二次会とは……?
食べるものはある程度用意してあった。
後は場所の準備だけだったのだ。
なのであっという間に支度は整って。
作業場に出してあった大きめのテーブルには作り置きしてあったあれこれが一通り並んで、灯りは多めにつけているので雰囲気は賑やか。
「……酒まであるのか」
オルフェが眉を顰めるのは仕方ないのかもしれない。
なにしろ、揃ったメンバーの雰囲気が、ただいま酒宴向きではない。
どことなくソワソワしながらもむすっとしたレジナルドは先ほどから一向に口をきかないし、そんなレジナルドを前にしているもんだからオルフェも口数が少ない。
ライアだけがとにかく気を使いまくってあれこれ動き回って準備しているようなもんだ。
……いや、これはもう致し方ない。
レジナルドなら勝手知ったるなんとやらで、こういう準備は何も言わなくても手伝える。でもオルフェはそうはいかない。「これをこうして」とか「あれをああして」と具体的に言わなければ動きようがないのだ。
で、レジナルドの方はオルフェがライアの祭りのパートナーだと聞いたせいなのか、微妙に距離を置いていて積極的に動く気配はないし、ライアとしてもその気まずい空気感においてオルフェに手伝いの指示を出すくらいなら自分で動いたほうが楽! とばかりにあれこれを自力で済ませてしまった。
……そうか。一緒に準備をすると食事が楽しいというのはこういうことか。一人で動き回ったせいで非常に……気まずいぞ!
ライアはそう思いながらオルフェがしげしげと眺めている瓶を手に取って。
「一応ね、漬けてた果実酒なんだけど。オルフェってお酒飲めるわよね?」と言いながら用意した水で割るつもりでカップに注ぐと。
「ああ、飲める。へぇ、ライアの手製か。……薄めなくていいぞ」
「……僕もそのままでいい」
対抗意識でも燃やしているんじゃないかというレジナルドが口を挟んでくるので。
「あ、うん……了解」
ライアが頰を引き攣らせながら三人分のカップに酒を注ぐ。
トポポという音が響いちゃうあたり……この静けさをなんとかして! と内心叫んでしまうところだが。
「ん。美味いな。……これ、なんの酒だ?」
オルフェが一口飲むと目を丸くした。
「杏とローズマリー」
目も合わせずに即答したのはレジナルド。
「……さすがね」
ライアはついくすりと笑いながら返す。
何度かここで酒盛り……いやもとい、宴をした時によく出していたお酒でもある。レジナルドは何種類か酒を漬けるところも見ていたはずなので覚えていたのだろう。
「……へぇ」
片眉を上げるオルフェに、レジナルドがふいと視線どころか顔ごと背けて。
「そっちのオレンジと丁字と胡椒のやつも美味しいよ」
……これは何かの意地だろうか。
まだ開けていない瓶の方に視線を向けながら不貞腐れたように呟くレジナルドは……多分、意地なのだろう。
自分の方が「祭りのパートナー」より彼女のことを知っているという、もはや意地を張っているだけなのかもしれない。
なんとなく察してしまったライアは小さく吹き出してしまい、それを見たオルフェがこっそりため息を吐き。
「……で、レジナルドは今までどこで何やってたんだ?」
本題に入る気満々のようだ。
レジナルドとしても、観念しているのか話をはぐらかそうという気はないようで一旦宙に浮かせた視線を諦めたように手元に戻し、手にしていたカップをテーブルに置いて。
「あー……だから……まずはテスラート家で潜入捜査」
「潜入捜査?」
思わずライアが聞き返す。
「そう。……あのな、オルフェに説明するわけじゃないからな。ライアには最終的には話さなきゃって思ってたから話すけど、お前はついでだからな」
一旦ライアの方に頷いてみせたレジナルドが改めてオルフェの方に視線を向けて断るあたり。
……なんだかんだ言って、レジナルドってオルフェのこと気に入ってるんだろうな、なんてライアは思う。
なんなら仲がいいのかもしれない。
こういうわかりやすい感情を剥き出しにして接するのってレジナルドにとっては心に壁を作っていない証拠のようなものだ。無表情だったり必要最低限の返事しかしないとかならともかく、聞いてもいないことに答えたりする段階で彼にとっては恐らく友達認定ができているということなんだと思う。
そしてオルフェの方もそれが分かっているのか「はいはい。ついでに聞いててやるからさっさと話せ」なんてレジナルドに合わせるように投げやりな風を装って答える。
レジナルドの話によれば。
テスラート家の裏の商売を潰すのが目的だったのだが、どんなに腕のいいレジナルドが後継者候補として入ってきたといってもそう易々と新参者にそんな仕事を明かすわけがない。
で、パトリシアをダシに使ったのだそう。
つまり。
「パトリシア嬢と自分はとても気が合う。しかも彼女は経営の良いセンスをしているように思える。将来的には二人で切り盛りできれば良いと思っている」
というような話を持ちかけた、と。
まぁ、そんな話をすればパトリシアは喜ぶ。それこそ狂喜乱舞するという程度には喜ぶ。
で、今までそこまで考えていなかった父親としても、グランホスタ商会の影の実力者と言われていたレジナルドがそこまで言うという事はそういう事なのだろうと納得したらしい。
なにしろパトリシアはテスラート家の長子ではない。彼女には姉が二人いて姉たちは既に嫁いでいる。つまりテスラート家を継ぐのはその婿たちのどちらかになる予定だった。
そこに転がり込んできたパトリシアの婿候補がグランホスタのレジナルド、となればテスラート家においては天地がひっくり返る大騒ぎだ。
将来のことを考えたらレジナルドに家の事を一任するのが得策、なんていうのは誰の目にも明らか。
しかも急すぎる展開に当主も対応が追い付かない。
そして更に。
後継者として表の仕事を引き継ぐ以上のことが、実質的に必要になる。
「娘をどこまで教育するかは君に任せるから、君はまずうちの仕事全体を把握してほしい」と事業全体つまり裏稼業まで丸投げしてきたらしい。
「……よくそんな簡単にあのテスラートが裏稼業まで明かしたな」
オルフェが聞きながら眉を顰めた。
「そういう風に誘導したんだよ。娘を教えるにあたって僕が教えた方が効率的だってそれとなく話して、何をどこまで教えるかは僕が適性を見ながら判断します、って言えば裏のことはもうお見通しだってほのめかすようなもんだろ。そしたら後は全部任せるって言った以上まずは僕が全体を把握することが必須になる」
「……ほぉ、なるほど」
「それに喜んではしゃぎまくってるパトリシアの勢いもあったし、他の後継者候補が騒ぎだすのを抑える必要もあったから父親の方はその辺は深く考える余地もなかったんじゃないかな」
頷くオルフェに状況の説明を付け足すあたり、やっぱりレジナルドはオルフェを友達認定しているとしか思えない。
「……策士め」
「どうも」
チラリとオルフェに視線を向けて一言返すあたりで……。
うん、仲良いね。これは。
と、ライアが確信する。
「ちょうどその肝心な時にライアがテスラート家に来たからちょっとびっくりしたんだ」
「……へっ?」
レジナルドの視線が不意に自分の方に向いて名前が呼ばれたのでライアが思わず肩をびくりと跳ね上がらせた。
「あ……いや……その。嬉しかったんだけど。……わざわざあんな所にまで来てくれて……しかもなんだか僕のことちゃんと考えてくれてたみたいで、すごく嬉しかったんだけどね。なんせそういう計画の進行中だったからさ……」
非常に気まずそうにレジナルドが視線を泳がせながらそう言うので。
「……ゴメンナサイ」
ついライアも頭を下げる。
「ライア、謝る必要はないぞ」
「いや! 別にライアは悪くない!」
同時に二人が反応したところで声量の問題でレジナルドがオルフェの言葉を掻き消した。
「で、あの後、必要な証拠を全部かき集めてゼアドル家とグランホスタ家に行ってた」
ライアが勢いに押されて小さく頷くのを見届けてからレジナルドが続ける。
「リアムとアビウスはさておきヘレンは頭が切れるからね。必要な証拠さえ押さえてれば後はうまく事を起こしてくれるってわかってたんだ。テスラート家は元々グランホスタ商会傘下だったからゼアドル商会の方から揺さぶった方が効果的だと思ったし、なんだかあっちと繋がる気もあったみたいだったから利用させてもらった」
「え……それで、グランホスタ家にも行く必要、あったの?」
なんとなく気になってライアが口を挟む。
それこそグランホスタ家はレジナルドにとって一番行きたくない所だったのではないだろうか。
仕事でゼアドル家に行くというのと、たとえ仕事関係だろうとあのお祖父さんに会いに行くというのはメンタル的なダメージが違うような気がする。
ライアの脳裏には、しばらく前に家の前で嘔吐していたレジナルドの姿が浮かんでしまうのでそう思わざるを得ない。
「ああ……うん、それね。まぁ……仕事を引き継いでもらった叔父に最後の恩返しみたいな感じかな。頼み事をしに行ったわけじゃなくてテスラート家についての事後報告をしに行ったってだけだし。……一応ね、そういうことがあるとグランホスタ商会にも損害があるわけだから先に知らせておけばあれこれ手が打てるだろ?」
へにゃっと笑いながら説明してくれるレジナルドは……なんだかもうすっかりライアがよく知っている顔をしている。
「……なるほど。じゃ、明日からテスラート家は大変なことになるわけだ」
ニヤリと笑いながらオルフェがカップを煽った。
……いつのまにか彼のカップは空。
思わずライアがそのカップに酌をしかけたところでレジナルドがそれを無言で遮り、手前にあったオレンジを漬けた酒の瓶をそちらに向けて傾ける。
どうやらレジナルドがオルフェの酌をする気らしいので、ライアは持ち上げてしまった杏の酒を自分のカップに継ぎ足すことにして。
「え、明日から大変……って?」
とオルフェに尋ねる。
「ああ、ほら。この辺の契約関係のやり方の定番な。商談にまつわる大抵の契約は今日までで一旦終わる。で、明日以降また新たに契約するのが形式的とはいえこの辺のやり方だろ?」
「あ……うん……」
そういえばそんな感じだったな、と思い出して。
「つまり、本来ならほぼ事務的に契約を更新するところが、テスラート家が裏稼業の件で、しかもゼアドル家なんて大物に訴えられたりしたら年明けと同時にほぼ全部の契約が取り戻せなくなるだろうな、ってこと。つまり、レジナルドはそのタイミングに合わせるために年末のうちにヘレンが事を起こせるようにお膳立てしたってことだろ?」
「まーね」
途中から対話の相手を変えたオルフェに、自分のカップにもオレンジの果実酒を注ぎながらレジナルドが答える。
……あ。なんだか。
ライアが軽く目を見張る。
いいな、これ。
この二人の雰囲気。
さっきまでの剣呑な空気がどこかに行ってしまって……なんだか気心知れた友達同士のやりとりみたいになってる。
男の人同士のこういう雰囲気っていいよね。
と思えてライアの頬が緩む。
「ま、そーゆー事ならお疲れさん。って労うくらいはしてやらねーとな」
オルフェがそう言いながら新しく注がれた酒に口をつけて、一瞬目を見開く。
「美味いなこれ」「うん、僕もこの酒好きだし」なんて小さな声でやりとりがあるのは、作った自分に向けられた賛辞に近いのでライアはスルーすることにして。
「うん。忙しかった、のね。お疲れ様」
最初の方のオルフェの言葉だけを受けてレジナルドの方に目を向けると。
「あ、でもだからって何も言わずに彼女を放っておいたことにまで目をつぶる気はないぞ」
むし返すようにオルフェがたたみかける。
「う……それは……その……ごめん……」
もうここは言い訳も何も無いようで完全にしょぼくれた白ウサギと化してしまったレジナルド。
で、ライアとしてはちょっと慌てる。
だって、話を聞いた限り、レジナルドの言い分は間違っていない。
テスラート家がそんな実体を持っていたとして、あの時あのタイミングでそんな事を教えてもらって彼が出ていったとしたらもはや気が気ではなかっただろう。
自分の身も心配だけど、なんならレジナルドだって危ないんじゃないかと思って違う理由であの家に乗り込んでいたかも知れない。
もしそんなことになっていたら、レジナルドの計画は完全に頓挫して悪い方にしかいかなかっただろう。さらに自分の行動パターンからして、もしかしたらヘレンを早々に巻き込んでゼアドル家にも面倒を起こさせていたかも知れない。
そういうのを全部ひっくるめて考えると、レジナルドが何も言わずに、なんなら私との別れ話のいざこざをちょっと抱えてます、程度の前提で単身で動いていたからこそ一番手っ取り早く収拾がついたんだと思う。
ということは。
「あの……レジー、謝らなくていいわ」
眉間に軽くシワを寄せながらライアがレジナルドの顔を覗き込むように首を傾げる。
完全に寝てしまった長い耳がピクリと動いたような幻影が見えたのはきっと気のせい。
そう思いながらライアが言葉を続ける。
「だって、あの、ね。……テスラート家に行った時、なんとなく分かったの。あなたが本気でパトリシアさんを好きなわけじゃないんだろうなって」
「……え?」
白ウサギが完全に顔を上げた。
「え、と……あなたの彼女への話し方とか……態度とか……いつもと全然違ってたし……それに……」
最初はキョトンとしていたレジナルドがだんだん目を見開いていく。
ので、これ、多分間違ってないんだろうな、と、ライアの中の仮定が確信に変わってきた。
「それに……言ってたでしょ? ゼアドル家で言ったのと同じ事を言わせないで欲しい、みたいな事」
「え! あ、うわわわわ! ちょ、ちょっと待って!」
ライアの言葉を聞いているうちに、目を見開いていたレジナルドの顔がみるみる赤くなっていった。それはもうボボボンッと音でもするんじゃないかという程の赤面ぶりに、慌てぶり。
「……なるほど、何言ったんだ? ゼアドル家で?」
ニヤリと人の悪い笑みを浮かべたオルフェが空になったカップをテーブルに置きながら口を挟む。
……って、飲むの早くないかな? とライアが目を丸くしていると。
「え、うわ……ライア、それは……後で、聞く! 今ここで言わなくていいだろ? 後で聞くからさ……」
なんだかやけに慌てふためいたレジナルドがライアが話そうとするのを遮るので。
「え……言っちゃダメなの?」
と言いながら……あ、そうか……うん、ちょっと……いやかなり照れくさいかもね。と思い直す。
なにしろ私、多少お酒が入ってるせいか、だいぶ気が大きくなってるもんね。これ、シラフだったらこんな場で言わないと思う。
そう思いながらちょっと身を乗り出していた姿勢を正してみる。
「ふーん……俺が邪魔になったのね」
そう言いながらオルフェが立ち上がった。
「え?」
ライアがそちらに顔を向けると何気にオルフェは満足そうな顔をしている。
「はいはい、邪魔者は消えますよ……っと」
そう言いながら意外にしっかりした足取りで席を離れるオルフェに。
「いやいやいや! もう少しゆっくりしていっていいのに!」
ライアが立ち上がって追いかけるが。
「そうそう、分かったらさっさと帰れ」
追い討ちをかけるようにレジナルドが声をかけてくるのでオルフェが背中を向けたまま手を振って見せる。
ここまで来るともう引き止めるのも逆に気まずくなりそうだ。
なので、とりあえずライアは家を外から回ってオルフェを店の門まで見送り。
「あの……今日はいろいろありがとう」
これだけは言わなきゃ、とその背中に声をかけると。
「ああ、気にするな。こっちも祭りに行けて楽しかったしな。……まぁ、祭り自体は最後がアレだったけど……あいつと仲直り出来たんなら良かったんじゃね?」
なんておどけるような笑顔を向けられた。




