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情報収集

「カエデ、忙しいでしょうにお茶の準備なんか……」

 ライアが申し訳なさそうに声をかけるとカエデが笑顔を返して来る。

「いえいえ! だってこうしてまたこのお屋敷でライア様のためにお茶の準備ができるんですもの。これは何がなんでも私がさせていただきます!」


 夕方、用事を一通り済ませたカエデは帰って来るなりライアの部屋に飛び込んでくる勢いで顔を出し、そのまま嬉しそうにお茶の準備を運んできたのだ。

 そして。


「カエデが淹れるお茶は美味しいものね。これは是が非でもライアちゃんと一緒に飲まなきゃ」

「ライアが淹れるお茶の方が美味しいとは思うけどね……」


 というわけでヘレンとレジナルドも一緒だ。


「……で、カエデ。何か収穫はあった?」

 明るい水色の紅茶のカップを口に運びながら、飽くまで「お茶の時間のおしゃべり」を装ったような楽しそうな口調でカエデの方に目を向けるヘレン。

「ああ、そうですね奥様」

 ライアがどうしてもと頼み込んだおかげでカエデは給仕をするだけでなく、ライアが座っているソファの隣に腰を下ろして一緒にお茶を楽しんでくれる事になっており、向かい側のソファのヘレンとレジナルドがカエデの言葉に鋭い関心を向けているのがどことなく伝わって来る。


 これは恐らく自分への気遣いだ、とライアは自覚した。

 こんな場で殺伐とした雰囲気だけは醸し出すまいとする気遣い。

 なにしろ街に出てきたカエデの持っている情報というのはつまり、テスラート家にまつわる情報という事で、家を守る立場を決め込んで公の場に足を運んでいないヘレンにとっては貴重な情報であろうし、一線から退いている立場であるゆえに自分からは情報収集ができないレジナルドにとってもまた同様に聞き逃せない情報だろう。


「テスラート家が関わっていた店の類は全部差し押さえられていて街の中もちょっと騒然としてましたし、テスラート家のお屋敷はやはり自警団の人達がかなり入っているようで外から見た限りかなり物々しい雰囲気でしたね。あの感じですとお屋敷の使用人たちは今日中にでも暇を出されるんじゃないでしょうか」

 背筋を伸ばして報告するカエデはなんだかカッコいい。

「ふうん」

 なんて相槌を打つヘレンはまるで世間話でも聞いているような雰囲気だが一瞬だけ視線が鋭くなった。

「ああ、それと」

 カエデが言葉を繋ぐ。

「青い騎士服の人が数人見えました……あの騎士服は西の都市ですかね」

「へぇ……西の都市まで乗り出してきてるんだ」

 今度はレジナルドが小さく呟いた。

「しかもやたら早いわね……ということは……証拠を提出するっていう話が出た段階で町が早々に応援要請したってことかしらね」

 レジナルドの言葉を受けてヘレンが頷く。

 なので。

「え……西の都市……? そんな大ごとになるんですか?」

 ライアがつい口を挟む。

 そもそも、事件としては大きいといってもこんな町で起きていることだ。ガドラには自警団も組織されているし、きちんと裁判が行われるから事態は収束不可能なものではない。

 こんなところまでわざわざ西の都市が出て来るなんて……ちょっと大袈裟すぎないだろうか? という気がした。

「ライア様、意外とことは大きいんですよ」

 柔らかく微笑んでカエデがライアの方に向き直った。

「テスラート家の裏家業って、人身売買もありましたからね。ああいう商売っていうのはこんな小さな町だけでは収まらないんです。近隣のある程度豊かな町はみんな巻き込んでましたし、なんならこの辺の都市にも手を伸ばしていたと思いますよ。あちこちに隠れた顧客がいてその先々でさらに薬の需要を増やしていた訳ですから……それこそこのタイミングで西の都市が出てきてくれているというのは頼もしい限りなんです」

 カエデの説明にライアがつい息を飲む。


 ……うわ。そうか、そういうことか。

 考えてみたら人身売買なんて、こんな町一つで大儲けできるほどの顧客数は得られないだろう。よその町や都市にまで手を広げていれば……かなりの事業だ。


「まぁ、手を広げ過ぎていてくれたおかげでこっちはあの家に入り込みやすくて助かったんだけどね」

 レジナルドがニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。

 ふうん、と視線だけで続きを促すヘレンに。

「テスラート家ってさ、近隣の町や都市に手を出してたから目の届かない先には優秀な人材を置いてちゃんと裏の仕事が出来るようにしていたんだけど、結局ガドラなんてそれに比べたら割と穏やかで田舎だろ? 本拠地の方が手薄だったんだよね。だからこっちを抑えちゃえばその先々を把握するのは割と楽だったんだ」

「ほうほう。なるほど。……ってまた、ご謙遜を。集まった証拠の数々、あれってそう簡単に揃うような代物じゃなかったわよ?」

 レジナルドの言葉にヘレンが茶化すような返事を返す。

「え……そんなに?」

 こんな会話でもつい口を挟んでしまえるのはみんなの雰囲気作りのせいだろう。と、ライアは思う。

 こんな、言ってみれば(まつりごと)と商業の専門分野みたいな会話がなされている場で自分のような部外者が言葉を挟むなんて本来ならできないと思うのだ。なんなら交わされている会話も全容までは恐らく理解できていない。

 でも、今の流れでレジナルドが奇跡的な量の仕事を実力でこなしたというのは分かる。

 そして、三人とも自分にわかりやすい言葉を選んで話してくれているような気がして、分かる範囲で相槌を打たなきゃ、という気にさえなっていた。

 と。

 ヘレンが屈託のない笑顔を向けてきて。

「そうよー。しかもあの短期間でしょ? もうコイツ化け物なんじゃないの? って思ったわね」

「……ばけもの……」

 ライアはつい目を丸くしてヘレンを凝視する。

「化け物って……。恩人にそれは酷くないですかね……」

 レジナルドが拗ねたような声を出すのは……もうこの辺に来ると完全に状況を楽しんでいるのが分かるのでいいとして。

「あれですよねっ? それだけライア様に対して本気だったという、ねっ?」

 カエデが浮かれ切ったような声を上げるのでライアがくるん! と隣を向くと。

 両手を合わせて片頬に寄せたカエデが、ウフフと笑いながらこちらに首を傾げて視線を送っている。

「まぁ、そういうことよね。ライアちゃんのためなら頑張れる、的な?」

 自分の隣のレジナルドに視線を向けながらニヤリと笑うヘレンもなんだか意味深で。

「え……いや……ええ? ……わ、私っ?」

 ライアはもうどう答えて良いかわからずドギマギするだけだ。

「そりゃそうでしょ。ライアに危害が及びそうなんだったら、そんなの相手が何者であれ排除するしね。しかも相手が相手だからやるなら徹底的に僕の持てる限りの能力を使うだけだし」

 そういえばこの人、そういう流れでテスラート家に乗り込んだんだっけなー……。ついうっかり世の中の悪を根絶するという「みんなの英雄」的な視点で見てたけど……事の発端というか、彼を動かした原動力って……私だった……。

 ライアはちょっと遠い目をした。



 カエデを交えたお茶の時間を楽しく過ごしたライアは夕食も楽しんだ。

 この屋敷で初めて使う食堂はとても目新しく、ヘレンの希望でカエデも一緒に席についたので会話も弾んだのだ。

 ライアがここの食堂を「初めて使う」という経緯を説明するに当たってヘレンとレジナルドがこの家の男たちに闘志を燃やしかけたのは取り敢えずライアとカエデでどうにか鎮火させたし、この場にエリーゼがいないというのは、事態が完全に収束するまでリアムの付き添いで裁判所の方に宿泊しているという致し方ない理由があるので納得することにして。


「……お茶、淹れる?」

 ただいまライアはレジナルドを伴って、自分の部屋の隣に作ってもらっていた作業部屋にいる。


 しばらく主人が不在だったとはいえ、荒らす人がいたわけでもなく、なんなら簡単な掃除は定期的にされていたようでそこにある物の殆どはすぐに使えるものばかりだ。

 本来なら数ヶ月放置されていれば薬草は使えなくなっているものがちらほら出て来るはずなのだが、そこはライアが手を入れた物。やはり状態が最高のまま長持ちするというのはここでも同じで。

 ライアが手に取って確認するとどの薬草の瓶からも良い香りが立ち上る。


「うん。前に作ってくれた薬茶って出来る?」

 レジナルドがライアの手元を覗き込みながら囁くので。

「ああ……えーっと、安眠作用のあるお茶だっけ?」

 くすりとライアが笑みをこぼす。

 そういえば初めて彼がうちに来た時、作って持たせてあげたお茶があった。

 疲れてよく眠れていないようだったからリラックス効果のある物を作ったら気に入ってくれたんだっけ。

 あの頃はかなりのストレスを抱えながら彼はグランホスタ家に居たんだったな……なんて思い出しながら。

「あれ? もしかしてまたよく眠れなかったりする?」

 こんなお茶をリクエストされると職業柄ちょっと不安が頭をもたげる。

 つい訝しげな視線を向けてしまうのだが。

「あー……いや、多分もうそろそろちゃんと眠れると思うけどね……なんかここんとこ色々あり過ぎて……」

「あ……そっか……」

 照れくさそうに笑うレジナルドを見ながらライアはここ数日の出来事を思い返してみる。


 昨日の夕方裏庭にやって来ていたレジナルドはもう抜け殻のように疲れ切っていた。少なくとも最初はそう見えたのだ。

 つまり、テスラート家絡みのあれこれに携わっている間、彼は極度のストレスにさらされつつ体力もこそぎ落とされるような仕事をしていたのだろう。それは今日のヘレンとカエデを交えた話の流れで想像がついた。

 で、彼はそんな状態でようやく辿り着いたあの薬種屋で、のんびり休むのではなくオルフェに状況を説明したり自分の為に体力や時間を割いたりして……結局ほとんど休む事なく今朝方から昼にかけてようやくベッドで落ち着いて眠っただけなのだ。

 それを考えると途端に申し訳ない気持ちで一杯になる。


「ごめんなさい……なんか……私のわがままで沢山無理させちゃった……」

 だいたい疲れ果てている人を一晩中話に付き合わせるとか薬師にしてあるまじき行為の筆頭!

 と思えてきてライアが眉間にシワを寄せる。

「え! ライアがわがまま言ったことなんかないだろ? むしろ言って欲しいくらいなのに」

 レジナルドが目を丸くしてこちらを覗き込むので……ライアの方はますますいたたまれなくなった。

「違うわ。昨夜だってあんなに疲れ切ってたのにオルフェとの二次会に付き合わせちゃったしその後だって私のくだらないおしゃべりに付き合わせて……結局徹夜させちゃったし……今だって……そうよ、お茶とか入れてる場合じゃないわ! 食事は済んでるんだしもう休んだ方が……っ!」

 自分の言葉の途中から「疲れた人間が必要としているのは食事と睡眠」という基本中の基本を思い出してライアがガバッと顔を上げる。

「はは……ありがと。でも今はライアが淹れるお茶が欲しいな。多分このまま部屋に追いやられたら神経が高ぶったまま眠れそうにないからさ」

「……あ……そうか……」

 なんとなく、一日中傍目には疲れが感じとれないままだったレジナルドのその言葉でライアもようやく彼の体調を理解した。


 きっと、ここのところずっと極度の緊張状態で仕事をしてきたと思われる彼は、昨日から仕事ではない別の緊張状態にあったのだろう。その原因は自分であると自覚もしているが……彼の体調を考えたらそろそろ薬の力を借りてでも緊張を和らげて身体を休ませないとまずいのかもしれない。

 緊張状態に慣れ過ぎてしまった身体はそう簡単にはリラックスが出来なくなっているはずだ。


「うん……今、お茶淹れるね……」

 あれこれ考え込んでしまったせいで、そしてその原因の全てが自分に端を発している事を自覚してしまった途端涙が溢れそうになったライアが慌てて幾つかの薬草の瓶を集める作業に移る。

 作業部屋は水も火も使えるようになっているからお茶を淹れるには好都合だ。

 と。

「ライア」

 何種類かの茶葉を配合しているライアの背後から腕が伸びてその作業を妨げるように抱きすくめられた。

「ライアが気を咎める必要とか、全然ないんだからね。これは全部僕が勝手にやった事で……」

「ううん。違う。私がいなかったらレジーだってここまで大変な思いをすることなんかなかったわけでしょ。私が責任取らなきゃ……」

 レジナルドの言葉を遮るようにライアは声を上げた……つもりだった。

 強めに発声したはずの声は、下手に声を出すとしゃくり上げてしまいそうだったせいで掠れたような小さなものだった。

「違うって。それを言うならね、僕がライアの生活に関わったりしなければライアは今回のことには全く巻き込まれずに済んだはずなんだ。ライアが静かに村で生活できていたのを僕がぶち壊した。……でもそれをライアが受け入れてくれたから僕は出来るだけの恩を返さなきゃいけないんだよ」

 言い聞かせるようにゆっくりと優しい口調で囁かれてライアの胸がギュッと痛む。


 ああ、この人は。

 こんな状況にあっても私に負い目を感じてくれるのか。

 あんな過去を背負って、どうにか生き抜いて、自分の人生を取り戻した後に……まだ他人の人生に責任を負うつもりでいてくれるのか。

 そう思った途端、堪えていたものが一気に込み上げて……視界がぼやけて……頰を伝ったそれが胸元に組まれた腕に落ちた。


「それに……もう出来ることは一通り終わったからね。今後は足りなくなってた分の補充をしなきゃ」

 くすりと耳元で笑みがこぼされてライアがふと顔を上げる。

 後ろから首筋あたりに顔を埋めるように抱きしめられているのでその顔を覗き込むことはできないが、ちょっとだけその顔を窺うように振り向いてみて。

「……補充……?」

 意味が分からなかった単語を聞き返す。

「そ。ライアの補充。もうずっとこうやって抱きしめたかったんだ。抱きしめたいし、声も聞きたいし、髪とか手とかも触りたいし、ライアの匂い嗅ぎたいし、僕のことも触って欲しいし……」

 途中から情けない声になってきたせいか……言われている内容はかなり危ないのに……むしろ可哀想になってきてしまって……。

「……ふ……っ!」

 ライアが軽く吹き出した。

「笑い事じゃないんだからね! 僕はもうライア無しじゃやって行けないんだから……!」

 そう言うレジナルドも真剣な訴えだったはずなのに途中から笑い出す始末で……。


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