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鉢合わせ

 

 明るい声を上げた露店の主人はライアが時々香水を卸している店の店主だった。


「こんなところに露店出してるんですね」

 ライアが笑顔で近づく。

 通りの賑わっているところでも良さそうなのにここは一番外れだ。広場が近いのでここならむしろ広場の中で露店を出した方が賑やかだろうにというようなところ。

「いいのよ。香りの物を扱ってるからね、食べ物の屋台の近くじゃない方がいいの」

 くすりと笑って肩をすくめる店主は茶目っ気たっぷりの笑顔を作る。

 そんな言い分を聞いてライアも「ああそうか」と納得して。

「オルフェがエスコートなのね。そもそもライアが祭りに来てるのなんか初めて見たけど」

 楽しそうな店主はそう言いながらライアの後ろのオルフェに目を向けた。

「そ。俺、今日は役得でしょ? このまま広場でダンスでもしようかなってね」

 オルフェがおどけたように片目をつぶって見せるので「誰が踊るって言ったのよ」とライアが冷たい視線を向けると店主が吹き出した。


 そんなやりとりには全く悪意がないのが分かるのでライアには心地いい。

 緊張もしないので並べられた香水瓶に視線を滑らせてしまう。

 キラキラと明かりを反射するたくさんの小さな瓶はなかなか見応えがある。

「あれ……こんなに……?」

 ライアが小さく声を上げる。

 なんとなく並べられている香水の比率が。

「あ、そうなの。ライアが作った香水。今年はかなり人気が出たから来年は推してみようかと思って!」

 普段は店の片隅に置いてもらっていた程度の品数だったのにこの露店では半分以上がライアが作った物だ。

 つい最近……つまり青藍の月のおかげで大豊作だった裏庭は薬の材料だけでなく大量の精油も作れたのだ。それでいつもより多めにこの店に香水を卸したりもできたのだがそれが結構な数で並んでいる。

 ここまで自分の作品がたくさん並んでいるのを自覚すると少々恥ずかしい。


 ライアが言葉を無くしてじわじわと赤面していると。

「……へぇ、すごいな。こんなにたくさん出来てるんだな」

 オルフェがその中の一つを手に取って蓋を外して香りを確かめている。

「そうそう。その辺は男性用だからあなたも使えるわよー?」

 店主が悪戯っぽい笑みで接客モードに入った。

「ふーん……ライアが作ったってんなら……まぁ、買ってもいいかな……」

 おいおいおい!

 なんか本気! 本気で品定めし始めてる!

 と、ライアが目を丸くして。

「ちょ、ちょっとオルフェ! 買わなくていいから! なんかこっぱずかしいからむしろ買わないで!」

「なんだ、おい、俺はお客さまだぞ!」

 手にした小瓶を取り上げようとするライアからオルフェが苦笑しながらその手を遠ざける。


「あ、そうだ!」

 そんな二人のやり取りを微笑ましげに眺めていた店主が声を上げた。

「ライア、オレンジとミルラを使った香水って知ってる?」

「はい?」

 どんなに手を伸ばしたところで体格差でオルフェから商品は取り上げられないということはわかっているが精一杯悪あがき中のライアが顔だけくるん、と声の方に向けると。

「なんかね、数日前に聞かれたのよね。これと同じ香水ここにありませんか、って、ほとんど空になってる香水瓶持ってきた人がいて。一応確認したんだけどオレンジとミルラと……あと何かハーブ系の精油を使ったような香りだったわ」

 思い出すように軽く首を傾げて眉間にシワを寄せながら話す店主の言葉にライアが目を見開く。

 ……その組み合わせに覚えがないわけが、ない。

「……え、と……それを持ってきた人って……?」

 レジナルド、だろうか?

 妙に胸が高鳴るのを無理に抑えるようにしながら尋ねるとつい声が上ずった。

「え? ……あー、女の子だったけど……でもあの香りは男性用だったと思ったからお使いを頼まれたとかじゃないかしらね」

「……あ……そう、なんだ……」

 女の子、と言われてライアが真っ先に思い浮かべたのはパトリシア。もしくはお屋敷の使用人……例えばコキア、とか。

 いやでも。

 レジナルドがあの屋敷で働くことを決意したとして、あの香水をさらに欲しがったりするだろうか。

 なんて考えもふとよぎる。

 そもそも、ゼアドル家から自分が引き上げてきたあと彼があの香水をつけていたという記憶がない。

 そう考えると……。


 私がレジナルドのために調香した香水とは全く別のものであるという可能性も、ある。

 レジナルドはあの香水を一時期気に入っていつもつけていたようだから、その香りに魅力を感じた他の人が別の調香師に頼んで似たような物を作らせて使っていたという可能性だって十分にあるし、そもそもラストノートのミルラをトップノートのオレンジで爽やかにさせるなんていう組み合わせはそんなに突拍子のない組み合わせでもないから、調香をしている者ならわざわざ注文が入らなくても思いついて作っている可能性だってある。

 他に混ぜている精油も全部同じ、というなら私が作ったものに間違いないけどそこまではわからないのだからなんとも言えない。

 だいたい、お使いで来たのが本人じゃない、という段階でパトリシアが私が作ったという香水を彼が好んでつけるのを許したりしないとも思うし……そう都合よく彼が私のことを今でも思っていてくれるなんていう妄想は捨てた方が無難な気がする。

 ので。


「……作れないことはないけど……他に使われてる精油が何だかはっきりしないと同じような印象のものが作れるかどうかはちょっと分からないわ」

 とだけ答えておく。

「ああそうよね。確かに。……なんかね、すごく感じのいい香りでよくまとまってたからミドルノートがはっきり分からなかったのよねー。ちょっと嗅いでうちにないものだっていうのだけ答えたらその子もさっさと帰っちゃったし」

 ま、気にしないで?

 なんて言いながらくすりと笑う店主にライアはホッと胸を撫で下ろす気分で小さく息を吐き、その隙にオルフェが手にしていた小瓶の支払いを済ませるのを止め損ねた。



「……踊らないからね」

 ライアが目を輝かせているオルフェに先手を打つ。

 チラリと横目で確認した限り、広場に入るなりオルフェは楽団が演奏している広場の中心を目指して浮き足立っているように見えてならない。

「何、お前あのジンクスを丸っと信じるほどお子様なわけ?」

 ニヤリと笑みを浮かべるオルフェがこちらに視線を返してくるのでライアはちょっと面食らう。

「え……何? どういう事?」

「いやさ、新年の祭りの夜にダンスしたパートナーとは翌年も仲よくいられるっていうジンクスあるだろ? ああいうの信じるタイプなのかなと思って」

 どこか意味ありげな笑みを浮かべるオルフェの真意がわからずにライアが答えに迷う。

「べ、別に信じてるとかじゃないわよ? そもそも仲良く過ごせるかどうかなんて本人同士の努力次第でしょう。一晩一緒に過ごしたからってそう簡単に次の一年が約束されるなんて安直すぎよ」

 つい夢のないことを口走ってしまうのはもう勢いだ。

「なるほど。そりゃもっともだな。……なら気にすることないだろ。せっかくの祭りなんだし祭り最終日のダンスはメインイベントだ。たまたまここにパートナーにちょうどいい相手がいるんだから楽しめばいいんじゃないのか?」

 そう言いながら右手の親指を自分の胸元に向けて片目をつぶって見せるオルフェは……いちいちサマになっている。


 そして「そういう意味合い抜きで」という前提を強調されるとライアとしても断りにくい。

 なにしろここ一週間、と言わずここ最近彼にはお世話になってばかりだし気を使ってもらってばかりだ。どれほどお返しをしていいかもわからない。

 祭りが好きだというオルフェに合わせて彼が思いっきりこの祭りを楽しめるように出来るだけ妥協してあげるのも悪くない、しかもそれは自分にとっても楽しいことであるのならなおさら、と思えてしまう。


 そんなこんなでダンス。

 なにしろ気の早い若者たちはまだ日が暮れて間もないというのに早速賑やかな演奏に合わせて楽しそうにダンスをしている。


「……ねぇ、こんなに早く踊り始めて、みんな体力もつの?」

 ライアがわかりやすいステップでリードしてくれるオルフェに合わせながら尋ねると。

「ああ、最後のダンスの頃には抜けるやつも多いし逆に最後のダンスの頃に参加する奴もいるからみんなそれぞれだろ。まさか俺も一晩中踊り続けようなんて思わないしな」

 くすくすと笑いながら返されて「ああなるほどね」とライアも納得。

 そういえば曲調は明るくて、こんなテンポならそう長く続けられないだろうといったところ。

「……実はさ、このダンスで女の子と踊るの、俺の夢だったんだよな」

 ポツリとオルフェがこぼすように呟いたのでライアが目を上げると。


 ……え、何、この人の目。

 つい息を呑んでしまうようなうっとり細められた瞳にライアが目を丸くする。


「……こういう仕事してるとさ、祭りの時期に過ごせる場所って毎年バラバラでいつも同じ人と過ごすことなんかないから、たまたま行き合った同業者と過ごすことの方が多かったんだ。女の子誘うなんてこともこんな日にはできないしさ……」

 ふっと浮かべられる笑みには満足げな色ともう一つ、ちょっと寂しそうな色が浮かんでいるようにも思えてライアは言葉を挟むのを躊躇うのだが。

「……オルフェって村の女の子たちに人気あるでしょ? どこに行っても同じように人気あるだろうから声をかけてもらったら女の子はみんな喜ぶと思うんだけど」

 変に間があくのも微妙でライアがつい言葉を挟む。

「んー……いや、普段なら別にいいんだけどな……こういう日って割と女の子には特別だったりするだろ? 特定の子を誘うのってちょっと気がひけるし、後々期待させても悪いし。土産配って歩くのは営業目的だから満遍なくできるけど祭りに誘えるのって一人だから」

 ……うん?

 ライアが言葉の意味を考えながら一瞬眉を顰める。

「ライアはそういうジンクス気にしないんだろ? そう思えばお互い割り切って祭りを楽しめるってわけだ。だから、笑え!」

「うわ!」

 笑え、のタイミングでくるりとターンするついでにふわりとリフトされて着地すると周りからちょっとした歓声が上がった。

「ちょ……目立ちすぎ!」

 ライアはついじとっとした視線を向けてしまうがオルフェは悪戯っぽく笑うだけだ。


 どうやら本当に楽しんでいるらしい。

 考えてみたら先ほどからダンススペースになっている場所の端の方をリードされているから周りで見ている人たちにわざと見せつけるような形になっている。

 オルフェ自身、いい意味でかなり人目を引く容姿をしているからこういう時にカッコよくダンスできると気持ちいいだろう。

 しかもこういう風に祭りを楽しむことが長年の夢だったというならなおさら、この状況は楽しいのかもしれない。

 そう思えばここは一つその「楽しみ」に貢献してあげますか、という気にもなってしまう。



 一通りダンスを満喫して息が上がったところで休憩に少し離れた場所に腰を落ち着けたライアは。

「……オルフェ……案外体力あるわね……」

 まだまだ全然余裕ですけど? っていう顔をしているオルフェを恨めしそうに見上げるが、ライアの方はテーブルに突っ伏しそうな勢いだ。

「はは。一応これでも体力勝負の旅の行商人ですから?」

 そう言いながら近くの屋台で飲み物を買ってきてライアの前にトン、とカップが置かれる。並々注がれているのはオレンジの果汁だろう。屋台にしては珍しく氷も入っていて疲れた体にはありがたい。

 大人しく買ってもらった飲み物をいただくことにして手を伸ばしたライアがオルフェの方をチラリと見やると満足気にゆったりと足を組んで自分のカップを口元に運んでいる。

 四人掛けのテーブルの、ライアの隣に座ったオルフェの視線は広場の真ん中で途切れることなく続いているダンスの方に向かっており、祭りの雰囲気全体を眺めて楽しんでいる。

 どうやら本当に満喫できたようだ。


 すっかり日が暮れているというのに広場の賑やかさは増すばかりだ。

 あちこちで焚かれている灯りや元々設置されているガス灯のおかげでそこそこに明るいし、なんならライアとオルフェが休憩に使っているテーブルのすぐ後ろには落葉樹が何本かあり、その枝にも幾つもの灯りが吊り下げられているから程よく明るく雰囲気もいい。

 賑やかな音楽や人々の騒めきを別にすれば、店の裏庭で毎月やっていた宴のような雰囲気とも少し似ている、なんてライアはふと思う。


「……何か食べるか?」

 オルフェが思い出したようにこちらに視線を向けてきたのでライアが「そういえば夕食は食べてなかったな」と思い出し。

「んー……食べるのは構わないんだけど……こないだみたいな宴会メニューは勘弁して?」

 ついニヤリと笑ってしまう。

 一応周りを確認したところ、同じようなテーブルは周りにいくつかあるがテーブル一杯に食べ物を買ってきているような人たちはいない。あれを今ここで再現されたらちょっと……いや、かなり恥ずかしい。

「分かってる……あれはもうやらん。何か適当なもん買ってくるから少し休んでろ」

 ちょっと気まずそうに視線を逸らしたオルフェがそう言うとそそくさと立ち上がったのでライアが軽く手を振って「いってらっしゃい」と添え。

 それとなくその背中を見送ると食べ物の屋台をいくつか眺めて歩いているようなので手当たり次第に買って回ることはないだろう、と安心する。

 と。


「……こんなところで何なさってるの?」

 聞き覚えのある声がしてライアが反射的に背筋を伸ばした。

 ものすごく、ものすごーく、聞きたくない声を聞いてしまった! という気がして、そろそろと視線をそちらに向けると。


 うわ、やっぱり!

 と、ライアの頬がひきつる。


 テーブルの向こう側で腰に手を当てて仁王立ちになっているのはパトリシアだ。その一歩後ろにはコキア。

 ……この組み合わせで、しかも今日が何の日かってことを考えるともう一人この組み合わせになった途端会いたくない人認定してしまう人がいそうな気がしてつい視線を泳がせてしまうところだが……とりあえず知った顔はその二人。

「……えっと……こんばんは?」

 別に村の住人が町に来ちゃいけない理由はない筈なのでライアは一旦思い出したように営業用スマイルを貼り付けて言葉を返してみる。

「何なさってるの、って聞いたのよ。あなた、さっきダンスしてたでしょ?」

 いたって不機嫌そうにパトリシアがそう告げるので。

「あ、ええ……まぁ。友達に誘われたのでちょっとだけ……」

 そうか、さっきオルフェとダンスしてたの見られてたんだ。

 と思いつつ、彼女と同伴してそうなもう一人の存在のことが頭をよぎり、胸がちくりと痛んだ。

 彼がオルフェとダンスしてる自分を見たらどう思っただろうか、なんて心配してしまうのはもう自意識過剰だろうか。

「言うに事欠いて……友達ですって? この祭りの夜のパートナーなのに。……レジナルドの後釜を早々に見せつける気満々なのね」

 立っているのだから視線はライアより上にあるのに顎先をツンとあげて話すパトリシアは、あえてこちらを見下す姿勢をとっているとしか思えない。

「え、いや……別にそういうわけじゃなくて! 本当にただの友達ですよ? お互い一人者で意気投合したってだけで!」

 なんだか酷い言いがかりをつけられているような気がしてライアがつい食ってかかる勢いで言葉を返す。

 で、あまりにもムキになりすぎたかなと途中で我に返ってコホンと一つ咳払いしてみて。

「……レジナルドは一緒じゃないの?」

 なんてつい聞いてしまう。

 聞いてしまってから、あ、これは単なる墓穴掘りかなとも思う。なにしろ只今自分の連れも席を外しているが「来ていない」訳ではない。同じような理由でたまたま今この時だけ彼がいないという可能性は十分にあるのだった。

 と、そんなライアの思考を読んだのか読んでないのかパトリシアの顔が一瞬でカッと赤くなったような気がする。なんなら殺気立った、とでもいうべきか。

「あ、あなたにそんな心配いただく筋合いはないわよ! ……そもそもなんの嫌味よ!」

「……はい?」

 あまりの剣幕にライアの方が一瞬で怯み、言葉の意味を考える間も無く笑顔を引き攣らせて勢いで聞き返した。

 と、パトリシアの後ろにいるコキアがそっと彼女の袖を引っ張って何かを彼女の耳元で囁く。

 なんだろう? 私、そんなに変なこと言っただろうか? 一般的な社交辞令を言っただけだったはずだけど?

 と思いながらライアが二人の様子を見ていると、パトリシアが不意にくすりと笑った。

「……あなた、レジナルドにその後会ってないのね?」

 さも可哀想に、とでも言いたげな口調にも関わらずパトリシアの口元が弧を描く。

「……会う訳ないじゃない」

 なんだか物凄い敗北感を感じるのは気のせいかしら。と、思いつつもライアはすんなり本当のことを口にする。

 だってこれ以上事態を拗らせたくない。ただでさえ心の傷が痛むのにこの人と長く話していてレジナルドが彼女を迎えにでもくるようならそんな光景で完全に再起不能になる自信があるし、なんならもうビタ一秒たりとも彼女と一緒にいたくない。

 なのに。

 ライアの言葉を聞いて気を良くしたとでも言いたげな表情を浮かべたパトリシアはあろうことかライアの向かいの椅子を引いて腰を下ろした。

「彼ね、仕事で忙しいのよ。なんなら彼の話だけでも聞かせて差し上げましょうか?」

 いらないわそんなもん。

 と一思いに断ってしまいたいのに、レジナルドがその後どうしているのか気になっている手前、それが言葉にできずつい眉を顰めたままパトリシアの動向を見守ってしまう。

 それに……この感じ、もしかして彼は今日は同行していないとかそういうことかもしれない。なんて思い当たってしまって。


「なんだ、知り合いか?」

 そんなタイミングで帰ってきたオルフェにライアが「遅いよっ!」とでも言いたげな目を向けてしまうのは致し方ない。

 オルフェの両手には焼き菓子のトレイと揚げたジャガイモのトレイがある。どちらも山盛りで……まぁ、この場で串焼きとかを買って来られるよりは良いかなとライアは少しだけホッとした。

「えーと……テスラート家のパトリシアさんよ」

 あえて敬称は「さん」で済ませるあたり私って性格悪いかしら、とは思うがここで様付けとかお嬢様とか言うのはどうしてもプライドが許さない。それにテスラート家って言えばオルフェだって事情を理解する筈なので。

「ああ……そうか。……で?」

 やはり事情を察したらしいオルフェが一瞬剣呑な目つきになったがそこは商人気質。あっという間に営業用スマイルを貼り付けた上でパトリシアとその後ろに立ったままのコキアを順番に見やる。

「あら、ライアさん、わたくしには紹介してくださらないの?」

 にこりと笑うパトリシアがめんどくさくなってライアが「あー、オルフェよ」とぞんざいな紹介をするもオルフェの方は特に気を悪くする様子はなく。

「ああ、どうも」

 なんて言いながら軽く頭を下げてチラリとコキアの方に目をやる。

 そうか、彼女今日は使用人の服装ではないからパトリシアとの関係性がいまいちわかりにくいかもしれない。なにしろこんな祭りの日だ、それなりにめかしこんだ服装でもあるし若干の経済的な立場の違いは明らかだが「友達同士」に見えなくもない。

 と。

「あ、コキアって言います!」

 自分の方に向けられた視線がよほど嬉しかったのかトーンの高い声で自己紹介がなされる。

「え……ああ、そう。……座れば?」

 勢いに押されたのかオルフェがコキアの前の空席に視線を移しながら声をかけると「あ! ありがとうございます!」と飛び付かんばかりの声を上げて椅子を引いて弾むように腰掛ける……って。

 あれ? 使用人ってこんな感じでいいんだっけ? 先に主人の了承を得てから隣に座るものじゃなかったっけ?

 とライアが若干不審に思いながらそろりとパトリシアの方に目を向けると……パトリシアの方も心なしか鼻白んでいるように見受けられる。

 ……天然か。このコキアの言動は天然なのか。


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