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白ウサギの告白

 

 一日の作業をそつなくこなすというのはライアにとってそう当たり前のことではない。

 聴覚に問題がある時期は特に訪問してくる客の言葉を聞き漏らさないように神経を張り詰める。



「はぁ……無事に終わった……気がする」

 今日はこれで最後だろうかという午後の客が帰った後、なんとなく一人反省会をしてしまうのももう常だ。


 体の不調を訴えてくる患者の言葉は聞き逃さないようにしなければ正確な薬の調合はほぼ不可能。

『症状は最終的に現れる結果だ。その原因がどこにあるかを突き止めないとただの気休めの薬しか出せないんだよ』

 そう言った師匠は訪ねてくる客の言葉には真剣に向き合っていた。……たとえ相手に怖がられようと。中には薬を必要としているわけではなく、理解してもらえるだけで症状がなくなる種類の「病」の人もいる。

 そういう人から無駄に薬代をもらう必要はない。

 それが師匠の考え方だった。


 今日の人たちは取り敢えず、「いつもの薬」を出すだけで良かったとはいえ……最後のお客はそろそろ薬に頼らずにやっていけそうな感じだったのよね、最初は。

 なんて頭の中で思い返してみる。

 最後の客というのは村の若い娘さんだった。

 この時期はどうしても気分が塞いでしまうらしく気分を上げるのに役立つハーブを調合しているのだが、今日は悩み事相談みたいになってしまった上、話が切り上げられなくなってしまったようで最後の方はもうグダグダだった。話の内容も同じことの繰り返しで時々支離滅裂。

 危うくこちらが軽くイラッとしてきたのが伝わってしまいそうになって「ああこれではいけない」と背筋を伸ばした。

 最後には「長くなってしまってごめんなさい」と何度も頭を下げて帰っていったのでまぁ……大丈夫だとは思うが。これで怒って帰っていくようなことになったら一大事だ。

 イライラや怒りの感情は心の平穏を乱す。

 良くなっていた症状が一気に悪化することもあるくらいだ。自分がその原因になるなんて……師匠が見ていたら何を言われるか。


 テーブルに出ていたお茶を片付けてからそろそろドアにかかっているプレートをひっくり返そうと外に出たところで。

「う、わ……ビックリした!」

 玄関前に人が立っていた。

 ドアから一歩離れたあたりで腕を組んで考え込むように俯いていたらしい白っぽい人物は、その立ち位置からして……何をしていたんだろう?

 ノックするでもなく、帰るでもなく。……いや、用事を済ませたわけではないのだろうから帰る筈はないのだが、それにしても今ノックしようとしたところというより、ここにしばらく立ってました、という感じだった。


 ライアの声にノロノロと薄い色の金髪が頭を上げてその下の薄茶色の瞳がこちらに向く。

「あの……どうしたの?」

 ライアが無言のレジナルドにようやく声をかけると。

「……入ってもいい?」

 控えめな声が返ってきた。

 ので。

 ドアを大きく開き直して中に入るように促す。ついでにプレートはひっくり返して。


 前に改めて渡した薬茶は結構まとまった量で作ったのでもう無くなったとは思えない。さらに、どことなく思い詰めているように見えるところを考えると何かあったんだろうか、という気がしてならなかった。

 先程の客の話を聞くのに一人反省会をしていたところでもあったせいか、いつも以上に親身になってしまいそうだ。


「こないだの薬茶さ、飲んでるんだけど……眠れなくて」

「え、ほんと?」

 入ってくるなりいつもの位置に座ったレジナルドがため息混じりに話し出し、ライアが神妙な面持ちで向かいの席に座る。お茶を出すために場所を離れるのも思いとどまった。


「ごめん……迷惑、なのは……わかってる……」

 絞り出すような声だった。

「……え?」

 ライアが眉間にシワを寄せて目の前で俯きながらぽつぽつと話し出したレジナルドを凝視した。

 迷惑……何のことだろう……。

「ライアにはライアの生活があるんだし……その……僕なんかが入り込むのは迷惑で……きっと邪魔だと思われてるのも……知ってる、つもりだ」

 うん……?

 彼は何の話をしているんだろう?

 ライアはレジナルドを凝視したまま首を傾げた。

「でも、こないだ一緒に過ごした時間が忘れられなくて……あんなに安心して、時間を過ごせたのなんか……多分初めてで……どうしても、また一緒に時間を過ごせたらって……」

「え……良いわよ?」

「……は?」

 こないだ一緒に時間を過ごしたっていうのは……裏庭の宴のことだろうなというのはすぐに察しがついたのでライアは思わず即答した。

 なにしろ庭の老木殿が自分からレジナルドに声をかけたくらいだ。それなら私だって別に構わない。もちろん他にも人を呼んで大騒ぎするとかだったら全力で拒否するけれど。

 ふと見るとライアの即答ぶりにレジナルドが固まっている。ので。

「え……何? なんで固まるのよ」

 ライアが再び首を傾げた。

「え、なんでって……だって、迷惑だよね?」

「迷惑って……」

 ライアがレジナルドの言葉になんだか気まずい引っ掛かりを感じて次の句をつい飲み込んだ。

「だって……友達じゃない、って言われたし」

「う……」

 ……そういえば……言ったね。ぐさっと。

 だって面倒くさかったんだもん。

「こないだ来た時はまともに話もしてくれなかったし」

「うあ……」

 そうだったっけ……なんかオルフェとダブルで来たから両方の話を聞くには色々問題があったような……。ああそれに金髪薔薇男も来たのよね確か。

「……それに……ライアってオルフェのこと好きなんでしょ?」

「う……ええええええええっ?」

 何だって?

 何言い出した?

 私がオルフェを好き?

 私の聴覚そこまで酷く故障してたかなっ?

 ライアが思わず声を上げてしまったところでレジナルドがふいと視線を逸らした。

「だって……こないだだってオルフェとはちゃんと話してたし……それに僕、見たんだよね」

「え、見たって……何を?」

 どこにツッコミを入れたら良いのか良くわからないままライアが聞き返すとレジナルドは一瞬こちらにちらりと視線を向けるも再びそれを横に逸らし。

「街でさ、オルフェとデートしてただろ?」

「はい?」

 何の話だ?

 そんな思いを込めて聞き返したのだが、レジナルドは相変わらずまるで拗ねた子供のように横を向いたまま。

「軽食の店でさ。なんかやたらめかし込んだオルフェと一緒に仲良さそうにしてたじゃないか。プレゼントなんか貰って嬉しそうにしちゃってさ」

「……あ……」

 なんか、思い当たる!

 いや、全然、そういう場面じゃなかったけど……あったね! そういうの!

「……いや、あれは……ぜんっぜん、そういうのじゃ、ない……!」

 ……そしてライアが撃沈した。




「そういうわけで、全く、かけらも、無いからね! 私がオルフェとどうこうとか!」

 一通りあの日の出来事を説明したところで念を押すようにライアが力説する。

 そもそも香水だって私が貰ったんじゃなくて、プレゼントしようとしている物を見せてもらっただけだ。諸事情により手に取ったところで盛大に赤面したから「嬉しそう」に見えたのかもしれないが。

 そしてレジナルドの方は店の外から窓越しにその辺まで見たところで立ち去ったらしく、結局そのプレゼントをオルフェに返したところは見ていなかったらしい。

 ……まぁ、そんなにずっと窓に張り付いてたら不審人物だけどね。


「そう……だったんだ……」

 話を聞き終わって意気込むように力説するライアをまじまじと見つめながらレジナルドがようやく納得したように息をついた。

「じゃあ……僕のこと……迷惑じゃない?」

「もちろん!」

 もう変な話に横滑りしないようにライアが勢いよく頷いて見せる。

「ほんとに?」

「うん」

 ……なんだか可愛いな。とさえ思えるこの白ウサギはなんなら涙目なんじゃないだろうか。

 ライアが頬を引き攣らせながらもやっぱり即答すると。

「……好きだって、言っても?」

「うん。……え?」

 どうした私の聴覚。なんか今、幻聴が聞こえたような?

 ライアが目をパチパチと瞬いてから思いっきり眉をしかめる。

 レジナルドは相変わらずこちらをまっすぐ見つめており。

「僕さ、ライアがオルフェといるのを見てからずっとイライラしてて……なんでこんなに苛つくのか分からなくて……一晩考えて、気づいた。……ライアのことが好きなんだ」


 ……うわー……。

 どうしよう。


 これ、告白されたってことだろうか。

 私の聴覚か頭が新たな問題を抱えているとかいうことでなければ……そういう事よね。


 まさかこんなにストレートに告白される日が来るとは思わなかった。

 しかも……凄い年下ですけど。これ……下手したら犯罪じゃないでしょうか……。


 なんてライアが静かに混乱していると。

「あの、すぐ返事してくれなくていいんだ。いや……えっと僕としてはすぐに返事聞きたいけど……でも、待つから! だから……その……考えて、欲しい」

 そう言うレジナルドはいつの間にか耳も顔も真っ赤で……緊張のせいか体が固まっているようにも見える。

 その姿は、客観的に見るとなんだかいたたまれなくて。


「……分かった……ちょっと考えさせて……」

 思わずライアはそう答えてしまった。

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