告白の行方
「……僕は……ライアの特別でありたいと、思ってる」
目を逸らしたままレジナルドがぽそっと呟いた。
そして、その後沈黙するのかと思いきや、深く息を吐いてから。
「でも、色々……押し付けがましいよね。勝手に家に居座ったり、勝手に怪我して看病してもらったり……それってライアなら多分相手が僕じゃなくても……相手がオルフェでもやってる事だよね。それも知ってる。……でも、ライアは僕にとってただ一人、僕が自分らしくいる場所を作ってくれた人なんだ。この人のそばなら何も気負わずに息ができるって思える人なんだ」
ふと、こちらに向けられた視線は。
うわ、どうしよう。
ライアの息が止まった。
捨てられた小動物。
捨て犬を連想させる、藁をも縋るような、目。
これを突き放すのは犯罪!
とでもいうかのような目だ。
「いや! 誰でも同じとかじゃないから!」
なんだか変なところに突っ掛かってる自分が嫌になるけれど、と自覚しながらもライアはどうにか声にしてみた。
と、縋るような目にちょっとだけ変化が見えてライアの方も小さく息を吐く余裕ができた。なので。
「オルフェでも同じようにするとは……限らないと思う! レジナルドだから最後まで面倒見なきゃって思ったし!」
もうこの辺は勢いだ。
そもそもあのオルフェがレジナルドのように自分の弱味をさらしてくるとは思えない。そこまでお互いに踏み込むような間柄ではないと思う。
だからオルフェとレジナルドを同列に置くという発想は今までなかった。そして、多分これからも。
「じゃあ……」
レジナルドがその先、結論が待ちきれないとでも言うようにこちらに視線を送ってくる。
「……っ」
その視線を捉えてしまってライアが反射的に視線を逸らした。
で、ああ、これではいけない、と思い直し。
「レジーは……特別よ」
息をゆっくり吸って、ゆっくり吐く。
大丈夫。
悪いことは何も起こらない。
そう自分に言い聞かせて。
「……ライア?」
少し間を置いて、訝しげな声がした。
思わず、視線を戻すと眉間にシワを寄せたレジナルド。
ああ、私はちゃんと笑えていないのだろうか。
そう思えてしまうので口元になるべくわかりやすいように笑みを作ってみるがレジナルドの瞳にはさらに不審なものを見るような色が濃く浮かぶ。
そして、音を立てて立ち上がったレジナルドがテーブルを回ってライアのすぐ隣に来て膝をついた。
驚いてその動きを目で追っていたライアの視線がこちらを下から覗き込んでいるレジナルドの視線とかち合った。
「ごめん……僕、何か酷いこと言った?」
「……え?」
予想外の彼の言動にライアの方は目を丸くするだけだ。
なんでこの人は、そんなこと言うんだろう。
なんでこの人は、そんな顔してるんだろう。
そんな言葉が頭の中をぐるぐる回るが、答えを引き出すことができない。
「……あの、ライアに無理にそんな事を言わせたかったわけじゃないんだ。ごめん」
そう言って伸ばされた手がそっと頬に触れてライアの肩がびくりと小さく跳ねた。
そのせいか一度頬に触れた手はすぐに引っ込められて「ごめん」と小さく謝罪される、ので。
「あのっ! 別に無理に言わされたわけじゃないわよ。本当に、そう……思っただけで……」
勢いよくそう言いながら椅子の上で上半身を捻って、隣に膝をついているレジナルドに向き合うように体勢を改める。
「……本当に?」
また思いっきり訝しげな視線が向けられるので……ライアはつい視線を逸らし。
「レジナルドこそ、私なんかで本当にいいの? あの……私、結構年上なんですけど」
これも気になっていたことではある。
ライアからしたらレジナルドは可愛い存在であることの方が割合的には高い気がしている。
ということは彼からしたら私の存在は、恋愛の対象というより保護者的なそれではないだろうか。という気がしてならない。そうなると、今は一時的に特別な存在として好意を抱いているかもしれないけれど落ち着いてきたら他にもっと身の丈に合った女の子を好きになるんじゃないかというような気がしてならないのだ。
「……そんな事気にしてたの?」
胡乱な目を向けられてライアの方が思わずたじろぐ。
「え……だって……レジナルドだってそのうち可愛い女の子に出会って好きになるかもしれないじゃない」
「なるわけないだろそんなの!」
即答、された。
それはもう気持ちいいくらい、迷いのない即答っぷりにライアが息を飲む。
「だいたい、そんな事気にしてるのライアだけだろ。僕からしたらライアは誰より可愛いし、普通の女の子のくせに面倒なことに巻き込まれてばっかりで僕がどうにか守らなきゃって思える存在なんだからね……まぁ、そこがまた良いんだけど……」
後半で頰を赤らめて横を向くレジナルドこそが……やっぱり可愛い。と、思えてしまうのだが。
「……普通、ではないと思うけど」
つい食い下がる。
普通の女の子というのは、いつかのパーティーでレジナルドの家に集まっていたお嬢様方のような子たちのことだ。
当たり前に家族がいて、当たり前に友達がいて、当たり前に笑って日々を過ごす。
そりゃ、誰もがみんな苦労せずになんの問題もなく毎日笑っているとか考えちゃうほど子供ではないけれど、親から捨てられたとか植物と話すことができるゆえに人から受け入れてもらえなかったとか、聴覚に問題がある事を誰にも説明できずに自分から人と距離を置いてきたゆえに人付き合いができないとか……それは多分普通ではないと思う。
「ライアはさ、その自分の境遇を誰かに慰めてほしいとか、自慢したいとかじゃないんだよね」
こちらを見上げる体勢のままレジナルドがふっと笑う。
その笑みにはどことなく自信と落ち着きが表れていてライアはつい見惚れてしまった。
尋ねられているわけじゃない。
肯定されている。
そんな言葉がどことなく、嬉しい。
思わず沈黙してしまうのは肯定の気持ちからだ。
そんなことも理解しているかのように、レジナルドの薄茶色の瞳は満足そうに細められる。
「だからさ、そういうところも好きなんだ。僕は自分の置かれた状況をずっと誰かに理解して欲しくて不貞腐れてた。あれってただの自己憐憫だ。……でもライアは違う。そんな中にいてもそれを飲み込んで受け入れてその中で静かに暮らそうとしてたでしょ。強いなって思ったんだ。その上、僕が入り込もうとしたらすんなり居場所を作ってくれるし……」
ふっとその瞳が伏せられて、小さくため息が吐かれる。でもそれはどことなくあたたかい。
「だからね、ライアは普通の女の子として幸せになるべきだと思うし、幸せになるなら僕の手でそうさせる……だめかな?」
……う、わ。
どうしよう。
これは……。
あまりにも現実離れした光景にライアが言葉を失った。
だって、まるで騎士様からの告白のようなものだ。もしくは王子様か。
キラキラの美しいその人は、自分の傍に跪いてこちらをまっすぐに見上げて……ものすごい言葉を放っている。
「ね、僕のこと好きになってくれないかな?」
へにゃりと眉を下げて続け様にとんでもない事を言い出すレジナルドにもう返す言葉もない。
息が詰まって言葉なんか出ないのに、こちらが答えるまで微動だにせず、視線を一ミリも逸らす気配がない王子様についにライアが根を上げた。
「……もう、なってる」
「……え?」
すぐ隣にいるんだから聞き返さないでほしい!
と、思えてならないので今度こそライアが顔を背けた。
「え、ねぇ、ライア……いまなんて……」
ああああ! だから聞き返さないで欲しいったら!
そうは思うものの、レジナルドのあまりにか細い声にライアの良心が咎めるので。
そろりと視線を自分の脇に下ろす。
と。
目を見開いたまま彫刻像にでもなってしまったんじゃないかというレジナルドが目に入ってライアの方も硬直する。
いやいやいや。
ここで二人してどちらがより長く固まっていられるでしょう大会とか開催してる場合じゃないから!
というのは分かっている。
そして、ちゃんと言わなきゃいけないのも分かってる。
なので、一旦姿勢を正して、息を深く吸ってみて、ゆっくり吐く。で。
「……私、レジナルドのこと、好き、だわ」
自分に言い聞かせるように、ゆっくり声に出してみてそのまま視線をレジナルドの方に滑らせる。
「……ほん……とに……?」
まだ半分固まっているのは……何かの呪いが解ける直前か何かみたいで面白い。
なんてつい他人事のように思ってしまいながらライアは口元にゆっくり笑みの形を作ってみる。
こういう時はきっと笑うものだ。
なのになぜか一瞬輝いたはずのレジナルドの瞳が訝しげに眇められた。
「……もしかして、僕に同情してそう言ってくれてる?」
「……は?」
言葉の意味が、分からない。
ライアの頭の中が真っ白になった。
私、今、告白、したよね?
で、彼は、いま……なんて言ったの?
私の告白が「同情」だって……?
え?
なに?
どういうこと?
「は……そ……っか……」
眇めたままどこか温度の下がったような視線を逸らしたレジナルドが小さく呟いて。それから、すっと立ち上がった。
ライアがその動きに合わせて顔を上げると、次の瞬間視界が塞がった。
ぎゅう、と抱きしめられて。
立ち上がったレジナルドはそのまま前屈みになってライアの体を抱きしめ。
「……それでもいいや。今のところはさ。本当はライアの心ごと全部欲しい。……でも無理なら……他のやつにはひとかけらだってくれてやらないからね。同情でもなんでも僕のものになるって約束してくれたらそれでいい。いつか絶対その心も手に入れるから」
かがみ込んで抱きしめた姿勢のまま囁く声はライアの耳に直接流れ込む。
……え?
なんでそうなったの?
さっきの言葉はそんな意味じゃないのに。
そうは思うもののうまく言葉にならずにライアの手がそっとレジナルドの背中に回り……それでもなんだか気持ちが通じたのとは少し違うようなので抱き締める、という行為はちょっと違うような気がして宙をさまよった手はその背中に触れることなく下ろされた。




