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幸せな年明けのひととき。

 そんなこんなで午後のライアは作業小屋にいる。

 そんなこんなで作業するライアには嬉しそうな満面の笑みのレジナルドが張り付いている。


 うん。

 全然いいけどね。

 別に作業の邪魔ってわけでもないし。

 てゆーか、ちゃんと邪魔にならない最低限の距離はわかってるみたいよね彼。


 そんなことを思いつつライアが作業を進める。

「材料さえ揃っていればすぐに出来る」と言いましたが、本当に材料は全部揃っている。

 ……結局のところゼアドル家に精油を作るための機械を持ち込むことはなかったのだ。なのでゼアドル家に出来上がった精油をある程度持っていったとはいえ原料と機材があるのでこっちで新たに精油を作ることはできている。

 町の店に新しい香水を持っていくために精油作りも香水作りもせっせと地道にやっていたので、現段階で材料には困らない。

 ミルラの精油なんていう原料が行商人頼みの物もまだ残っていたりする。


 そんなわけであっという間に出来てしまった。


「はいこれ」

 小瓶に詰め直したものをひょいっと手渡されたレジナルドの方が少々拍子抜けしたようだ。

「……早……」

 手のひらにすっぽり収まる程度の香水瓶はそれでも前回作ったときよりちょっと大きめ。

 前回は最後まで使い切れるように、もしくは万が一途中で飽きてしまって使わなくなってもいいようにと小さな瓶に少なめの量で作った。

 こんなに気に入ってくれるのならこの度はちょっと大きめの瓶で作らせていただきました! ということで。

「そういえば、この香水って使い切った後、街の店で探したりなんか……しないよね?」

 調香をしながら思い出した事を思わず口に出す。

 露店で「ミルラとオレンジの香水を探していた人がいた」と言われたのを思い出したので。


「え……なんで知ってるの……?」

 レジナルドが目を丸くした。


 あれ、やっぱりレジナルドだったのか……。

 ライアの頰がひきつった。


「だってさ、ライアのところに直接買いに行ける状況じゃなかったから! でも本当に消耗しきっててあの香水がないとやっていけないってくらいに疲れてたんだ」

 ライアが露店での事を軽く話すとレジナルドが言い訳でもするかのように説明し始めた。

「似たようなものでもいいから欲しいなって思ったんだけど自分で探しにいく時間は無いし。テスラート家の人間に頼むのは絶対嫌だと思ってさ、ゼアドル家に行った時に『情報提供のお礼に何か欲しいものがある?』なんて聞かれたから試しに頼んでみたんだ。そしたらエリーゼさんが探しに行ってくれる事になって……結局見つからなかったんだけどね」

「わ。エリーゼさんが? そうだったんだ……」

 エリーゼが香水の店をあちこち訪ねて香水を探している姿を思い浮かべてしまいながらライアがつい笑みを漏らす。

 なんだか心が温まる思いだ。

 あの香水をそんなふうに使ってくれていたということも、それを続けて使いたいと思ってあちこち探してくれたことも。

 そしてその過程の中の自分が知ってしまった一部さえもなんだか愛おしい。


 ああなんだか……ゼアドル家の人たちに会いたいな……。


 なんて思えてしまう。


「……えっと……今の説明で大丈夫だった?」

「……うん?」

 どこか不安げなレジナルドの声にライアが我に返る。

 改めて目を合わせるとこちらの様子を窺うような目をされていることに気付き、つい聞き返してしまった。

「あ……いや、僕さ、多分今までの生活で自分の行動を誰かに説明する事なく独断で動くっていうパターンが身についてるんだ。多分これってライアのこと不安にさせる元凶だろうなって思って。だから聞きたいことがあったらなんでも遠慮なく聞いて欲しい。話さなきゃいけないことがあるって分かってても、どれがそうなのかよく分かってないんだ」


 ああ……そういうことか。

 ライアはその言葉を聞きながら愕然とした。


 レジナルドは孤立した子供時代を過ごし、その中で自分の家を出るためにあれこれ計画してその計画を一つ一つ実行に移してきたのだろう。

 そんな事を誰かに相談したり説明したり出来るはずがない。

 そりゃもう意図的に秘密裏に動いてきたのだ。


 そういえば前にオルフェがグランホスタ家の跡取りには悪い噂がある、みたいな事を言っていたことがあった。

 そういう表と裏を使い分けるような生き方をせざるを得なかったのだろうと、今なら解る。

 そうやって染みついた習慣や生き方そのものを変えるのは生やさしいことじゃ無いはず。


 そう思ったら何だか無理な事を要求していたような気がしてきて……いや、特に面と向かって口にしてはいない筈だが、それでも心の中では確かに「もっと自分のやろうとしている事を説明してくれたらいいのに」と思っていたのは事実なのでそんな自分が後ろめたくなり……申し訳なさで一杯になった、といったところだ。


「……あの……無理に話して欲しいなんて思ってないからね? 私がもっとちゃんとあなたの事を信頼すればいいだけの事なんだし……」

 ああもう、何だか泣き出しそうな気分だ。

 こんな事を言うだけでもつい声が上ずる。

 ライアの仕草と声からその気持ちを察したようでちょっと慌てたようにレジナルドがライアに歩み寄りその背中に腕を回した。

「ああ、いいんだ。これは僕が自分に課した課題だからね、ライアはなにも悪くないんだからね。信頼っていうのは僕から要求するものじゃないでしょ? 信頼できる材料を積み上げていつか自然に信頼してもらえるようにしなきゃいけないって思うんだ。……えーと、だからさ、この香水も甘えきってタダで貰っちゃうわけにはいかないかなって思ったんだけど……」

 右手でライアの背中を宥めるように撫でながら左手に持った香水の瓶を愛おしそうに眺め、その後薄茶色の瞳はゆっくりライアの方に向け直される。

「え……あ……ううん! いいの! それはレジナルドにあげる! お金なんか貰えないから!」

 さっき言った事をもう一度繰り返すようになってしまったライアの声がさらに上ずる。

「なんで?」

「え……だって……」

 あまりにもスルッと理由を問われてライアの言葉が詰まった。

 いや、だからその……なんというか……思いが通じた段階で恋人という関係に発展したわけでして……この程度のもので金銭をやり取りするにはちょっと申し訳ないと言いますか……なんならこの先家族になる可能性のある人からお金は取れないと言いますか……いや……家族とかって……家族ってことは、ですよ?

 それはこの場合夫婦ということで……それはつまり結婚を……意識しているのは私だけですかっ?

 そこまで考えが発展したところで顔が異常な熱を持っていることに気づいてライアがふと視線を隣に向けると。


 え……あ……れ……?


「ふーん……それ、さっきもそんな感じだったよね? つまりさ……僕のこともう身内として認定してもらってるってことで良いのかな?」

 思っていたのとは全く別の表情、どこか意地悪そうな、でも完全に満足げな笑みを浮かべたレジナルドがこちらを眺めながらゆっくりそう尋ねてくる。

 ので。

「う……あ……ハイ……」

 勢いでつい肯定の返事をしてしまったライアに。

「じゃあさ、そろそろ定着してもいいと思うわけ。僕としては」

 今度こそ意地悪そうな光がかなりハッキリ瞳の奥に宿っている。

「……?」

 勢いに飲まれたままライアが意味がわからず無言で目を眇めると。

「呼び方。ずっと気になってたんだけど、一旦レジーって呼んでくれてたのに、またレジナルドに戻ってる。その呼び方、うちの祖父(じい)さんとか周りにいた女の子たちとおんなじだからさ、僕は愛称で呼んでもらいたいんだけど」

「あ……」

 ライアは小さく声を上げてレジナルドのささやかな「お願い」の意味を理解した。


 でも、じゃあ……ということは。

「え、じゃあ、その呼び方は他の人はしてなかったの?」

 そろりと上目遣いで尋ねてしまう。

「うん……昔、親からはそんなふうに呼ばれていたらしいけどね。……って仲良くしてくれた使用人に聞いた事があったよ。クビになって出ていく前に『ご両親のことで自分が覚えていることはお話ししますね』って教えてくれたんだけど」

「そ……っか……」

 ライアはふと、まだ全部を知っているわけではないレジナルドの過去を思う。

 この人はたくさんの苦しみを乗り越えてここにいる。

 ようやくここまで来たのなら……ようやく辿り着いたのがここなのだとしたら、ここからはもっと幸せを噛みしめてもらわなければ。

「うん……分かった……」

 ライアの笑みに確信のような強さが上乗せされて。

 レジナルドの目が一瞬見開かれた後、スッと満足げに細められた。

「ね。今呼んで?」

「……え」

 そう言ったレジナルドの、ライアの腰を抱き寄せる腕に力が入った。

 応えるまで離す気がないというのはもう理解できるので。

 ライアが照れ臭くてつい目を逸らしながら一度ゆっくり息を吸い込んでから。

「……レジー……」

 ああもう。

 なんで名前を呼ぶだけでこんなに勇気がいるんだろ。というくらいの勇気を振り絞ったのに、口から出た声は掠れそうに小さかった。

 なのでちゃんと聞こえたかしらと心配になって、そっと視線を上げると目の前で薄茶色の瞳が見開かれた。


 そしてさらに腰に回った腕に力が入って、引き寄せられるように更にレジナルドの方に近づいたライアにレジナルドがゆっくり顔を近づける。



 と。

「……あれ……? なんだろう?」


 これは、あれだ!

 キスされる!

 と一瞬で体が硬直したライアが次の瞬間身を捻った。


 いやもう、これは何だか変な反射神経。

 今発揮してる場合じゃなかったのは重々承知!

 でもしかし。


 ライアが作業小屋のドアへ歩み寄りそっと開けてみる。

 レジナルドがライアについてドアまで来てそっと外を覗き。「どうした?」と囁く。

「……ん。お客さまみたい」

 外の植物たちの気配が変わったな、と思ったのだ。

 室内にいてもはっきりわかるほどの気配の変わり方なんてそう無いからちょっと嫌な予感もしたが……ドアから見える老木殿の雰囲気は相変わらず穏やかだし、他の植物たちも不安がってるようなそぶりは見せていない。

 ソワソワしているのが伝わるけど……嫌な感じでは無いから悪意を持つ訪問客では無いのだろう。


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