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逆恨み

 手を掴まれてバランスを崩しかけながらもどうにか持ちこたえたライアの体はさらにヘレンに抱き止められる。

 それでもライアは自分の家の状態を思うと落ち着いてなんていられるわけもなく。

「とにかく様子を見にいかなきゃ」

 と口の中で繰り返している。

 と。


「ライア! 大丈夫?」

 ドアから入ってきたその人の声にふとライアが我に返った。

「あ……レジー……?」

 部屋で寝ていると思ったレジナルドが、いつのまにかきちんとした服装に着替えており部屋に飛び込んできた。

「窓から外を見てたら自警団らしい人たちが走り込んできたから何事かと思って、使用人に事情を聞いたんだ。大丈夫?」

 心配そうにライアのところまで駆け寄ってきたレジナルドがライアの肩に手をかけて顔を覗き込んでくるので。

「レジー、老木殿が燃えちゃったらどうしよう……私……また独りになっちゃう……!」

 言葉にしたところで涙が頰を伝った。


「ライア……!」

 ふとヘレンの腕の力が緩み、今度はレジナルドがライアの体を引き受けるように抱きしめる。

「大丈夫! ライアは独りになんかならないからね。老木殿だってそう簡単にいなくなったりしないから落ち着いて」

 そう言い聞かせるように言いながらレジナルドの手がゆっくりライアの背中を撫でる。

 そして。

「馬車を借りられますか?」

 レジナルドがそんな言葉と共に顔を上げるとヘレンが頷き部屋に駆け込んできていた使用人たちも動き始める。



 時間を置くこともなく馬車の準備が整い、馬車に乗り込んだのはヘレンとエリーゼとレジナルドとライア。

 エリーゼに至ってはヘレンが「あなたは疲れてるんだから家に残りなさい」と言ったが頑として譲らず。「親友のピンチに寄り添えないなんて有り得ない!」と押し切った。


「大丈夫よライアちゃん」

 隣に座るレジナルドに肩を抱かれているライアに向かい側に座ったヘレンが声をかける。

「あの店はね、何かあったら大変だからうちの者がちゃんと見張りをしていたの。あなたたちはうちに避難させてたけど店の方もちゃんと警備していたんだから」

「でも火をつけたって……」

 ヘレンが一生懸命慰めようとしてくれているのは解るのだが、さっき聞いた知らせでは放火されたことになっている。

 その事実は変わらない。

 そう思うと手が震える。そんなライアの肩を抱き寄せたレジナルドのもう片方の手が膝の上に重ねたライアの手を上から包み込む。

「大丈夫よ。あの知らせは自警団からって言ってたし。あなたのお家を見張っていた者たちが直接うちに戻ってきたわけじゃないんだから直に見た人の情報じゃないわ。ただでさえ町はバタバタしてるんだもの、情報がどこかで行き違ってる可能性だってあるんだから」

 ヘレンが力強く頷いて唇の端を上げて見せる。


 そうかもしれない。

 ヘレンの言う通り、店の見張りをしていたという人たちがゼアドル家に来て報告したわけではない。「自警団の人たちが」報告に来たと言っていた。

 おそらく、見張りについていた人が犯人を自警団に突き出すなり何なりして事情を説明している間に別の人が使いで来たということなのだろう。


 不安でいっぱいなまま馬車が街を出て村までの道を進む。

 ライアが窓の外を凝視して煙の一筋でも見えたらどうしようと青ざめているのを、レジナルドが無言で寄り添い握った手に力を入れてくる。


 そして。



「……燃えて……ない?」

 到着したのは出た時と同じ静かに佇む薬種屋。

 馬車の窓から見た範囲内ではどこも変わっていない。

 ライアが急いで馬車から降りて店に駆け寄る。

 ドアを勢いよく開けて中に入ると、鉢植えのハーブたちが帰ってきた家の主を歓迎して一気に香りを放つ。

 ぐるりと部屋の中を見回してその勢いで台所に飛び込んでそこから裏口を出て、裏庭へ。


「……ライア?」

 裏庭の真ん中でへたり込んでいるライアにそっとレジナルドが近づいて声をかけた。

 声をかけても全く反応の無いライアを気遣うようにその肩にそっと手がかけられてすぐ隣に膝をつく気配にライアがのろのろと視線を上げた。

 目の前でレジナルドの薄茶色の瞳がゆっくり細められる。

 へにゃりと困ったように笑う顔はもう見慣れてしまったそれで、一気に気が緩む。

「レジー……」

「うん」

 声に出すと同時に身体が動いてその首にしがみついていた。

「ふええええええーーーーー……」

 情けなくも声を上げて泣いてしまう。

「うん、良かったね。全部無事だったね。……何も燃えてなかったね」

 困ったような笑顔のままレジナルドがライアの体を支えて背中をポンポンと叩く。


 気づけば裏庭は、薬草の香りが季節外れにも立ち込めて爽やかこの上ない空間になっている。




 ライアが裏庭で一泣きしてからどうにか落ち着いて家の中に戻ってくると居間で待っていたヘレンとエリーゼが二人を迎え、ライアはどこにも被害がなかったという報告をしてようやく人心地ついて三人のためにお茶を入れたところでお客が来た。

 ライアはどことなく知ってるような、と思ったその若い男の子はゼアドル家の使用人で多分ディランの庭仕事を時々手伝っていた若者だ。


 なのでもう一人分追加してお茶を入れたライアが居間に戻ってくると。

「で、誰がここに『火をつけようと』したって?」

 レジナルドが眉間にシワを寄せながら立ったままの若者の方に鋭い視線を向けている。


 いや、えーと。

 分かるけどね。

 レジナルドの怒りは決して彼に向かっているわけでは無い。放火犯に向かっている怒りなのだが、その……いかんせんレジナルド。心を許した相手以外には気遣いらしきものをほぼ見せないからこの場合、立たされている彼からしたら自分が責められているくらいの迫力を感じているかもしれない。

 テーブルには椅子が四つ。

 レジナルドとしてはその席をお茶を入れに行っていた自分のために取っておく気満々だろうし……こうなると立たされている上めちゃめちゃ気まずいこの雰囲気は、この若者には申し訳ないことこの上なく。


「あの……座って?」

 ライアが立たされてる感半端ない若者の脇に近寄って声をかけると若者がびくりと肩を震わせてライアの方を凝視した。

 なので。

「大丈夫よ。あなたの事を怒ってるわけじゃなくて単に話が聞きたいだけだから。それに立ったままじゃこのお茶飲めないでしょ?」

 そう言いながらライアが空いている椅子の前に入れたばかりのお茶のカップを置く。

「あ……はい……すみません」

 そう言いながら若者がチラリとヘレンの方に視線を向けるとヘレンも小さく頷いて見せて。

「この家の主人はライアちゃんですからね。彼女が良いというなら私の許可はいらないわ」

 そんなヘレンの言葉に、若者は少しばかり緊張が和らいだようでライアの方に軽く頭を下げてから椅子に座った。

 なので一応話を聞くのには自分も座ったほうがいいのかな、とライアは一旦台所に戻って作業用の椅子を持ってきて座り。


「火をつけようとしたのはコキアです」

 若者が背筋を伸ばして視線を交互にレジナルドとヘレンに向けながら口を開いた。

「……え?」

 ライアが小さく声を上げ、ヘレンが同時に視線を天井に投げ、レジナルドは視線を逸らしてから思わせぶりなため息をついた。

 エリーゼはというと、微妙な面持ちで顔色を窺うようにヘレンの方に視線を向けている。


 この反応からして、心底意外だと思ったのは私だけなのだろうか。

 ライアがそう思って順番に三人の反応を眺める。


 最初に口を開いたのはヘレンだ。

「まぁ、ね。テスラート家の使用人が一斉に解雇されそうだっていうような話をカエデがしたからまさかとは思ったけど……本当にやらかすとはね」

 額を片手でおさえて重いため息を吐きながらこぼすヘレンに。

「ああそうか……使用人はこの件自体では責任を問われることはないから……まぁ特にお咎めなしで野放し状態になるってことか……」

 レジナルドも同じ種類のため息を吐きながらそう呟く。

 で、それを受けるようにエリーゼまでも、ため息を吐いて。

「あの子……どこに行っても事件を起こすのね……」

 と肩を落とした。


 ……って、え? え?

 なんでみんな想定内みたいな反応なの?

 と、ライアが相変わらずみんなの反応を順番に眺めていると。


「一番わかってないのがライアってのがなんとも微笑ましいというか……いや、僕はそういうところも好きなんだけどさ」

 レジナルドが困ったような笑みを向けてきた。

 なんなら報告をした若者がちょっと信じられない、という顔でライアを見ている。

「あの子からしたらテスラート家はいい再就職先だったんでしょうね。パトリシア嬢とも気が合っていたみたいだし。……で、その家が取り潰しになって、さらに自分が強制的に解雇されるとなるとその怒りの矛先はレジナルドとライアちゃんに向いたという事なんでしょうね」

「え……私?」

 ヘレンがそれとなく説明を付け加えてくれるのだがライアはキョトンとしたままだ。

 ……だって、レジナルドが恨まれるというならまだ分かる。直接中に入り込んであれこれやった張本人だし。

 でも私……何かやったっけ?

「あの子、ちょっと思考回路が独特だったから……ゼアドル家を辞める時もおばさまに突っかかっておじさまに泣きついたくらいだし。自分の邪魔をしている対象と認識するのは男性より女性であることの方が多かったのよね。あれって、自分に対して持っている力がより弱い者がその対象っていうことだと思うんだけど」

 エリーゼの言葉を聞くにあたってライアもふと、思い当たる事があると気付く。

 そういえば私がカエデの仕事を奪おうとしているみたいな言いがかりをつけられたことがあったっけ。そういえばテスラート家で再会したコキアは私を敵対視していたような気がする。あの件以来ずっとそういう対象として認識されていたということなのだろうか。

「使用人仲間の間でも彼女を変に怒らせない方がいいってみんな言ってましたし、かといって親切にでもしようものなら好意の証拠、みたいに取られてつきまとってくるのでなるべく関わらないようにはしていたんですが……」

 報告役の若者が俯いたままボソッと言葉を加える。

 で、ちょっと顔を上げて。

「なので、この店を見張っているときに彼女が近づいてきた時も、なるべく関わらないようにしようと思ってしまって。彼女もわたし達には愛想が良かったんです。『このお店にちょっと用事があるから』なんて有無を言わさず入っていくものですからつい唖然として見送ってしまって……」

「ライア、やっぱり店には鍵をつけた方がいいと思うよ……」

 それはまた別の機会に考えましょう、と言わんばかりの視線をライアはつい反射的にレジナルドに返してしまうのだが。

「……見送っちゃったの?」

 ヘレンが目を丸くした。

 うん。そっち。

 その反応の方がこの際正解だと思う。

 ライアは思わずヘレンの方を見て深く頷く。

「いやだって! ……あ、いえ……奥様、あれはもう、どうしようもなかったんです。自警団にも何度も説明したんですが……それで時間がかかったのですが……彼女の雰囲気って本当に独特なんですよ! あんな風に悪びれることもなく当たり前のように行動されたら不審に思っている我々の方がおかしいのかなって思ってしまって……対応が遅れたんです。そもそも誰もいない家に入っていくこと自体異常なのに……でもその異常さがどこか怖くて変に近づけないというか……いやもう、本当に、あの子は怖いんですって!」

「うん……それ、分かる気がする……」

 レジナルドがついに哀れみの目を向けた。

「僕もテスラート家にいてパトリシアとコキアのやり取りを見ていたけど……時々ぞっとすることがあったからね」

 簡単な説明を加えたレジナルドに若者がひしっと視線を貼り付けた。

 それはもう「同志を見つけた!」という種類の視線だ。


「それで……あの……コキアはその後どうなったか分かりますの?」

 エリーゼがそっと声をかけてきて若者が再び背筋を伸ばす。

「あ、はい! それが数日前にも彼女、自警団に取り押さえられた前科があったそうで。それがなければ今回は未遂でもありますし、そこそこの処罰で済みそうだったらしいのですが、そんな事があったわけで……しかも彼女、前回も殺人未遂まがいの事を平然とやったとかで……多分この度はただでは済まないという事でした」


 あ……その殺人未遂まがいのやつって……知ってる。あれだ。オルフェと私のお茶に薬を混ぜたやつ。

 とライアは思い辺り……ああそうか、と改めて理解する。

 確かにあの感覚で人を殺しかねない行動をとるのって……はたから見たら恐怖だわ。

 あの子、本当に悪い事をしているという認識が無さそうだった。

 もしかしたら自分がいつも正義で、その正義を守るためなら周りが犠牲になるのは当然とかいう思考の持ち主かもしれない。

 薬師という仕事上、人の抱える問題に関しては多少知識がある。

 親の育て方を含めた育った環境や、遺伝的な要素によって不自然に歪んだ考え方を人格として確立してしまう人が存在するのだ。……稀ではあるが。

 そんな事を考えていると。


「ただでは済まない……ねぇ……」

 ヘレンが呟き。

「町からの追放処分程度で済ませないだろうね?」

 レジナルドの声も冷たい。

「あ、それはないと思います。なにしろこの店が町の外ですから、同じことを繰り返させるわけにはいかないので……おそらく終身刑か悪くすると極刑もあり得るかと」

「え……極刑……?」

 ライアがつい声を上げた。


 殺人でもないのにそれってあり得る?


「あ、そうなんです。なにしろ今、テスラート家の件で裁判所も自警団もピリピリしてますからね。そのテスラート家に関わった人物で、しかも前回起こした事件がその薬物関係とかいう事なのでそういう事になるらしいですよ」

「ふん……当然だな。僕のライアに手を出して無事でいられると思うなって言ってやりたいね。これで無事に釈放でもされたら僕が直接手を下してやる」

 おそらく、その「薬物絡みの前回の事件」の方を知らない若者とその事を知っているレジナルドでは温度が全く違うのだが……それでも平然と聞き流している辺り……これはコキアを知っているからこそなのか……レジナルドの言っている言葉がちゃんと頭に入っていないからなのか……その辺はちょっと定かではないが、どうやらこの場においてあれこれフォローする必要はなさそうで、ライアは頰のあたりを引き攣らせながらも軽く頷いて納得しましたという意思表示をしてみる。


 うん。これ以上深掘りするのはやめておこう。


 気づけばヘレンとエリーゼもライアと同じような笑みを貼り付けた顔になっている。


「あ、そんなわけでここの見張りをしていた他のメンバーはコキアが以前ゼアドル家にいた時の様子について説明するのにあっちに残ってまして……おそらくご主人様方も話を聞かれるのではないかと思います」

 思い出したように若者が付け足し、ヘレンが「それは仕方ないわね」とエリーゼと小さく頷き合う。

 それからコホン、と小さく咳払いをして。

「とにかく、ご苦労様。そういう事ならもう大丈夫でしょう。テスラート家の処分ももう間もなく決まりそうだし、そうなったら彼らの方も逆恨みしてこの店やライアちゃん達に危害を加えるように誰かを使うことも出来なくなるだろうからもう安心して良いと思うわよ」

 そう説明するヘレンの声は明るい。

 それで場の空気が一気に和らいだ。


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