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エリーゼという人

 

 なんだか変な思い違いがお互いの間にありそうなので、ライアは使えるものの中から適当なハーブティーをみつくろって淹れてみた。


 特に際立った薬効のないハーブティーの類はかさばるだろうから持ってきて欲しい物のリストには上げなかった。それでもいくつかの瓶は使用人たちが気を利かせて持ってきてくれていたのだ。

 その中にあったのはカミレ。林檎の香りのハーブだ。

 変にいろんなハーブを混ぜたもので作ったら警戒されそうな予感がしたので見てすぐ何だか分かるものを選んだ。カミレは花を乾燥させたものだから一見して何だか分かるしこの地域でも馴染みのあるハーブだ。


 カップに注ぐと一気に香りが広がってエリーゼが目を見張った。

「え……このお茶ってこんなに香るものでしたっけ……?」

「ああ……そうね……お茶の作り方と淹れ方にコツがあってね」

 ライアがそっと視線を逸らす。

 ここで自分の能力を説明するつもりとかはない。

 そんな説明で納得したらしいエリーゼは「ふうん」と小さく頷くと一口飲んでほう、と息を吐いた。

「……美味しい……」

 そんな無意識で出たらしい言葉に自分で気が付いて、ハッとしたようにライアの方に目をあげると「あ……」と言って目を逸らす。


 ……あれ。

 なんかちょっと可愛いかも。


 ライアがつい目を丸くした。

 なんかこの人、素直そうで可愛い、ような気がしてならない。

 どことなく意地悪そうなものの言い方とかは置いといても……根はいい人なんじゃないだろうか。という直感。


 なので。

「で、えーと……私が何を怒っているっておっしゃいました?」

 先程の話に話題を戻してみる。


 こういう屋敷で生活しているお嬢様にとって、作業部屋の片隅にある小さめのテーブルとベンチタイプの長椅子は決して居心地の良い休憩スペースではないだろうが、そこに腰掛けたエリーゼはお茶のせいかすっかりリラックスしたような顔をしている。

 作業台のところから持ってきた椅子を持ってきて向かい側に座っているライアに向けられる視線には最初にあった胡散臭そうなものを見るような色がほぼ消えているようにも見え。


「あ、えーと……ですからわたくしがリアム様と血の繋がりがないって事、ご存知なのでは、と」

「……」

 今何言ったこの人……。

 ライアが目を丸くして動きを止めた。


「……え……あ……あら……?」

 ライアの様子を見てちょっと焦ったエリーゼが今度はしどろもどろになって視線が定まらなくなったので。

「……あの、ごめんなさい。私、本当にここのお屋敷のことに興味がなくて。何も知らないんだけど……それって……私なんかが聞いちゃっても良いことなの?」

 ライアが眉間にシワを寄せたまま少し身を乗り出してみる。

「あ……の……そう……ですわね……。……え? この家に興味がないの?」

 エリーゼがライアの言葉を確認するように真っ直ぐに見返してくるのでライアが深く頷いて見せる、と。

「……そう……それなら……」

 エリーゼは一度榛色の瞳を伏せ、それから辿々しく説明を始めた。


 リアムの父親が彼女の母親を愛人としていたというのはどうやら本当らしい。

 とはいえ二人が知り合った時、すでにエリーゼの母親は孕っておりいわゆる愛人という関係より彼女の家を援助するパトロンのような関係だったということだ。

 彼女の母親は当時、仕事に失敗して借金を抱えた夫が亡くなった直後で色々とゼアドル家に助けられたのだとか。

 その辺にあった二人のやりとりは詳しく知る由もないが、エリーゼにとってゼアドル家はもはや慈善家に近い好印象しかない家なのだとか。


 それで、母親が亡くなって一人残された時、後継人に名乗り出てくれたゼアドル家には感謝しかなく、その息子であるリアムはもう憧れの対象でしかないとのこと。


「……憧れ……あの金髪変態が……」

「……え?」

 微かな声で呟いたライアにエリーゼが声を上げたのでライアがハッとした。

 ああ、だめだ。

 この人の前でリアムを悪く言ってはいけない!

 ええ、何があっても「あの金髪」とか「変態」とか言ってはいけないと思う。

 なので慌てて「こほん」と小さく咳払いをして。

「えーと……リアムは知ってるの? そのこと」

 ちょっと話題を逸らしてみる。

 と、エリーゼの瞳が見開かれ、頬がぱっと染まる。

「え、ええ。……初めてこの家に来た時にお父様を誤解されないように、とわたくしから説明させていただきましたので」

「そうなんだ……」

 なんとなく、この感じ……もしかして……。

 ライアがエリーゼをまじまじと見つめてしまいながら自分の感覚を裏付けそうな反応を探ってしまう。

「ええ。ですのでリアム様も……その……普通に接してくださっています」

 なるほど。

 揺れるように動く瞳や上気した頬が示すのは……やっぱり「憧れ」を通り越した「好意」ではないかな、と思える。

「……リアムの事好きなんだ?」

「……っ!」

 思わずぽろっと出たライアの言葉にエリーゼが息を飲んだ。

 あ。当たり。

 うん、そうだろうね、この感じ。

 どことなく他人事のように納得しながらライアがうんうんと小さく頷いていると。

「あのっ! だから、ライアさん、わたくしのこと怒ってらっしゃらない?」

「……へ?」

 ひしっと縋り付くような視線を向けられてライアが一瞬怯んだ。

「え、ですから! わたくしたち、言ってみればライバルですわよね?」

 ……らいばる。……うん? ライバルって言った?

 ライバルって……同じ目標物がある事が前提なんじゃ……同じ目標物……っああ!

「ないないない! 私リアムの事なんかなんっとも思ってないからね! むしろそれなら応援いたします!」

「まぁっ!」

 慌てて誤解させない方向に会話を方向転換したライアにエリーゼが再び目を丸くした。

 もう色々めんどくさいけど、この人の敵に回るのはそれに輪をかけてめんどくさいような気がする。

 なのでここは応援する側に回らせてもらおう。

「あの……でも……本当に大丈夫なんですか? だってゼアドル家に嫁いで来るって、しかもあのリアム様のところに嫁いで来るって……女性の憧れでしょう?」

「……いや……私は別に……」

 そんな全女性の憧れみたいに言われても、ねぇ……。世の中の女性に失礼ですよ。

 という心の声はしまっておこう。


「でも……ライアさんはこのままいけばリアム様との結婚が確定なさってるんですよね?」

 おずおずと、それでも力の入った視線を向けてくるエリーゼは……しっかり恋する乙女という括りに入る存在なのだろう。

「ああ、それねー……」

 対してライアの方は一気に全身の力も気力も抜けて、小さなテーブルに突っ伏すような勢いでガックリ項垂れた。

「どうにかならないかしらね。そこんとこ……」

 もうこうなったらエリーゼを巻き込むことで事態が好転しないだろうか、なんてよからぬ事まで考えてしまう。

 だって、彼女、美人だもの。

 彼女がリアムに迫って妻の座を勝ち取れば、私ここにいなくても良くならない?

 なんならもう、薬の価値とか儲けとかどうでも良いって思えるくらい恋に溺れてしまえばいいんじゃないの? あの金髪変態男は。


 ライアの脱力加減に驚いたのかぴたりと動きを止めてしまっているエリーゼにそろそろと視線を向けながらライアが彼女の方を観察する。


 うん。美人。

 ちょっと、健康的美人とは違うけど……あれ?

 そういえば。

 と、さらに顔をまっすぐに上げて向かいの美人に目を向け直す。


「……え? あの……?」

 あまりにもまじまじと見たせいかエリーゼが決まり悪そうに椅子の上で少し後退りした。

 ので。

「エリーゼさん、体調悪かったりします?」

 ライアがちょっと腰を上げて後退りしたエリーゼの方にさらに顔を近づけると目を見開いたエリーゼが小さく息を飲んで。

「え……体調……ですか……?」

 声が若干小さくなった。

 なのでライアは腰を上げたついでにテーブルを回り込んでエリーゼの隣まで行って、長椅子の隣に腰を下ろす。

「ちょっと失礼?」

 そう言いながら頬を両手で包むようにして、目を覗き込み、そのあと軽く目の下を下げて瞼の裏側を見て……そしてついでに手を取って脈拍を見て、手の甲をちょっと触ってみて……。


「あの……?」

 おどおどした声にライアがはっと我に返った時には、もう以前の習慣通り一通り簡単な触診を終えていた。

「っあー……ごめんなさい。職業病みたいなもんだと思って……?」

 しまったやらかした。

 これでは怖がられてしまう、と思い直してすかさず隣に座り込んでいた腰を上げ向かいの椅子に戻って改めて距離を取るも……やりたい放題やってしまった後ではもう何も取り繕いようがない。

 なので、椅子に座って両手をテーブルの上で軽く組んで背筋を伸ばし、小さく咳払いなんかしてみる。

 こんな風に改まると途端に相手は医師を目の前にしているような気になってくれるものだ。

 そもそも彼女はライアが「薬師」であることは知っているようであったし。

「えっと、軽く診た感じだと貧血と浮腫がある、と思うんだけど」

 そう言いながら真っ直ぐに榛色の瞳を見つめる。と、ハッとしたようにエリーゼが身を乗り出した。

「え? 分かります? そうなんです。何だかここに来てからずいぶん浮腫むようになってしまって。それに、そうですね言われてみれば立ちくらみがひどいです」

「それ……食べ物を気をつければ良くなると思うけど」

 すかさずライアが答える。

「ここに来てから」と彼女は言った。

 つまり、ここでの食生活や生活習慣によるものということだろう。

 生まれつきそういう傾向を持っているとか、そもそも染み付いた習慣によるものとかなら治すのには時間と根気がいるが最近ついた習慣に起因しているならそれさえ直せばすぐに回復する。

「あ……そうなの? そう……でも……」

 あれ?

「治る」と告げると大抵の患者は喜ぶものと思っていたのにエリーゼの反応が微妙すぎてライアが拍子抜けした。ついでについ首を傾げながら眉間にシワを寄せてしまう。

 と、そんなライアにエリーゼは決まり悪そうに。

「貧血はね……気にしてないの。だってほら、ちょっとか弱い方が可愛くみてもらえるでしょう?それにこないだも立ちくらみで目の前が真っ暗になってしまって倒れそうになったらリアム様が助けてくださったのよ……」

「ええ! ちょっとっ!」

 ライアが声を上げた。

 これはもう反射的に。

 前が見えなくなるほどの立ちくらみってただ事じゃない! それはきっちりはっきり立派な貧血だ。他にも弊害がもう出てるかもしれない。

「駄目よ、そんなの放っておいたら! 後で後悔するわよ!」

 思わずライアの声が荒くなり……説得力に欠ける勢いになってしまった。

 と、そんなライアを一瞥したエリーゼが。

「……やっぱりライアさんもリアム様を狙ってらっしゃるのね?」

「違うっ!!」


 とりあえず、落ち着こう。

 ライアは自分に言い聞かせて貧血の弊害を、主に彼女自身が納得してくれそうな方向から説明することから試みてみる。

 つまり、貧血によってお肌の調子が悪くなる事、髪の艶がなくなる事、感情のセーブが効かなくなって怒りっぽい人になってしまったり落ち着きのない人になってしまう事、将来子供が産めなくなる可能性。


 そんな説明を受けてだんだん思い当たる事でもあるのかエリーゼの表情が真剣になってくる。

「……あの、治るの? これ……」

 最後はもう涙目だった。

「治しましょう!」

 ライアがそう答えるとどこかホッとしたようにため息が吐かれ……それから。

「あの……それと……こんな事、お願いできるか分からないんだけど……」

 とさらに視線がおどおどし始めるので。

「何? 他にも気になる事がある? あるなら遠慮なく言ってみて?」

 なるべくやんわりとライアが答えると。

「あのね……ダイエット、したいの。出来ればライアさんくらいの体型になりたいわ。わたくし、ここに来てからずいぶん太ってしまって……これでは何かあった時にリアム様に抱っこしてもらえませんもの……」

「……お引き受けいたします」

 ライアの視線が宙を彷徨ってしまったのはもう仕方がない。


 ……そうか、シズカが前に期待していた女子トークというのはこういうやつだ。

 きっとこういう話をしたかったに違いない。

 ……私には……越えなきゃいけない壁が多すぎる……。


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