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悪巧み

「エリーゼさんはそれでいいのっ?」

 いつも以上に食い気味なライアに横で見ているカエデが目を丸くしている。

「……良いわけないじゃない。でもあの人本当にそういうところ、理解してないのよね……」

 作業部屋を覗きにきたエリーゼとお茶をしながらの会話だ。

 もちろん話題はリアムの素っ頓狂な思考回路。

 ちなみにカエデは出来上がったものを受け取る為の待機を兼ねてお茶に加わっている。

 最近は村の人だけでなく使用人の方々も注文してくるようになっているので細々と、とはいえ途切れる事なくライアは何かしら調合している。


「……育ちに関係ありますかしら」

 ぽそりとカエデが呟いた。

「……え?」

 声を上げたのはエリーゼだったがライアも同時にカエデの方に顔を向けた。

 なんとなく、育った環境のせいで人格の重要な部分が形成されてしまう事に関してはあれこれと身に覚えのある身。

 この手の言葉には敏感に反応してしまう。

「あ、いえね。わたくしもここで働き始めたばかりですからリアム様の事はよく存じ上げているわけではないのですが……使用人仲間から聞いた話ですと旦那様と奥様も……その……恋愛結婚ではなかったと、お聞きしました」

 なんだか微妙な言葉の濁し方をするカエデに、聞いていたエリーゼがため息を吐きながらこめかみのあたりを指先で押さえた。

「それどころか……政略結婚よ。しかも最初の頃は愛人が家に同居していたらしいから、そりゃ大変だったらしいわ……」

「……げ。何その泥沼」

 最初の頃って言った? 新婚生活に愛人の同居って……どういう事?

 と言わんばかりにライアが目を丸くするとエリーゼがライアの方に小さく頷いてみせてから。

「おじ様の考え方もどうかしてるのよね。結婚は家のため、愛人は自分が楽しむためっていう変な持論があったみたいでね。それでリアム様が産まれてからおば様が愛人をいびり倒して追い出したのよ」

「……いびり倒して……」

「あ。そうかライアさん、まだ会った事ないのよね。強いわよ? おば様」

 エリーゼの目が据わっている。

「……それで、あのアビウスさんは改心したってわけ?」

「まさか」

 かくっ、とライアの体の力が抜けた。

 え、だって、強いんでしょ? 愛人をいびり倒すくらいに。夫を調教……じゃなくて再教育するくらいの勢いじゃなかった?

 と思ったので。

 ちらりとカエデの方を見ると彼女も同じように拍子抜けしたような顔をしている。

 思うところは同じだったようだ。

 と。

 エリーゼがさらに深いため息を吐いて。

「ご自分の立場を確立する事にしか興味なかったのよ。リアム様を身籠ったのだっておじ様と愛し合っていたからじゃなくて、愛人より優位になるためよ。で、後継を産んだからには、とゼアドル家の女主人の座を確立して……しかもおば様って本当に商会をサポートする才能があったの。まぁ、そういう教育を受けてきてる方だったからね。元々恋愛には興味がなかったみたいでバリバリ仕事してらしたわよ」

「まぁ……」

 滔々と説明するエリーゼにカエデが感心したようにため息を吐いた。

 で。

 ライアは。

 ……あれ?

 えーと……なんか思っていたのと違う。

 てゆーか、私、奥様が夫に愛想を尽かして家を出て行ったというイメージを持っていたし……それって愛人がらみじゃなかったっけ?

 それってつまり愛情がらみという事で……あれ? でも愛人の疑いがあったのってエリーゼのお母様ではなかったっけ? でも結局愛人疑惑は晴れたのよね?

 んん?

「えーと、ちょっと良い? ここの奥様って家出中じゃなかったっけ?」

 なんとなくカエデとエリーゼの顔を交互に見比べてしまう。

 カエデの方は小さく首を傾げたのでやっぱりライアと同じように疑問に思っているようだ。

「ああそれ」

 エリーゼが何を今更とでも言うように答えて。

「家出といえば家出ね。おじ様がリアム様の後継者教育をしてるのが見ててイライラするらしくて別宅に行ってるけど、そこで仕事してるわよ。なんなら影で商会を仕切ってるのおば様ですもの」

「ええ!」

 ライアは思わず声を上げたが、カエデの方は辛うじて声を飲み込んだ様子で、それでも目を丸くしている。

「ちなみに」

 エリーゼが軽く身を乗り出してきたのでついライアとカエデが同じように身を乗り出す。

「おじ様もそれなりにプライドがあるわけよ。で、おば様を見返してやりたくてライアさんに目を付けたのよ。ライアさんの仕事をおじ様かリアム様がゼアドル家のものに出来たらおば様を見返してやれるっていうわけ」

「……はい?」

「……なんてこと」

 ライアとカエデの反応にエリーゼが小さくため息を吐く。

「今って商会の実権を影でおば様が握ってるっていってもおかしくないような力のバランスだったりするのよ。で、おじ様も必死なのよね。……でもさ、もう少し冷静になればおば様が敵じゃないてことくらい分かりそうなものなのよね」

「……と言うと?」

 なんだか気が抜けてしまったライアがエリーゼの話の続きを促すように視線を送る。

「んー……私もね、母が生きてた頃は時々おば様とも会っていたの。面白いのよ、あの二人。全くお互い意図してないと思うけどかわりばんこにうちに来るの。最初はおば様がおじ様の良からぬ噂を聞いて確かめにきたみたいだけど。でね、話を聞いてると似たもの同士なのよ。あれ、ちょっと歯車がずれてるだけで本当は相性いいと思うのよね。それにおば様だってリアム様のお母様ですからね、子供に愛情がないわけないし、おじ様のことだって嫌ってるわけじゃないのよ。ちょっと拗れてるだけ」


 ……そうかぁ。

 ライアがちょっと遠い目をする。

 ということはですよ。私って、この家の壮大な夫婦喧嘩に巻き込まれたってことなのかな……。


「……酷い」


「……はい?」

「……え?」

 ライアがちょっと意識を飛ばしてる間に低い声がして、つられて意識を引っ張り戻すと同時にエリーゼも我に返ったように声の発生源に目を向けている。

 発生源。つまりカエデ。

 見ると、カエデは俯いたまま肩を小刻みに振るわせている。

「なんっでお二人ともそんな呑気にしていらっしゃるんですか! ライア様の置かれている状況の原因がたかが夫婦の痴話喧嘩なんて、そんなの酷すぎます!」

 ガバッと顔を上げて掴みかからんばかりの勢いで捲し立てたカエデの目は本気だ。

「あ……」

 ライアが思わず声を発したものの、はっきり同意するのはエリーゼの手前、ちょっと躊躇われ、視線だけそろりとエリーゼの方に向ける。

 エリーゼはというと、カエデの勢いに驚いたようで目を丸くしてはいたが……少しの間を置いて深く頷いた。

「そうよね。巻き込まれたライアさんは被害者よね。なにしろそんな訳だから私もいずれどうにかなるだろうと思って静観していた感もあるけど……お披露目パーティーは一週間後とか言ってたわね。どうにかしないとね」

 そう言うとエリーゼは思案げに眉間にシワを寄せて腕を組んだ。

 そんなエリーゼの様子にカエデは気持ちが少し落ち着いたらしく半分乗り出していた身を元の位置に戻してライアの方に視線を送ってくる。

「ライア様が徹底的にリアム様に嫌われるようなことでもなさったら良いのではないかしら」

「……え」

 意外なセリフにライアが固まると。

「……そうね。何にしてもライアさんって当たり障りなく動きすぎなのよね。みんなに好かれちゃうようなことしかしないし。リアム様からしたら大人しく自分の言う事を聞いてくれる都合のいい相手にしか見えない、ということかもしれない……」

「ちょ、ちょっと! 私、そんなに良い人じゃないからねっ? だって……ほら、リアムの目を盗んで薬作ったりもしていたし!」

 ライアもつい力が入る。

 だいたいそもそも。

 好かれようと努力した覚えはこれっぽっちもない。特にリアムに対しては。

 エリーゼさんの涙ぐましい努力を思えば私に関心を持つはずなんかないのだ。

 あ……そうか。

 関心を持つ、とかそういう次元ではなく嫌われるようにしなければいけないのか。でも私、好かれてるか嫌われてるかっていったら嫌われてる方の部類に入る自信はあるんだけどなぁ……。

 なんて思いながらライアが視線を彷徨わせていると。

「……何か暴動でも起こします?」

 カエデが不審極まりない発言をした。

「ぼ、暴動?」

 ライアが目を丸くする。

「そうですわね……例えばお屋敷の高価な物を破壊してみるとか……リアム様の食事に毒を盛ってみるとか……」

「ちょっと! やだもうカエデったら! 何素っ頓狂なこと言い出すのよ!」

 至って真面目に呟くカエデにライアが顔色を変えた。

 と、当のカエデはしれっと。

「リアム様がこんな人はこの屋敷に置いておけない、って思うような事をすれば良いんじゃないかと思うんですよね。仕事の利益以前にこの敷地にいられちゃ困る、くらいの気持ちになってもらわないと。……リアム様の大事な物を台無しにでもすれば怒って出て行けって言われるんじゃないかと思うんですが……」

「……リアムの大事なものって何?」

「……地位と名誉」

 あまりに真剣なカエデに乗っかるようにライアが尋ねると横からエリーゼが答えてくれる。

「……地位と名誉かぁーーー!」

 そんなものどうやって傷つけたら良いんだ……?

「……あら?」

 ライアが投げやりな気持ちになっているところでカエデがはたとエリーゼの方に向き直る。

「地位と名誉、以前にいらっしゃるじゃないですか。リアム様の大切なもの」

「……え?」

「……はい?」

 カエデの言葉にライアとエリーゼが同時に目を瞬かせる。

 カエデの視線はエリーゼに張り付いたままだ。



「えーと、ではわたくしも一芝居打てば良いわけですわね?」

「エリーゼさん、何だか楽しそうに見えるけど気のせい?」

 リアムがエリーゼに特別な感情を抱いているというのは既に使用人の間では周知の事実でもあり暗黙の了解でもあるようで。

 カエデの視線の意味を真っ先に察したライアはもう気が進まない。

 いや、リアムをどうこう以前に、カエデの計画に、だ。

「なんでライア様が逃げ腰なんですか。ライア様こそしゃんとなさってくださいませね!」

「そうよ。私はこんな面白そうなことやらないわけにはいかないわよ?」

 二人の目がやたらとイキイキとしていてライアが更に口元を引き攣らせる。

「だって! 演技とはいえエリーゼさんを傷つけるようなこと出来ないわよ!」

「やってくださいまし」

「私は構わないって言ってるじゃない」

 二人の即答も何だか怖い。


 つまり。

 ライアが婚約披露に際してリアムの前で盛大にエリーゼを邪魔者扱いするというのがカエデの提案だ。

「私を妻にするというなら他の女がこの屋敷にいるのは気に食わない。なんなら私が彼女を始末してやる」くらいのことを宣言したら良い、というのがカエデの提案でそれに悪ノリしたエリーゼが「それなら私に毒でも盛ったら良いわ」なんて言い出したものだから更に計画は進行し「一時的に仮死状態になるような薬は作れないのか」なんていう話にまで発展した。

 薬の話となると嘘がつけないライアはつい「そんなような薬は作れないこともない」なんて言ってしまったものだから二人はもう楽しそうに計画を立て始めてしまったというわけ。


 かくして。


「ううう。そんなのやだなあ」

「往生際が悪いですわよライア様」

「そうそう。とりあえず薬、出来上がりを楽しみにしてるわ」

 本当に嫌々ながら立ち上がったライアはカエデとエリーゼに急かされるようにして材料になる薬草を確認し始めた。

「もう一週間しかないんですよ? そんなものが用意できるのなら今すぐに作って用意しませんと!」

「そうそう。出来上がったら私がいただきますわね! 絶好のタイミングでリアム様の前で飲み干してやります!」

 カエデとエリーゼの意気込みといったら尋常ではない。

「だいたいさぁ、どうやってそんなもの使ってリアムに訴えるのよぅ」

 一応必要な薬草の類を探す手は止めずにライアが、後ろの二人に声をかける。二人はライアの視界には入っていないが両手をわきわきさせながら好奇の視線を送っている。

 と、エリーゼが。

「そりゃもう。何事もなかったかのようにお茶にでも混ぜて飲みますわ。『ライアさんがわたくしのために作ってくださった美容の薬です』とか言いながら。ですからその前にライアさんは私の事を邪魔者だってアピールしてくださいませね!」

「私そういうの苦手なんだけど……」

 そんな思ってもいない事言えないわよ……言ってもきっと薄っぺらい言い方になってバレると思うし……。

「わかりました。そこは私がお手伝いいたします。ライア様付きの侍女としてライア様がこうおっしゃっています、みたいにリアム様にそれとなく進言いたしますわ。その方がよっぽど信憑性がありません?」

 カエデが右手の拳を胸元でぐっと握るとエリーゼが唇の端を片方だけ上げて「お主も悪よのう」なんて囁く。


 そんな二人の様子にライアはついため息を吐きながら。

 あーあ。

 できちゃうんだよねぇ。飲んだ人を一時的に仮死状態にする薬。と、手元に揃ってしまった材料をしげしげと眺める。


「とりあえずすぐにはできないわよ。一晩は掛かるからね?」

 ちらりと後ろの二人に視線を送る。

「楽しみにしてるわ」

「かしこまりました」

 何だか本当に美容の薬でも作ってもらっているようなエリーゼと、瞳の奥をきらりと光らせてどこかの悪代官のような笑みを浮かべたカエデに、ライアは少々げんなりしながら作業を始めた。


 まぁ、致死性のものではないから作ることは構わない。

 ライアにとってきちんと慎重にやれば失敗のしようがないくらいの調合。

 飲んで苦しむような類のものでもない。飲んですぐに眠気に襲われて深く眠るだけの薬。眠りが深すぎて呼吸と体温が一気に低下するから一見死んだように見えるという、そんな薬だ。一日も眠れば身体が解毒してしまうから普通に目が覚める。

 その頃までにリアムに婚約を解消させて解毒剤に見せかけた水か何かを飲ませれば一件落着、みたいなのがカエデとエリーゼの計画だった。


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