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厄介者と厄介ごと

 

「レジナルド。近いわ、一歩下がって」

「う……」

 食事が終わって、ライアが居間にある鉢植えに水をあげているとやけに上機嫌なレジナルドがやけにピッタリくっついてくる、ので一言牽制すると白ウサギは一気にどよんとした空気を背負って固まった。


「さっきレジーって呼んでくれたのに……」

「早まった私が悪かった、と後悔してます」

 即答。


 機嫌のいい笑顔のレジナルドはとても見応えがあって、見ているこちらが幸せになれると思った。

 確かにそうは思ったのだが。


 慣れてない事はするもんじゃない。

 こちらが色々限界だった。

 ……主に上機嫌で色気を振りまきながら接近してくるレジナルドに。


 そもそも誰かとここまで親しくする事自体今までにない経験で、つい勢いづいてどうにかなるかと飛び込んではみたけど冷静になったらこの先どうしていいかなんて思い付かなくてちょっと不安になった、という現状。

 一線置いた方がやっぱり安心できる。


 わかりやすく……もしかしたらわざとらしく落ち込んだ風なレジナルドには申し訳ないけど、元に戻す気はない。

 ライアは今までのように呼び方も態度も改めた。

 視界の隅で期待の視線を向けてくる白ウサギはちょっと目障り……いやもとい気になると言えばなるんだけど仕事もあるし、と、やってくるお客さんの相手をして午前中を過ごして。

 昼食はもうこの際簡単にサンドイッチを作って済ませて午後の仕事にも専念しよう、と思っていた矢先。


 ノックの音がして現れたのは。

「こんにちは、ライア」

 金髪薔薇男。

 薔薇は持っていないがライアは名前が覚えられないままだ。

 整った顔立ちの男は親しげな様子で、ドアを開けたライアに一礼して目を細めた。まるで親しい間柄ででもあるかのような表情にライアが眉をしかめて若干の嫌悪感を表す。

「今日は何か?」

 対応の言葉もについ棘が出てしまう。

「ああ、そんなに警戒しないで。先日はいきなり失礼したのでお詫びですよ。いつも父と二人で伺ってましたが一度水入らずで話をした方がわたしの気持ちも伝わりやすいかなと思いましてわざわざ来てみました」

「……はぁ」

 そういう時に「わざわざ」って言い方するのって合ってるんだっけ? なんていう突っ込みはこの際しないでおいた方がいいんだろうな。

 なんてライアが思っていると。

「ライア、誰?」

 後ろから非常にわかりやすく好戦的なレジナルドが声をかけてきた。

 ……うん。確かに今だね。用心棒。

 そうは思うが、今ここで喧嘩を始めさせていいかはよくわからず、ライアは一応営業用スマイルを顔に貼り付ける。

「えーっと、ゼアドル家の……なんでしたっけ、名前」

 ごめん、ここは本当に覚えてないから自分で自己紹介して、とばかりに貼り付けた笑顔を金髪男に向けると思いっきり「嘘だろ」って顔をされ、逆にレジナルドが勝ち誇ったような顔になった。

「ああ、リアムですよ。しょっちゅう合ってるのに酷いな。……そちらは?」

 苦虫を噛み潰したような顔からリアムが無理やり笑顔を作って、ライアの後ろから顔を出しているレジナルドを軽く睨みつける。

 とても器用な表情だ、と思わざるを得ない。

 で。

 あれ、そうか。

 面識があるわけじゃないのか。ライアがそう思ってレジナルドに目を向けると。

「レジナルド・グランホスタ。どうぞよろしく」

 好戦的な笑みのまま、なんなら冷気を漂わせてリアムを見下ろすレジナルドはちょっと迫力がある。

 で、リアムの方は名前を聞いて一瞬間を置いてからハッとした顔になった。

「じゃ、君が……。へぇ、そうか。グランホスタ家とはたまに行き来がありますが……優秀な後継者殿とはなかなかお目にかかる機会がなくて本当に実在してるんだろうか、なんて噂をしていたくらいですよ?」

 負け惜しみのような雰囲気でそう言うリアムは「優秀な後継者」というところだけを不自然に強調して……完全に嫌味な言い方だ。

「うちは祖父が現役なんでね、僕は家業には関わってないんですよ。ライアとは親しくしてますけど、今日は何の用ですか? 彼女の仕事の邪魔だから用があるならはっきり言ってくださいね。お加減が悪いようには見えませんが?」

 もう完全に「用事なんかないんだろ、とっとと帰れ」という副音声が聞こえそうな言い方だ。

 で、あからさまにムッとした様子のリアムが。

「まぁ、君には関係ないですが。祖母の庭を見せてもらおうかなと思ってきただけですよ。今は亡き祖母もわたしにとっては大事な親族でね。あの人が大事にしていたものはわたしも大事にしたいんです。ライアが祖母の持ち物を全部受け継いで大事にしてくれているから感謝してるんですよ」

 そう言ってわざとらしくライアの片手を掬い上げ、びっくりしているライアにはお構いなしでその手の甲に軽く口付けてくる。

「ちょ……なにすんのよ」

 ライアがようやく正気に戻ってその手を引き抜こうとすると、ニヤリと笑ったリアムがライアと目を合わせて。

「今更照れなくてもいいじゃないですか。父は君とわたしとの縁談を承諾してくれてますよ」

 なんて言ってのけるので。

「は?」

 なにそれ、こっちが初耳だけど!

 という反応のライアにリアムは目もくれず、レジナルドの方に意味ありげな視線を向ける。

 レジナルドの方を振り返れない感じになってしまったライアは……振り返れないまでもなんとなく冷気を感じ取ってしまっていたたまれなくなった。

 なので。

「まぁ、とりあえず……庭を見に来ただけなのよね?」

 そう言ってライアが玄関から外に出た。

「ああ、そうですね。今日は庭でデートっていうのもいいですよね」

 なんて言いながらリアムはさっさと先に立って裏庭に向かい始める。

「ライア……」

 後ろで小さく声を上げるレジナルドが心配そうに声をかけてくるのは、以前「他の人をあまり裏庭に入れないようにしている」と説明したからそれを気にしてくれているのだろう。

 でもこの場合、これを断ると家に入ってきそうだしそっちの方が面倒なのでもうこの際いいか、と思ってしまったというのもある。

 それに。

「……一緒に来てくれる?」

 多少は不安もあるのでついレジナルドの方に視線を向けながら言うと薄茶色の瞳が一瞬見開かれた。

 そしてライアのすぐ横に寄り添うようにして歩き始め……気がつくと自分の手が握られていてライアの胸がどきりと鳴った。

 その手は先程リアムにキスされた方の手だ。

 それに気づいたライアはその手を振り払えなくなって……思わず握り返す。


 建物を回り込んで裏庭に出るのにそう距離はない。

 ちょっと歩いてすぐに開けた庭に出るのでそこでまず、リアムが立ち止まった。

「ここ……こんなに広かったんですね」

 そう呟くリアムはあたりを見回して何かを探している様子。

 で、ちょっと見回してから奥まったところに向かってまっすぐに歩き出した。

 その先にあるのは作業小屋。

「あ……」

 ライアが思わず声を上げた。

 そうか、この人、家探しが目的だ。

 そう思い当たって慌ててその後を追う。

 手は繋いだままだったのでレジナルドも連れて行くような形だが、当のレジナルドもライアの動きに察しがついたようですんなりとついて来る。

 リアムが迷う事なく真っ直ぐに小屋に近づいてその戸に手をかけるので。

「ちょっと待って!」

 ライアが声を上げると軽くこちらを振り返ったリアムが嫌な笑みを浮かべた。


 ……あ。違う。勘違いしたかも。

 そう思ったライアが急ぎ足でそこまで行って、鍵のかかっていない戸を易々と開けたリアムに。

「そこにある蒸留の機械! 凄く高価なの! なにを見ても構わないけどそれ壊さないでね!」

 と叫ぶ。

 本当に、それは壊されたらたまったもんじゃない。

 わざわざ遠方から取り寄せて、一ヶ月かかって組み立てたのだ。

 何せあの時は持ってきてくれた人たちが組み立てるための説明書をうっかり紛失したとか言って、全部勘で組み立てた。師匠が途中で投げ出しそうになって、精油作りをしたいと言い出した立場上、ライアが自力で半泣きになってやり遂げたのだ。

 ちゃんと使えることを確認できた時は感動で泣くかと思った。


「え、そこ?」

 レジナルドが分かりやすくツッコミを入れてきたがライアは間違いなく本気だ。

 ちなみに戸を開けて入って行ったリアムも少し拍子抜けしたような顔をした。

 でも勢いで入って行ったところなので一旦小屋の中をぐるりと一瞥して。

 ……そもそもこの小屋の中はかなりスッキリしていて何かを隠すような造りになっていない。器具が置いてある場所はそもそも手入れの関係上見通しがいいし、出来上がった精油の瓶を並べている棚があって作業するのに使う机があるが、それもライア一人が使う物だからこぢんまりした物だ。

 何がそこに乗っているかは一瞥してわかる程度に整理されている。

 なので、リアムもその机にさりげなく近寄って、隅に重ねてある精油のレシピをぱらりとめくってみたりしながら。

「ここで人気の香水の調合を?」

 なんて、さも貴女の仕事に純粋に興味があるだけですよ、なんていうアピールをしてくる。

「そうですね。……人気かどうかはさておき」

 ライアがホッと息をつきながら答えるとリアムの関心は小屋の外に向かった。


 うん。獲物がないとわかると切り替え早いなー……。

 ライアは苦笑しながらその後についていく。入り口のところでいつのまにか手が離れているレジナルドを振り向くと「大丈夫なの?」と口の動きだけで尋ねられ、小さく頷き返す。


 そんなわずかなやり取りの間に目を離したところで。

「あ!」

 嫌な予感がしてライアがリアムの行った方向に目を向け直して声を上げた。

 驚いたようにリアムがこちらを振り返るのとレジナルドがハッとした視線をそちらに向けるのがほぼ同時で。

「リアム! その木、毒があるから近づいちゃダメ!」

 ライアが一際大きな声で叫ぶとリアムががさりと音を立てて後退りした。

 これはもう反射的な動きだろう。

 ライアの表情が本気の鬼気迫るものだったので。

 で、それを見てとったレジナルドが大股でリアムの方に詰め寄ってその腕を掴んだ。

「おい、いい加減にしろよ。ここはあんたみたいなやつが勝手に入り込んでいいところじゃないんだ」

 ライアも慌ててその後を追うが、奥まったそこは何人もの人が立てるようなスペースはない。そもそも目の前にある木は毒性が強いので自分でさえもうっかり近づかないように、周りに薬草をあえて茂らせて近づきにくいようにしてある。

 そんな所に分け入って行ったリアムとそのリアムを止めるべくついて行ったレジナルド、という言ってみれば大の大人が二人もいればライアが近づける隙間はない。

 そしてライアではなくレジナルドが近づいてきて、しかも腕を掴まれるなんてことになったところでおもいっきり気を悪くしたリアムが凄い勢いでレジナルドを睨みつけた。

 そして。

「君に言われる筋合いはないだろう」

 そう言って掴んだレジナルドの腕を勢いよく振り払った。


 元々足場は悪い場所だ。

 周りに茂っている薬草で地面は見にくい。

 しかもレジナルドはライアがその薬草一つ一つを大事にしていることを知っているからなるべくなら葉の一つだって踏まないようにくらいの意識がある。

 そんな場所で、掴んだ腕を力一杯振り払われたレジナルドは。


「やだ! レジナルド!」

 ライアが勢いよく踏み出して周りの薬草を踏み分けて、その腕を掴む。

 間にリアムが立っているという不自然極まりない立ち位置だが、気にしている場合ではない。


 なんとなれば、ぐらりとバランスを崩したレジナルドの体は振り払われた勢いのまま……例の木に突っ込む勢いで倒れ込んでいったのだ。

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