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オルフェが残った理由

 

 リアムがしぶしぶ帰った後、ライアは手持ち無沙汰で新しいハーブティーを入れ直してテーブルに戻って来た。


 ……で、なんでこの人まだいるんだろう。

 仕事はどうした、という意味と、リアムと一緒に帰ればいいのに、という意味で。

 ライアは不審に思いつつも一応客人への礼儀として新しい茶を淹れる、くらいは必要かなと空になっているオルフェのカップに持ってきたティーポットからハーブティーを注ぐ。


「……お前さ、やっぱり耳、聞こえないの?」

 こちらをチラリと見ながらオルフェが声をかけてくる。

 カップに注ぐために近くに立っていたから聞き取れるが、離れていたら聞き取りにくいというような音量だ。

 で、聞き取れてしまったがゆえに。

「……知ってたのね」

 前に師匠が取引をしていたときは私が出て行く必要がなかったので師匠は行商人にまで私の聴覚事情を説明することはなかった。

 更に私がここを継いでからはもう何がどの程度の値段かなんて分かっているから複雑な会話をすることもなく不自由しなかったから特に話してはいなかった筈。

「ああ、こないだ香水の店で会っただろ。あの時店主に言われて初めて知ったんだ。『こんな音がガチャガチャした町じゃ心許ないだろうから一緒にいてあげてね』なんて言われてさ」

「……あー……」

 そういえばあそこの店主は師匠が私個人がやり取りできるようにと最初に話してくれているから事情を知っている取引先の一つだ。

 そうか……それで……あ。

 もしかして大衆食堂とかじゃなくて比較的静かな店に行ったのとか、なんとなく聞き取りやすい話し方をしてくれたのとかってそのせいだったのだろうか。

「……ありがとう」

 いくつか思い当たることがあって思わず俯き加減でお礼を言うとオルフェが息を呑む気配。

 視線を向けると。

「……あ、いや。そんな素直に礼を言われるとは思わなかった。『余計なお世話』って言われる覚悟だったんだが」

 少々気まずそうにそう告げられるので。

 ライアもなんだか気まずくなり……オルフェのすぐ脇に立ちっぱなしだったところから気を取り直して元の席に戻る。

 先ほどまでリアムと向かい合わせで座っていたから今の席だとオルフェの隣に近いような位置。


「で、なんでまだいるの?」

 これ、今回は訊いてもいいと思う。

 こないだは今すぐにでも旅に出るようなことを言っていた。

 気を取り直したライアは真っ直ぐにオルフェの方に視線を送る。

「ああ……いや、だってお前が何か変なことに巻き込まれてるんじゃないかと思って、だな」

「は?」

 え、やだ、何、私のせいなの?

 ライアが目を丸くしてオルフェを凝視すると。

「だってお前、レジナルドはやめとけって言ったのに結局ついて行ったんだろ? あれ、ゼアドル商会の奴らが知った途端どうなるかって……本当に危なかったんだぞ」

「……そうなの?」

 その話に関してはライアは意味は分かったが、かといって危機感はない。

 だって、厳密には自分はどちらの商会とも無関係なはずだ。

「あー……なんだもう。お前本当に分かってないな……」

 オルフェが組んでいた足を解いて、こちらに向けていた上体を正面に戻すとテーブルに両肘をついて脱力するように項垂れた。

 で。

「お前の作る薬ってものすごい高値で売れてるのは知ってるだろ?」

「……うん」

 俯いたところからこちらに顔だけ向けてオルフェが確認してくるのでライアがとりあえず頷く。

 なにしろ薬草たちが物凄い勢いで力を出してくれる上、日持ちもいい。普通に出回る薬草や薬の倍くらいの値段になっているというのは師匠に教えてもらったことがある。

 そんなわけでオルフェが年に一度程度、ライアに届ける書簡はよその町や都市からの注文書みたいな物であったりもする。こんな物をこのくらい欲しいとか、こういう物を作るのにどのくらいの日数と費用がかかるのか、とかの問い合わせなど。オルフェはそういう信用を得ているらしく結構大きな都市にも顔がきく立場で、ライアには大き過ぎて腰が引けそうな仕事を持ってくることさえある。

「で、だ。俺は立場上商会と契約してるわけじゃないからどっちの商会に属する店にも出入りしてるがお前の作った薬がやっぱりどこも一番の売れ筋商品で扱われているのは知ってる」

「……はぁ」

 そうなんだ。

 ライアも売れ筋まではよく知らない。

 町に何軒か、出来上がった薬を納めている店はあるが、ライアだって師匠の代からの付き合いの店に納めているだけなのでそれぞれの店がどの商会に属しているかとかも知らないし。……師匠のことだ、その辺は偏らないようにやっていたのだろうとは思うが。

「一応言っておくとな、庶民派の店がグランホスタ商会で、高級志向の店がゼアドル商会だ。ざっくりだが」

「へー」

 ああそういえば、薬を持っていく店って薬草専門のちょっと気取った店と大衆向けの雑貨屋だったな、なんて思い出す。

 ちなみに香水の店は香水だけを見たら高級志向の店だが、主に扱っているのが安価な石鹸やクリームなので大衆向けの店。そこで売ってる香水が富裕層に人気というのは「隠れた名店」扱いだろう。

 そんなことを思いながら打った相槌にオルフェが苦笑する。

「お前、ほんとにわかってないなー」

「何がよ。分かったってば」

「じゃなくて。あのな。ゼアドル商会としては高級志向の店でお前の作る商品を高値で売り捌いて利益を上げたいというのが本音だろ。そもそも自分の血族のところに金の卵を産むアヒルがいた、みたいなもんだ。それはどんな手を使っても早々に回収して自分たちだけの利益にしたいだろう」

「失礼ね、人をアヒル扱いって」

 ライアが口を尖らせる。

 そういう童話、どっかで読んだことあったなーなんて思いながら。

 オルフェの方はそんなライアに苦笑しかないようで、それでも話を続けてくれる。

「しかも、お前が作ってる薬の中に一般的な薬とは全く比べ物にならない価値のあるやつがあるとなれば、あいつら目の色変えてひとりじめしたがるに決まってる」

「あ……」

 そういえばそういう薬あるな。と思う。あれで薬を作れるのって多分今のところ私だけかもしれない。

 そもそも材料が手に入らないだろう。

 そうか、それであんなに必死になって店の権利証書欲しがってるのか。

「お前がグランホスタ家に行ってあの商会と直接契約とかされるくらいなら、お前ごと拉致監禁して力ずくでゼアドル家の所有物にするくらいのことするぞ」

「……え?」

 言われたことが結構な内容だったのでさすがのライアも顔色が変わる。

「おう、ようやく事態の深刻さが分かったか」

 オルフェがやっと話が通じた、と言わんばかりに足を組み直した。

「俺はこれでも中立派だ。リアムは仕事柄話をする機会があったからちょっと知り合いってだけだが……あの家族はやけを起こすと面倒だ。だからお前が心配になっただけだ。それにレジナルドについては……」

 そう言いかけて青みがかった緑の瞳が逸らされた。

「レジナルドが、なに?」

 ライアの声が一段低くなる。

 そうだ、この人こないだ彼のことを「厄介者」扱いしたんだった。

「まぁ、そう怒るな。……あいつな。あんまりいい噂がない。表向きはグランホスタ家の跡取りで商会の後継者だ。その仕事を継ぐ気がないらしいって噂と、むしろ積極的に関わっていて重役連中に取り入ろうとしているっていう噂がある」

「……はい?」

 確かに継ぐ気はないって言ってたから一つの噂の方は正しいのかもしれない。

 でも、もう一つの方の噂って……そもそもレジナルドのイメージにすら合わない気がするけど。

「だから厄介なんだ。元々グランホスタ商会は庶民派でイメージが定着している。そこに持ってきて後継者が腹に一物あるような奴だと商会自体のイメージが落ちる。なんならこの機にゼアドル商会が潰しにかかってもおかしくないくらいだ」


 そういうことか。

 なるほど、それで「厄介」って言ったのね。

 うん、確かにめんどくさいかも。

 でも……。


 レジナルド本人と付き合いのある身としてはあのレジナルドがそんな悪評高い感じの人間とは思えない。

 それに……。

 これは卑怯な考え方だとは思うけれど。

 私は別にレジナルドとお付き合いしているわけではないしただの友人として付き合ってる分にはそういうゴタゴタがあったとしても関係のない身だ。

 そもそもゼアドル一族とも、厳密には無関係の身。


「そういう訳だからさ、ちょっとは気をつけろ。俺もいい加減出掛けないとならん身だしな」

「あ……はい」

 そうか本当にわざわざ私のことを心配してここにいたって事なんだろうか。

 そう思うとさすがにちょっと申し訳ない。


 しばらく話し込んで帰っていくオルフェはなんだか今までになく親しみ深く。

 この人とこんなに気さくに話をするようになるとは思いもしなかったな、とライアはふと思った。

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