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これぞ女子会

 

 エリーゼはライアが作る薬茶の効果を面白いほど発揮してくれている。

 浮腫んでいたせいではっきりしなかった目元はぱっちりとしたし、頬も血色が良くなって化粧なんかしなくても健康的な薔薇色だ。

 痩せたいという本人の意思も強かったらしく、徹底的な食事管理に精力的に取り組みつつ庭や屋敷の中を運動がてら動きまわるようにもなったせいで体もいくらかほっそりしてきた。元々それほど痩せた体型ではなかったようなのでいきなり痩せるということはないだろうが、なんと言ってもまだ若い。元々代謝は良いのだからある程度の成果はすぐに出るのだろう。

 そして。さらに。


「ライアさん。これ、厨房の者がわざわざ届けにきてくれたんだけど!」

 午後、作業部屋で薬草を調合しているライアのところに花が綻ぶような笑顔で入ってきたエリーゼの手にある物は。

「あら。美味しそう! チョコレート?」

 薄紙に包まれていたものがライアの目の前で広げられるとふわりと甘い香りが広がって、ライアが声を上げる。

 以前に酒のつまみにとレジナルドが差し入れてくれたものと同じ色と香りだった。

 形が違うと思ったらオレンジの皮を砂糖で煮詰めて乾燥させたものにチョコレートをかけたお菓子だ。

「これならチョコレートだけを食べるより少量で満足できるからって、わざわざ私のために試作してくれたみたいなの! せっかくだから一緒に食べようと思って」

 うふ。と笑うエリーゼにはもうすっかり人懐っこい笑みと話し方が定着している。

 僅かに釣り上がった目尻は黙っていると意地悪な印象を与えるのに、こうも可愛く笑顔を作られるとその魅力につい引き込まれる。

 明るい褐色の髪の艶がぐんと良くなったのは食べ物に気をつけるようになったことだけではなく、ライアが作る髪用のオイルのおかげだ。

 緩く波打つ艶やかな髪を揺らしながら花の咲くような笑顔で部屋に入って来る様はなかなか綺麗。こちらもつられて笑顔になってしまう。


 どうやら屋敷の中を歩き回りながら使用人に声をかけるようにもなったらしいエリーゼは使用人たちのウケも良くなった。

 元々質素な生活をしていたというだけあって彼女自身、自分の家にいた頃は使用人の仕事を手伝うこともあったらしく彼らの仕事の大変さをよく知っていた。なので声の掛け方も丁寧で彼らの心に響いたのだろう。

 単に今までは屋敷の中で身の置き場がなくて自室に閉じこもりがちだったから使用人との接点がほぼなかったというだけだったらしい。


「あ……じゃあ、何かお茶でも入れましょうか」

「あ!」

 ライアがエリーゼの手の中にあるお菓子に視線を戻しながらお茶を用意しようと作業の手を止めるとエリーゼが声を上げた。

 なので、反射的にライアが顔をあげる。

「お茶、差し支えなかったら……こちらはいけません?」

 エリーゼがおずおずと器用に差し出したのはお菓子の包みの下にあった小さめの袋。

 ライアが「うん?」と首を傾げながら受け取ると。

「わ。凄い、これ……珈琲じゃない?」

「淹れられます?」

 お菓子の包みの下にあった袋の中身は挽きたてと思われる珈琲豆だ。

 ここでも時々カエデが淹れてくれる事があったのでライアも興味本位で淹れ方は覚えた、が。

「……んー、ここだと道具が無いわねぇ……」

「あら……なるほど……」

 珈琲を淹れるとなると専用の道具が必要になる。お茶を淹れる道具しかない作業部屋ではちょっと無理。

「なんならカエデに淹れてもらって、彼女も一緒にお茶に呼ぶっていうのはどうかな」

「あら素敵!」

 ライアの呟きにエリーゼが勢いよく頷く。

 もはやエリーゼにとって使用人達というのはお友達になりたい人たち、という存在らしい。



 ライアが呼ぶと嬉々としてやって来たカエデが珈琲を淹れ、ついでのようにお茶の席にも加わってくれる。

「エリーゼ様の評判が最近とっても良いんですよ!」

「え……カエデ! 最近って……」

 暗に前は評判が悪かったと言っているような言葉をポンっと出したカエデにライアの方がびっくりしてつい声を上げた。

「あ、いいんです。分かってますから! それにこんな風に率直に言ってくれる人、私大好きなんです!」

 エリーゼが表情を曇らせることなく屈託なく笑いながらそう言うとカエデもゆったりと微笑み返す。

 ……どうやら本当に信頼関係のようなものが生まれているらしい。

「これならきっとリアム様のハートもガッチリ掴めるのではないかと思いますわっ!」

 カエデがぐっと拳を握って前のめりになるのでライアはつい目を丸くしてしまい、そのままエリーゼの方に視線を滑らせる。

 と。

「……そう、だと……いいんですけど……」

 ぽぽぽぽぽ! と音でもしたんじゃないかという勢いでエリーゼの頰が染まる。

 ……可愛いな。うん、可愛い。

 そうか元々美人な子がこんな風に照れて赤くなるのって、こんなに可愛いのか。

 と、ライアが思わず固まった。

「……でも……ライアさん、本当にいいんですか?」

「え?」

 真っ赤になって照れているエリーゼがそっと視線をライアの方に向けてくるのでライアがその可愛らしさに口元を緩めてしまいながら聞き返すと。

「だって……リアム様ですよ? あの方の婚約者になれるのに私なんかにそれを譲るようなことをして……」

「大丈夫ですわ! ライア様にはもう心に決めた方がいらっしゃいますから!」

 エリーゼのセリフをカエデが遮り。

「ええっ!」

「え、いや……えーっと……」

 思いっきりくるん! とカエデの方に向き直るエリーゼと非常に歯切れ悪く、もごもごと声を上げるライア。

 そんな二人に挟まれるような位置に座りながら珈琲のカップを取り上げたカエデはそれを一口飲んでからそっと置き。

「ライア様はそうでなくても殿方から好かれるのです。リアム様の好意は不要です」

 何やらキッパリとそう言うと背筋を伸ばした。

 ので。

「……え、やだ。なに言ってんのカエデ」

 ライアの方が焦ってくる。

 なんか今、私が男性にモテるみたいなこと言った?

 無いからね! そんなの絶対無いからね!

 そんな意思を込めた視線をひしっとカエデに貼り付けると。

「先日だってライア様の家の方に必要なものを取りに行った者達が言ってましたもの」

「……え?」

 やれやれ、とでも言うかのように肩をすくめるカエデにライアが眉をしかめた。

 ……なんか前にもそんなこと言われたっけ?

 と。

「ほら、必要なものをこちらで取りに行ったときの話ですよ」

 意味ありげな視線が向けられて「ああ」とライアが思い当たって小さく頷いた。

「熱狂的なファンがいらっしゃるんです」

 そんなライアの様子を見てカエデがエリーゼの方を向き直り、深く頷きながらそう付け足す。

「……いやそれは違うと思う」

 村の威勢のいい人にたまたま遭遇してしまった使用人さん、ごめんなさい。

 なんだか話が大きくなっているような気もしますが、それは多分その人の個性です。私への執着とかそんなんじゃないと思います。


 それにしても。

 そうか。

 村の人が私のことを気にかけてくれているんだっけ。

 私なんかいなくなったところで特に困るようなことはないだろうと思っていた。小さな薬種屋の薬師なんていなくなったって代わりはいくらでもある。村の診療所もあるし、この町まで来れば薬はいくらでも買える。


 そりゃ、私の薬が効果が高くて評判が良かったのは事実だけど……他では絶対に手に入らない類の薬を出していたわけではない。

 それでも……あの人たちの中に私のことを覚えていて、気にかけてくれている人がいるんだ。


 そんなことに気づくと心の奥でふわっと花が咲いたような柔らかい気持ちになった。

 突然いなくなった薬師を気にかけて、どこに行ったのか、何をしているのかと、声を上げてくれる人がいるのだと思うとなんだか自分の存在価値を認めてもらえたようで、ふわふわしていた足元がしっかりとしたような気さえする。


「でもやっぱり私もライアさんみたく可愛らしくなりたいわ。そうしたら無敵だと思うの! でも元々痩せてたわけじゃないからそこまで可憐な感じになるのは無理かしら」

「……へ?」

 すっかり別のところに飛んでいたライアの思考が目の前の美人のところに戻った。

 ……今なに言った?

「大丈夫ですよ。エリーゼ様もライア様の手にかかれば美しさにさらに磨きがかかります」

 ……え。なんで今の不自然な言葉をスルーしたのカエデ?

 ライアが目を丸くしたままエリーゼからカエデの方に視線を移す。

 と。

「……本当に、ライア様は自覚が足りなくていらっしゃる」

 カエデがなにか残念なものを見るような視線を向けてきた。

「……ライアさん、まさか自分が可愛らしいことに気付いてないとか……?」

 エリーゼが可愛らしく小首を傾げる。

 ので、ライアがちょっと引き気味で笑みを顔に貼り付けたところで。

「あのですね! ライアさんは可愛らしいですよ! お肌はとっても綺麗で目はぱっちりしてますでしょ。鼻筋も通ってて……もう頬擦りしたくなりますわ! それに手も綺麗。指先まで綺麗にされていますから、そんな手を見ていたらきっと皆様触りたくなりますわよ?」

「え、ええええ!」

 ライアが自分の手を見つめながら半分絶叫する。

 いや、まさか。それはないと思う。お世辞にも程がある。

「そうですわねぇ。ライア様っていつも姿勢も良くて身のこなしが綺麗ですし、そこに持ってきて華奢でいらっしゃる。なんとも可愛らしい、という感じなんですよね。でも芯がしっかりされてるでしょう? それはなかなか今どきのお嬢様方にはない魅力ですわね」

「あ! 確かに。そういう事です。最近のご令嬢って殿方に気に入られる事と家の事情が優先で育ってますから自分の意思とか考えってあまりない人が多いんですよね。そういう自立しているところが魅力的です。そこに持ってきてその華奢な線! もう、無理しないで! って庇護欲をそそります!」

 カエデとエリーゼが変な方向で意気投合したかのように勢いづいてきたのでライアはもう居た堪れない。

「いやいやいや! それを言ったらエリーゼさんだって使用人の方々と仲良くしてたり、笑顔なんかとっても華やかで人目を引くし綺麗だと思うのよ! カエデの面倒見の良さも魅力的だわ!」

 どうやって自分から二人の意識を逸らすかに集中し始めるしかない。

「あ。そういえば」

 カエデがようやくエリーゼの方に視線と意識を向け直した。

「エリーゼ様もとっても素敵ですわよ。だってほら、最初の頃はずっとお部屋にいらっしゃったから私たちからしたら謎多き人物だったんです。でも今はみんなに平等に声をかけてくださるでしょう? 先日も窓拭きをしている者を手伝ってくださったとかで!」

 カエデの声のトーンが上がった。

 おお、使用人の仕事を手伝う事までしたのか!

「ああ、あれ。私もどうしようかなと思ったんですが……ほら彼女……手を怪我していたみたいだったので……私がちょっと手伝うことで少しでも無理しなくて済むならいいかなって」

 ちょっと頰を赤らめながら辿々しく説明するエリーゼはやっぱり可愛い。

 どうやら手のちょっとした切り傷を見てとって、いてもたってもいられなくなったのだとかで……やっぱり根の優しい人なんだな、とライアはつい笑みが漏れる。


「で? 肝心な話を聞いておりませんわね!」

 照れ臭そうに自分のしたことを説明していたエリーゼが思い直したように顔を上げるとライアの方に食い気味の視線を向けてきた。

「えっ?」

 その勢いにライアが一瞬たじろぐと。

「ですから! ライアさんの心に決めているという殿方です! どこのどなたなんですか? どんな方なの?」

「……あ……」

 しまった、そんな話が出てたんだっけ……。

 口元が引きつるライアに向かう視線はもう容赦ない。なんならカエデの食い入るような好奇の視線も突き刺さる。

「えーと……」

 どこのどなた……って……いや、この屋敷でグランホスタの家名はたぶん出さない方がいいんじゃないかと思うのよね……。

「優しい……人、かな」

 当たり障りのないところを口に出してみる。と。

「まぁ! そんなの女の子が好きな人を褒めるのに使う常套文句じゃないですか! なんの参考にもなりませんわよ?」

 エリーゼが思いっきり不満そうに口を尖らせる。

 ……いちいち可愛いな。

 ライアが横目でそんな様子を眺めると。

「なんか、こう、他にないんですか? 雰囲気とか特に好きなところとか?」

 ワクワクしてます! というのを絵に描いたような雰囲気のカエデが身を乗り出してくるので。

「……雰囲気……? うーん……雰囲気は……えーと……白ウサギ?」

「は?」

「え?」

 カエデとエリーゼが同時に聞き返してきた。

 うん。そうだね。失言だったと思う。我ながら。

 だって、つい出ちゃったんだもん。

「いや、あの……なんか本当にそういう感じなんだもん。こう、放って置けないというか……可愛いというか……年下だし……」

 出してしまった失言を取り繕うにもなんだか照れ臭さの方が上回ってしまい、顔がどんどん熱くなってきて視線は自分の手元に落ちる。

「まぁ……!」

 エリーゼが小さく声を上げ、カエデがくすりと小さく笑みを漏らした。

「可愛い! やっぱりライアさんって可愛いわねっ! もう、どうしましょう! そんな真っ赤になって照れちゃうなんて……ええ、私はライアさんの恋の味方よっ!」

 いや待て。照れてる姿が思いっきり可愛いの王道だったあなたに言われるセリフじゃないぞ! とライアが勢いよく顔を上げると、うっとりしつつもかなり食い気味の視線は二人分で、カエデに至っては無言のままうんうんと大きく頷いている。


「……それにしても、なるほど。ライアさんはお世話してあげたいタイプなんですね。それだけしっかり者でいらっしゃればそうもなりますわね。……それなら安心です」

「え? 安心?」

 やけに納得した、という顔で頷くエリーゼにライアが聞き返すと。

「だって、リアム様はきっとお世話されたいタイプではありませんもの。だからライアさんが無理して私にあの方を譲ってくださったとかそういうことではないのだろうな、と思いまして」

 うふ。と、いとも可愛らしく微笑みながらエリーゼが説明してくれて「ああなるほど。証明できてよかったですね」なんてカエデも頷く。

「っあー……」

 それはそれで、良かったか、な。

 変な誤解をされているのはいたたまれない。色々と。

 でも……レジナルドにはちょっと申し訳ないかな……。

 彼だって、別にちゃんとした大人であって、世話をしてもらわなくてもちゃんと生きていけるし……私が怪我をした時は色々世話を妬いてくれたのだし……そういえば小動物代表というより肉食獣みたいな目で襲われかけたことも……あった、な。

「え? ライア様……?」

 変なタイミングであれこれを思い出してしまって、もうその辺に穴でも掘って埋めてください! くらいに赤面してしまったライアに気づいたカエデが心配そうに声をかけてきて……そんなライアの様子に口元を歪めながら「可愛い……!」と噛み殺した声で呟くエリーゼに、ライアはもう反撃する余力がなくなっていた。


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