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続 プロポーズ

 え……あれ……?

 中途半端に抱きしめられながらライアの頭が静かに混乱する。


 えーと……今、なんて言った?

 聞こえたセリフを頭の中で反芻してみて。


 ……うん。

 ちゃんと聞き取った。ちゃんと覚えてる。

 酔ってるとはいえ朦朧としてるわけじゃない。

 いやいや、そもそも大きめのカップに一杯飲んだだけだ。普段でも多少ほろ酔いになる程度。

 そう簡単に自分に都合のいい幻聴が聞こえる状態になるとも思えない。

 なので、そろそろと顔を上げてみる。

 中途半端な体勢なのでライアが顔を上げると簡単に二人の体の隙間は広がって。

 目の前には困ったように眉を下げるレジナルド。


「え……っと……?」

 ライアはつい「今なんて?」という顔でどうにか声を出した。

「だから、僕が言いたかったの。僕のものになってくださいって。なんならカッコよく跪いて『僕だけのものになって一生そばにいてください』とか言って結婚を申し込もうと思ってたのに、なんで先に言っちゃうかなぁ……」

「あ……」

 そう……だったのか。

 レジナルドの言っている言葉の意味が分かってライアが赤面していく。それはもう色付き始めたらあっという間で耳も首筋も全部真っ赤だ。

「ふふ。ライア真っ赤になっちゃって可愛い……」

 レジナルドがそう言うと満足げに目を細めるので。

「……もうっ!」

 ライアは自分の顔を隠すようにしてレジナルドの背中に腕を回してしがみついた。



「一応、僕もあれこれ計画立ててみてるんだけどね」

 レジナルドがテーブルに肘をつきながら隣のライアの顔を覗き込む。


 つまり、ライアが落ち着くのを見計らって席を移動したレジナルドは、只今ライアの隣、それも等間隔に並べていた椅子をあえてすぐ近くまで持ってきてピッタリ寄り添うような位置に陣取っている。


 で、カップの水を飲み干したライアに酌をしてから。

「ちゃんと考えてることは言わなきゃだめだよね……。本当はさ、村でちゃんと仕事して身を固めてからプロポーズって決めてたんだ。でもカツミさんとこで『女の子を待たせるなんて最低だ』って言われてね」

「え……それシズカ?」

 今レジナルドは「カツミさんとこで」って言った。カツミさんに言われた、ではなく。

 そう思ってライアがつい口を挟む。

 と。レジナルドが力が抜けたように笑って。

「そ。でも最終的にはカツミさんからも言われた。『男ならさっさと片をつけろ』って。『相手の出方を考えすぎて保険をかけるような真似してたら男の価値が下がるだけだ』ってさ」

 はは、と声にならないような声で笑ってても……やっぱりカッコいいな、なんて思えてしまうのは惚れた者の弱みだろうか。

 そう思いつつライアは「うん?」と首を傾げ。

「それっていつの話?」

 と尋ねてみる。

 だってカツミさんのところでそんな話をゆっくりするような暇、彼にあっただろうか。と、思ってしまったので。

「えーっと……テスラート家に行く前。ほら、ここを出たあと一度僕カツミさんの家に寄ったから。あの時は仕事をしばらく休みますっていう報告をしに行ったんだけどカツミさんて結構勘が鋭くてさ。『何か危ない事をしようとしてるのか?』って聞かれて一応やろうとしてる事を説明したんだ。『嫁にも黙っててやるから全部話していけ』って言われて。で、その時ライアのことどうするんだって聞かれて怒られた」

「え……カツミさんが……」

 ライアはもう思わぬ名前が上がったばかりかその人物の意外な発言内容に呆然とするしかない。


 なにしろ、シズカとは交流があったが彼女の夫とはそんなに交流があったわけではない。シズカがたまに夫の話をするからどんな人か多少は知っているし、たまに会えば言葉は交わすから知らない間柄ではない、という程度だ。

 そんな人がそこまで自分に肩入れしてくれるとは思っていなかったので。

 でもきっと、レジナルドからしたら信頼できる相手なのだろう。なにしろ仕事を教えてもらっていた、言うなれば彼の師匠だ。


「すごいよね。ライアって本当に村の人たちから大事にされてるんだよね。だからさ、そんなにみんなが大事にしてるなら尚更、僕は中途半端なまんまじゃプロポーズ出来ないって思って……最初は身を固めなきゃって焦ったけど……カツミさんに言われて気づいたんだ。それってライアに断られるのが怖くて保険をかけるようなことしてるのと同じだって。周りがどうこうじゃなくて僕がどうしたいかを先にライアに伝えるべきだった」

 話し続けるレジナルドの瞳は宙の一点に留まって……決意のようなものがちらりと見える。

 そして、その声も言葉も心地よくライアの心にすとんと落ちてじわりと心地よく広がるのだ。

「とはいえ、さすがにテスラート家の一件は事が大きすぎて行動する前にあれこれライアに説明する勇気はなくて……これは本当にごめん。失敗したら絶対ライアを巻き込むし、その場合ライアが何をされるか考えたらとてもじゃないけど僕が正気でいられる自信がなかったんだ。だから全部片付いてライアの安全が確保されたら……言うつもりだったのに」

「でも……それならそうと言ってくれたら良かったのに……私、てっきりレジナルドにとって役に立つ存在なのはああいうお家のお嬢様なんだろうなって思ってた……」

 つい食い下がってしまった。


 でもそれは本当のことで。

 こんな小さな店の薬師なんかより彼には大きな商売を手掛ける家柄の方がお似合いだろうと心のどこかで思っていた。彼の人生を彩るのはきっとそういう生活なのだろうと思うから、パトリシアにはどことなく引け目を感じていたのだろうと思うのだ。


「そんなわけないだろ! あんな家はグランホスタでもうこりごりだよ。それにあんな女、何があっても絶対お断りだね! 僕はライア一筋だし! ……それにさ、もし話してたらライアは絶対何か手伝おうとか助けようとかしてくれてたでしょ? これ……僕の勘で単なる自惚れだけど……ライアって絶対僕の為に後先考えずに無茶なことしてそうな気がするんだ……」

 食い気味で声をあげてライアの考えを否定したあと、どことなく気まずそうに話すレジナルドに。

「う……あ……ごめんなさい……」


 そりゃそうか。と、ライアの視線が落ちた。

 確かにそんな危ないことをするってわかってたら……私自身の身の危険とかも考えるけど、それ以前に彼の危険を考えて……何か手を出していただろうとは……思う。


 そんなライアにレジナルドがくすりと笑って。

「謝らなくていいってば。ライアは全然悪くない。これは僕が色々はっきりさせなかったのが悪いんだ。……ライアがちゃんと僕のパートナーになってくれるなら、これからはちゃんと全部話して協力してもらえるようにするからね。……それに僕、ずるいから先に年明けのプレゼントもそれなりの物、貰っちゃったしね」

 しっかりと落ち着いた優しい声の響きが最後に悪戯っぽいものに変わってライアがふと、言われたことの内容に思い当たる。

「……あ! ……あれ……!」

 そうだった。

 あれはしてやられたんだった……!

 思い出したライアが思わず視線を逸らして口元を歪めた。

「ライアには二回プロポーズされたようなもんだね」

「え、ちょっと!」

 思わずライアがキッと睨みつけると。


「だからさ……」

 柔らかく微笑みながらレジナルドの手がすっとライアの方に伸びる。

 その手は滑らかな動きでライアの頰を撫でてそこに留まり。

「次からは僕がリードするからね?」

「……っ!」

 色っぽい、と言っても過言ではない意味ありげな視線と声音でそう言われてライアの思考が完全停止する。


 なななななんのはなしだ?

 いやいやいや! 違う違う、特に深い意味はないと思われるよ? しっかりしろ私!

 なんだかもう見惚れるような顔で表情で、下手したら腰が砕けるんじゃないかというような声で変なこと言うのはやめてほしいんですけど!


 完全に固まりきったライアの視線が目の前の薄茶色の瞳に張り付いたまま動かなくなる。

 と。

「あのね、さっきからまた戻ってるんだよね」

「……ふへっ?」

 うっかり意味不明の声が出てても修正のしようがない程度には思考が固まっている。

 そんなライアの状態を楽しむようにレジナルドの手はライアの頰に添えられたまま。楽しそうに親指がゆっくりその頰を撫でている。

 そして薄茶色の瞳が意地悪そうに細められて。

「呼び方。そうじゃないって教えたよね?」

 そう言いながら唇の端がゆっくり上がる。

「あ……うぁ……はいぃ……」

 だめだ、これ。

 この顔、ちょっと怖いけど嫌いじゃない! ゾクゾクする!

 ライアの理性がついに悲鳴を上げた。

「じゃ、ちゃんと呼んで?」

「……あ、え……っと……」

「うん?」

 完全に見据えられたまま思考ごと動けなくなっているライアは自分の全身が茹だったように発熱していることも自覚しているがどうしようもなく。

 促されるような視線にも声にももう抗えそうにない。

「……レジー……」

「うん。よく出来ました。少なくとも二人の時はそう呼んでね」

「は……はい……」

 満足げに微笑むレジナルドに、ライアはもう全体力を費やした気分で今度は挙動が不審になる。

 そろりと伸びた手が逸らした視線の先にあったカップに辿り着きそれを取り上げると口元に運んで再び飲み干す、という挙動不審さ。


「え……あ……あーあ……」

 レジナルドが困ったように声を上げて……その後さも可笑しそうに笑い出した。


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