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祭り 最終日

 

「お前さ、最終日はどっちの祭りに行く?」

 オルフェが楽しそうにそう聞いてきたのは昨日。


 祭りの最終日。

 今日の夜から明日にかけてのことであるのは聞くまでもない。

 ライアとしては町は行きにくい。もちろん特定の人物に会いたくないという理由においてだ。

 でも、町の祭りの方が楽しいのはもう説明されなくてもわかる。

 一度オルフェと行った日に見たものは本当に楽しかった。

 露店や屋台は賑やかで、あの日は結局公共広場にまで連れて行かれて色んなものを堪能したのだ。

 広場では小さな楽団が演奏をしていて若者も子供も思い思いにくるくると踊っていたり、年配者たちがそれを楽しそうに見守っていたりとその場にいるだけで楽しくなる光景が広がっていた。

 村の広場も同じようなことが行われているとはいえ規模が違うし質も違う。

 祭りを楽しもうと思ったら町の方が確実に楽しそうだ。

 ……と、考えると「祭り好き」を自称しているオルフェは町の方に行きたいのだろうな、というのは聞かなくても分かるので即答できずにいたのだ。



『……珍しいな』

 午後の日差しが暖色を帯びてくる頃、裏庭にふらりと入り込んで……かといって草花の手入れをするでもなくただそれぞれの様子を眺めながらふらふらと歩くライアに声がかけられた。

「……なんか楽しそうですね老木殿」

 言葉に含められた意味ありげな雰囲気にライアが口元をわざとらしく歪めながらさわさわと揺れる葉を見上げる。

 見上げるほどの古木を覆い隠す葉は、冬になっても枯れることがない種類だ。

『そんなにめかし込んでおきながら心ここに在らずとは……はて……今までには無かったことではないかの』

 くすくすと笑ってでもいるかのように葉と葉が擦れる音がするのは……風なんか吹いていないのだからわざとなのだろう。

「……だって……ちゃんとした格好して待ってろって言われたんだもん」

 ライアが若干頰を赤らめながら答える。


 そう。

 どっちの祭りに行くとしても、それなりの格好をして待っていろ、と言われたのだ。オルフェに。

 なので、ここは一応新しい服を着てみた。勿論そのつもりで作った服だし。夜の祭りである事を考えてこの度はショールではなくて揃いの上着も着ている。

 同じ生地で作った上着はデザインはシンプルだが丈は短めなので、改まった印象というより、品の良さに少しの可愛らしさが同居するようなデザインだ。


 単に新しい服を着ているというだけでも浮き足立つところにどちらの祭りに行くことになるかわからないという辺りで更に心が浮つく。

 浮つく……というのは語弊とかではない。

 本当に浮ついているのだ。


 鬼門くらいに思っている町でも、レジナルドが嫌いになったわけではない。

 偶然に出会うことができたら良いな、程度には……期待してしまうのだ。

 現実的に考えたら……テスラート家で会った時の「あの」彼なのだろうし、あの氷のような表情に対峙したらそんな事を考えた自分の後ろ頭をぶん殴りたくもなるだろうが……それでも新しい服を着て真っ先に見てもらいたいと頭に浮かんだのは彼だった。

 だからといって自分から進んで街の祭りに乗り込む勇気はない。だからオルフェが行きたいというなら行っても良いかな、行きたいって言うんじゃないかな、くらいの気持ちだ。

 これで「村の祭りに行こう」とか言われたら即座に「ガッカリだよ!」と叫んでしまいそうな自分が怖い。



「お。良いなその服」

 裏庭の植物たちに来客を教えられて表に回るとオルフェが玄関に立っていた。

 こちらを一瞥して笑顔になる彼はやはり素敵だ。


 ……惚れないけどね。

 と、ライアは自分に念を押すように心の中で呟いてしまうけれど。


「ありがとう」

 褒めてもらったのでお礼は言うけどどうにも思ったように笑えないのは、照れくさいからなのか……一番褒めてもらいたい人ではないからなのか。

「町の方に行くけど……嫌なら言え」

 ライアが歩み寄ると軽く腕組みをしたオルフェが唇の片端を上げる。

 どことなく不敵な笑みとも取れてしまうそれは、なかなか様になっていて「俺に意見でもあるか?」とかなんとかいう心の声まで聞こえてきそうだ。

「良いわよ。行きましょう」

 ライアは思わず即答してしまってから、しまったこれでは町に行くのを楽しみにしていたみたいだ。少し間を置いたほうがよかったかな、と眉を顰めたが今更だ。

 オルフェがそこに突っかかってくる気配がないのでよしとする。



 かくして。


 街の祭りは盛大だ。

 最終日午後、夕暮れ前となると前回来た時よりさらに賑わっている。


「……凄い……」

「だろ?」

 思わず呟いたライアにすかさず得意げな声が帰ってくるあたり、オルフェはこの光景をライアに見せたくて仕方なかった、というところかもしれない。


 道路の両脇に露店や屋台が並んでいるのは前回と同じだ。

 でも今回はその全てに装飾が本格的に施されている。

 花やリボンや数々の小さな灯り。前回来た時は昼間だったから灯りはそもそも無かったが、それでも最終日のために装飾が本格的なのは一目瞭然。

 並んでいる品物も前回来た時とは雰囲気が違う。おそらく格が上がっている。

 手近な露店の品物をさりげなく見たライアが目を丸くして足を止めたので、オルフェがつられて足を止めた。


「……うそ。こんなによくできてる細工物がこの値段……?」

 目の前の露店に並んでいるのは石を使った装飾品の類。

 どれも細工が良くて……細工が良いということは使っている石だって安物の屑石ではないということだ。

「祭りの最終日だからな」

 オルフェがそう囁くと一番手前のブローチを手に取って灯りに透かしながら品定めをするように眺める。

「新年の祭りってのは過ぎた一年への感謝と、新しい年を迎えることへの喜びと期待を込めるってのが基本的な考え方だからな。最終日には来年の仕事が成功するようになるべく良い品を安く提供して来年の客を迎える用意ができてるって事を示す習わしだ」

「へぇ……そうなんだ……」

 オルフェの説明にライアも納得する。

「……ふ、ん。いいな……ここの細工。町に新規で出店する宝飾品の店の宣伝も兼ねてそうだ」

 どことなく商売人の顔になったオルフェが呟くので。

「……新規ってなんでわかるの?」

 ついライアも興味津々で尋ねてしまう。

「ああ……この辺の店の商品は仕事柄把握済みだ。……この石を扱う店は今までなかったしこの細工も意匠が新しい。あそこで客の相手をしてる露店の主人も見ない顔だ。……つまりこの町では新参者ってとこだろ。だいたいこういう町の露店っていうのは既に町で店をやってる者が祭り用に品物を用意して出しているか、次の年から新規出店する者が宣伝のために出しているかどっちかだからな」

「……ふーん……」

 なるほど、そういうことか。

 と、ライアは小さく頷きながらなんとなく他のアクセサリーに目を向ける。

 石のことも意匠のこともよく分からないが、見ていて綺麗だなと思う。


 そういう商売的な背景が多分、村とは違うのだろう。

 村で出ている屋台や露店は村人が趣味の範囲で作ったものが三割だ。残りはこういう時だけやってくる旅の行商人による屋台や露店。

 旅の行商人の出す物や、売り子さんたちは場慣れしているから祭り全体の雰囲気作りに役立っていたと思うが、町のような本気度というか意気込みのようなものは無かった。

 それはきっと町の出店はみんなが次の年の稼ぎに直結させるべく本気で用意しているからなのだろう。


「買うつもりがあるならともかく、ないなら次行くぞ」

 意味深な笑みを向けられてライアがオルフェを見上げると、視線だけで次の露店を見に行こうと合図されるので。

「あ……うん」

 つい並べられた装飾品から目が離せなくなってしまっていたが、彼の言う通り買うつもりは全くないので渋々離れる。

 と。

「ああいう露店はな、新規の客をつけるために必死だから本気で見てるとうまいこと売りつけられる。……まぁ買っても構わんが必要ないんだろ?」

「あ……そっか……」

 そういえば数日前にまんまと買ってしまったものがあることを思い出してつい納得。

 きっと新規出店を前にしている店主の方が、先日の露店の店主より品物を売ることに関してはもっと一生懸命だろう。


 エスコートしてくれるオルフェは、祭り一日目の片っ端から食べ物を買い漁る勢いと打って変わって落ち着いていた。

 時々すぐに食べきれそうな量のお菓子を買ってくれたり、飲み物を買ってくれたりする程度でライアも安心する。

 通りのあちこちで小さな楽団が音楽を演奏しているので立ち止まってそれを聞いたりしているとあっという間に夕暮れ時になった。


「広場に行く通りはあっちにもあるけど……」

 オルフェが指差す先には前回来た時には通らなかった大通りがある。

 で、ライアは。

「……うん……そうね……」

 いかにも賑わっていそうな通りをチラリと見やって少しだけ考え込む。

 その通り沿いにはテスラート家があるのだ。

「まぁ……気持ちはわかるけどな。でもそもそもこんな日に屋敷にいる奴の方が少ないと思うぞ。むしろ屋敷の周辺の方が鉢合わせる可能性が少ないと思うんだけどな」

 オルフェの言う通り、ではある。

 なにしろあらゆる仕事が今日と明日は祭りのために一旦休みになる。

 しかもあらゆる契約の類が今日をもって一度解約されるのだ。

 商会関係はこの数日間仕事が片付いていて休みをとっている筆頭の職種だ。こういう時でも休みがないのは自警団とか医療関係くらいだろう。


 で、ライアとしては。

 何がなんでも絶対に、鉢合わせしたくないとかそういうわけではないのだ。特にレジナルドに関しては。

 でも……ここまで来てふと思ったのは。

 パトリシアと一緒にいるレジナルドは……見たくないな、と。


 我ながらとんでもなく自己中心的な発想ではある。

 彼があの屋敷で仕事をすると決めて、パトリシアとそういう関係になる事を望んでいるのであれば。こういう祭りだ、一緒にいる確率はべらぼうに高い。

 そんなことに今更ながら気がついたのだ。

 その彼と鉢合わせるのは……嫌だな。


「……嫌なら他の通りから行こう」

 ライアの様子を見てオルフェがくるりと踵を返した。

「え……あ、ちょっと待って!」

 ライアがつい声を上げてオルフェの服の袖を掴む。

「大丈夫! わざわざ遠回りして広場に行かなくてもいいわ。あの通り、賑やかそうだし面白そうだから行ってみたい!」

 ライアが取り繕うように早口で捲し立てるとオルフェが目を眇めた。

 ライアとしてはここまで気を使わせて申し訳ないという気持ちで一杯だったところに、彼が行きたそうにしていた賑やかな通りを諦めたことでさらに追い打ちをかけるように罪悪感を煽られて、どうにかしなければといったところだった。


「お前さ、俺に気を使う必要はないからな……?」

 賑やかな通りを歩きながらオルフェがボソッと呟く。

 ……おや、お見通しか。

 ライアがそう思い当たってへへっと笑って見せる。

「まぁ、ね。多少は気を使いませんと? そもそも何かあったら守ってくれるんでしょ?」

 前に言われた言葉を持ち出してみる。

「あー……そうだな。それはそうだけどな……」

 ライアの言葉にオルフェの視線が逸らされてその耳が赤くなった。

 そんな様子を見た限りでは、万が一気まずい対面を果たしてしまったらオルフェが逃げずに間に立ってくれそうだと思えるのでライアは少しばかり安心できた。


「……あ、れ……?」

 広場に向けて露店が少なくなってきたあたりで小さな露店が目についてライアが声を上げた。

 露店に立つ主人と思われる女性に見覚えがあるような気がして。

「うん? ……ああ、あの店の店主か」

 オルフェもライアの反応を見て視線をたどり、納得した様子。

 ということは。

「こんにちは」

 ライアが見間違いではなかったと自信を持って声をかける。

「……あら! いらっしゃい!」

 こちらを向いて笑顔になったのは町で香水の店をやっている女性だった。


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