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危険

 

 そんなわけで。

 只今非常に気まずいメンバーで非常に気まずい空気が流れるテーブル。


 そう大きくもない四人掛けの丸テーブルには広場の中央に向かってライアとオルフェが並んで座っており、その向かい側、ライアの前にはパトリシアが、そしてオルフェの前にはコキアが座っている。

 で、パトリシアはあからさまな戦意のようなものをライアに向けており、オルフェは上手いこと表面を取り繕った営業用スマイル。ライアもそこそこに穏やかななりを保ってはいるが気が気じゃないといったところ。そしてなぜかコキアは上機嫌でオルフェを見つめて矢継ぎ早に質問攻めにしている。

 それこそ「お仕事は何ですか」なんていうありきたりの質問から始まって「ガドラの町のことは詳しいんですか」とか「いつまで滞在のご予定ですか」とか「明日は何をする予定ですか」とか。

 ……色目を使うっていうのとは全く違うと思うけど……なにしろあからさますぎて、清々しいくらいに真っ直ぐであっけらかんとしているのでそういう言葉では表せない……めちゃめちゃ正真正銘の「好意」っていう視線なので、見ているライアの方が目を丸くしてしまう。

 そしてなんとなく流れで、なのかオルフェが買ってきた物をテーブルの中央に置くと直接勧められている訳ではないのにコキアが真っ先にそれに手を出した、ので、さすがのオルフェも一瞬営業用スマイルが引っ込んでギョッとした顔をした。

「ちょ……コキア!?」

 さすがにその行為にはパトリシアも驚いたように声を上げ、ライアはどことなくホッとした。

 と。

「え……ああ、お嬢様はライアさんとレジナルド様についてお話しされるんですよね? ほらせっかくオルフェさんがお菓子とか買ってきてくださってるんですから私がいただかないと! ねぇ?」

 なんて言いながらコキアがとても可愛らしい笑顔でオルフェの方に視線を向けてこてん、と首を傾げる。

 ……え、これ……天然なのか? 本当に……天然?

 ライアはもう目を丸くしたままその視線が外せなくなっている。もはや怖いもの見たさに近い感覚かもしれない。

「お嬢様はゆっくりライアさんとお話ししてて大丈夫ですよ!」なんて言うあたりでオルフェもコキアとパトリシアの関係性が理解できたようで「大丈夫なのかこの子?」というような視線をライアの方に向けてきた。


 そして。

「コキア、悪いんだけどお茶を買ってきてくれない? あそこの屋台で」

 ついにパトリシアが気を取り直したかのようにコキアに声をかけた。

「え、どこですか?」

 声をかけられた真意には特に気づく様子もなくコキアがパトリシアの指差す方向に目を凝らすような仕草をすると。

「ああ……そうね、ちょっとこっちにいらっしゃい」

 そう言ってパトリシアが席を立ち、ちょっと後方にコキアを連れて行って少し離れたところを指差す。そして納得したような顔をしたコキアに何かを渡して一言二言話し、彼女を送り出した。買い物用の金銭でも渡したといったところだろう。

「……大丈夫なのか、あの娘」

 席に戻ったパトリシアに同情するような声をかけるオルフェにはライアも同感だ。

 さっきまで敵意を向けられていた相手ではあるがこんな光景を目の当たりにしてしまうとオルフェ同様、同情を禁じ得ない。

「……ありがとう。……一応あれで優秀なわたくしの専属侍女なんですよ?」

 頰のあたりをヒクヒクさせながらパトリシアが微笑む。

 そして、ふぅっと一息吐いて。


「レジナルドについてお話しするって言いましたわね」

 これからが本番、とでも言わんばかりにパトリシアが表情を切り替えた。

「あ……ええ、まぁ。……彼が元気にやってるならそれで良いんですけど」

 なんとなく、オルフェの前でレジナルドのことをいろいろ聞こうとしていたなんていうのがバレるのは気まずいような気がしてライアが言葉を濁す。

「ええ、元気ですとも。彼の仕事の腕は一流ですからね!」

 そしてパトリシアの話はこれまでいかに彼が自分の家のためにいろいろ働いてくれたかという内容に移行していった。

 その話が「彼ってばわたくしのことを相性の良いパートナー、なんて父に言ってくれてね」なんていう内容に差し掛かったあたりで聞いているオルフェが欠伸を噛み殺したのをライアは見逃さなかったが……そのくらい……なんというか……かなり現実離れした彼女の主観に基づく話のような気がしてならなかったのだ。


 そんな話の最中、トレイに四人分のカップを乗せたコキアが帰ってきた。

「あら、お帰りなさい。……この紅茶、うちが出している喫茶店の紅茶なんですよ。さっき屋台を見かけましてね、一番いいお茶を淹れてもらったの。よかったらどうぞ」

 パトリシアが得意げにそう告げると、今度は侍女らしい仕草でコキアが各自の前にカップを置く。

 喫茶店ならしゃれたティーカップでも出てきそうだが今日は祭り。屋台が用意しているのは簡易的な木製のカップだ。先程ライアがオルフェからもらって飲んだ冷たい飲み物はガラス製だったが形はやはりシンプルなもの。

 こういう場において屋台が出す飲み物にはカップの代金も入っており、飲み終わって返却すればカップ代が返ってくるようになっている。


 どうぞ、と言われてつい流れでライアもカップを手に取った。

 で、気づく。

 このお茶、前にレジナルドのお祖父さんと一緒に行ったお店で飲んだお茶ではないだろうか、と。

 庶民向けに高級茶葉ではなく、手頃な茶葉に薔薇の花を混ぜて淹れたお茶は若い女の子たちに人気があるということだった。

 そうか、これ……彼女の家が経営している喫茶店だったのか。

 そう思った途端、お茶の香りが嘘っぽく思えてしまうのは……もう私の性格が悪いということなのかもしれないな。なんて思いながらも一応は香りを堪能する仕草をしてみる。

 と、やけにこちらを凝視しているパトリシアと目が合ってライアが一瞬カップを置きかけたところに。


 ざわ。


 なんだか気になる風が背後から吹いてきた。

 そして。

「……え?」

 ライアがふと耳を疑うように眉を顰めて振り返る。

 なんとなれば。

『……それを口にするな』

 そんな声が聞こえたので。


「……なんだ、どうした?」

 オルフェがライアの方を向いて片眉を上げている。

 でもライアの方は。

「何……? このお茶、どうかした?」

 声の主につい反射的に声をかけてしまう。

 声の主は真後ろの木だ。そんなことはすぐに察しがついた。なんなら先ほどから剣呑な空気感をずっと気遣ってくれているのも解っていて、そのお陰で穏やかでいられたようなものだ。

 でも、こういう状況で木が話しかけてくることなんかまず、あり得ない。

 彼らは何よりその場の空気をよく読むのだ。

 声を聞くことができるのが私だけであることを知っている以上、その声に反応した私が周りから奇異の目で見られて気まずくなる事を知っているから、積極的に声をかけてくることはまずないのだ。

 それなのに、発せられた声。しかもそれは、切迫した口調だった。


『お前さんの連れもだ』

「……え? おい……うわっ!」

 声を聞くや否や、ライアが自分のカップを乱暴に置いてその流れのまま身を乗り出して隣のオルフェが手にしているカップに手を伸ばし、それを払い落とす。


「お茶に……何か入れたの?」

 身を乗り出した都合上、腰を浮かせたライアはそのまま立ち上がって両手をテーブルについて今度は前方に身を乗り出し、パトリシアとコキアを交互に睨みつける。

 オルフェの方は案の定、何が何だかわからないといったところで叩き落とされて地面に転がったカップを呆然と眺めている。

「……あ、ら。別にオルフェさんの方には何も……」

「……方には?」

 ライアが思いっきり睨みつける勢いでパトリシアを睨みつけると。

「……さっきの袋か」

 オルフェがゆっくり立ち上がり、テーブルを回ってコキアのすぐ隣に行くと彼女の手から小さな袋を取り上げた。

 それは先ほど遠目で見た、パトリシアから渡されたものだ。

 あの流れでは買い物の為のお金が入っている財布のようにしか見えなかった。


 オルフェがその袋の口を開いて中身をテーブルにざらりと出すと、中から出てきたのは確かに幾らかの銀貨や銅貨。そしてそれに混ざって小さな瓶。

「……え? こんなに使ったの?」

 小さく呟くとパトリシアがその小瓶を素早く手に取ってコキアの顔を覗き込んだ。

 ライアのところからは多少薄暗いこともあってはっきりは見えなかったが、おそらく粉のようなものが半分くらい入っていた。

「あ……だって、お嬢様がこの薬は自分の言うことを聞きやすくさせる薬だっておっしゃったので……その……オルフェさんにも、と思ってしまって!」

「ちょっと! 廃人にするのはこの女だけで十分なのよ! 余計なことしないでくれるっ? この薬は高級なのよ! あなたのおもちゃにできる惚れ薬とかそんなもんじゃないんだからね!」

 はいいいいっ?

 あまりの言葉にライアの思考が一旦固まる。

 で、次の瞬間。


 バシッ


 派手な音がしてパトリシアが地面に倒れた。

 問答無用でオルフェが彼女の胸ぐらを掴んで殴ったので。

 そして。


 バシッ


 続け様に派手な音がして今度はコキアが倒れる。

 一瞬の出来事に驚いて椅子から一歩離れたコキアに詰め寄ったオルフェがこちらもすかさず殴ったので。


「うわ……! オルフェ?」

 ライアが思わずテーブルを回って、まだ足りないとでもいうように今度は拳を振り上げながらもう片方の手で倒れたパトリシアの胸ぐらを掴んで起き上がらせたオルフェに駆け寄りその腕にしがみつく。

「待って待って! もういいからっ! 私もあなたも無事なんだし、もう大丈夫よ!」

 無言でパトリシアとコキアを平手で殴り飛ばしたオルフェは恐ろしいほどの殺気に満ちた視線で二人を見下ろしており、ライアがしがみついた腕から力が抜ける気配がない。

「お前ら……何考えてんだ! それ、最近裏で流行ってる薬だろう! そんなもんを持ち歩いてる段階でまともじゃないがそれをライアに飲ませようとしたのか! 自警団に突き出してやるから覚悟しろ!」


 オルフェの言葉と、先ほど目にした瓶の粉、木が発した警告の言葉、そして殴られたショックで泣きじゃくるパトリシアとコキアの状態からライアはゆるゆると納得する。


 ここ数年、町や都市で流行っているという薬物の存在。

 特定の植物を材料にして作られるという粉末や液体状の薬物は人が服用すると依存症状や中毒症状を起こさせるといわれ、過剰摂取によって廃人同様になることもあるとのことで取り締まりの対象になっている。

 最初は少量を摂取させて気分を良くさせ、労働者が主人の言うことを聞きやすくするのが目的だったらしい。それが危険な嗜好の持ち主の目に留まるようになり、最近は密かに富裕層の人間が自分の好みの奴隷を囲うために使うことがあるなんていう噂があった。

 とはいえライアが住んでいるような田舎の村では「都会の危ない噂」程度だったのであまり現実的に考えたことはなく、どこからどこまでが本当の話なのか……そういう話が好きな人たちの間でまことしやかに囁かれるただの噂なのではないかと思ってしまうくらいの内容だったが……今見たものを総合的に考えると、さっきの粉がそれで、「噂」はある程度真実なのだろう。


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