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気持ちの消化

 自室に戻ったライアが落ち着きなく部屋の中を歩き回っている。

 なんだか色々ありすぎて頭も心も整理できない。

 そんなところだろう。


「……あの、ライア様?」

 ついに見かねてカエデが声をかけた。

「えっ? あっ、何?」

 慌てて振り返るライアにカエデが苦笑を向けつつテーブルを指し示す。

「夕食の支度、整ってますけど」

「うわ……ご、ごめんなさい……」


 しまった。

 いつもならカエデが運んできたものを一緒にテーブルに並べるとか、今日のメニューは何? なんて話題を振ってみたりとか、何かしらするのに今日は完全にカエデを放置してしまった。


 一気に現実に引き戻されてライアが静かに慌てふためきながらテーブルに歩み寄る。

 相変わらずのお一人様夕食。

 それでもカエデが給仕してくれて、食事中のおしゃべりに付き合ってくれるのだからありがたい。


 上品なスープは潰した玉蜀黍を丁寧に濾して作ったもので甘い香りがする。

 パンは手に取る前から焼き立てであることがわかるくらい良い匂い。

 夜は特に脂身の少ない物をと頼んであるせいか鶏肉を使ったメイン料理には野菜で作ったソースがかかっていて色も綺麗だ。

 蒸し野菜のサラダも量がちょうど良くてこちらも彩りが綺麗。


「何かありましたか?」

 サラダにフォークを差し入れたところでカエデがさりげなく声をかけてくれてライアの視線がそちらに向く。

 あまり深刻にならないように笑顔を保ってくれているのがわかるような、ちょっとぎこちない笑みは「本当はすごく心配しています」と顔に書いてあるようでライアの方がつい苦笑してしまった。

「ああ……えーっと……うん、なんでもないの。ごめんなさい……」

 リアムがやったことについて話そうにも、自分と植物との関係を話さなければいけないし、ディランの話についても然り。さらにはレジナルドに会った事についてなんて……もう恥ずかしくて話せる所がない。

 そしてふと、レジナルドからの手紙が抜き取られていた可能性について思い出す。

「あ、そうだ……あの……ね」

 一旦フォークを置いて、聞いてみようと口を開いたところで……はっとする。


 まさか、カエデがあれを抜きとったという可能性。

 だって、あの注文の封筒を私のところに届けてくれるのは毎回カエデ、だ。


 いやでも。

 目的がわからない。


 だって、レジナルドからの手紙だけを抜き取ってなんの利があるんだろう。

 そもそも、私がやっていることに賛同しているから仲介役を買って出てくれているのがカエデであって、そこを邪魔する理由が分からない。

 それに邪魔をしようと思ったらもっと効果的なやり方があるはずだ。

 私に直接自粛するように進言することだって出来るだろう。

 もしくはあの封筒ごとリアムに渡してしまうことだって出来るはず。リアムが知ったらきっともっと早く大ごとにされて困ったことになっていただろう。

 でも、リアムがあれを知ったのは割と最近だ。


「どうかなさいました?」

 身を乗り出して話を聞こうとしてくれるカエデの表情は、純粋な関心を向けられる時のそれで、ライアはつい言葉を飲み込んで、ついでに邪推だったと思考を打ち切る。

「あー……うん……」

 フォークを一旦置いてしまったので、これでは何かを話す気だったのを隠しているように取られてしまうかな、と、さりげなくパンに手を伸ばしてみながらちょっと考えてみて。

「……そういえばカツミさんのところからの注文の封筒、まだ来てないわよね」

 思わずぎりぎりの話題を持ち出してしまった。

「ああ、そう言えばそうですね。明日にでも次の分があるかどうか聞いてみますね」

 ついライアが窺うような目でカエデを見てしまうのだが、やはり全く悪びれる様子のないスッキリした笑顔だ。

 なので。

「あれって、毎回カエデがカツミさんから受け取ってくれてるの?」

 と、さらに踏み込んで訊いてしまう。

「いえまさか。そんなに毎回同じ使用人が接触していたら変に思われてしまいますよ。……一応チームワークを心がけておりますのよ?」

 うふ。

 と笑いながらカエデがこちらにウインクしてよこす。


 なるほど。

 チームワーク。

 カエデさん。そのチームワークに綻びが出ている可能性がありましてよ。

 と、言いたいところだけど……さすがにそれでは変に事を荒立ててしまいそうなのでライアも微笑んで頷く程度に留めてみる。


 何にしてもレジナルドはもう手紙をよこす事はなさそうなのだ。

 抜き取られることもないだろう。

 それに……目的がわからない。心当たりは特にはないけれど、例えばの話、単なる嫌がらせとかであれば別に放っておけばいいのではないかとも思える。


 そういう嫌がらせなら子供の頃、施設にいたときに受けたことがある。

 自分だけ何も知らされていなくて恥をかかされるとか、叱られるように仕向けられるとか。

 そもそも、この屋敷にいる自分がどれほど他の人から受け入れられているかなんてわからないものだ。

 中には私の存在を快く思わない人だっているだろうし、そういう人が直接的に何もできなければそんな嫌がらせの一つだってしないとは言い切れない。

 直感的にそう思ってライアはこの件は忘れることにした。



 夕食の後、一人になった部屋でライアは今日あった事をあれこれ頭の中で整理してみる。


 なんだか感情の浮き沈みが激しすぎて疲れてしまった。

 今までこんなにも次々にいろんなことが起こることなんかなかったように思う。

 特に師匠の元で生活するようになってからは。


 自分のルーツ。

 そんなの考えたこともなかった。

 言われてみれば、不思議な能力だ。植物と会話するなんて。

「能力」なのだ。

 そんなふうに考えた事はなかった。

 そもそも私は父親を知らない。

 母親の家系についてだって何も知らないのだ。

 そんなものを知るようになる前に家から……追い出された。

 そんな事は知る価値もないかのように。


 それにディランの話によれば、その血筋なんてとうに途絶えたようなもの、らしかった。

 直系でなければもはや自分の家系にその血筋の者が入っているかどうかすらわからないのだろう。

 こういう能力はある時いきなり表れる事だってあるだろう。親や祖父母を飛び越してもっとずっと前に入り込んでいたこの血筋の者が持っていた能力が、私の代で急に芽を出した。とか。

 そうなったら、親の家系について知っていたところでなんの役にも立たなかっただろうと思うし。

 想定外の能力だったから。想定不可能な能力だったから母はあんなに狼狽えたのかもしれない。


 それでも。


 この能力のルーツを教えてくれる人に巡り会えたことがありがたい。

 そうやって出会えたから……教えてもらえたから……いろんなことがすとんと落ちた。

 自分を認めてあげることができるようになった気がする。


 それに。

 レジナルドの最後の様子。

 思い出すとこちらが改めて取り乱しそうなので忘れたふりをしていたけれど。

 誰もいない部屋だからと、遠慮なく思い出して、思いっきり顔が熱くなってきた。

 額に感覚がまだ残っている。

 ……一瞬、唇にされるのかと思った。


 でも……ちょっと、期待したんだけどね。


 あんなに盛大に慌てふためいて、謝らせてしまったけど……私、そんな変な顔でもしてたかな。

 レジナルドは優しいから、私の些細な反応も過剰に汲み取ってしまうかもしれない。私がリアムを好きになる可能性まで考えてしまったくらいだ。私がレジナルドをどう思っているか誤解して、キスされたのを嫌がったと思わせてしまっていたとしたら申し訳ないな……。


 ……あれ?

 どう思っているかを「誤解」して……?


 いや、えーと……。

 違うね。

 誤解も何も、私、自分の気持ちなんか伝えてないじゃない。


 え、うわ。

 そうか……今更……どうしよう……しかも次はいつ会えるかわからないんだし……手紙を出すということも出来ないんじゃない……。


 でも。

 ……でもぉ……今更往生際悪いのはわかってるけど……ちゃんと言えるかな、私。面と向かって「あなたが好き」なんて。

 そんな言葉を口にするのが、ずっとトラウマだったけど……それを言い訳にするかのように自分の気持ちから逃げてきたけど……レジナルドには、ちゃんと言わなきゃいけないと思う。


 あんなに、私のためにいろいろしてくれてるのに私が何も返さないのは……いくらなんでも酷いわ。

 次にチャンスがあったら、ちゃんと話そう。

 うん。

 ちゃんと。


 とりあえず今日は……もう寝よう。


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