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いざパーティーへ

 

「あら! 可愛らしい方!」

 ライアより十くらい年上そうなアリーと名乗った女性はライアが自己紹介するなりそう声を上げた。

 髪をキレイにきっちり結いあげて、シンプルな紺色のドレスを着込んだその雰囲気はどこか高級な宝飾品の店の店員のようだ、とライアは直感したが……どうやら当たらずしも遠からずだったらしい。


 パーティーへの同伴をうっかり快諾してしまったライアが閉塞感のある生活に戻ってそれを若干後悔し始めた頃、レジナルドはパーティーで着るドレスや靴を持って嬉々としてやってきた。

 そして、パーティー当日。

 身支度を手伝うためにこのアリーを連れてやって来たレジナルドは「出来上がるまでここで待ってるから」と、居間に居座ることとなりライアはアリーと二階の寝室へこもることとなった。


「時間はたっぷりありますしゆっくり支度を、と思いましたけど……」

 鏡の前に座らされて、ライアが鏡越しに見上げると榛色の瞳と目が合った。

「普段のお手入れが相当いいみたいですねぇ。素材が完璧です……」

 アリーがうっとりとしながらため息をついた。

「……ありがとう、ございます」

 ライアが恐縮して小さく頭を下げる。


 一応、仕事柄。

 自分が作っている髪用の香油やリップクリーム、マッサージ用のハーブオイルはしっかり使っている。シズカによく言われることでもあるが、宣伝効果を上げるためでもあるのだ。

 で、ライアが作っているということは効果の程が半端ないということで。

 髪は艶々のサラサラ、肌のキメも整って頬の血色もよく、唇だって艶々だ。

 顔の造形を変えることはできないにしてもパーツに磨きをかければ大抵の人は数段美しくなれる。

 顔だけではない。

 首や腕、手や指はもとより身体中しっかりマッサージして適度に保湿すれば肌本来が持っている輝きが増すものだ。

 自分で作ったものを自分で試すことが楽しいと思えるライアにとっては苦にならない毎日の習慣だ。


「折角ですからメイクは控えめに。素材を活かしましょうね! ああでも、ネックレスとイヤリングが映えるようにリップだけはきっちり! ああでも、元の色を隠すのはもったいないですから……派手は色味はやめましょう!」

 なんだかとっても楽しそうなアリーにあちこち褒められながら髪を結い上げられて化粧を施されるのは悪い気はしない。


 普段飾りっ気のない生活をしているとはいえ、女、ですからね。

 鏡の中で他人のように着飾っている自分を見るのもそう悪くない。

 慣れない自分の姿に唇を引き結んで緊張の面持ちではあるが、ライアはそんなことを思いながら鏡を凝視する。


「ほら、にこって笑ってくださいな。にこって!」

 アリーにそう言われても唇の端をちょっとだけ上げただけのぎこちない……営業用スマイルしか作れずに、危うく残りの時間は笑顔の作り方講習が始まるんじゃないかと危惧し始めたところだったが。

「……ああ、殿方を待たせる方がよろしくありませんわね」

 アリーが思い直したようにドアの方に目をやってそんな事を呟いた。


 階段を降りるのに一苦労しながらようやく下階に戻ったライアは。

「……なに?」

 しばしの沈黙の後、眉を顰める結果となる。

 なんとなれば、レジナルドが固まっている。

 降りてくる気配を感じて階段の下まで様子を見にきた、というのはわかった。

 で、降りていくのに従って後ろに引いてくれたのは私が行く先をあけるための自然な動きで。

 唯一自然じゃないのが、目を見開いたまま瞬きすらしない表情で。

 なんならそのあと完全に固まり切って声も出ない様子。


「……見惚れてるんですよっ!」

 すぐ後ろでアリーがライアの肩を軽く叩く。

「……へっ? いやいやいや! だって、化粧でそんなに変わるような顔じゃないわよ? ドレスはレジナルドが選んだ物なんだし……別に目新しいものなんかないでしょうが」

 ライアがレジナルドの方を指さしながらアリーの方を振り返る。

 そんなライアにアリーはププッと小さく吹き出して。

「レジナルド様? お嬢様をきっちりエスコートなさらないと無自覚な美女ほど危険なものはございませんよー?」


 そんな言葉を残してアリーはさっさと出ていってしまった。

 家の外に待たせていた馬車にはアリーの色々な仕事道具が詰め込まれたままで、こちらに出されることがなかったところを見ると「素材を整える」ための準備もかなり取り揃えてあって……必要なかったという事なのだろう。


 で、もう一台の馬車。

 こちらはレジナルドの言う「迎え」の馬車。

 大きくはないが高級そうな馬車だ。

 アリーの言葉の後、どことなく気まずそうな、なんとなくギクシャクしたような様子のレジナルドは言葉少なではあってもライアの手を取って馬車に乗り込ませ、自分は向かいの席に座った。

 馬車が動き出しても視線を泳がせたまま一向にライアとは視線が合わず。

 ライアの方がこれはいよいよ具合でも悪くなってきたんじゃなかろうかと変な心配をしてきたところで。

「……あの……」

 レジナルドが小さな声を出した。

 が、残念ながらライアに耳には届かない。

 馬車の動く音がずっとしているわけだし、今は「聞こえない」時期だ。


 そうこうするうちに馬車のスピードが緩まり、大きな邸宅の前庭に入っていく。

「……うわ。なんとなく想像はしてたけど……大きい、わね」

 馬車に乗り込んで、結局最初にライアが発したのはそんな言葉。

 そして到着。

「ああ……まぁ、たぶんこの辺では一番大きい家にはなるんだと思うけど……」

 レジナルドは先程声をかけてみたものの見事にスルーされたせいか気まずさを思いっきり顔に表したらこう! という顔で、それでもライアをきちんとエスコートすることは忘れずに手を取って馬車から降ろす。

 すでに屋敷の中は賑わっており、外にまで多少の音楽やざわめきが聞こえてきている。

 ついライアも緊張して一瞬足が止まった。

「……大丈夫?」

 手を取ってくれているレジナルドにその一瞬のためらいが伝わってしまったようで心配そうに顔を覗き込まれた。

「ええ……大丈夫」

 改めて営業用スマイルを貼り付けるライアに。

「無理しなくていいよ。無理だって思ったら会場から抜けていいから。一応外の庭も出られるようになってるし、一休みするのに使えるように灯りも付いているから疲れたら自由に使って」

 そう言われてみれば庭の一部は生垣があってその中は一休みしながら庭の植物を眺められるように整えられている。灯に照らされている範囲で見るにあれは薔薇の庭園だ。

「ありがとう」

 ライアがそう言って口元を緩めるとレジナルドが一瞬息を飲むようにして目を逸らした。


 ライアとしては全くの未知の世界というわけでもなかった。

 昔、幼い頃、母親は女主人としてそれなりの屋敷に住んでいた。毎夜繰り広げられるパーティー、なんていったら夢物語みたいだが……言ってみれば結婚相手を死に物狂いで探していた母親は定期的に夜会を開いて相手探しをしていたのだと思う。

 ある程度歳をとると女性が自分の望む伴侶を選ぶには条件が悪くなる。

 母親はある程度の資産家の娘だったこともあって子供がいてもまだ自分で選ぶ権利のある時期が多少は長かった。

 もうほとんど記憶にはない情報だが、断片的な記憶をつなぎ合わせるとそういう事だったのではないかということは推測できる。

 だから定期的に夜会を開いて、恋人を作り、気に入った男を夫にすべく……婚活していたというわけだ。

 ライアも幼いながらもそういう男性陣に気に入られるようにある程度のことは教えられたのでそういう場で怖気付くことはない。


 そんなわけで。

 シャンデリアの輝く会場に入ったとしても、そこに集う人たちの煌びやかさを目にしたとしても、そう取り乱すことはない。

 なんとなく想像していた範囲内だ。

 ……思っていたより若いお嬢さんばかりなのも……このパーティーの目的を思い出せば納得できる。

 その女の子たちの視線が痛いのも……うん、仕方ない。

 なにしろ、彼女たちの「獲物」であるレジナルドの同伴で会場に入っちゃったんだから。

 もちろん他にも殿方はいるわけで、完全にレジナルド対お嬢様方、という図式ではない。さすがにそこまであからさまにはできないだろう。


 そんな中に連れ込まれたライアとしては……なんとなく予想していたとはいえ、それは飽くまで「なんとなく」だった都合上、ちょっと二の足を踏んでしまった。

 申し訳なさそうにレジナルドがこちらの顔を覗き込んでくるので「大丈夫ですよー。想定内ですよー」という笑顔をえいっと貼り付ける。


 出会い頭に何人かの人達に挨拶をされて、レジナルドが上手く受け流してくれる。

 ライアとしては会場内に流れる「心地よい音量」の音楽のせいで低い声で交わされる挨拶の類はもう聞き取れないので営業用スマイルで乗り切るしかない。

 何人かと挨拶を済ませた後レジナルドがそっとライアの方に顔を寄せて。

「本当はすぐにでも祖父が声をかけてくるかと思ったんだけど……あの人当分忙しいと思うから大丈夫そうだ」

 と囁く。

 耳元で囁いてくれたことと聞きなれたレジナルドの声が耳元でしたことが相まってさすがのライアもそれは聞き取り……なんなら頬が熱くなってくるのを隠せずに内心慌てふためく。

 レジナルドの視線の先を辿ると広間の隅の小さな人だかりの真ん中に初老の男性。

 周りの人達の態度や本人の風格からして彼がレジナルドの祖父であることは明らか。

「僕としてはここで一曲踊ってもらえたら祖父と他の女達へのいいアピールになるから助かるし……それさえ出来ればライアの役目も終わったことにしてもらっていいんだけど」

 なんて続けて囁くレジナルドに。

 ……そういう事って初めに言ってもらった方が心構え的なあれこれができて助かるんだけどなぁ。

 なんて思いながら。

「……踊るだけでいいの?」

 なんて聞いてみる。

 と。レジナルドが薄茶色の瞳をこれでもかってくらいに見開いた。

「え……ライア、踊れるの?」

「ダンスでしょ? 難しい曲じゃなければたぶん出来るわよ?」

 子供ながらに母親に教わった。

 あの頃は母親に認めてもらうことが自分の全てだったから普通の子供以上に頑張ったし、母親に恥をかかせないように相当上手に踊れるレベルだった記憶がある。十歳くらいまでちゃんと先生がいたし母親のパーティーで父親候補の殿方の相手をすることもあった。

 そしてレジナルドが「パーティー」って言うから多少覚悟はしていて……昨夜は裏庭で思い出しながらステップの確認もしたのだ。


 そんなやり取りをしている間に、曲が変わった。

 わかりやすいダンス曲だ。



 で、ライアがああそうか、と思う。

 会場のお嬢様方。レジナルドを目当てにできるくらいの若い子達だ。

 母親のダンスの雰囲気に合わせて練習させられたライアとしては初級止まりでいいのではないかという、年齢層。

 ということは、今夜は難易度の高いダンスは必要ないのだろう。

 そう思うだけで肩の力が抜ける。

「こんな感じの曲なら問題ないわ」

 そう言って微笑むとレジナルドが何か言いたそうにしながらも小さく咳払いして手を差し出す。

「では一曲お願いできますか?」

「喜んで」


 滑らかなステップでフロアの中央に滑り出したレジナルドとライアは、おそらく周りの視線を集めた。

 ベージュを基調にしたレジナルドの服は所々にライアのドレスと同じモスグリーンを取り入れている。

 以前に見たライアの翡翠色のドレスがレジナルドにとってのライアのイメージになっているらしくこの度のドレスもグリーン系だ。

 この度は夜のパーティーということで若干露出度は高いがその分透けるように薄い生地を何枚も重ねていやらしさが全くない。濃いグリーンと金色の刺繍があちこちに入っていて森林のような爽やかさと重厚な雰囲気を両方出している。

 そして……。

「あ……レジナルド……その香りって……」

 ライアがダンスの合間でくるりと回った拍子に知っている香りが鼻先を掠めたような気がしてつい声に出した。

「……ああ、やっと気がついてくれた。ライアに作ってもらった香水」

 ライアの言葉に答えるように満足げに微笑むレジナルドはなかなか見応えのある笑顔だ。

 なんならダンススペースを囲むようにこちらを眺めているお嬢様方が色めきだったのは気のせいではないだろう。

「それって、気に入ってもらえたってこと?」

 ライアがつい聞き返す。

「え、当たり前じゃないそんなの。えーと……一応毎日つけてたんだけど」

「あ、そうなの?」

 ということは、レジナルド、つけ方が相当上手なんだろう。

 香水は周りの人にすぐ分かるようなつけ方をしていたらつけ過ぎだ。今はダンスでかなり至近距離にいるから香りが分かる、といったところだろう。

 そんなことが瞬時にわかってライアが満足げに口元を緩めて。

「良かった。……それにつけ方を色々教えなくて済んだみたいね」

 なんて言うと「そんなの当たり前だ」なんてレジナルドも照れ臭そうに頬を赤らめて返してくる。

 ……どうでもいいけど、周りのお嬢様方のいろめき立ち方が毎回半端ないけど! レジナルドの表情は確かに発光度が高いけど、なんならお嬢様方の方が私なんかより免疫があって良さそうなものなのにな。

 なんてライアはつい苦笑してしまう。


「……ライア、凄く……だ」

 周りのお嬢様方の方に完全に気をとられていたせいかダンスのパートナーの言葉を完全に油断して聞きそびれたライアがはたと視線を目の前の相手に戻した。

 ……今、なんか……凄いセリフを聞いたような気がする……。

「え……ごめん。なんか言った……?」

 ライアが思わず聞き返す。

 いや、ね。……今「綺麗だ」って誉められた気がしたんだけど……まさかね。気のせいよね。

 と。

 薄茶色の瞳が一瞬不機嫌そうに細められた。

「……ちょっと。僕とダンスしながらよそ見するのやめてくれる?」

 そんな言葉が帰ってくる。ので。

「ごめん……油断した……」

「……油断て……」

 レジナルドの視線が一瞬遠くに飛んで。

「……今、結構勇気を出して誉めたのに……」

 じとっとした目が向けられてライアの頬がわずかに染まる。

 ……やっぱり気のせいじゃなかったのかもしれない……!

「今私、聞こえない時期だから!」

 思わずキッとした視線をわざとらしく向けながらライアが呟いた。


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