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オルフェとシズカ

 手ぶらで来た訳じゃないからさ。なんて言いながらニコニコしているオルフェを締め出す気力がなくなったライアは渋々彼を中に入れ、一人分にしては作り過ぎていたスープとパンを出す。

 パンは固くなったままのものを出すのはさすがに申し訳ないとかいう変な常識心が芽生えてしまったので、自分用ならそこまではしないけれど卵液に浸してフライパンで焼く、なんていうワンランクアップのメニューに変更することにして。


「うわ。うまそ! これ、蜂蜜とかある?」

 焼き色のついたパンを眺めながらオルフェが言うのでライアがテーブルに蜂蜜の瓶を出す。

 ジャムを乗せるか蜂蜜をかけるか迷っていたところだ。

「で、なんでうちに来て食事なの?」

「ああそれ」

 パンを一口食べた途端美味しそうに目を輝かせてくれるオルフェにほんの少し気を良くしたライアは、普段なら他人の行動にそこまで興味は示さないところなのについ尋ねてしまう。

 オルフェの方はそんなライアの質問に、なんの違和感も感じないらしくにっこり笑って。

「いやさ、さっきいつもの宿屋に着いたんだけどもう昼食は終了したって言われてな。まぁこんな時間だし予想はしてたんだけど。で、町の方に行こうかとも思ったんだけど、ここに寄る方が良いかなって。ライアの顔も見たかったし」

「ふーん……」

 ライアは適当に相槌を打ちながら目の前のスープを口に運ぶ。

 ……結局居間のテーブルで食べることになってしまった。

 なんて思いながら。

 なので。

「……そこはもう少し反応してくれても良いと思うんだけどな……」

 なんていう呟きは聞こえなかったことにする。

「新年の祭りはここで過ごそうかと思ってな。こういう時期って宿屋を取るのは早い者勝ちだろ。だからちょっと早めに仕事を切り上げて休暇にしたんだ」

 ほう、なるほど。

 聞いてないことまで説明してくれるんだね。ありがたいやね。

 そんな視線を向けてしまうあたり自分は心が病んでいるのかもしれない、と後ろめたくなってしまう。

「……なんだ? まだ他に聞きたいことある? あ、そうか土産か? そうだよな、手ぶらで来た訳じゃないって言ったもんな」

 聞いてもいないし聞こうとも思っていなかったことにまで気を利かせて、その上やけに楽しそうな様子で持っていた鞄の中から包みを出すオルフェに。

「別に催促した訳じゃないですよ? ……はぁ……レジナルドもそのくらい色々話してくれたら良いのに……」

 後半は心の声だったのについ口から出てしまってハッとした。

 こんな言葉を声に出すつもりは無かった、と言う意味で、ともう一つ。

 そうか、彼は私に、これからしようとしている事やその理由をこんなふうに話してくれなかったっけ。と思い出してしまって。

「……あ? 何、あいつとうまく行ってないのか?」

 手にした包みをテーブルに乗せながら片眉を上げたオルフェとガッツリ目が合ってしまってライアが「あ」と小さく声を上げた。

 とはいえ。

 茶化すような気配は全くなく、なんなら心配そうに眉を寄せてこちらに前屈みになってくるオルフェに嫌な気は全くしないので。

「あー、えっと……」

 ついキッパリ否定し損ねた。

 と。


「ライア、いるー?」

 ノックなしでドアが開いた。

 で、ライアとオルフェが同時にドアの方に顔を向けるとそこにはシズカ。

「あらやだ。オルフェじゃない。来てたの? っていうかなんでこんなところで食事なんかしてるのよ」

 眉をしかめたシズカがそのまま中に入ってきてテーブルの空いている席に自主的に座る。

「いいだろ。村に来て真っ先に一番気になる女の子のとこに顔出したって。……って、なんでライア席立つんだ? 食事終わってないだろ?」

 オルフェとシズカが親しそうに話すところを見ると、この二人もそこそこ仲がいいのだろう。

「え、ああ。シズカにお茶出さなきゃと思って。オルフェはそのまま食べてて良いしシズカとお喋りしてていいですよ。ついでに食後のお茶の用意もするから」

 ライアはそう言い残すと一旦台所に引っ込む。


 シズカには薄荷をベースにしたお茶は定番だけど、味を変えて色々出すのもどうかと思うので自分達の分も同じ物にすることにしてまとめて用意する。

 茶器を温めて、茶葉を入れ、沸かしたお湯を注いでトレイに乗せて、居間に戻る。


「……ライア、レジナルドの話、オルフェにしたの?」

「え? ああ……いや、したっていうか……」

 戻るなり神妙な面持ちで尋ねてくるシズカにライアが口ごもると。

「いや、まだ詳しいことは聞いてないって。なんとなくうまく行ってなさそうだって察しただけだ。ほら俺、そういうの察しがいいから」

 なんか適当に会話が進んでいたんだな、なんてライアもちょっと納得しながら。

「あー……うん、そんなとこ」

 そう言いながらカップにお茶を注ぎ分ける。

「まぁ……オルフェなら信用できるから聞かれたところで心配はないけどね。……で、どうだったの?」

 シズカが目の前に出されたカップに視線を向けながらライアの方に質問を飛ばす。ので。

 そうか。

 このシズカがそう言うのならオルフェに聞かれても大丈夫かな。なんて腹をくくる。……まぁそもそもさっきの雰囲気からして話してもいいかなという気持ちにはなっていたのだが。



「……ふーん……」

「ありゃま……」

 一通り話してしまうとライアの方は少しだけスッキリした。

 二人の反応は微妙だが。


 だって、ふられてしまったのは仕方ないことだ。それが現実だし。

 パトリシアさんと一緒に背中を向けられた光景が思い浮かんで、もはや自分には何もできないのだと痛感した。

 全ては手遅れなのだと。

 まぁ、人生なんてそんなもんだろう。一度や二度失恋したところで特別ってこともない。……そもそもこちらからは告白すらしなかった。失恋といっていいのかすら定かじゃない。

 事実だけを話してみたら案外その薄っぺらさに拍子抜けしたくらいだった。


「……だからやめとけって言ったのに」

 口元を不機嫌そうに歪めたままオルフェが目の前のカップを口に運びながら一言こぼす。

 そんな彼を深めのため息を吐きながらシズカが見やるも、特に言葉はなく。

 なので。

「別に……オルフェが言うほど悪い人じゃないもん」

 ついライアはレジナルドを弁護するような事を言ってしまう。

「でも仕事優先でお前の事は本気じゃなかった訳だろ。あいつ、見てくれがいいのは自覚してるようなやつだからそれを利用してお前の事もいいように利用しただけなんじゃないのか?」

「そんなんじゃない! ……と思う」

「弱腰だな……」

 咄嗟に食ってかかる勢いで目の前のオルフェを睨みつけたライアだったが、尻窄まりになったのでオルフェが困ったような顔になって苦笑した。


「だって……そんな風に私を利用するような感じじゃなかったもん。……いつも本気だったし……私のために腕を失うような事までするし、わざわざゼアドル家のパーティーに乱入してきてくれたし」

「あーそうそう。彼の腕。本当に使い物にならなくなってたのよ。あれは本気の証拠だと思ったのよねぇ……だからライアにも追いかけなさいって言ったんだけど」

 ライアの言葉にシズカも便乗してオルフェに非難がましい視線を向ける。

「あー悪い。別にライアやレジナルドの批判をするつもりは無かったんだ……。でもライアとしてはそんな扱いを受ける心当たりはなくて、相手からの説明もなかった訳だろ?」

 前言撤回、とでも言うようにオルフェが表情を改めた。

「う……ん……でも多分……私が『いつまでここに居るつもり?』なんて失礼な言い方しちゃったから……愛想尽かしちゃったのかも……しれないし。そもそも私、レジナルドのこと好きとか言ってないもん。……説明しなきゃいけない筋合いはないと思うし」

 ライアがずっと気にしていた事を辿々しく答えると、オルフェの表情が一瞬固まって「なんだ告った訳じゃないのか……?」と呟いたあと気を取り直したように。

「いや、そのくらいで愛想尽かしたりしないだろ? だいたい俺なんかもっと失礼なこと言われてるぞ?」

 オルフェが盛大に眉を顰めると「あんたはそのくらい言われないと分からないからちょうどいいの!」とシズカがたしなめる。で、付け加えるように。

「まぁ、でも。その程度で愛想尽かすような器の小さい男ならこっちからふってやってもいいような気がするけどね」

 と言いながら腕を組んで視線を天井に投げた。

「いやあのっ! そんなんじゃないと思うの! レジナルドは悪くないと思う! 私が何かやらかしたのよ。その一言だけじゃなくて他にも彼の気に触ることしてるんだと思うし、私が考えなしだから気付いてないだけなんだと思うの! だから……きっと……遅かれ早かれ、いつかはこうなって然るべきだったのかもしれないし……あのお嬢様と仲良くやっていけるんなら……それはそれでレジナルドにとっていいのかもしれない、し……」

 レジナルドの事を悪く言われるのはどうにも我慢できなくてつい焦って弁護してしまいながらライアはパトリシアとレジナルドの様子を思い返してみる。


 自分と一緒にいた時のような柔らかい表情なんかしていなかったけど、自然な仕草で彼女の肩を抱いたレジナルドは私を「君」なんて他人行儀な呼び方をしても彼女のことは名前で呼んでいた。それに……。

 あれ?

 それに……彼……なんか引っ掛かる事言ってなかったっけ?

 ライアがふと何かを思い出しかけて眉を顰める。


「やっぱりお前、性格いいよな。そんな男のこと忘れて俺にしない?」

「は?」

 大真面目な口調のオルフェにライアが即、胡散臭い目を向けてシズカは無言で頭を抱えた。



「とりあえず新年の祭りをここで楽しむつもりだからまた顔を出す」と言い残して余計な事を言ったと認定されたオルフェはシズカに背中を押されるようにして出ていった。


「……もう。何言い出してんだか……」

 テーブルに残った空の食器を片付けながらライアが呟く。

 くすりと笑みが漏れてしまうのは仕方ない。


 結局、みんないい人たちなのだ。

 オルフェはあれで気を使ってくれているんだと思う。

 レジナルドと関わることに警鐘を鳴らしてくれた時も意地悪とかじゃなくてちゃんと理由があった。

 結局私のことを考えてくれていたのだ。

 シズカだって私がゼアドル家にいた間ずっと村の人とのやりとりに付き合ってくれたし、こんな面倒なことに関わらなければ穏やかな村の生活を満喫できるのにレジナルドの事にだって積極的に関わってくれた。

 それだけではなく、私に落ち度がある可能性大なのにレジナルドじゃなくて私寄りの見方をしてくれていた。

 そう思うと複雑な気分だ。


 レジナルドは悪くないのに。


 ついそう思ってしまう。

 うん、私の方に落ち度があるのだと思う。

 彼があんな温度のない顔をするのが見ていられなくて首を突っ込んだ。

 彼なりにやりたいことがあるのだろうが、ちゃんと先のことを考えているのか勝手に心配して余計なことをして……彼の邪魔をして怒らせた。


 そもそも彼がどんな風に仕事をしている人なのか私は知らないのだ。

 あれが彼の通常運転なのかもしれないし。


 通常運転……あれが彼にとっての幸せとか、やりがいのある人生とかそういうものだったら……邪魔なのは私の方だし、私が望んでいるものは彼にとって余計なお世話なのかもしれない。

 あのとろけるようなキラキラした笑顔や肩の力の抜けたやりとりを望んでしまう私は……不要……なのだろうか。

 あんな……「ありがとう」なんていう言葉さえ緊張して素直に言えないくせに私には無理をしてでもその感謝を伝えてくれたことも嬉しくて、私が彼の信頼に応える存在になってあげられたら、なんて思ってしまったけれど……あれはやはり余計なお世話、だったのかもしれない。


 ……あれ?


 そこまで考えてみてライアがふと動きを止める。

 考え事をしていても洗い物や片付けなんて出来るのだが、ふと洗って片付けるために手にしていた食器に意味もなく視線を落とす。


 レジナルド、言ってなかった?

 パトリシアさんに「ありがとう」って。しかも一回とかじゃなかったような気がするけど……。

 で、それを口にする彼の顔って、私にそれを言った時のような緊張と不安の入り混じった表情とかじゃなくてごく自然に……まぁそうはいっても温度のない作り物のような表情だったけど、サラッと言ってた……よね。


 さっきオルフェが変なことを言い出したからすっかり忘れてたけど、私、何か引っ掛かるって思ったんだった。

 ……それって、多分、これだ。


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