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疲労の色

 

 そんなわけで。


「なかなか可愛いじゃない」

「うん。だから言ったでしょ」

「で、その後進展はしてるの?」

「うーん……?」


「……一応言っとくけど全部ダダ聞こえだからね」


 お茶をしに来たシズカが居間に居座っているレジナルドを見て一瞬目を丸くして、ライアが事情をざっくり説明したところで、にやぁっと笑われ……意味ありげにライアとやり取りをしていたら、レジナルドの突っ込みが入ったところだ。

 なにしろ今はライアには聴覚に問題があり、こういう話をコソコソと小声では出来ない。


「ああ、でもレジナルドは結構村でも評判いいわよ。主におばちゃんたちにだけど」

 シズカが取り繕ったような笑顔をレジナルドに向けるので。

「そうなの?」

 と、ライアがつい聞き返す。

「うん。ほらここによく来るのって若い子っていうよりおばちゃんとか年寄りでしょ? しかもちょっと前からレジナルドってここで客の相手もしてたんでしょ? みんな『愛想のいい綺麗な男の子がいるのよー』なんて楽しそうに言ってたわね」

 ……そうか基本的におばちゃんというものは若い男の子大好きだもんね。

 なんて思いながらライアはつい頬が緩む。

「へーえ」

 そんなライアを見たシズカが意味ありげに声を上げた。

「……何?」

 途端にライアの眉がしかめられる。

「いや、あなたずいぶん表情が豊かになったんじゃない? 前はそんな顔滅多にしなかったわよ?」

「……え! なに! そんな顔って何? 私変な顔してた?」

 ライアが両頬を両手で包みながら声を上げる。

 なんだか顔が熱いような気がするけど、気のせいではないだろう。

 そんな一気に取り乱し始めたライアを眺めているシズカが、レジナルドの方にチラリと「グッジョブ!」と言わんばかりの視線を向けた。



 一通りお茶を飲んで冷やかすなり発破をかけるなりしてから帰っていったシズカを見送るライアはちょっと疲労を感じていたが。

 見送った後でレジナルドの方を振り返って。

「ね、なんか疲れてなかった?」

「え、誰が?」

 唐突な質問にレジナルドがきょとんとした。

 なので。

「えっと……レジナルド、が」

「ライアだって疲れた顔してるじゃん。シズカって楽しいけどちょっと嵐が去った感あるな……」

 ライアの答えにレジナルドはちょっと困ったような笑みを作って先程シズカが出ていったドアの方に目をやる。

 ので。

「あ、えーっと。違う、そうじゃなくて、レジナルドってうちに来た時から疲れた顔してたような気がしたんだけど」

 と、言い直してみる。

 シズカが来たのでつい勢いに流されたのだが、確か今日はうちに来た時「あれ? なんか顔色悪い?」と思ったのだ。

 それにここ数日は例の用心棒宣言のせいか毎日朝から来ていたのが、今日は昼過ぎに来たシズカよりちょっと早かったくらいだ。


「……ああ……そうだった、かな」

 どことなく気まずそうに視線を泳がせるレジナルドにライアは首を傾げながら。

「え、何かあったの?」

 と聞いてみるのだが「なんでもないよ」と笑顔を作られてしまった。

 仕方がないので「お昼ご飯は?」と話題を変えてみると「まだ」と即答。


 なので自分が食べた後のもので申し訳ないとは思うのだが、一人分にしては少々多く作りすぎた昼食を温め直しに台所に入る。


 ……それにしたって、あの笑顔はやっぱりダメよね。

 なんて、声には出さないまでもライアが心の中で呟く。


 なんでもないと言って笑ったレジナルドの笑みは、とてもじゃないけど「笑顔」という括りのものではなかった。少なくともレジナルドの表情を見てきたライアには笑っているようには見えなかった。

 無理やり口角を上げて作った表情には温度がなくて……無表情を彷彿とさせる表情だったのだ。

 そうは思うけれど問い詰めることもできそうにない。

 なにしろ……そういう間柄にはまだなっていないのだ。

 そこまで踏み込んでいいとは思えない。

 本人が口にしたくない事情を無理やり聞き出せるほどの間柄ではないし……そうである以上、もし聞き出してしまったらそのあとの責任が持てない。

 なんとなくそんなことを一瞬で感じ取ってしまってそれ以上は聞けなかった。


 私は……薄情なのだろうか。


 そんな考えが頭の中に浮かぶ。

 誰とも深く関わらなければ面倒なことに巻き込まれることはないし、その代償に傷つくこともない。

 それは単に楽な生き方、なのだろうか。


 そんなことを考えながら手を動かす。

 こちらはもう毎日の作業でもあるので特に何も考えなくても手は動く。

 スープには数種類の野菜と村で取れる数種類のキノコが入っているのだが、レジナルドに出すということを考えて腸詰肉を追加で入れて火にかけながら時々混ぜる。

 さっき食べたパンにはジャムをつけたのだが……レジナルドに出すならちょっと変えようかと溶き卵にミルクを入れてそこに浸しておいてからバターを溶かしたフライパンで焼く。

 これならパンとスープだけでも結構な量になるだろうし食べ応えもあるはず。

 卵液を限界まで吸わせたパンはしっかりした重さがあってプライパンの上でひっくり返すのもちょっと気を使う柔らかさだ。

 あとは……食後にお茶を入れてあげたらいいだろうか、とほうじ茶とミルクの用意をしておく。


「お待たせー」

 ライアがなるべく明るめの声を出して台所のドアを開け、トレイを持って居間の方に行くとレジナルドが弾かれるようにテーブルから顔を上げた。

 ……あれ。ということは、テーブルに突っ伏したまま寝ていたのだろうか。


「あっ……ごめん、手伝いに行くつもりだったのに……」

 目を擦りながら声を上げるレジナルドの前に二つの料理を置きながらライアは訝しげな顔をする。

「大丈夫? 疲れてるの? なんなら食べたら休んでいいわよ?」

 ちょっと顔を覗き込むようにしながら声をかけると。

「あ、うん。……ごめん……大丈夫だよ。昨日寝てなくて……あ……」

 どうやら今のは「うっかり」口から出てしまったらしい。あからさまに「しまった」という顔をするのでライアはもう苦笑するしかない。

「分かったわ。そりゃ疲れた顔もするわね。とりあえず食べて?」

 体を休める必要があるなら甘いものの方がいいかな、と焼いたパンには蜂蜜をとろりとかける。

 と、途端にレジナルドの目が見開かれた。

「わ。なにこれ、美味しそう!」

 どうやら見た目は食欲をそそるものに仕上がったらしい。

「スープは野菜もたくさん入っているからしっかり食べてね」

 そう言ってスープ皿にスプーンを添えると薄茶色の瞳が嬉しそうに細められた。


 レジナルドが食事を始めるのを横目にライアはちょっと玄関まで行ってドアの外のプレートをクローズにひっくり返し、それから二階へ行く階段に向かう。


 レジナルドが「あれ?」という顔をするので。

「食べたら少し休むでしょ? 客室あるからちょっと準備してくるわ。ゆっくり食べてて」

 と言い残して二階へ上がる。

 さすがにあんなに疲れ切った様子のレジナルドにソファで休め、はないなと思って。

 ……いや、前の私ならためらわずにそうしていただろうけど。

 レジナルドという人を少し知っている今は。

 うん、きっとそういうことだ。好きとかそういう事じゃなくて、ですね。だって毎日のように「用心棒」とか言ってうちに通ってくれちゃってるけど完全に遊んでる人じゃないんだよね。なんか仕事もしてるみたいだし。それに普段は生理的に好きになれない人と同じ家で生活してるわけで。……となると、結構体は疲れていると思うのだ。

 休めるときにちゃんと休ませないと。


 客室はライアの部屋の向かい側で、以前師匠が使っていた部屋の隣だ。

 師匠の部屋はいってみればこの家の主寝室で一番大きい個室だった。ライアの部屋はここに来たとき広い部屋は落ち着かないと主張して一番小さい部屋にしてもらったから客室の方がもう少し広い。

 ベッドも一人用ではあるが少し大きい。これならレジナルドもゆったりと休めるだろう。

 部屋自体は定期的に掃除と換気をしているので急に使うとしても問題はない。

 全体的にブラウン系の色でまとめた落ち着いた色彩の部屋は今までもあまり使われることはなかったが定期的に手入れをしているので傷んでもいないし埃っぽくもない。なんなら時々ライアが「気分転換!」とばかりにここで昼寝をすることもあるくらいだ。


 ライアは一応全体をざっと見回して埃がないこととベッドが整っていることを確認して、改めて窓を開ける。

 で、ああそうだ、と思い立って自分の部屋に行き、精油の瓶と小石サイズの素焼きの塊を何個か持ってくる。

 小さな皿の上にその小石をコロコロと積んで精油を数滴ずつ落とす。

 この組み合わせなら大丈夫だろうと思うのはラベンダーとカモミールとプチグレン。ラベンダーは元々レジナルドがリラックスできる香りだからこれをちょっと多めの配合にすれば安眠できるのではないだろうか。

 それをベッド脇のサイドテーブルに置いて。

 大丈夫そうだったら窓を閉めればいいかな、と辺りを見回して小さく頷く。


「これ、すごく美味しいね」

 さして時間もかけずに客室を整えて降りてきたライアにレジナルドが早速声をかけてきた。

 卵液を染み込ませて焼いたパンはいたくお気に召したらしい。

「ほんと? 良かった」

 ライアがそう言って食後のお茶の準備をしようと台所に入ろうとすると。

「あ、ライア!」

 焦ったように声がかけられる。

「何?」

 台所のドアに手をかけたままライアがレジナルドの方を振り向くと。

「あ……いや、あの……少しこっちに座らない? なんか……一人でいると落ち着かないっていうか……」

 あれ。一人の方が落ち着いて食事できると思うんだけどな。食べてない人に見られて食べるのって嫌じゃないんだろうか。

 なんて思いつつライアが「そうなの?」と、テーブルに近づくとレジナルドはホッとしたように止めていた手を動かし始めた。

 ……どうやら見守られながら食事をするのはそんなに嫌じゃないらしい。


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