各自の喜び
「ライア様、これ、ささやかですがお土産です」
「ライアさん、私たちだけで楽しんじゃってごめんなさいね。これ、お土産」
カエデとエリーゼが日替わりでライアの部屋にやってきて小さな包みを置いていった。
その度にライアは苦笑混じりの笑顔をむけてしまう。
収穫祭。
町では今ごろ賑やかな祭りの時期に突入しているらしいのだ。
カエデは仕事の合間にうまく区切りをつけて短時間だけ、と街に遊びに出掛けて行った。
エリーゼは言わずもがな。ちょっとしたデートも兼ねてリアムと一緒に一日遊んできたらしい。
カエデもエリーゼもライアを誘ってくれたし、なんならこんな日くらいはと許可を取り付けようと粘る気満々でいてくれたのだが。
当の本人が断った。
恐らくカエデやエリーゼはライアが遠慮しているとでも思っただろうが、本気の拒否だ。
なにしろ人がたくさんいるところは苦手。
しかも聴覚が戻るまでまだ数日ある。
そんなライアには、街に、しかも祭りで賑わっている場所に行くというのは苦痛以外の何ものでもない。
なので。
「わぁ、可愛い!」
もらったお土産にだけつい本気の笑みを向けてしまうのだ。
カエデからのお土産は木彫りの髪飾りだ。花の形に掘り込まれた小さめのパーツに髪留めの金具がついている。いつもハーフアップにしているライアの髪留めは飾りっ気のない目立たないものだったので、小さな髪飾りでも早速つけてみると急にめかし込んだような気分になる。
エリーゼから貰ったものは綺麗な花柄のメモ用紙。
いつも薬の調合の時にメモ書きをする紙の束はその辺で使っていたメモ用紙の切れ端で、下手をしたらサイズまでバラバラな物をクリップでひとまとめにして使っていた。
そんな様子を見たエリーゼが「女の子なんだからこういうところも気を使ったほうがいいのに」なんて呟いたことがあったから……そういう事に使いなさいという事だろうなとすぐに察しがついた。
でも可愛すぎて使い捨てるメモ用紙には勿体無いな……と、つい「大事に使うわね」と返したら困ったように笑われてしまった。
そして二人とも祭りを十分楽しんできたらしく興奮気味でその日の出来事を話してくれた。
二人とも本当に同じ街の祭りにいったのだろうかというくらい話の内容は違っていたので聞いているライアの方が内心驚いたくらいだ。
そうか、こういう大きな街だとあちこちで違う催しがあったり入る店もよりどりみどりだからよほど同じ好みで一緒に行動しているとかでなければ全く違う経験ができるものなのね、と驚きながらも納得した。
だからといって自分も行ってみたいな、とは……思わないのだが。
そんな祭りの余韻になんとなく浸っている頃、作業部屋で薬を調合しているライアのところにリアムが訪ねてきた。
どうやらここ最近、ずっと忙しすぎて家を空けることが多かった仕事も少しは落ち着いてきたようで屋敷で見かけることも多くなった。
「何か用ですか?」
入って来てすぐに本題に入るかと思いきや作業中のライアを眺めたり、周りの棚の物を眺めたりしているだけのリアムにライアが鬱陶しそうに声をかけた。
こちらは薬作りは公認だと開き直っているので手を止めるつもりすらない。
そんなライアにやれやれ、といったふうにため息を吐いたリアムは作業台の近くに放置してあった椅子を引いてきて作業台を挟んだライアの正面辺りに腰を下ろした。
もしかして座るように促されるのを待っていたのだろうか……めんどくさい人だな……なんていうあからさまな視線は一瞬向けるだけに留めてみて。
「……離れが完成しましたよ」
「……え?」
予想していなかったリアムの言葉にライアが思いっきり顔を上げて聞き返した。
途端にリアムの目が満足そうに細められる。
「大変お待たせしましたね」
えーと。
さて、どういう反応をするのが正解なんだろう。
もはや嫌な感じがしない、笑顔なのだ。
……免疫でもついたのかな。それとも目が慣れすぎてきた、とか。
そういえば臭いは鼻が慣れていずれわからなくなるというから……これもそういうこと……だったりして。
「何か失礼なこと考えてませんか?」
「う……」
なんだこの察しの良さ。こういう人、他にいたような気がするけど。
なんて思いながらライアが目を泳がせると。
「来週には完成を祝うパーティーを企画しているんですよ」
ふ、と。
リアムの表情が今までの見慣れたものに戻った。
ああ、これは仕事用の表情なのかな、なんて咄嗟にライアが思う。
なのでライアの方も少々緊張の色が混ざるいつもの営業用スマイルに戻り。
「……パーティー?」
と小さく首を傾げる。
そんなもの私に報告する必要なんかないだろうに。どうぞ勝手にやってくださいよ、という気持ちでいっぱいだ。
「貴女にも出て頂きますよ?」
「は?」
……勝手にやってもらっていいのに!
という気持ちをそのまま視線に込めて聞き返す。
この人の言葉は事情を知っている人のそれで、聞き逃しようがないはっきりした発声なのだ。特にこういう時には。
「お忘れかもしれませんが、わたしたちの婚約発表とゼアドル商会における新しい仕事への着手を発表する機会でもあるんです」
ぞわ。
全く温度を感じさせないリアムの言葉に思わずライアの背筋に寒気が走った。
この人は。
相変わらずこの人はこういう言葉を温度もなく、躊躇いなく使うのだ。
「婚約」って。
もちろん以前の彼を知っているライアにしたら目新しいことでもない。
結局、婚姻は仕事の一環なのだ。
でも。
つい最近見るようになった彼の様子や、エリーゼの反応を見るに……多少人らしさを身につけたと考えてもいいのではないだろうか。
そう思いながらついまじまじと、目の前に座ってこちらに視線を送ってくる整った顔に目をやる。
一般的に美しいと分類される金髪はきちんと整えられていて、肌の色は割と白い。グレーの瞳は切れ長で整った形の眉や鼻筋はまるで絵に描いたようだ。美しい、と形容してもいいのかもしれない。
どうしても主観が入ってしまうので前向きな感想は持てないけれど、初見でこの人を観察して感想を述べるとなればきっとかなり好意的な感想が出てくると思うのだ。
例え、その瞳がこちらを絶えず蔑むようなもので、口元に浮かぶ笑みが皮肉めいたものであるとしても、初見でそこまでは読み取れないものかもしれない。
そして、最近の変化を信じ難いとはいえ目にしたライアとしては、人間らしい感情を持っていることをどこかで期待もしてしまう。
そういう事を前提に話しても話が通じるのではないかという気に、なってしまうのだ。
なので。
「あの、ちょっと確認したいんだけど」
意を決して口を開く。
リアムのグレーの瞳がほんの僅か大きくなって、こちらの言葉に関心を示したことが分かった。
「私との婚約というのは、エリーゼさんは承知しているの?」
「……はい?」
彼女の名前を出したら我に返りでもしないかと期待したライアはリアムの淡白な反応に一瞬で気持ちが萎えそうになった。
「え、だって……いくらなんでもエリーゼさんの気持ち、知ってるんでしょう? あなただって彼女のこと嫌いじゃないでしょうに」
一応、どういう前提で話しているのか説明した方がいいのかな、という気がしたので付け加えてみる。
と。
一旦目を丸くしたリアムが再び表情をなくしたような顔に戻って、笑った。
「……ふ。何を言い出すのかと思ったら。貴女はまだそんな夢物語のままごとみたいな事を思い描いているんですか?」
「……は?」
今度はライアが目を瞬かせる番だ。
なんの事だろう。夢物語? ままごとって……何が?
「思い合う恋人同士が結ばれていつまでも幸せに暮しました。めでたしめでたし。なんていうのは子供に聞かせる御伽噺ですよ? 現実はそう簡単じゃない。そういうのを割り切らないと生きていけないのが現実です。特にこういう家に生まれればね。そんな事、エリーゼだって知ってますよ」
いや……そう言われるとそれはそれで正論なのかもしれないけれど……え……?
「え……エリーゼさんも承知してるって事?」
つい肝心のところを聞き返してしまう。
あのエリーゼさんがそんな事を承知するとはちょっと考えられない、と思ってしまったので。
「……まぁ、わざわざ確認したことはありませんが、理解はしていると思いますよ。していないと困ります。子供じゃないんだから。それに……まぁそうですね……貴女をうちの所有とする為に結婚した後は彼女を愛人にしてもいい。どうせ貴女はわたしと夫婦の真似事なんかする気はないでしょう? あの離れに引きこもって仕事に専念でもしてくれればこの本邸で彼女に好きなように生活してもらうことだってできますよ」
「はぁ?」
今度こそライアが目を見開いた。
今この人、なんて言った?
何かやたらと具体的な将来の計画めいた事を口走ったような気がするけど、それって……間に受けるべき内容だった?
「……とにかく、必要事項は伝えましたよ。準備をしておいてくださいね」
ライアが何か言ってやろうと口を開きかけたものの的確な言葉が見つからずに開きかけた口を閉じたところでリアムはそう告げるとさっさと退室してしまった。




