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屋敷での立ち位置

 

 午後のお茶はエリーゼの経過報告だった。


 どうやら最近、少しずつエリーゼも積極的にリアムとの距離を詰めているようで、その上それは効果があるようなのだ。

 最初は見向きもしてくれなかったのが、言葉を返してくれる頻度が多くなり、目を見て話をしてくれるようになり、最近は向こうから声をかけてくれることも増えたとか。


 そもそも、私なんか同じ屋敷にいても会うことすらないのにね。

 なんてライアは半眼になった。

 だいたい、忙しい時期って言ってたよね。いつ帰ってきてるんだ?

 という状況で、エリーゼは帰宅のタイミングには必ず彼と接触しているらしい。

「昨日はね、私が部屋にいたらリアム様がわざわざ来てくださったのよ!」

 なんて大興奮のエリーゼに、え? 来てくれたって……それ帰宅して、の話だよね? 夜だよね?

 と、ライアの方が赤面してしまった。

 しかも特にこれといった用事でもなかったらしく、ドアのところで二言三言交わしただけでさっさと引き上げていったとのことで……うん、これはかなりうまくいってるんじゃない?

 と思わざるを得ない。


「それでね! ライアさん、最近私ちょっとお菓子を作って差し上げたりしてるの。リアム様って甘いものは苦手だって仰っていたので厨房の者と相談してチーズ入りのクッキーを焼いたんですけど……これ、どうかしら?」

 話に夢中でなかなか自分が持ってきたものを説明できなかったらしいエリーゼがようやく目の前の皿に並べたクッキーに目を落として恥ずかしそうに笑った。

 少し上がった目尻でもぱっちりした榛の瞳が細められる様はなかなか可愛らしい。

「わぁ! チーズ? 凄いわね」

 ライアもつられて笑顔になる。

 勧められるままに一枚手に取って食べてみるとふんわりとチーズが香るクッキーは塩気があって甘いクッキーとは全く違う。

 これなら男性にもウケがいいのではないだろうか。


「こういうの、ライアさんのおかげなのよ?」

 ライアがクッキーを堪能しているとエリーゼが決まり悪そうにポツリと呟いた。

「……え?」

 ライアが思わず動きを止めて見つめると、おもむろに意を決した様子でエリーゼが背筋を伸ばす。

「あのね。ほら、私のためにダイエット用のクッキー作ってくれたでしょ? あれ、すごく嬉しくて。自分の事を考えてわざわざ作ってもらったものってこんなに嬉しいんだ、って思ったら私も誰かにそういう事をしてあげたくなったの」

 気まずそうに視線を逸らすエリーゼはもう「可愛い」の王道だ。

「でね。リアム様にも何か作って差し上げたいって思ったんだけど、今までだったら自分の腕をアピールする目的で甘くて可愛いお菓子を作っていたところを、リアム様が食べたいって思ってくれるものはなんだろう、って思うようになって……実はね、これ三回目でようやく成功なのよ?」

「……え、三回目?」

 思わず聞き返してしまうのだが、エリーゼはどことなく嬉しそうに頷く。

「そう。塩加減が分からなかったから前に二回作って味見してもらって、今回ようやく笑ってもらったの! リアム様ってね、好みに合うものを口にされるとその瞬間ちょっとだけ笑ってくださるのよ」

 少し得意げに話すエリーゼはなんだかとても幸せそうで。

 そんな様子を見守るのも微笑ましく、ライアの頬が緩んだところでドアがノックされた。


 入ってきたのはカエデ。

「あ。そうだった」

 ライアが我に返る。

 カエデに都合がついたら来てもらえるように頼んでおいたのだ。

「お邪魔でしたでしょうか」

 エリーゼとの空気感があまりにも和んでいたせいか一瞬たじろいだようなカエデが改まったように声をかけてきた。

「いいえ。いいのよ。頼んでいたのは私なんだから。……これ、お願いしようと思って」

 いそいそと立ち上がって作業台の方に向かったライアがカエデの方に差し出したのは少し大きめの包みだ。

 大きめ、と言っても両手の上に乗る程度。

「あら、何?」

 エリーゼが興味津々といった視線を向けてくるので。

「村の人たちに渡してもらう薬よ」

 ライアがにっこり笑って答える。

 そう、先ほどまで調合していた薬だ。

 カツミから渡された注文に沿って作ったもの。

 それをひとまとめにしてカエデに持っていってもらうことになっている。夕方に仕事終わりの皆に声をかけにいくらしいのでその際にカツミに渡してもらえるということだった。

 一回目ということで取り敢えずほんの五人分だった。確かに一度に十人分とか作ったら包みは大きくなってしまって目立つだろう。

 カエデはその包みを慎重に受け取って微笑んだ。

「お任せください。今日は他の侍女たちが仲良くなった職人さんたちに差し入れをするということで幾つかお菓子の包みも頼まれているんです」

「……なるほど」

 ライアが目を丸くした。

 そんなイベントがあるのか。

「……あ、なるほど」

 ちょっと遅れてエリーゼも頷く。

「え?」

 ライアがエリーゼの方を振り返ると。

「あ……いえ。リアム様のためにクッキーを焼こうと思ったときに、厨房の人たちがやけに乗り気だったんです。甘いものが苦手な殿方にプレゼントするお菓子って言ったら『それは是非レシピを完成させましょう!』って。……みんな考えることは同じなのかもしれませんね」

 くすりと笑みを漏らしながら肩をすくめるエリーゼはやはり可愛い。

「そういえば最近ライアさんの香油ってお屋敷でも人気よね」

 エリーゼがライアの方に笑顔を向けた。

 それに合わせてカエデも大きく頷く。

「使用人仲間でもライア様が作るものって人気なんですよね。エリーゼ様がずいぶん綺麗におなりなので余計ですよ」


 実際、カエデの言う通りなのだ。


 エリーゼが綺麗になった。

 さらにライア付きの侍女は手荒れが和らぎ、髪が艶々になった。

 なんてことになったので使用人、中でも女性たちの関心がライアの作るものに向きだしたのだ。

 それはライアにとってもありがたいことで。

 時々屋敷の中や庭で行き合う使用人に声をかけられて合いそうな髪用の香油を作ったり、体調の悩みにあった薬を出してあげたりするようになっている。

 最近は離れに関する打ち合わせ的なものがほとんどなくなったので、こういう小さな作業があると毎日がそれなりに充実する。

 そして、村の人のために薬を調合するために作業部屋にこもっていても不自然さがないだろうとも思えた。




 夜。

 いつも通り夕食を部屋で済ませて食べ終わった食器を下げながらカエデがそうそう、と口火を切った。

「例のもの、カツミさんに渡しておきました。……それで、こちらを預かって参りました」

 片付いたテーブルの上に前回と同じ厚みのある封筒が乗せられた。

「あら、早い」

 ライアがつい返してしまうとカエデがくすりと笑って。

「きっと皆さん待ち侘びておられるんじゃないですか?」

 と付け足す。

 中身については何も言わないが、前回の続きの村の人たちからの薬の注文のメモなのだろう。

 ライアは反射的に手を伸ばしてそれを取り、封を切る。

 ……この度は封蝋は割愛されたようできれいに糊付けだけされている。


 中身をペラペラとめくって最後の紙まで目を通して……なんとなく最初の紙に戻る。

「どうかされました?」

 カエデが訝しげに声をかけてきた。

「え……あ、ううん! なんでもないの!」

 つい頬が熱くなってしまうのを気にしながらライアが慌てて声を上げた。

 ……今、声がうわずったりしてなかっただろうか。

 なんて心配しつつ。


 つい。

 またレジナルドからのメモが入っていないかと探してしまった。

 いや、そうそう毎回入れたりはしないだろう。

 そんな暇ないだろうし。

 そう思い直して小さく頭を振る。


 実は今日の包みの中に注文外のレジナルドのための薬茶も入れておいたのだ。

 名前を書くのはちょっと躊躇われたので薬茶の包みには宛名がわりにウサギの絵を小さく描いておいた。……受け取るのがカツミやシズカだったら多分一発でわかるだろうと思って。


 だって、もう前に作った薬茶はとうに終わっている筈だし。

 レジナルドがもし万が一私のことを心配でもしてくれて、ちゃんと眠れないなんて事になっていたら可哀想だと思ったし。

 いや……そこまで心配してくれているかは別として、ですね。あのお茶を飲んだらまた私のことを思い出してくれたりするんじゃないだろうか、とか。

 いや……別に忘れてくれているところを無理に思い出させたいわけとかではないんですけどね!

 いや……えーと……うう……頼まれてもいないのにあんなの作ったりして迷惑だっただろうか。


 手元の紙の中に期待していた物が入っていないのをもう一度確かめるようにゆっくり一枚ずつめくりながらつい首がうなだれる。

「……大丈夫、ですか?」

 小さな声がかけられてライアがはっと改めて顔を上げた。

 完全に作業の手を止めたカエデがこちらを心配そうに覗き込んでいる。

「……あ……えーと。うん、大丈夫。ちょっと……調合がめんどくさい薬の注文が入っていたからつい、ね」

 と、はぐらかしてみる。

「まぁ。そうなんですね。明日は作業部屋に行かないようにエリーゼ様に話しておきましょうか?」

「……え?」

 思わぬ話の方向にライアがついていけなくて目を丸くすると。

「大変なお仕事になりそうなんですよね。お一人で集中した方がいいのかな、と思いまして」

 カエデの説明にその意味がわかったところで「大丈夫よ」と言いかけたライアだったが無言で首肯してしまった。


 多分、このまま私は明日ちょっと気分が塞いでいるかもしれない。

 そんな状況で幸せそうなエリーゼさんと話なんかしたら、どこかで棘のある言葉を返してしまうかもしれないし……そうでなくても様子がおかしいと根掘り葉掘り聞かれる可能性だってある。

 そういう人付き合いが……ずっと苦手だったのだ。


 そんなことを思いながら目を泳がせているライアに、カエデがそれ以上深い追及をしないのはきっと仕事柄察しがいいとかそういうことなのかもしれない。


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