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ゼアドル家の思惑

 

 眠気と無縁と思っていた夜もいつのまにか睡魔は襲ってきていたらしい。

 ライアが目を覚ますと部屋は明るくカーテン越しに窓から朝日が入ってきている。


「ふぁ……」

 人気のない部屋が広いというのはなんだか居心地がいいものではない。

 小さな自分の部屋ならもう少し寝ていたいとか思えるのだけどここではそんな気持ちの余裕はなく、気持ちをシャッキリさせるべく大きく伸びをしてからベッドを出る。


 趣味の悪い寝間着とかじゃなくてよかった。

 ライアは自分が着ている寝間着を見下ろしながら思う。

 白い真新しい寝間着は普段自分が着ていたのと同じシャツタイプ。フリルとかリボンとは無縁で露出度もない地味なもの。


 ……ああ、家探し。

 ふと、自分の部屋が荒らされていた時のことを思い出す。

 あの時、服の好みを把握したとか……?

 うわ……ちょっと……。

 願わくば、下着とかの類、用意したのがあの金髪男ではありませんように。

 うげ、と声にならないうめき声を発しそうになりながらライアがそそくさと着替える。


 なんとなく気持ち的な問題で昨日着ていた唯一自分の服を選んでしまうのは仕方ないだろう。

 カエデがきちんと手入れをし直してくれたらしく薄いブルーグレーのワンピースはシワひとつない。

 仕事をするわけではないからエプロンは不要。

 こんな色の服ばかり持っているとはいえ、そこは一応女子として多少の色合いやデザインの違いはある。

 今日着ている服は細かい格子柄が浮き上がるような先染織。肘まで隠れる袖丈に白いカフスがついていてカフスの釦と胸元の飾り釦の他には裾に細い濃いグレーのリボンが縫い付けてあるという質素な装飾。

 昨日着たようなレース生地が重ねてあるとか裾にレースとかも、こういう屋敷で生活するような人には質素な装飾の服に入るかもしれないけれどそもそもレースなんて草木を相手にする仕事をしていると引っ掛けて破ける、が目に見えているからまず縁がなかったのだ。


 そんな事を考えながら身支度をしていると軽いノックの音がしてライアの体に一瞬緊張が走った。

「おはようございます」

「……あ」

 入ってきたのはカエデ。

「おは……よ……。良かった……」

 こんなタイミングでカエデ以外の人が入ってきたらどうしようかと思って緊張したのが一気に緩む。

「……どうかされました?」

 訝しげに首を傾げるカエデに。

「ああ、なんでもないわ。あの変態金髪男だったらどうしようかと思っただけ」

 ライアがそう言うとカエデの目が一瞬点になり……「ぷ」と小さく吹き出す。

「……リアム様が来られるとしたら朝食の後になると思いますわよ」

 口元を歪めながらそう付け足されてライアが「来るのか……」と小さく呟いた。


 案の定部屋に運ばれてきた朝食は美味しく、見た目も美しい。

 食後の紅茶なんてフルーツフレーバー。もうどっかのお嬢様な扱いだ。

 食べ物に罪はないわけで、しかもこんな心のこもった料理を作っている人には敬意しか抱けないのでありがたく完食。

 給仕をしてくれるカエデも嬉しそうだった。


 ただ、この部屋から出られそうにないというのは事実らしい。

 ドアの外には常に使用人らしき男性が張り付いており、窓から何気なく外を見たところここは三階。テラスも何もない壁だけなので窓から外に出る、というのは無理そうだった。

 もし出ていくとしたら誰か使用人を案内にでもつけなければ屋敷の中で道に迷いそうな大きな建物であるというのは窓から外を見ただけでも窺い知ることができた。うまく部屋から出ることができたとしたって屋敷の中で迷っていたらとっとと捕まるだろうし、そうなった場合その後が怖い。

 ということは……取り敢えずしばらくはおとなしくしていなければいけないということだろうか。

 なんて考えながら甘い香りの紅茶を堪能して。


 で、食べた後の食器の類を片付けにカエデが下がると、そう間髪入れずにドアがノックされた。


「おはようライア。よく眠れましたか?」

 そう挨拶しながら入ってきた金髪は爽やかな笑みすら浮かべている。

「……んなわけあるか」

「……はい?」

「なんでもないです」

 思わず、お前、自分がしたことわかってるのか? という意味を込めたツッコミを入れたところでライアは我に返って営業用スマイルを貼り付け直した。

「……ふーん」

 そんなライアを見たリアムが目を眇めて腕を組んだ。

「?」

 ライアが視線だけで疑問符を返すと。

「いや……もっと怒ったり泣いたりするのかと思っていたのでね。……あんな方法で連れてきたわけですし」

 ゆっくりと話してくれるから聞き取れる、という程度の低い声で呟かれ。


 ああそうか、怒ったりしても良かったのかなんてライアは思ったのだが。

 でもそれ、結局こちらには全く勝ち目のない怒りだよね、なんて思うので。

「……怒ってるに決まってるでしょう。くだらな過ぎて無駄なエネルギーを使いたくないってだけですよ」

 と、返してみる。

 と、リアムの形の良い眉が片方上がって。

「なるほど。やはり貴女は頭の良い人のようだ。……物分かりがいいのは助かります。無駄に暴れたりしなければ痛い思いをさせたりしませんからね」

 口元には笑みが浮かんではいるが、見ている方がどことなく薄寒くなるような笑みだ。

 なのでライアはついそのまま口を引き結んだ。

「ああそうだ。貴女の家から必要なものがあれば持ってきてあげますよ。本を読むのも好きなんでしょう? 貴女の部屋には幾らか本がありましたよね。あれは今日にでも取りに行かせますからその本棚に入れておけばいい」

 そう言いながらリアムが空っぽの本棚の方に視線を向ける。

「……一体、何をしたいの?」

 ライアとしては彼の計画の全容が全くわからないのだ。

 まずはそれを聞き出したいところ。

 なのでどうにか口を開いてそれだけ言葉にしてみる。

 と。

「言ったでしょう。貴女にはわたしと結婚していただきたいんですよ。ちゃんと合意の上でね。もちろんお披露目パーティーもしますよ。正式にこの家の人間になってもらえればもうあの店の権利書なんかどうでもいいんです。店は貴女ごとうちの所有物になるわけだ。でもそう急ぐこともない。まずは三ヶ月ほどここでゆっくり過ごしてもらってここでの生活に慣れてもらおうと思うんです。そのうち屋敷の中も案内しますね。勝手に出て行ったりしなければ自由にして良いんですよ」

「結婚って……」

 なんでそういう単語を色気もへったくれもなく口にできるんだろう。という違和感からライアの方も恥じらうとか気後れするとかなく聞き返してしまう。

「まぁ、夫婦の営みとかは期待してませんよ。寝首をかかれるのも怖いしね」

 そう言ってリアムは皮肉っぽい笑みを浮かべる。

 そして。

「わたしもあちこちに付き合っている女性がいるんですよ。遊びではありますがね。わたしとしては形だけでも妻帯者になっておけば仕事がしやすくなりますので助かるんです。で、貴女にはゼアドル家で仕事をしてもらいたい。つまり……薬草の調合です」

 ライアの顔色がさっと変わった。

 この変態金髪男の私生活がどんなだろうとそれは一向に構わないし興味がない。でも最後の一言。

「……薬草の調合?」

 口元が引きつるのが自分でも分かりながらつい聞き返す。

「そう。祖母が手がけた例の薬ですよ。あれには莫大な利益が見込める。あれをうちだけで独占販売すればゼアドル家はこの町だけじゃない、世界に通用する資産家になれるんです」

「……無理よ」

「はい?」

 そんなことだろうとは思っていたけど、こんなに考えなしの計画だったのかと思うとライアは肩がガクッと落ちる気分だ。

「あのね。あの薬はあの家の裏庭でしか取れない薬草が原料なの。ここではまず無理。それに材料があったって、こんなお屋敷で薬の形にまで作り上げるのは不可能よ。設備が無さすぎる。あれはね、作る過程でひとつ間違えるだけでも命を落とすの。あなたのおばあ様が命を落としたの、知ってるでしょう?」

 ライアが真っ直ぐにリアムに視線を向ける。


 そう。

 師匠はその薬の調合の際に命を削ったのだ。

 あの薬草は、毒性の強い蔓の根元に生えるだけあって自らもその毒を多少取り込んでいる。薬草を処理する際にその作業をする者は多かれ少なかれその毒を体内に取り込んでしまうのだ。揮発したものを吸引したり、作業の合間に皮膚を通して吸収したり。少量ならすぐに死んだりはしないが一定の期間取り入れ続けると体が動かなくなり死に至る。

 ライアの場合、植物の方がライアを害する事がないように意図的に毒を抑えてくれるから細心の注意を払って扱うことで辛うじて難を逃れている。

 細心の注意は植物への敬意だ。

 その気持ちが伝わるようだから今のところ下処理まで自分が行えばその先を他の人がやっても大丈夫、というレシピを作成しているところだ。でもそれだってまだ未完成。

 そうやって作ることができる薬の量なんてたかが知れている。

 リアムが考えているほど大儲けできるような量の薬なんか作れるわけがないのだ。


「なるほど。でも、貴女にはそれを作ることができるということですよね」

 目を眇めたリアムは自分の思惑通りにいかない事実を理解したのかもしれない。

「作れないことはないけど、あなたが思っているほどの量は無理よ。それに私だっていずれ命を落とすかもしれないし……」

 師匠が命を削った過程を見ている身としてはその可能性も多少は頭のどこかに置いている。

 自分だって安全とは言い切れないのだ。

「それは構いませんよ。多少でも作ることができるのなら……そうですね、少量であればその分さらに高値がつくわけだし……それに他の作り手を育てれば良いだけの話だ。そうか、今から有能な薬師を集め始めましょう。技術さえ残せれば良いだけの話だ」

「なっ……!」

 おい今なんて言った!

 ライアの体が一瞬でカッと熱くなった。

 これから結婚しようという相手が命を落とすかもしれないと言ったのに「それは構わない」ってさらっと、なんの躊躇いもなく言ったよね!

 しかも作り手を育てればって……つまり使い捨ての人材を集める気でいるってこと?

「設備ね。そうか……まぁ、確かにそんな危ないものをこの家で作られるのは遠慮したいところですね……ではこの屋敷の敷地内に離れを作りますよ。そこに必要な設備を作れば良い。金に糸目はつけません。なに、貴女とあのばあさんが作ることができる程度の設備なんでしょう? うちで責任を持ってここに作る事ができますよ」

 この人、本当に……儲けることだけにしか興味がないんだ。

 それが理解できてライアの怒りが沸々と胸の中で湧き上がる。

「それに、貴女が作る薬はそもそも高値がつくんです。普段から薬作りの仕事をここで自由にしていただきたい。貴女も金に糸目をつけずに好きな材料を好きなだけ使って研究したり調合したりできれば楽しいでしょう? あのみすぼらしい店よりもずっと機能的で見栄えの良い離れを作ってあげますよ」


 ……ふざけるな。

 そんな言葉が出かかっていたのに喉の奥に引っ込んだ。


 なんとなく、理解したのだ。


 この男、私を商品としてしか見ていない。

 女としてどころか人として見ていないのだ。

「結婚」なんていう言葉が出てくるからなんとなくそういうことは最低限の感情として持っているんじゃないかと思っていたけど、違う。

 金儲けのための商品。人としてのあるべき権利を私が持っているという感覚すらない。

 商品として大事にするし、お金もかける。

 そういう感覚だ。

 なんなら「商品と結婚しなきゃいけない自分は被害者だ」くらいの思考の持ち主かもしれない。

 そんな相手に「人として」の怒りという感情をぶつけたところでまともな反応が返ってこないのはもう明らか過ぎて……気力が失せた。


 そして気力が失せたまま視線を落としたライアにこれ以上言う事が無くなったのか「ああもうこんな時間だ」と一人ごちるとリアムはさっさと部屋から出て行った。





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