キレイなのでお持ち帰り
「お……重かった……」
取り敢えず、家までどうにか男を持ち帰ったライアは居間のソファにその「荷物」を下ろした。
なんて。
一言で言ってしまえばそれで済むけれど、そんな生易しい作業ではなかった!
だいたい!
なんで! こんっなに! 重いのよ!
細っこいかと思った体は案外がっしりしていたし、身長も自分よりある成人男性のそれは決して、ええ、決してひょいとお持ち帰りできる重量ではないのだ。
でも、放置するということを良心が完全に拒否するのでもう最後まで面倒見てやる! とばかりに決意を固めた。
一応師匠から緊急事態で万が一意識が無い人を別の場所に移動させなければならない事態になったら、という話は聞いていた。
自分より大きい人でも対応できるようにと教えられたのは、その人の背後から脇の下に両手を回してその人の胸元で自分の腕を組み後ろに向かってそのまま……引きずる! という方法だ。
東の森から家の前まで彼の両足の踵が作る二本の軌跡はライアの苦労を物語る。
……あの跡……恥ずかしいな……この人、起きたら自分で消しに行ってくれないかな。
そんなことを肩で息をしながら考えてみて。
ああ、でも。
と、ちょっとだけ気を取り直す。
もしかしたら頭打ってるかもしれないんだし、お腹空かせてるっていうことなら何か用意してあげたほうがいいって事よね。
と、職業病に取り憑かれたかのように台所にフラフラと向かった。
「えーと……貧血っぽい気がしたんだっけ……あ、そうかその前にエプロン……」
上等な格好をしたままであることに気づいたライアは着替えに二階に上がる暇はないと思い直してショールを外して取り敢えずエプロン、と思ったところで。
「ああっと。ごめんね、忘れてた! 今日も一日素敵な香りをありがとう」
早口ではありながらもお礼を言って、胸元に刺していたハーブのブーケを外し最後に小さくチュッと花にキスをする。
これはもう、大好きな花にはついしてしまう儀式みたいなもの。
で、小さめのグラスに水を入れてそこにサクッと活け直す。
ちょちょっと枝の隙間を調節して窮屈そうだった束を緩めると花が深呼吸でもしているような気がする。
「ああ、そうか。こんな台所じゃ窮屈ね。火も使うし」
そう呟くと居間の方へくるりと方向を変え……眠っているように見える男のいるソファの横にある小さめのサイドテーブルにグラスを置く。
香りにはリラックス効果もあることだし、多少なりともゆっくり休んでもらえるかもしれない、と思って。
で。
再び台所。
手はほとんど勝手に動く。
本当に貧血を起こしているということなら……使うべき食材は色の濃い野菜。あとは卵と豆、肉も必要……だけど……胃の調子が分からないから取り敢えずは野菜中心にしておこう。
ひよこ豆は茹でて半分潰せばお粥みたいな感覚で食べられる。大豆も混ぜておこうかな。
あとは南瓜とニンジンを小さく切って一緒にミルクで煮込んで塩と胡椒で味付けをする。仕上がる直前に刻んだホウレンソウを入れて色味をプラス。最後に溶き卵を回しかけて軽く火を通せば良いんだけど……それは彼の目が覚めてからでいいか。
ある程度形になったところで居間の方の空気がふと変わった。
そっとドアを開けるとソファの上の「白っぽい荷物」がむくりと起き上がってゆっくり周りを見回しているところだ。
うん。
まぁ、知らないところで目が覚めたらそうなるね。
なんてライアは小さく笑みを漏らす。
居間はちょっとした広さがあって、お客と話をするためのテーブルの他に、たまに触診する必要がある患者の為に大きめのソファがあるのだ。そのソファに彼は寝ていたわけで。
壁際のソファはちょうど玄関と対角線上にあるからそこで起き上がるとだいたい部屋の中が見渡せる。
ドアから頭だけ出しているライアに気づく様子はなく彼はまず、すぐ横のサイドテーブルに置いてあるグラスのハーブをまじまじと見つめ、そのあとソファのすぐ横にある大きめの窓に目をやる。窓辺には鉢植えがいくつか並べてあって可愛い白い花が咲いている。ライアのお気に入りのゼラニウムだ。
で、その視線は近くの低めの本棚の上に置かれている鉢植えに行き、部屋の角にある大きめの鉢に植えられているわさっと茂ったハーブの寄せ植えに行き……。
ああそうよね……初めてこの部屋に入った人って大体こんな感じだったっけ。
と、ライアがこっそり納得したように頷く。
なにしろ植物が多い部屋なのだ。
これはもう、ライアの好み。
師匠の代ではこんなに盛大に色々並べたりはしていなかった。せいぜいテーブルに低く花を活けた花器という程度。
ライアは庭で育つ花や緑の状態を見て「この子、ここに馴染めないかも」なんて察すると弱ってしまう前に鉢植えにして部屋に入れてしまうのだ。
初めのうちは殺風景な部屋が嫌で丈夫そうなアイビーを数種類小さな瓶に挿して飾っていたのだが彼女が活けると大抵の植物は元気一杯になってしまって、ただでさえ丈夫な子達はあっという間に……嬉々として部屋を覆い尽くす勢いで繁茂し始めたので早々に部屋から出した。
で、そんな部屋の中をぐるっと見回していた彼が台所のドアから顔を出しているライアの方まで視線を動かしてきて……びくりと肩を震わせる。
……あ、しまった。声をかけるタイミング逃した。怖かったか。
ライアが我に返ってそっとドアを大きく開け直して笑顔を顔に貼り付け。
「良かった。目が覚めたのね。どっか痛いところとかある?」
そう言いながらソファの方に歩み寄ると、男はヒクッと頬を引き攣らせてソファの背もたれの方に向かって逃げるように縮こまった。
あー……駄目だ。完全に怖がらせてしまったな。そりゃ、あの距離で無言で観察なんかしてたら怖いか。
そんなことを思いつつもざっと彼の様子を観察する。
掛けていた毛布を握り込んでいる腕の様子からして落下による怪我があるようには思えない。咄嗟に縮こまった時の体の動きも滑らかで問題はなかった。
目を覚まして周りを見回していた様子から頭が痛いとかもなかったように見受けられたし。
うん。
多分、健康。
ちょっと気になるのは何度も言うけど貧血。男の子の貧血はちょっと問題だからそこさえ診せてもらえば太鼓判。
そう思いながらソファの前にすとんと腰を落として下から見上げるような姿勢を取る。
恐怖を感じる対象から見下ろされるのは心理的にその恐怖をさらに煽る。
「ねぇ、あなた木の上から落ちたんでしょう? 私はこの村の薬師なの。具合の悪いところがあったら診てあげるから言ってみて?」
「……薬師……君が……?」
薄い茶色の瞳が眇められて小さな呟きに似た声が漏れた。
「ええ、そうよ。ライアって言います。あなた、どこから来たの?」
会話ができそうなのでライアは安堵の息を吐く。
そもそも彼はこの村の人じゃない。
人との付き合いがほぼないライアでもそれは察していた。
彼は結構仕立てのいい服を着ていたのだ。白いシャツに薄いベージュのベストと少し濃いベージュのズボン。それに焦茶のブーツ。どれも縫製のしっかりした物で村の人が着ている物とは見るからに違った。ちなみにブーツは引きずってきた際に踵がものすごい勢いで汚れたので脱がせて玄関に置いてある。
それに、こういうキレイな男の子が村にいたら……例えお客として訪れているにしても、村では娘たちが一気に色めき立つだろう。で、シズカあたりがそんな世間話をしにライアのところにお茶を飲みにきそうなものだし……薬を買いに来るお客さんからだってそういう話の一つも出そうだ。
「……ああ、そうか。やっぱり本当に人間なんだな……」
「……はい?」
今何言った? なんで「人間」という括りを確認するんだ? この、意識のはっきりした状態でそういうところを確認するって……私が何に見えるんだ?
ライアが思いっきり眉をしかめて彼を睨みつけると。
「……あ、あ……ごめん……え、と……」
途端に白い頬がほんのり赤く染まって目が逸らされた。なんなら耳もあっという間に赤く染まっていく。
……なんだこの、反則級の可愛らしさ! ウサギか! か弱い小動物代表の白ウサギか!
男の子でしょう! ……けしからん!
ライアがやり場のない怒りにぐっと拳を握ると。
ぐうううううううううう。
「あ……」
「あ、そうか……ご飯……」
さらに顔を赤くしていく白ウサギにライアが我に返ったように同情の目を向ける。