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葛藤

 

 翌日。

 作業部屋で黙々と作業をするライアは昨日の判断が英断だったと確信した。


 なにしろ「簡単な調合ばかり」だというのに一向に捗らない。

 なんなら分量を間違えるという凡ミスまでする。


 そして、聴覚がまた鈍くなっている。

 この状態で楽しそうに話すエリーゼが近くにいたらきっとイラつく。

 ただでさえ、そんな自分にイライラしているところだ。


 途中カエデが自分の部屋ではなくこちらに顔を出してくれたので昼食はこちらで済ませると告げると、簡単に食べられそうなサンドイッチを持ってきてくれた。


「はぁ……やれやれ」

 作業台から離れたところにある長椅子に腰掛けてテーブルの上のサンドイッチに手を伸ばすといつも通りしっとりふわふわのパンが手に吸い付くように馴染む。

 これは絶対美味しいやつだ。

 挟んである具材は茹で卵を刻んだものと茹でて潰したじゃがいもと混ぜ合わせた物。塩と胡椒と檸檬のシンプルな味付けだけど素材がいいから味が濃い。

 彩りに入っているのは微塵切りのチャイブ。これはディランの庭のものだろう。

 前に花壇の隅にあるのを見つけて「卵に合う」なんて話をしたせいか時々厨房に届けてくれるようになったらしい。

 一口頬張って期待通りの味にもう条件反射のように目を細めてしまう。

 ……今最高にだらしのない顔をしているんじゃないだろうか、という瞬間だ。


 邪魔をしないようにと、気を利かせてくれたカエデは給仕をせずに退室している。

 こういうメニューなら給仕も必要ないのだけど。

 手にした卵のサンドイッチから視線を皿の上にまだある他のサンドイッチに移す。

 塩漬け肉と葉物野菜を挟んだサンドイッチは少し硬めに焼き上げたパンに挟んであってかみごたえがありそうだし、柔らかいふわふわのパンにホイップクリームと一緒にカラフルな果物が挟み込んであるものまであって切り口が美しい。

 食べるのがもったいないくらいの出来栄えだ。

 お茶は淹れたてを飲めるようにと、ポットのみの用意だったので自分用に調合した薬茶を用意する。

 薬効は言わずもがな。気持ちを落ち着かせて集中力を高める系。

 爽やかな香りの薬茶に頭が少しすっきりする……気がする。


 いつもレジナルドの方から何かしら声をかけにきてくれていたのに、こちらから何かをするということがなかったから……こちらから何かをしたところで相手がどう反応するのか全く予想がつかなくて不安で仕方ない。

 余計なお世話だったらどうしよう。

 向こうは私が思うほどこちらを気にしていなかったらどうしよう。

 そんな気がして仕方ない。


 そんな考えが昨日から頭の中でぐるぐる回って気が滅入っているのだ。

 美味しい食事に専念したくても気付けばまた堂々巡りでその間にいつのまにか手にあったサンドイッチは食べきっている。


 飲み干して空になったカップに新しい薬茶を注いで改めて深呼吸。

 気持ちと頭を切り替えないと。

 村の人たちのための薬。

 ちゃんと作ってあげないと、せっかく期待してくれているのに申し訳ないものね。



 そんなこんなであっという間に夕方。

 ふと窓から入る光が弱くなりかけていることに気づいたライアが思っていたより時間が経っていたことにびっくりしながら出来上がった薬を包んでひとまとめにする。

 ……取り敢えず、今日中に出来上がってよかった。


 いそいそと出来上がったものを持って自分の部屋に戻るとカエデが夕食の支度を既に始めていた。

「あら。おかえりなさいませ。もう少ししたら声をかけに行こうかと思ってました」

 カエデがテーブルに皿を並べながら声をかけてくる。

「ありがとう。すっかり遅くなっちゃった。……これ、またお願いしていいかしら?」

 テーブルに並び始めた物に目を向けながらライアが持ってきた包みをカエデの方に差し出すと。

「承知しました。お預かりいたしますね」

 そう言いながら作業の手を止めて包みを受け取り、ワゴンの下に隠すように仕舞い込んでくれる。

 なんだか秘密のやりとりのようでちょっとドキドキするな、と思いながらそれを見守ってテーブルに着くとカエデがその流れでスープを出してくれる。

「今日は本当にエリーゼさんが来なかったわね」

 冷めないうちにと促されて食事を始めながらライアが声をかけるとカエデがくすりと悪戯っぽく笑って。

「ええ。ライア様のお仕事が込み入っているということもお伝えしましたが……今日はリアム様が早くにご帰宅されたので午後はご一緒にどこかにお出かけだったようですよ」

「……ぐっ」

 ライアが思わずスープを吹きそうになって慌てて飲み込んだ。

「……ケホ」

 最後にちょっとだけ咳き込んでカエデが慌てて用意してくれたグラスの水を口に含む。

「……えーと、つまり……デート?」

 うっすらと目に涙を溜めながら眉を寄せて尋ねるライアの様子が相当可笑しかったのかカエデも吹き出す直前のような顔のまま。

「ええ、多分そういうことではないかと思いますけど……あ、でも詳しく伺っているわけではないのでなんともいえませんよ? でもまぁ……使用人の間ではそういうことになってますわね」

 ……凄いな。ちゃんと進展してるじゃないの。

 ライアは「ふーん」と小さく頷きながら食事を進めてみた。



 夜。

 ベッドの中でなかなか寝付けないライアはもう何度目だろうという寝返りを打ちながらため息を吐く。


 ……私、何をこんなに動揺してるんだろう。


 エリーゼさんがリアムとうまくいっているというのは嬉しいことであるはず。

 私が自由になれる可能性が高まったということであり、エリーゼさんを後押ししている私としては成功を意味する進展状況ではないか。

 なのに、何故か心のどこかでモヤモヤしている。


 ……私、性格がすこぶる悪いんだろうか。他人の成功を喜べないなんて。


 そんな考えがふと頭をよぎる。

 それは多分自分がレジナルドのことで不安を抱えているからなのかも知れなくて……そんなことに思い当たった途端、自分がとてつもなく嫌な人間に思えてくる。


 自分が幸せでなければ他人の幸せを喜べないなんて最低だ。

 そんな人間に人の成功を手伝う資格なんかないし、自分が幸せになる資格もない。なんならこんな人間、誰かに好きになってもらえなくて当然。


 人と関わると、関わった分だけ自分の嫌なところが見えて来る。

 そんな気がする。

 だから……めんどくさいと思っていたのかもしれない。


 今まで人とあまり深く関わらないできたせいで、関わったらどうなるかなんて深く考えたことがなかった。

 師匠と二人でいるのは楽だった。

 相手は大人だ。自分より器が大きくて、自分を理解してくれる相手だった。

 師匠は私のどんな態度も言葉も柔らかく受け止めてくれていたから師匠に気を使う必要なんかなかった。

 でも、エリーゼさんにはそういうわけにはいかない。

 傷付けたくないし、せっかく築いた関係を自分の手で壊してしまいたくない。


 ふと、今まさに壊れてしまいかけているのではないかと恐れているもう一つの関係も思い出して胸の奥に濃い靄がかかったような感覚に陥る。


 レジナルド。

 彼との関係は、私が期待しているような物では……もうなくなっているのかもしれない。

 私が離れている間に、私がなんの努力もせずにいる間に……。

 ああ、これは植物に似ているのかもしれない。

 部屋の鉢植えたちだって、声をかけてあげたり水をやったり……毎日欠かさずにしていたからみんな機嫌良く元気に育ってくれた。

 声をかける回数や水をあげる量だって毎回様子を見ながら慎重にやって……信頼関係ができてきてからようやく「適当」が通じる間柄になるのだ。

 そういうことをしない期間があればあるほど、株は弱っていくし、あっという間に枯れてしまう。


 レジナルドとの関係も、エリーゼさんとの関係も……こちらが手を緩めた途端に、もしくは気を抜いた途端に……枯れた植物のようになってしまうのかもしれない。


 そして、一度枯れた植物はもう元には戻らないのだ。


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