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テスラート家のレジナルド

 到着したテスラート家。

 その応接間に通されたライアはヘレンが一緒にきたことを心の底から感謝した。


 まず、玄関で。

 ヘレンを見た使用人は用件を聞くまでもなく笑顔で応対してくれた。

 そして応接間。


 なにしろ、えげつないくらい豪華な部屋なのだ。

 基調にしているのは赤と金。絨毯の赤もカーテンの赤も何だかものすごく成金趣味に見えるのは気のせいだろうか。

 そして家具の類は全て金の装飾付き。

 何と言うかこう……威圧感が半端ない。

 こんな部屋で自分の意見をしっかりはっきり述べる自信が、ない。


 でも隣に全く怖気付く気配のないヘレンがいるのを見ると気持ちが落ち着くのだ。

 彼女はこの屋敷に入った途端、今までの無邪気な可愛らしい雰囲気を引っ込めて威厳と落ち着きを纏ったのだ。

 そんな様子を感じ取ったライアも自然と背筋を伸ばすことができて、おどおどした態度は完全に引っ込んでいる。


「お待たせしました。ゼアドルさん」

 しばらくして入ってきたのはヘレンやアビウスと同年代と思えるような男だ。テスラート家の当主だろう。

 栗色の髪は短く整えられて、恰幅の良い体格にかなりめかし込んだ印象の服装。濃い茶色の上下にネクタイピンやカフスボタンはこれでもかというくらい、金だ。なんなら大きな金の指輪まで。

 ここまで全身全霊をもってキラキラに主張されるとライアも引き攣った笑みを浮かべそうになってくる。

「いえ、突然お邪魔いたしまして申し訳ありませんね」

 全くもって申し訳なさそうな雰囲気のかけらもない態度でヘレンが軽く会釈するので隣のライアもつられるように軽い会釈をする。

「……そちらは?」

 そんなライアにテスラート氏の視線が向けられたので。

「ええ、こちらはライアさんといいます。うちと関わりのある子でね。ちょっとお尋ねしたいことがあったので付き合ってもらったんですよ」

「おや、そうでしたか。はじめましてライアさん。私はカイル・テスラート」

 ヘレンが「うちと関わりがある」と言った途端テスラート氏の表情が和らぎ、どこか媚びるようなものになる。

 ……商売人気質かな、とライアは思わず眉を顰めそうになったのだが。

「あら。初めてではないと思いますわよ? ひと月ほど前のうちのパーティーにはテスラートさんもいらっしゃいましたわよね?」

 どこか冷ややかな声でヘレンがそう言うと一瞬「おや?」という顔になったテスラート氏の表情が一気に凍りついた。

「ま、まさか……あの、リアム君の元婚約者の……っ!」

 可哀想なくらい青ざめた上、ゆったりとしたソファの上で縮こまる勢いで後ろに引いたテスラート氏の様子にライアはつい苦笑を漏らす。


 そうそう。

 こういう反応だ。

 大抵の人が自分の力を認識したら向けるであろうと想像していたのはこういう反応だった。

 なんて思いながらも。

 思ったほどに傷つかない自分に内心ちょっとだけ驚いていた。


 これはきっとヘレンのおかげ。

 自分を認めて受け入れてくれたヘレンが隣にいて、同じように受け入れてくれたエリーゼやカエデの反応をついさっき目の当たりにしたお陰なのだろう。


 そんなライアの思いとは関係なくヘレンが話を進める。

「ええ、その通りですわ。あの夜彼女を止めたのがレジナルド・グランホスタであった事にはお気付きだったかしら?」

「なに……レジナルド・グランホスタ、だと?」

 ヘレンの淀みない言葉に注意を集中するようにしてテスラート氏が身を乗り出した。

「彼がここの仕事を手伝う事になるという話をお聞きしましてね。あなただって彼がパトリシア嬢に本気で関心があるわけではないことはご理解なさっているでしょう?

 彼が関心を持っているのはこの方なんですのよ。つまり……もしもレジナルドがこの家に正式に入る事になりましたらこの方とも縁が生じる事になるということをご理解いただいているのかしら、と思いまして。彼女と私はちょっと仲良しなんですの。ですからこの機に彼女を私の方からご紹介したほうがいいかと思ってお連れいたしました」

 老婆心ではありますが。なんてヘレンがくすくすと笑いながら付け足す頃にはテスラート氏の表情は完全に凍りついていた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ……そんな話は聞いてないぞ……」

 貫禄のある男が慌てふためく様子はちょっと見ものだ。


「旦那様、お茶が入りました」

 テスラート氏が次の句を失ったところでドアがノックされ、いいタイミングでお茶が運ばれてくる。

 ワゴンを押しながら入ってきた女の子はこの屋敷の使用人らしく、他の人と揃いの濃紺のワンピースに白いエプロンだ。

 一瞬ライアとヘレンを見て動きを止めるも、そのまま持ってきたお茶を入れて各自の前に出し、頭を下げて下がろうとしたところで。

「ああ、君。悪いがレジナルドをここに呼んできてくれないか」

 テスラート氏が声をかけたので「かしこまりました」と、答えて出ていく。


 なんのことはない、なんの問題もない屋敷の主人と使用人のやりとりだったのだが。

「……今の」

 ライアが隣のヘレンにだけ聞こえるような小さな声で呟いてそっとヘレンの方に視線を向けると。

「ええ……」

 どこか遠い目をしたヘレンがこれまた聞き取れるかどうかといった程度の音量で答えて小さく頷いた。

「おや、彼女をご存知でしたか?」

 話題が逸れる分には口調も滑らかになるらしいテスラート氏の言葉にヘレンがチラリと視線を向けて。

「ええ……新しい使用人をお雇いになったんですの?」

 と返すと。

「娘のパトリシアがずいぶん気に入ったようでしてね。いずれ自分専属の侍女にしたいというものですから仕方なく。……紹介状によればエスター邸とやらで前に働いていたとのことでしたが……どこか田舎の街の屋敷なんでしょうな。ここらへんでは聞かない名前かと思いますから……ゼアドル家ともなれば顔が広くていらっしゃるからお付き合いがある家でしたかな」

「あー……そうでしたかエスター邸……そうだったかもしれませんわね、ほほほ」

 ライアの視線の先でほんのわずかに頰を引き攣らせているヘレンはそれでもそつなく受け答えして目の前のお茶を優雅に口に運んだ。

 ライアでさえ忘れようのない、「ゼアドル家で働いていたコキア」が運んできたお茶を。


 何事もなかったかのようにお茶を飲むヘレンの姿はライアにとって心強い。

 もしかしたら仕事柄、動揺してもそれを外に出さないという技には長けているのかも知れない。

 ライアがそんなことに思い至った頃。


「お呼びですか」


 ぎくり。

 声を聞いてライアが固まる。


 聞きなれた声。

 ほんのちょっと聞いてなかっただけで、こんなに遠い存在のように聞こえるものなのだろうか、というレジナルドの声だ。


「ああ、ようやく来たか。君に確認したいことがあってね」

 テスラート氏が先ほどまでの取り乱した感を綺麗に払拭したような落ち着き払った声で顔を上げて片手を軽く上げる。

「はい、なんでしょ……う……っ」

 答えながらテスラート氏の方に歩み寄りながら客人に軽く頭を下げたレジナルドが一瞬固まって声を詰まらせた。

「来客」が誰であるかを今初めて認識したといったところだろう。

 しかもライアの方は緊張を絵に描いたようなこわばった顔のまま、入ってきたレジナルドに視線を向けているわけで。


 ライアの方は特に何か話すように求められているわけではないので黙って見守ることしかできない訳だが、それでもいつどんな話題を振られるか、何を質問されるか分からないので平静でいることもできない。

 先ほどからヘレンがテスラート氏との会話を自主的に進めてくれているのもライアへの気遣いからだと思っている。

 ここで「連れてきてあげたんだからあとは自分で言いたいことを言いなさい」と放り投げられなくて本当によかった、と思えてならない。

 なにしろ、レジナルドがどういうつもりでここにいるのか正確に知らない以上、話をどう切り出していいか分からないのだ。しかも、二人で話すのではなく、ライアにとっては無関係な人間がいる事を考えるとさらに話しにくい。


「レジナルド。君はこのお嬢さんを知っているね」

「……ええ」

 当たり障りない聞き方をするテスラート氏の真意は恐らく分かっているようで、レジナルドは思いっきり苦虫を噛み潰したような顔になって短く答えた。


 そんな顔をされるとは思わなかった。


 ライアの視線がストンと落ちる。

 思わなかった。……違う。そんな顔、見たくなかった、だ。

 もちろん自分が彼にとって予期しない、なんなら招かれざる客になることは覚悟していたが、それでもそんなあからさまに嫌な顔をされるとは思っていなかったのだ。

 一瞬にして自分が「余計な事をした」という事を思い知らされる。

 でも。

 もし、彼があまりよくない選択、下手したら危険な事をしようとしているのなら止められるのも自分だけかもしれない、という事を力ずくで思い出す。


「……仰りたいことは分かります。少し二人で話をしても?」

 ため息混じりのようなレジナルドの声がしてライアがふと視線を上げるとテスラート氏と目が合った。

 反射的に目を逸らして隣にヘレンを見ると心配そうな目を向けられている事に気づく。

 なのでライアは口元に笑みを作り直して小さく頷く。「私なら大丈夫です」という意志を込めて。

 テスラート氏がそんなライアの様子を見てから頷いたのでレジナルドが「ライアさん、ついて来て」と言い残してドアから出ようとするのでライアも急いで立ち上がった。



 無言で目の前を歩くレジナルドについていくのは非常に居心地が悪い。

 どこまでいくのだろうか、と思っていたら家の外に出てしまった。

 ……まぁ、知らない人の家でどこかの部屋に案内されるよりはいくらか気が楽だ。

 この屋敷の庭もよく手入れがされている。

 何事もなければ気持ちの良い場所に違いないのだ。


 それにしても、とライアは緊張と居心地の悪さの原因に両手をぎゅっと握りしめる。

 彼はさっき自分を「ライアさん」と呼んだ。

 あんな他人行儀な呼び方をされたことなんかなかった。

 それを思い出すだけで逃げ出してしまいたくもなる。でも、今ここから逃げ出したらここまで来た努力が全部無駄になる。そう思えるから、ようやく踏みとどまらなければと思えている。


「……なにしに来たの?」

 花壇と形よく刈り込んだ庭木に囲まれたスペースでふと足を止めたレジナルドがそう言いながらこちらを振り返る。

 その表情からは彼の気持ちが読み取れない。

 困惑しているようにも、無関心なようにも見える表情に、いつか蜂蜜のようだと思った瞳は感情を映さない硝子玉のようにも見える。

 そんな目で見られているせいか、ライアの方は喉から声が出なくなってしまった。


「今ここに君にいられると困るんだよね」

「あ、ごめん」


 ライアは勢いで、反射的に、謝った。

 だって。

 こんな顔見たことない。いや、じゃなくて。

 こんな顔を自分に向けられたことがなかった。

 温度のない表情に口調。こんなの、今まで自分に向けられるとは思わなかったものばかりだ。

 なので困惑したまま咄嗟に謝ってしまってから。


「え、だって! 何も言わないで出ていっちゃったから! 何か危ないことしようとしてるのなら止めなきゃって……思ったんだもん!」

 つい語気が荒くなってしまう。

 別に怒るつもりはなかった。

 むしろ変な物言いをして彼を怒らせてしまったのなら謝らなければと思っていたくらいだったのだ。

 なのに出てくる言葉にはそんな礼儀的な要素はひとつもなく、ただ聞き分けの悪い女が取りすがっているようにしか思えない。

「君には関係ないから説明しなかっただけだよ。僕には仕事があるんだ。悪いけど……」

 ため息混じりに視線を逸らしながら言葉を続けるレジナルドのセリフが一度途切れた。


 なんとなれば第三者が現れたから。


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