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普段との差異

 

 ダンスの曲が終わってフロアの隅に退いたライアとレジナルドに、好奇の視線が注がれる。

 ……うん、なんとなく予想してたけどね。

 ライアがふっと視線を遠くに飛ばしながら薄く笑うとレジナルドが慣れた手つきで飲み物の入ったグラスを取ってくれた。

「ライアってどこでダンス覚えたの?」

 手渡されたグラスは柑橘系のジュースだ。

 お酒でないことに安心したライアが肩の力を抜いて。

「ああ、子供の頃よ。うちもちょっと訳ありでね、母親に恥をかかせないために習わなきゃいけなかったの。……せっかく学んだことは活かさないと?」

 くすり、と笑ってグラスを口に運ぶとレジナルドがちょっと目を丸くした。


 ああ、そういえば私の話なんかしたことなかったな。なんて思いながらライアが視線を泳がせていると、レジナルドの背後から一組の夫婦が声をかけてきた。

 男性の方がレジナルドに耳打ちするような感じで近づいてきたのでライアにまでは声は届かない。

 その男性に甘えるように腕を絡めている奥様の後ろにはフリフリの可愛い薄ピンクのドレスの女の子。

 ああ、レジナルドとお近づきになりたいお嬢さんとその親御さんか、とライアは察して身の置き場を考えながら視線を彷徨わせる。

「……ごめんねライア、ちょっと庭に行ってていいよ。少ししたら迎えに行くから」

 ライアがおどおどしているのがわかったのか、それとも自分が一人で対応した方がいいと察したのかレジナルドがそう告げるのでライアは少しホッとしながら、家族には軽い感じの礼をして大きく開け放たれたままの窓の外のテラスの方に向けて歩き出す。


 この感じ、なんとなく覚えがあると思ったら……昔、母親が気に入った殿方と会話を始めるときに席を外していた時の礼儀に似ている。……たぶんこんな感じなら今の相手にも失礼にはならなかっただろう。と、心の中でこっそり確認しながら。


 テラスからはそのまま庭に出られるようになっていて、薔薇の生垣やアーチが美しく配置された庭の一角には灯りがいくつも灯っているのでちょっと休憩するにもよさそうだ。

 そんな環境とはいえ特に散策する気にもなれないライアは薔薇の生垣の近くのベンチに腰を下ろす。


 外から見ると明るいホールの中は夢の世界のようにキラキラして見える。

 こちらが見えるように、なのかレジナルドは窓の近くで近寄ってくるお嬢さんやその親御さんたちの相手をしている。


 ……あれ?

 ライアがふと違和感に気づいて目を眇めた。


 見たことのない表情をしている。


 ……何、あれ。

 ライアの背筋に一瞬悪寒が走った。

 全く温度のない目、作り物のような口元。

 いつもなら何かしら表情がある顔に、それがかけらもない。

 そりゃ、笑うとか拗ねるとか、そういう表情ばかりではない。「つまらない」とか「興味がない」という感情もある。でも少なくともそれはそういう気持ちを伝える表情になる。それが……それすら、ない。

 まるでそこに人形が立っているみたいな感じ。

 なんなら視線の一つも動いてないんじゃないかと思う。

 あんな顔したレジナルドは初めて見る。


 ライアが呆気に取られている間に、レジナルドを取り囲んだ親御さんに背を押されるようにして一人のお嬢さんの手を取ってホールの中に消えていった。

 ……ああ、ダンスか。

 取り巻きのようにしてレジナルドの後についていく女の子たちを目で追いながらぼんやりとライアが納得する。

 あの状態のレジナルドに自分から声をかけるのって若い子にはだいぶ勇気がいるんじゃないだろうか。

 だから親と一緒に声をかける、という構図か。

 そしてあの、レジナルドだ。見た目はやたらと際立っている。……いや、私の贔屓目とかじゃなくて。

 表情がなくたってそれはそれで綺麗だった。可愛いという要素を全てこそぎ落として、代わりにミステリアスという要素で満たして孤高とかいう形容詞を力任せにくっつけた感じ。

 そんな彼とダンスが出来たらみんな大喜びなんじゃないだろうか。なんなら感激し過ぎて泣いちゃうような勢いだ。

 さっき私が彼とダンスした時のお嬢様方のざわめき方といったらちょっと尋常じゃなかった。なにしろ聞こえない時期の私でさえその音を聞き取ったくらいだ。

 ……あれは、あの綺麗で冷たい感じの孤高のレジナルドが、微笑んじゃったりしたから……なのかもしれない。


 ……あ。

 てゆーか……行っちゃったけど。

 そしてあの人数……あれ、当分解放してもらえないんじゃないだろうか。


 ライアがはたと、現状を把握したところで。

 ベンチの隣に人の気配がした。

「こんばんは。……渦中の人には興味がないんですか?」

 そんな声がかけられて若い男が隣に腰を下ろす。

「渦中の人」とはたぶんレジナルドの事だろう。まさにそんな感じでホールの中に消えていったし。で、それをこんなところでぼんやり見ているから、興味がない、と思われたのだろう。そして、この人、たぶん初めからこっちにいてさっき私が彼と一曲踊ったのは見ていないんだろう。

 なんて事は理解できた、が。


 ……なんだこの人。やけに馴れ馴れしくないか?


 むしろそっちの感想の方が強い。

 普通さ、声をかけて、了承を得てから隣に座らない? 女性だぞ、こっちは。

 いきなり座る?

 そう思いつつ抗議の視線を向けると。

「ああ失礼。同志かなって思って」

 と、男が意味ありげに笑った。

 濃い色合いの髪に濃い色の服、それに低い声は全体的に落ち着いた雰囲気を醸し出しているがどうにも話し方に皮肉っぽさが感じられる。

 年齢的には自分と同じくらいかな、なんて思ってしまうのだが。

「……同志?」

 こんな静かな環境で隣に座っている人の声だ。ちゃんと聞き取れてしまったライアは中途半端な返事もできずに思わず聞き返す。

「僕もね、このパーティーには興味がなくて。まぁ……妹の嫁ぎ先候補だから仕方なく同伴してるけどね。あとは仕事の関係で顔を出さないわけにはいかず……って、ここにいる男たちはほとんど同じだけどね」

 くいと顎をしゃくって周りを見るように促されライアが目を上げると……灯りに照らされた庭にいるのは……なるほど、不自然なくらい男ばっかり。普通こういうところって、女性をエスコートしていい雰囲気を楽しむものじゃなかったっけ。と思うけど見事に若い世代の男ばっかりがあちこちで談笑している。

「ほら、あの渦中の人。あれに剣もほろろに切り捨てられる女の子なんて見てられないからさ。身内となるとなおの事」

「……なるほど」

 言いたいことは理解できるのでつい頷いてしまう。

 だってレジナルド、本当にあの女の子たちに興味なさそうだったもんね……。そしてあの表情。切り捨てるって……結構バッサリ行くんじゃなかろうか。


 あ。どうしよう。なんかちょっと……いても立ってもいられなくなってきた。

 そばに行ったからって女の子たちがバッサリやられるのを止めるとかそんな器用なことはできないと思うけど……これ、なんだろう……レジナルドの保護者の感覚に近いかも。見守らないと気が済まない、ような気がする!


「……え?」

 隣の男がこちらを見上げて声を上げた。

 勢いよくライアが立ち上がったので。

「……ちょっと見に行ってきます。失礼」

 不自然に思われないように営業用スマイルはきちんと貼り付けて軽く膝を曲げる礼をしてからホールに向かう。


 で、ホールに入ったライアの目に飛び込んだのは。


 くるくると優雅にダンスするレジナルドと女の子。

 もちろん周りにもダンスを楽しんでいる男女はいるのだが、圧倒的に視線を集める要素がレジナルドに集中している。……と思うのは私の贔屓目かな。保護者目線かな。

 と思わなくもないが。

 ベージュに緑のアクセントを効かせたレジナルドの服装と、一緒に踊っている女の子の淡い青のドレスは組み合わせも綺麗だ。フワリと広がるドレスの裾がとっても綺麗。

 ちょっと見ている間に曲は終わり……凄いな、間髪入れずに次のお嬢さんがレジナルドにダンスを申し込んでるよ。

 ライアが唖然としていると次の曲が始まってレジナルドは再び踊りだす。


 ……あれ、結構嫌そうな顔に見えるんだけど……気のせいかな。無表情、なのに嫌そうと思えるのって……保護者か。親の勘というやつか。

 そんなライアの不安はよそに明るい黄色のドレスの女の子は、見ていると色々レジナルドに話しかけている。満面の笑みで。……大丈夫かなぁ、あの温度差。

 なんて眉をしかめて眺めていると。

 そんなライアの方にレジナルドが視線を向けてきて……目が合った。

 ちょうどライアのいる方に向かって移動してきたところだったので距離も少し近い。


「もう少し待ってて」

 レジナルドの唇がライアに向かってそう動くと同時に目が優しく細められて。


 うわ。

 ライアがその表情の激しい変わり方に軽く眩暈を感じると同時に。

 周りのお嬢さんたちが勢いよくこちらを振り返った。

 ……あ、そうですよね。

 そしてその目が怖い。

 そうは言っても彼女たちの関心はあの白い王子様だ。次のターンで彼女たちの視線は再びレジナルドの方に向く。

 で、「きゃー」なんていう小さな悲鳴が上がるのは……なんか綺麗に見える角度でも発見しちゃったんだろうね。

 そう思いながら改めてライアがレジナルドの方に視線を向けると。

 黄色いドレスの女の子が顔を真っ赤にしている。

 なんなら……ちょっと待って。ダンスにしてはそれ、しがみつき過ぎじゃない?

 っていうくらい不自然に近い。


「相変わらず大人気だな」

 ライアの耳元でさっきの男の声がしてライアが反射的に振り返るといつの間にか背後に立っていた男はレジナルドの方に視線を向けている。

「ああ……そうね」

 なんだろう。今ちょっと私イラッとした声出した?

 なんて思いながらその原因を自分の胸中に探ってみる。

 ……なんだろ。あの黄色い女の子がやけに馴れ馴れしいから? いや、だって今私、レジナルドの保護者的な感覚で見守りにきただけであって……あれ?

「折角ですから一曲いかがですか?」

 考え事をしていたせいでレジナルドの方を見ていた男の顔をじっと見つめたままだったことに、声をかけられるまで気づかなかったライアが一瞬息を飲んだ。

「……ええ是非」

 反射的に差し出された手を取ってしまったのはもう、自分の意思とかは関係なく……流れ、だ。

 いや、決して、断じて、レジナルドへの当て付けとかそういうんじゃないから。




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