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再会

 あの一件以来、リアムはこちらに意見してくる事はない。そもそも顔を合わせることが極端に少なかった訳だから実質的に何が変わった、という事ではないのだが、それでも村の人たちのために薬を作ることに関してはこちらからはっきり意思表示をしたという自覚があるのでライアの方は少々態度が大きくなっている。


 なので。堂々と包みを持って庭に出る。


 ディランによって造り込まれた薔薇園の脇を抜けてその先にあるハーブのエリアに足を踏み入れると爽やかな香りが風に乗ってライアを包む。


 私が堂々とできるようになったのはいいけど……可哀想なのはカエデだったな。

 なんてふと思いながら。

 リアムに見つかってしまった、という話をした時のカエデのうろたえようはただ事ではなかった。責任を持ってこっそり届けたつもりのものがいつのまにか見つかってしまっていて、しかも自分を通すことなくライアの方にリアムが直接話をしにいったということでカエデはものすごい勢いで落ち込んで……かける言葉が見つからないくらいだったのだ。

 何人かの手を渡って、村の人の手に渡るようにしているようであるし、どこで綻びが出るかなんて分からない計画だ。

 そんなことでカエデの責任を問うつもりはないしそんな事微塵も考えていなかったライアはその後顔を見るたびに申し訳なさそうにしているカエデを慰めるのに精一杯で、次に出来上がった薬の包みをカエデに頼むのも気が引けた、といったところだ。


 まぁ、あんな事もあった訳だし、カエデに頼んだりしてカエデや他の使用人がリアムに怒られるというのは避けたい。

 私がやる分には「先日も申し上げましたように、やめるつもりはありませんので」と、強気に出られる。


 そんな事を考えながらぼんやりと歩いていると。

「っ痛!」

 足元に何かあったらしく躓いた。

 で。

 ぼんやりし過ぎていてバランスをとりそびれるのと手に持っていた薬の包みだけは守らなければ……つまり放り出したり力を込めて握ったりしてはいけない、という意識が働いて……地面に激突しそうになる。

 ……うわ、恥ずかしいな。こんな所で一人で転ぶなんて。

 と、思いながらも手を地面につくにはもう間に合わないな、と覚悟した所で。


「……ぐえ」

 お腹に衝撃が走った。


 ようは、地面に向かって勢いよく倒れ込むところを誰かが腕を回して止めてくれたのだが、いかんせん場所が胃の辺り。しかもそのまま植え込みの中に引きずり込まれた。

 で。

 変な声が出た所で口を塞がれて、咄嗟に嫌な記憶が蘇る。


 ここに連れてこられた時の薬品の臭いが思い出されて、頭の中が真っ白になった。


 こんな所でさらに拉致される意味がわからない!

 けど、これは阻止しないと今邪魔されるのは困る! なにしろ色々中途半端だ!

 と、もがこうとしたライアの耳元で。

「……しっ! 声出さないで!」

 聞き覚えのある声がした。

 そして、その声に驚いて動きを止めた所で香ってきたのは薬品の臭いなんかじゃなく……柑橘とハーブの香りに隠れる没薬(ミルラ)の香り。

 口を塞がれたまま視線だけ向けると、視界に飛び込んできたのは薄茶色の瞳だ。

「見つかりたくないんだ。大きい声出さないでくれる?」


 懐かしい声だった。

 悪戯っぽい笑みを浮かべて囁かれたライアが小さく頷くと、手が離れた。

「レジナルド……!」

 大きな声を出さないようにと思ってはみたが、どこまで抑えられただろうか。という声が口から漏れて……思わず両腕をその首に回してしまう。

「……っ!」

 小さく息を飲む気配がして、少し間を置いてからライアの背中に腕が回った。

 やんわりと、そっと確認するかのような触れ方で回された腕はライアが腕の力を緩めない事を確認した後そのまま力が込められる。


「……大丈夫? ライア、何かされたとか……どこか怪我してるとか……ない?」

 低められた声のまま、ところどころ声を詰まらせながらレジナルドが囁き、そっと腕の力が緩められた。

「う……ん、平気」

 ライアも腕の力を緩めながらぽそりと返す。

 ……つい先日リアムにされそうになった事が頭をよぎって顔が熱くなり……視線が落ちるのだが。

「ライア……本当に、大丈夫?」

 俯いたライアの頬がレジナルドの手で包み込まれてそっと上を向かされる。

 目の前にあるのは声の通り心配そうな薄茶色の瞳。

 それに……眉をしかめたその顔はなんだか随分と頬が痩けたように見える。


 これは……もしかしたら随分と心配させたのかもしれない、なんてふと都合の良い事を考えてしまう。

 私のせいでこんなになってしまった……ということだろうか。

 なんて。

 なので、ついライアもその手をレジナルドの頬に伸ばして。

「私は平気よ。ちゃんと食べてるし。……レジナルドこそ……ちゃんと寝てる?」

 目の下がくすんでいるのはしっかり定着したくまだろう、と思えて親指でそっとなぞってしまう。

 と。

「ああ。うん……ここのところ忙しくてちょっと寝れてなかった、かな……」

 すいと目を逸らされた。


 うん。

 喜ぶな私。

 仕事だ。……レジナルドは仕事が忙しくて寝てなかっただけよ。

 ライアの気持ちの勢いが折れた。


「……ライアからもらった薬茶のおかげでちゃんと眠れるようになったしね」

 無理やり作ったような笑みが浮かべられたところを見ると、気を使わせてしまったような気もしてちくりと胸が痛む。


 それでも。

 ライアはその言葉にどこかホッとした。

 ああ、あの薬茶は彼の手元にきちんと届けられたのだ、と思うと安心する。

 宛名を書く事ができずにウサギの絵を端に小さく描いた包み。

 カツミかシズカが気づいてくれたのだろうと思うと胸のつかえが取れたような気がした。

「……良かった。あれ、ちゃんと届いたのね……」

 つい言葉が漏れて、安心したせいか涙が出そうになった。

 と。

「僕が書いた手紙、見てくれた?」

 訝しげに細められた目が向けられる。

 ので。

「あ。うん、見たわ。……ありがとう。嬉しかった」


 ああそうか。


 必ず迎えに行くから待っていて。

 っていう手紙。


 あれをもっと信じていたら良かったな、なんて思えるのでついライアの視線が落ちる。

 たった一度のあのメモ書き。

 あの後全く音沙汰がなくて信頼が揺らぎかけていた。

 私のことなんかもう忘れているんじゃないかとか……そんな事を思ってモヤモヤしていた。


「……じゃあさ、このまま帰る?」

 不意に囁かれた言葉にライアは「え?」と目を丸くした。

 こちらを覗き込んでくる薄茶色の瞳は冗談を言っているようには見えず、むしろこちらの胸の奥にあるものまで見透かそうとでもしているかのように眇められている。

「……え、駄目でしょうそんなの」

 一瞬置いてから思わず声に出てしまってライアの方が若干慌ててしまう。

 これではまるで、ここにいたいと言っているようなものだ。

 そしてやはり、レジナルドの眉が寄せられてその視線には思いっきり不審なものを見るような色が濃くなる。

「ライア……もしかして……」

「ごめん! もう少し! もう少し待って。今ここから離れるわけにいかないの!」

 レジナルドの言葉をライアは思わず遮っていた。


 だって、まもなく離れは完成するのだ。

 離れ自体はどうでもいい。そこに設置される筈の薬を生成するための機械。あれが本当に使い物になるとしたら薬学の世界が変わる。

 一つ大きく進歩が遂げられるのだ。

 実用に耐えると分かればあの装置だけでも世に出したい。

 最悪、実物が無理でも設計図は持っているし、なんなら設計図はほとんど頭に入っている。そして……私がその気になれば……今までの持てる限りの伝手を使えばもう一度作り直すことは不可能ではないと思う。でも、成功するか分からない物にそこまでの投資は出来ないだろう。

 それに、エリーゼさんの事だってできれば最後まで見届けたい。

 リアムとうまく行くのかどうか。

 あんなしょうもない金髪男でも……エリーゼさんの手にかかればまともになるというのであれば……それを見届けたいし、そうならないのが明白ならエリーゼさんを説得して諦めさせなきゃと思う。


「……そ……っか……」

 レジナルドに説明するというよりも自分の中で納得するための理由をあれこれ考えているうちに、小さく呟く声がしてライアがはっと我に返る。

「あ……レジナルド……?」

 なんだか酷く傷ついた子供のような顔をしたレジナルドがそっとため息を吐きながら呟いたのだ。


 え……私の言葉は、何かレジナルドを深く傷つけるようなものだっただろうか。

 だって……ここでやらなきゃいけない事は決してどうでもいい類のことではないし……そもそもこんな、急にレジナルドに来られたところでこっちにも都合というものがある……けど。……あれ?

 レジナルドってどうやってここまで来れたんだろう? っていうかなんでこんな所にいるんだろう?


「ね、レジナルド……どうやってここに来れたの?」

 これは訊かずにはいられない、とばかりにライアの視線がまっすぐレジナルドに向かう。

 そういえば、少々やつれた感があると思ったのは身なりのせいもあるのかもしれない。

 以前に着ていたような上等な服装ではなく、言ってみれば村の人たちのような質素な格好をしている。手入れのされた艶のある金髪は、今は少し艶がなく乱れ気味。

「ああ……えーと、カツミさんに頼んで大工の見習いって事にしてもらってるんだ」

「大工……見習い……」

 ああ、なるほど。

 そういえばレジナルドは確か家業を継ぐ事を正式に辞めた身であるはず。

 そうなると、新しい仕事が必要……ってことになるのかな。

 なんてぼんやりと考えながらライアは小さく頷いた。


 そうか、そういう立場ならここにいるのも当たり前か。

 そうか……そうよね、私に会いにわざわざ来たとかそんな都合のいいおめでたい事を考えようとした私が愚かでした。


 ちょっと冷静になったライアが気持ちを落ち着けるようにそっとため息を吐いて。

「あ。それじゃ、これ……カツミさんに届けてくれないかしら。頼まれてた薬なんだけど」

 片手で口の所を掴むように持ってしまっていた薬の入った袋は中身には余計な負荷はかかっていない筈、とばかりにちょっと中の様子を確認してからレジナルドの方に差し出す。

「え……あ、ああ。これ……僕が届けるの?」

「だってせっかく会えたんだし」

 えへへ、とライアが決まり悪そうに笑う。


 うん、なんか使っちゃって悪いなとは思う。思うけど、だって今は使えるものはなんでも使わないといけないような気もするし。

 と、目の前の思いっきり心外そうな顔のレジナルドの反応に自分を正当化するような言い訳を心の中で唱えてみて。


「分かった。……この貸しは大きくつくよ?」

 レジナルドがこちらをチラリと見て小さくため息混じりに呟いたが……意図的にそうしたのかライアの耳にまでは届かなかった。


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