとちょっと……いや、結構……かなり引かれる。

 ああ、でも。そういえば。

 と、そこまで考えてからちょっと開き直ってもみる。

 別にレジナルドに引かれたところで……実害はないか。村の人間ではないんだし、商売に悪影響を及ぼされるような相手でもない。健康体だしウチとそう関わらなくていい相手。

 なんなら怖くなってこのまま雨の中でも帰ってくれたらそれでおしまいにできる相手だ。


 あ、なーんだ。そうか。


 そう思った途端、ライアのどこかで張り詰めていた気が緩んだ。


 別に警戒しなくて良いんだった。


 そう思った途端、何かが吹っ切れたように体が滑らかに動くような気さえする。

 で、その流れでティーポットのお湯を捨てて温まったポットに混ぜ合わせたハーブを入れ、新しい湯を注ぐ。残った湯はトレイの上のカップに入れてこちらも温める。

 そんなライアの作業をレジナルドは楽しそうにじっと見つめていた。



 就寝前、シャワーの後に飲むお茶としては正解だろうという組み合わせのハーブティーはニワトコ、カミレ、レモングラス。

 多少気候の問題でこの辺りで育ちにくいものもライアが育てる裏庭ではしっかり育つ。


「……美味しい……」

 一口飲んだカップをまじまじと見つめながらレジナルドが呟いた。

 白い寝間着を着てゆったりとした雰囲気の彼はちょっと幼く見える。

 両手でカップを包み込むように持っている姿勢や、乾いたばかりの薄い金髪が頼りなさげにくたっとしている雰囲気がなんとも庇護欲を掻き立てる。


 ……自分が可愛いって自覚してるでしょ!

 とライアは思わず心の中でツッコミを入れてしまうのだが。

「そう? 良かった……」

 差し障りのない返事をするのが大人です。


「……あのさ……」

 しばらく黙ってお茶を飲んでいたレジナルドがふと口を開いた。

 ライアの方は、よく知らない人がいるのに沈黙が続くというのは本来なら耐えられないはずなのに、あれ今日は結構平気だな、くらいに思っていたところだったのでノロノロと顔を上げる。

「……あ、いや……なんでもない……」

 ライアと目が合ったところでレジナルドは視線をすとんと落としてしまった。

「え……ちょっと、何よ。気になるじゃない」

 ライアが食い下がると。

「……あー……あの、さ。あの花、明日帰る時に貰ってもいい?」

 レジナルドの手元に一旦落とされた視線はソファの脇のサイドテーブルにあるグラスに向かっている。

「え、ああ。……いいけど」

「ほんとにっ?」

 何を言い出すのかと思ったらあまりにも大したことじゃなさすぎてライアが拍子抜けすると、レジナルドの方はすかさず食いつくように聞き返してきた。

「別にいいわよ。あれ、庭のハーブだからまだ沢山あるし」

 ライアが頷いて見せると。

「良かった……今日、すごくよく眠れたから……」

 レジナルドがちょっと照れたように視線を泳がせながら答えた。ので。

「え……何? 普段よく眠れないの?」

 嘘でしょ? 今日かなりよく眠ってたよね? なんなら結構な距離、引きずられてきたくせに全くびくともせずに眠りこけてたよね?

 ライアとしてはそのくらい聞き返したかったところだが、よくみるとレジナルドの表情が一瞬凍りついたようにも見えたのでそこは口にせず。

「なんか……ずっと……あの匂いがしていたような気がするんだ。あれ、よく眠れる匂いだ」

 視線はグラスのハーブに固定されている。


 ……ずっと……? ああ、ここまで引きずってくる間はずっと私の胸元についていたものねあのブーケ。で、ここに帰ってきてからは枕元にあったも同然で。

 ……ふーん、そうか。相性がよっぽど良かったのかな。ラベンダー。

 ああ、でもうちの子達は本当に効力が半端なく研ぎ澄まされてるからね。ちょっと相性がいい人なら効果が出やすいのかも知れない。

 なんてライアは思いつつ。

「普段よく眠れないの?」

 ちょっと気になってもう一度聞いてみる。

 これはもう職業病かも知れない。健康に問題を抱えている人は放って置けない。

「う……ん。そんなに気にしたことなかったんだけど……さっきここで目が覚めたとき久しぶりに頭がスッキリしてたから。それに食べるものもすごく美味しくてびっくりした」

 ……慢性的な不眠症かもしれないなこりゃ。

 ライアがちょっと遠い目をする。

「分かったわ。今日はもう寝なさい。人間ちゃんと睡眠とらないと食欲も無くなるし、日中の集中力もなくなるのよ。明日帰る時にあれと同じ新しい花を切ってあげるから持って帰るといいわ」

 そう言ってライアはさっさと立ち上がった。まだカップに残っているお茶は自室で飲もうと手に取って。


 そうと分かればこんなふうに時間を無駄にしてちゃいけない。

 眠れそうな時にさっさと寝かせないと明日も体調不良になってしまう。

 ……でもソファで寝かせるけどね。

 男の子を自分と同じ二階になんて……いや、客室……掃除もしたっちゃしたけど……いや、男の子だからね! なんか中途半端に空気読まない行動する危険性を持ってる異性ですからね。

 うん。ソファです。


「あ、うん……」

 どうやら白ウサギは聞き分けもいいようで素直にカップの残りを飲み干すとソファに向かった。




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